第49話 見捨てないでください
知ってる? 時夫、うさぎってね、さびしいと死んじゃうんだよ。
また……そんな事言うなよ。
「さて、……ようやく牛も居なくなったか。これで車を出せる」
ありすは視界の開けた景色を眺めて、ホッとしてジープに乗り込んだ。
「うさぎさん、ホントに大丈夫でしょうか?」
雪絵がウーを事の他心配している。時夫とありすは呆れていたので、戻ってこないウーを置いて行ってしまおうかと思っている。
「仕方ないわね。車でウーを探しましょ」
三人はジープに乗って店の辺りを走り回ったが、ウーの姿はどこにもなかった。むろんジャック・ニック・教職も同様だ。西へと車を向けると、少し走って放置された道路工事に阻まれた。壊れた荷車やピッチフォークと呼ばれる農具も置かれている。ありすは降りて看板を確認する。
「工事中」
その文字の下には、ヘルメットから耳を生やし、目を瞑って頭を下げる石川うさぎの絵があった! その下には、「見捨てないでください」と書かれている。
「これは! やっぱり誘拐されたんだ」
ウーのマンガ絵はうなだれたような表情だ。
「こんなところに……」
石川ウーは不用心に西へ行き、結局ギャングに掴まってしまったらしかった。
「ウーは生きている」
時夫は確信した。これはきっと、ウーの最後のメッセージだろう。こんな看板がある以上、殺されていないと信じたい。
「……ン? 何かしらコレ」
ありすは、地面に突き刺さった棒の上に挟まれた手紙のようなものを発見した。
『石川うさぎは預かった。返して欲しくば、白井雪絵と、五十万ドルを持って、俺のところへ来い。アジトは西部三丁目、目印は火麺だ。古城ありす、お前一人だけだ。但しお前は、武器を所持していない証拠にマントは使用禁止。服装も、下着以外着けてはならない。下着だけで来い! ブランコ・オンナスキー』
「ねぇちょっとお下劣じゃない? こんな話」
確かに呆れるほど下品な連中だ。
「いよいよ仕掛けてきたな。ヒトモドキ共が」
予想通り、石川ウーが誘拐されたのは確実だ。
「石川うさぎの命が惜しくば、五十万ドルと雪絵を用意しろ? ドルって……ここ日本だし」
時夫は唸った。
「それに下着って」
「絶対嫌。だって、ハートなんだもん」
「何が?」
「パンツが……あ」
一陣の風が吹いてスカートがめくりあがった。確かにその通り、ハートのパンツだ。ありすは顔が赤くなっている。
「見た?」
ありすは睨みつける。
「いや、観てないよ」
見たけど。
「エッチ」
「……」
「いや、う、ウーなんかイチゴのパンツだよ今時」
昔のギャグ漫画か? 今度は時夫の顔が赤くなった。
「ブランコって奴は凄くスケベな奴ね」
ヴロロロロロロ……
バイクの音が響く。やがて、ハーレーダビットソンに乗ったキラーミン・ガンディーノが現れた。
「連れ去ったのね。ウーを今すぐ返してよ、セ・ン・セ・イ!」
黒帽子の殺し屋教職は、バイクから降りてありすを見下ろす。
「そっちが忠告を破って勝手に縄張りに入ってきたんだ。コイツらが忠告したはずだろ?」
ポトッと、サボテンのウチワが二枚、ありすの足元に投げられる。そこに、「へのへのもへじ」が刻まれていた。……てことは、さっき奴らが痰つぼに吐いたのはサボテン汁か?
「石川ウーには、ウチのジャックとニックを殺された。……ま、どーせまたサボテンに『へのへのもへじ』をナイフで刻めばすぐ再生できるがな。それでも少し時間は掛かる。その手紙は、親分からの伝言だぜ」
そういってキラーミンは指貫の黒皮手袋にジャックナイフを握った。
「取引には応じるわ」
「おいありすッ! 五十万ドルって。それに、雪絵を差し出すっていうのか?!」
「黙って金時君。先生、ウーは生きてるんでしょうね」
この相手、手ごわいわね。
「あぁ……それは心配するな。じゃあ伝えとくぜ」
キラーミンは立ち去った。
「バイバイ」
キラーミンは、右手を高く上げてハーレーダビットソンで立ち去った。
「バイバイ」
「バイバーイ」
「バイバーイ」
「バーイバーーーイ!!」
「バーイバーーーイ!!」
「ヴァーーーイーヴァアアアアイイイッ!!」
「ヴァーーーイーヴァアアアアイイイッ!!」
地平線まで姿が見えなくなるまで、ありすとキラーミンは別れの挨拶をしている。何をお互いにムキになってる!!
