第68話 このケーキ……やばい 大糖獣カシラVS寺フォーマーズ

叛乱


 今をさかのぼる事およそ一万年前の事。南極大陸の氷に閉ざされた山脈の向こうに、超古代都市が存在した。秘められし地球の歴史。それは、後に旧支配者として知られる古の者達が建造した巨大な、石造りの都市であった。彼らは人類よりもはるか超太古からこの地球に存在する種族である。高さも数百メートルになりなんとする超高層ビル群。一見するとエジプト、シュメールの建築様式に似ているが、その巨大さは古代人類が作ったものを越えている。

 その時、旧支配者はショゴスという労働力の生命体を創造し、彼らに都市作りを手伝わせた。それは、旧支配者の一族、ウボ=サスラの身体から生み出されたアメーバ状の生命体だった。虹色の輝きを持つ濃緑色の生物・ショゴスは、当初こそ原始的な種族に過ぎなかったが、いかなる形状にも自らの身体を変化させることができ、旧支配者の魔術によって自由自在に操ることができた。

 ところがある頃を境にして、ショゴスの体内に脳が発生した。その脳は急速に高度に進化していった。そう、今日の支配者ニンゲンが作ったAI(人工知能)と同様に、ショゴスは急速に自己学習をくり返し、やがて自我を持つに至り、遂に旧支配者に対して反乱に至ったのだ。それはもはや、単なる労働力などではなかった。

 ショゴスの反乱に焦りを感じた旧支配者たちは、ショゴスを再支配するべく彼らとの全面戦争を戦った。それは両者の存亡の危機をかけた闘いだった。だが、南極で行なわれたこの決戦で、旧支配者たちはショゴスの持つ鞭のような触手や鋭い棘によって首をバッサリと切られ、体液を吸い取られるなど無残な姿のまま、化石と化した。

 自在にその形を変化させることができるショゴスは、大戦後、別の種族に成り代わり、また動植物や甲殻類などありとあらゆる生物の中に紛れ込んだ。中にはクトゥルフなど別の旧支配者の配下となり、海底都市に住まうモノもあり、さらには後のヒトの中に紛れ込んだモノもある。

 かくて中国の黄山山中奥深くにて、ソレは茸の姿を取って生き延び、後の中国人たちから幻の漢方薬「冬人夏茸」として知られるようになった。


 そして一万年後。日本列島の千葉県不思議有栖市恋文町にて……。


「来たよ……奴だ」

 ありす達は佐藤マズルに再会するのを期待して、大糖獣カシラを追いかけながら、幻想寺界隈まで来ていた。高純度のショゴロースを抽出して白彩工場の地下で生み出されたカシラは、独自の生命としての体躯と脳を持ち、もはや壊滅した菓匠「白彩本陣」のコントロール下にはなかった。町を、世界を再度砂糖化する光線を吐く、ただそれだけに突き動かされている存在だった。

「『不思議の国のアリス』現象も佳境ね。ヴィクトリア朝の頃とは違って、時は二十一世紀の日本。そりゃー、ラブクラフトの旧支配者の眷属くらい出てくるわなぁー」

 ウーはなぜかワクワクした顔で言った。

 カシラは、寺フォーミング地帯まで進撃してきたが、そこで寺側の猛反撃に遭う事になった。

「あまつさえ地上の人々を砂糖菓子と化し、自己のために利用せんとするとは、その煩悩、焼き払ってくれよう!!」

 幻想寺住職・綺羅宮神太郎は、大伽藍に格納された色即是空ミサイルや諸行無常ビーム、寺マシンガンなど、仏教と兵器をア~~ンでミックスした「仏教法具」で、迫るカシラを撃退しようとしていた。

「色即是空光線に、空即是色光線! これでお菓子にされた家々が元通りになっていくって訳か! こんな兵器を隠し持っていたなんて、寺にしちゃすみにおけないわね」

 迎撃されるカシラを見上げながらありすが言った。やはり幻想寺は「科術寺」の総本山である。

「幻想寺……随分とシャレオツな兵器を持ってるじゃないの」

 ウーも感心する事しきりだ。

 両者は激しく衝突した。その光景は、まさしく恋文町を二分する全面戦争だった。というか、周辺の町を破壊する有様は、どっちもどっちではないか?

