第69話 再会 食パン少女のパン食い協奏曲

 レートの店『千代子とレート』をありす一行は再び訪ねた。今度はあまり客がいなかった。戦争の大騒ぎで、住人達は買い物どころではないのだ。レートによると住人たちは、保存の利く乾パンの類を大量に買っていったらしい。ドイツのハード系パンがここで役に立った。

「レートさんのご先祖、テンプル騎士団だったんだって」

 やっぱり彼は心強い味方だ、とありすは確信していた。

「天ぷら串団子? 何それうまそう……」

 ウー……。

「ドイツ騎士団デス」

「ドイツのきし麺?」

「言ってないですしお寿司」

 ありすの相談を受けたレートに代わって、ヒントをくれたのは意外な事に店の奥から出てきた千代子夫人の方だった。

「あのですネ、アニメなんかでよく早朝に女の子が、『遅刻遅刻ぅ~!』とか言ってパンを食べながら走ってると、街角で幼馴染とぶつかって再会するっていうのがありますよね」

 割とおきゃんなしゃべり方だ。

「う~ん。あるある!」

 ウーが乗ってきた。これは、久々にオーソドックスな意味論の科術になりそーだ。

「そういうのは役に立たないでしょうか?」

 どうも、千代子夫人は深夜アニメを観るのが趣味らしい。パン屋の朝は早い。だが夫人は、ハードディスクにこれでもかこれでもかというくらい深夜アニメを録画し、暇さえあれば片っ端から視聴しているという。

「それとですね、これは直接関係ないんですけど、私あんまりアニメって本職の声優じゃない人がやるの好きじゃないんですよ。○ブリとか、ジ○リとか、ジブ○とか。……俳優さん? 女優さんでもいますけど話題性で声当てるのって、私好きじゃないんですよね。顔が浮かんできちゃうっていうか、合ってないっていうか、黙れ小僧!!」

(この人はイキナリ何言ってるの?)

 三人はひそひそ話。アニメについて小柄な夫人がまくし立てている最中、その横でレート氏はモアイ像と化していた。

「つまりパンを銜えて路地を走れば、運命の人と再会できるカモ、って事?」

 時夫が無理やり話を元に戻した。

「はい、そうです!」

 そう。佐藤マズルとウーが再会する可能性があるのだ。

「なるほど、食パン少女の科術か! これはいけるかも」

 古城ありすも得心した。

「それで、うちで焼いてる食パンを使えばいい、という事ですね。話が見えてきました」

 石化していたレート氏がそこで始めて口を開いた。彼もなかなか大変そうだ。

「それとマンガの実写化についてなんですが、あれも私は……」

「あ、その話はまた今度」

 さっそくレートと千代子夫人は、「食パン少女」科術用の食パンを焼き始めた。普通の食パンに加え、ドイツの茶色のロッゲン・ブロートというライ麦パンも用意した。それらを目の前にすると、何となくうまく行きそうな気がする。ともあれ、外でカシラが暴れている。時間はない。


「いいわね、ウー」

 ありす達は、戦場となっている寺フォーマーズ近くの十字路に陣取って、十メートル向こうからウーが食パンを銜えたカッコウでスタンバった。

「ぶつかるとき怪我しないように気をつけなよ」

「あたしの身体は衝突安全ボディだから大丈夫!」

「そんじゃ、レッツゴー!」

「やだもうこんな時間じゃーん、遅刻遅刻~!!」

 ウーが時計を見て叫びながら、ローラースケートで滑走する。

 突如角からジャーンというシンバルの音がしたかと思うと、オリンピックおじさんのようにデーハーな姿の科術師が歩いてきた。ウーはぶつかる事もなく角の手前でズコーッとこける。それはありすが師匠との通信を頼んだはずの科術師だった。

「おじさん、まだやってたんだ。間近で見ると目がイッてる……」

 まじまじと見るありす達に気づくこともなく、彼は空を見上げたまま通り過ぎていった。それを後ろからオッサン犬がウハハハハと笑いながら追いかけていく。

「完全に目標を見失ってるな」

 時夫も声をかける気力をなくす。いくら科術師とはいえ、戦力として頼めそうにない。

「気を取り直して、もう一回行くわよ」

 ありすの掛け声で、ウーは再び十メートル後方へとスタンバった。

「やだモウ遅刻遅刻~~!!」

 ドシンドシン。今度は明らかに重量感のある物体が角から走ってくる。すわカシラか? いいや、あのティラノザウルスだ。

「まーだ走ってやがったのか!」

 そのTレックスはこっちには目もくれず、ありすが前に放った蝶を追いかけていく。コイツもまた、完全に目標を見失っている。

「モー、何なのよもう!」

 ウーが咥えた食パンをモグモグしながら苛立っている。

「もう一回!」

 ありすはウーを下がらせた。ここで諦めてはならない。

「そ、そうね。よーし、今度はジャムをつけてみよう」

 ウーはサッと、キャラメル味のアップルジャムをひと塗りすると、口に銜えた。うーむ。奥深い味わい。ドイツ人は大人でも男性でも甘いパンを食べる。

「遅刻遅刻~~!」

 ドシャン。今度は誰かとぶつかった。長髪を振り乱した女だ。

「シートベルトA子!」

「ウンベルトですけど何か?」

 ウンベルトA子の格好は、図書館に行ったときと全く同じ、ジョギングスタイルだった。

「まぎらわしいな。こんなところでジョギングしないでよ!」

「アラ横暴ね! あたしの勝手でしょう」

 そういうとウンベルトA子は、タッタッタッタと軽快なストライドで走り去っていった。この有事に一体何やってんだか?