「いや……あの……小学生?」
「これで時間を稼げたわ」
「しかしありす、雪絵を差し出すつもりなのか、マサカ」
雪絵も心配そうに、夕日を浴びたありすの横顔を見つめている。
「むろん、フェイクに決まってるでしょ。そんな事は絶対しない。だから二人とも安心して。私が一人で行って、必ずウーを取り戻す」
いや、確かに格好いいけども。まさかハートの下着で行くのか?
「……にしてもお金は必要」
「……なんでドルなんだ?」
「もうこの辺は、西部劇の意味論が支配する世界なのよ。ソーいう事でしょ」
(今回はありすはヤケに慎重だな。いつもは猪突猛進なのに……。さっきだってキラーミンを捕まえてれば)
「禁断地帯に、何か引っかかるのヨネ」
「それは分かった。でも五十万ドルなんて金どこにある?」
「金時君、お金持ってる?」
え、オレ?
「うん、10円」
十ドルですらない。
「かねがね、金がねー」
「こんなところで寒いギャグ言ってどーすんのヨ。……やっぱいいワ」
ならなぜオレに聞く。
「稼ぐわ」
迷わずありすは言った。
「で……どうやって?」
「そうだなぁ。お店で臨時セールでも開催しようかしら?」
「時間掛かるぞ。そんな事してる間に」
「ありすさん、私にいいアイデアがあります」
雪絵がぱっと明るい表情で言った。白彩店長をセントラルパークに埋める案を思いついた雪絵だ。何か大胆な妙案が。
「お金を拾いましょう!」
ガクッ。時夫は脱力する。
(何だそれ……)
「いいわね。やろうやろう」
えっと思ってありすを見ると、真顔だ。こんな時は、ありすを信じるしかない。
三人は道路やその脇のぺんぺん草の中を探り始めた。時夫も半信半疑で探す。人通りもないこんな場所に、本当に金なんか落っこちてるのかと、時夫が不審に思い始めた矢先に、赤茶けた大地に紛れた十円玉を発見した。
「見つけた、十円」
「こっちも」
「あたしもありました!」
ありすと雪絵を見ると、両手が止まらないほど、どんどん十円を拾い続けている。時夫は再び、十円が落ちていた辺りを手でまさぐった。すると、地面に半ば埋まった状態で束になった十円玉がごっそりと見つかった。合計で百五十円ほどだ。
「こりゃ、こりゃどういう事だ。これはもしかして、金を拾うという意味論か?」
「その通りよ。お金を拾うという意味論が働き出してる!」
ありす達は、すでに両手で掴みきれないほどの硬貨を持っていた。
「本当か」
そんないい意味論はこれまでになかった。これは人生の大チャンス到来。
時夫は拾った木の枝で、最初に十円が見つかったあたりを中心に地面を少し掘った。すると五十円玉、百円、そして遂に五百円硬貨の束がごっぞりと見つかった。
「これを見てくれ!」
時夫が喚起の声を上げて、五百円玉を見せようとした時だ。風が吹いて砂が舞い上がる。タンブルウィードという西部劇でよく見かける転がる根無し草の集団が、ゴロンゴロンとジープや放置された工事現場の前を通り過ぎていく。
「あっミッケ! 一万円だッ」
ありすが指差した先に、タンブルウィードと共に転がる一万円札があった。
「こっちにも」
一体どこから転がってきたのか、一万円・五千円そして千円が風に吹かれて地面に転がっている。三人は急いで拾い上げていく。
「合計で二十万はあるぞッ」
ドンドン連鎖的に増える金に、三人は興奮を隠せなかった。これは、単に意味論が働いただけではない。きっと、科術師として目覚めた雪絵の新しい科術なのだ。逆に言うと意味論というのは恐ろしい力を持っている。だが、それでも五十万ドルには遠く及ばない。五十万ドルといえば、日本円で五千万円である。
「これだけでもすごいけど、まだとてもダメだな」
「もっと探すのよ」
「……しかし」
幾らなんでももう金なんか落ちていない。
「あっ! こんな所に!」
時夫は指差した先に、とんでもないモノが……。巨大な回転する車輪を持ったフランス製の「圧印機」と呼ばれるもの。そこからコインがチャリンチャリンと落ちてくる。
「……造幣局が落ちてる!」
そんなヴァカな。しかし三人はもはや疑いもなく「金を拾う」意味論を信じきっていた。ついでに作業をする二名の係りまで、落ちている? 製造されているのはメキシコのペソ金貨! ジャラジャラと拾い上げると、あっという間に五十万ドル相当の金が出来上がった。
「コインチョコじゃないよね」
それならそれでありすが元気になる。
「いや、本物の金貨だ!」
ありすは金貨を、同じく落ちていたジェラルミンケースの中に詰め込んでいく。造幣局が落ちていたお陰で資金は潤沢。五十万ドル払ってお釣りが来るほどだ。これ以上やってると石油が出てきそうである。
「今日の私はライオネル・リッチーよ」
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