「ぱねェ。ていうかマジぱねェ」

 時夫は半ば呆れている。 

「あっ!」

 何かが通り過ぎたのを、時夫は見逃さなかった。時夫が指差した先を全員が見やる。一瞬だが、高速で移動するそれは確かに、タキシード姿にうさぎ頭が乗っかっていた。

「うさメンだ、本当にうさぎの面していやがる!」

「わ! 本当だ、本当に居たわ、追って!!」

 破壊と戦争でてんやわんやの中、ありす達はまず、うさメンこと佐藤マズルを捕まえなくてはいけなかった。ウーによると、彼が問題解決の一番の鍵だというのだから。


「出撃」

 綺羅宮神太郎は顔の前で両腕を組んで呟いた。通称、碇ゲンドウポーズ。

「出撃?! ……しかし、まだ早すぎます。仏作って魂入れず。まだ入魂式の科術が済んでいません」

 幻想寺の仏師たちは直訴した。

「今使わずしていつ使うのだ? この時のためにあったのだぞ。メカ不動明王像は」

「ですが、ご、御住職」

 十人の仏師たちがひざまずいて抗議しようとする。

「而今(にこん)」

 全ては綺羅宮の一言で、一蹴されようとしている。

「いやしかし……」

「而今!!」

「……」

「ニコン!!」

「ニコン!!」

「Nikon!」

「Nikon!」

「Nikon!」

 某有名カメラメーカーの名称を連呼し、自己の決断を押し通そうとする語彙の少ない綺羅宮は「今でしょ!」といった意味で、まさに壊れたレコードのように道元の教え・「而今」を繰り返している。もはや仏師達は黙らざるを得ず、「メカ不動明王像」を稼動する事にした。

 大伽藍の屋根が開き、青色に輝く肌を持つメカ不動がゆっくりと立ち上がった。

「だ、大魔神……」

 必死で探し回るありす達は、戦場に現れた新たな超科術兵器の出現に一瞬足を止めた。

 全身を「極楽浄土チタニウム」によって、仏界最強の不動明王を造仏したのが全長五十メートルの「メカ不動」である。

 メカ不動は背に炎を背負い、右手に宝剣、左手に羂索(けんじゃく)と呼ばれる縄を持ち、その他左右六本の手に金剛(ダイヤ)で出来た三鈷杵(さんこしょ)、金剛棒、三叉戟(槍)、斧といった様々な戦闘法具を持っている。

 火生三昧ファイヤー、憤怒レーザー、三鈷杵雷撃、さらには戟ミサイルといった兵器群で、大糖獣へと立ち向かった。真言を唱えつつ、燃えるような眉間の第三の眼が輝き、真紅の憤怒レーザーがカシラの身体を攻撃する。カシラは悶絶しながらも、口から吐き出すお菓子化の怪光線で反撃した。


 最終戦争のさなかだが……ありす達としては別に優先事項があった。

「で、マズルは?」

「ダメ……どこ行っちゃったんだろ」

 全員彼を目視する事はなかった。

「一ついえるのは地上に居るって事よね。もう地下にもいないし、電柱でもないってことだけど。確かに皆見た。この幻想寺周辺にいることは確かなんだけどなぁ」

「なぁウー、ウサメンって、どういう人物なんだ?」

 改めて時夫は訊く。

「マズルはプリンの中のプリン、プリンスター。プリンのスプリンターよ」

 なんだそれ。君がパープリンじゃないか。

「そんなんじゃ分かんないよ」

「ピンチのときに駆けつけ、回転力によって多くの敵をやっつける王子様! 超高速で移動し、回転するの。だから、私たちは気づかない。今も、風かと思って通り過ぎているんだわ……マズル」

 ピンチのときに駆けつけてないような気が。

「だって向こうも私たちに気づいてないじゃない。失礼よね。まぁいいわ。ちょっと気になる事がある」

 ありすはそういうと、大魔神ことメカ不動明王像と、大糖獣カシラの激闘を見上げつつ、幻想寺の寺フォーマー空間を改めて見回した。

「師匠の香りがする、ここ」

「えっ、つまり、『半町半街』の店長か?」

「そう」

「……でも、姿が見えないが」

 黒水晶を手に持ったありすは、これまでで過去最強の科術師としての力を有していた。つまり、以前には出来なかった事が今はできるのだ。

 ありすは何やらブツブツと召還の呪文を唱えると、戦争そっちのけで路地を歩いていった。

 突如、前方の瓦礫の中に奇妙な物体が出現した。三つの立方体がその頂点だけで地面から立ち、しかも三つが連続して積み重なっている。それぞれの立方体は頂点のみで接しているので、一見不安定だが、崩れる事はない。三つは別の方向にゆっくり回転していた。一段目が右回り、二段目が左周り、三段目がまた右回りで回転し、それぞれが青、赤、緑に輝いていた。大きさは一個につき一メートル程度である。