「あーイテテ……!」

 ウーはすっ転んだままだ。

「大丈夫?」

 ありすが助け起こす。

「うん」

「怪我しなかった? ケツが二つに割れたとか? アッハハハハハ……」

 笑ってる場合か。

 ウーはそれでもめげずに立ち上がって、十メートル後方へ下がった。今度はライ麦パンのトーストに、ドイツのベーコン・ペーストをべったりと塗って口に銜える。

「よーい、ドン! 遅刻遅刻~」

 ドカッ。次にウーがぶつかった相手は男だ。タンブルウィードを追っかける格好で、カウボーイハットが転がっている。よく見れば口に薔薇を銜えたシャッターガイ? タンブルウィードでなく、A子を追うようにして走っていたようだ。

「フザ……」

 ウーはすかさず上体を起こして叫んだ。

「フザケンじゃねー! ドイツもこいつも。こんなんじゃ一向に会えないじゃないの」

「おぉ……すまない君たちか。じゃ急いでるんで、バッハハ~イ」

 ガイ……あんな軽いヤツになってしまったとは、見損なったぜ。

「ウー。ひとまずランニング・フォームを見直しましょ」

 ありすが指摘すると、時夫も意見を言った。

「まず、ローラースケートを脱がないとダメなんじゃない。スピードが速すぎる」

「いや、マズルがそもそも超高速で速いんだからこれでちょうどいいの」

 どこから来るんだその根拠。いや、意味論の根拠など、これまでの事を考えるとそれほど重要ではないのかもしれない。さて、これまでいろんな奴に会ってきた。……だが、肝心のウサメンは?

「スピードだわ。マズルは速すぎるの。それに勝つには、え~と。もうこうなったら持ってきたディップをもっと盛ろう!」

 ウーは片っ端からトーストにペーストを塗っていく。アボカドのディップ、チーズのディップ、そして茸ペースト。茸。茸……?

「遅刻遅刻ぅー!!」

 角から、かすかに兎頭の残像が見えた。


 バキッドズガーン!


 とてつもない衝撃音を響かせて、石川ウーは「何か」とぶつかった。

 ウーとぶつかって路上に倒れているのは、兎の面をかぶったタキシードの男。

「ウサメンだ!」

 ありすが目ざとく近寄った。

「あいててて。ワッ、こんな時間! 忙しい忙しい」

 その兎頭の変なヤツは、倒れたと思ったらまた立ち上がり、走り出そうとした。それを古城ありすが呼び止めた。

「ヘイミスター! チョイ待ちなって。ウーをぶっ飛ばしてそのまま行く気?」

「……え?」

 ウーは……伸びている。だからローラースケートは危ないよって言ったのに。どこが衝突安全ボディだ。

「何をそんなに急いでんのよ?」

 ありすはマズルに訊いた。

「ウーが、これほどあんたに逢いたがってんのにサ」

「すまなかった! おそらくすれ違っていただけなんだ」

 マズルはウーを抱き起こすも、ウーは揺さぶっても起きない。

「あーあ……」

 ありすの声には、少なからず非難の色が着いている。

「おいお前、人と話す時はまず面くらい取ったらどうなんだ?」

 急に四十五歳くらいの顔になった時夫が詰め寄る。こいつ、重度のヌイグルマーか? 兎の頭を取ると、中身はサラサラヘアの色白の美青年だ。年齢はハタチくらい。切れ長の眼が涼しい。貴公子といってもよい。同時にタキシードも片手でマントのように脱ぎ去る。するとなぜか、中身はフィギュアスケーターの衣装だった。

「キスでもして起こしてあげたら?」

 ありすが腕を組んで提案する。

「キースッ、キースッ!」

 ありすと時夫が、死んだ目で手拍子する。マズルは二人の視線に躊躇しながらも目覚めのキスの意味論を実行をしようとすると、ウーがパチッと目を覚ました。

「なんであたしに気づかないのよモウ!」

 起きざまにウーは怒り、右ストレートパンチが飛んだが、マズルは高速で避ける。

「そんで、これまで一体何をしてたの?」

 ありすがウーに代わって尋ねる。

 うさ男・佐藤マズル。マズルは地下のレジスタンスのリーダーをし、とある方法で電柱を脱出したという。マズルは女王の手下たちをケチらしていった。

「君たちが東京への脱出を図ったとき、『ダークネスウィンドウズ10』がアップデートするところだった。天使軍団がこの領域に入ってこれるようにしようとした。ところがその時、一瞬暗くなったので君達は地下の仕業かと思って、東京への脱出を断念したんだ。そこで天使軍団が降りてくれば、問題解決だったんだけど。でも、あの時は黒水晶のシステム反撃で、アップデートに失敗した。その後もアップデートをしようと僕は東奔西走し、この町のシステムをいじっていた」

 マズルはマシンガントークで言い訳した。忙しい忙しいと、『不思議の国のアリス』でも、確かに兎は走るものだが。

「でもそのダークネスウィンドウズ? って何」

 ありすも聞いたことがないらしい。

「この世界をあらしめるシステムの事です。現在の恋文町のヴァージョンは、ダークネスウィンドウズ7です。それをアップデートするのが僕のマジカルイマジネーターのレジスタンスとしての活動内容です」

 佐藤マズルは、ウィンドウズ10アップデートのシステム屋らしい。ちなみにウーが西部で拾ったビー玉は、ウサメンが落としていったものだという。

「ところであんたに訊きたいことがある。あの幻想寺の綺羅宮神太郎って一体何者なのさ?」

 ありすが核心を突く質問をした。マズルなら何か知っているはずだった。

「天使軍団の別名は、綺羅宮軍団です。このシステムを作ったグループです。リーダーは綺羅宮神太郎。あの幻想寺は、僕らが恋文町へ降りてくるための拠点、基地なんです」

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