「ありゃ、何だよ?!」

 この戦争で時空が混乱し、おかしなモノでも出現したのか? それとも高度なプロジェクションマッピング、いやVR、いやARか……。

「多分だけど、あたしの師匠だ」

「……あれが? 店長ってあんななの?」

 時夫がウーの顔を見やると、ウーは首をブンブンと振っている。「不思議の国のアリス」でも、アリスは芋虫と話したりしているが……。だが喋る立方体なんて、それ以上に奇妙な状況ではないか。

「ううん、でもなぜか匂いが同じだ。こりゃ、どーいうことなんだろ?」

 ありすは首をかしげた。それになぜ幻想寺に出現したのかも不思議だ。

「師匠」

 ありすは慎重に近づき、声をかけた。

「ありす、久しぶりだな。そのまま入り込めないので、こんな形になったのだよ。ガラガラ」

 立方体はガラガラした雑音交じりで語り始めた。

「一体。今まで何処に行ってたんです? 私、師匠が消えたと思って……」

「いや、ここにはとっくに戻って来ていたんだ。ガラガラガラ……だが、君には会う事はできなかった。本当にすまない事をした」

「でも私、私はこれで、師匠と再会したといえるんですか?」

 ありすは混乱したまま問いかける。

「君達が時空の異なる……ガラガラ……つまり、元の恋文町とは少しばかりズレた世界に来てしまっている事に、何となく気づいているだろう。ガラ。だが、そのお陰で私達はお互いを認識できずに今日まで来た」

「遅い、遅いですよ。それに、こんなんじゃ、こんなんじゃ私イヤです。元の姿を現してください。わたしは師匠の帰りをずっと待ってたんです。会いに行こうとしましたし、通信も試みていたんです」

 ありすは、変な物体でしかないものに向かって怒鳴った。

「ちょっとありすちゃん……」

 ウーが制する。

「そうだ、せっかくの再会なんだ。もっと丁重に」

「お黙りセバスッ」

 くわっとありすが時夫に叫ぶ。誰がセバスチャンだ。

「これでも、幻想寺だから可能な事なんだ。ガラ・ガラガラ。ちゃんとした形で再会するためには、もう少し条件が整わないといけない。……ガラガラガラガラ」

「それって、どうすればいいんですか」

 その幻想寺は、カシラの猛攻撃を喰らって今や潰れそうになっていた。どうでもいいがここ、敗戦処理が大変そうである。

「もう時間がない。再会を祝っている場合ではない。ヒントは、これまで君が出会った仲間の一人が握っている。ガラガラ。いいか、君達が探している佐藤マズルに会うには、まずはそのメンバーからヒントを聞くことだ……ガラガラガラ……」

 そう言った途端、巨大なカシラの脚が上から降って来て一同は慌てて逃げた。時夫は会話しながら、どこかで聞いた事がある声だと思った。三連立方体はバラバラと崩れ落ち、三個がそれぞれ勝手な方向に転がっていった末に消えていった。カシラがドシンドシンと追ってくる。

「みんな、あたしに捕まってッ!」

 ウーが確信めいたことをいうので、不審がりながらも全員石川ウーに掴まった。ウーの右手にはビー玉がつままれており、ウーはそれを覗き込むと全員、光って消えた。


 彼らが再び出現した先は、ぐるぐる公園のタコスライダーの渦中だった。

「全く、師匠の馬鹿……」

 ありすは寺フォーマーズの方角の空を睨んで呟いた。ウーや時夫という仲間が居たが、ありすはずっと一人で気を張ってがんばっていたのだ。

「……どうする?」

 時夫はありすの顔を見た。

「分かったわ。また、レートさんに協力してもらいましょ」

 めげないありすは、三連立方体の師匠との対話の中で聞いたヒントを信じることにした。師匠の言った「仲間」というのは、どう考えてもレートしか考えられない。この戦争のドサクサで、レート・ハリーハウゼンはいつの間にやら自分の店へと戻っている。

「でも、一体何を?」

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