第20話 恋文町月丁目の戦い

 夕丁目を出た途端、辺りは闇に包まれていた。夕丁目を振り返っても、町は暗闇に沈んでいる。


 坂道を登ると、丸い月がいくつも浮かんでいる。

「恋文町月丁目」

 外灯に照らされたマンホールには、満月を中心に変化する月齢が描かれている。マンホールもまた、地下世界の入り口だ。用心しなければならない。

「お、おいっなんなんだ、この場所は?」

「ここはいつでも満月が浮かんでいる。そう。名前が月丁目だから」

 そんなの信じられるかヨ! これも「意味論」だっていうのか、しかし目の前には確かに手に届きそうなところに巨大な満月が、それも大きさの異なる何個かの満月が浮かんでいる。

「月へ行ける唯一の町よ」

 時夫は言葉もなく夜空を見上げていた。心なしか町の見た目のパースさえも歪んで見えた。風もない静かな夜の住宅街の路地。満月を見比べ、コツコツと歩き回るありすは、「あれよ!」と叫んだ。

 三つ浮かんでいる大きさの違う満月の一番奥。他の二つと比べると、比較的小さめの満月は、月丁目の路地のさらなる坂道の上に光り輝いていた。

「月から出てくるなんて、そんなの不思議の国のアリスでも出てこなかったぞ」

「魔学は、何でもアリなのよ。科術とは違う」

 三人はそれぞれ電柱の各所の影に隠れると、満月を見守った。次のタイミングで何が起ころうとしているのか、時夫は予断を許さないこの張り詰めた雰囲気の中で、もう、この町では何が起こっても不思議ではないのだと意を決している。

 コツコツ。後ろからサラリーマン風の男性が歩いてきた。その瞬間だった。ギギギ……天空に鈍い金属音が響き渡った。満月が天窓のフタのように開いて、女王真灯蛾サリーの上半身がにょっきりと姿を現した。手に釣竿を持って、それを降ると、キラキラと輝く針着きの糸が路地に下りてきた。

「出てきたわね。やっておしまい」

 ありすが後ろに立っているウーに叫んだ。

「ブラジャー!!」


 うさぎビーム ハートを溶かすハイビーム

 うさぎビーム 君のこころが

 うさぎビーム 紡ぎ出すビィーム!!


 八十年代風の歌謡曲みたいな歌を呟きながら、石川ウーは胸元に両手でハートを作ると、それを前方にスライドさせていった。するとその胸が輝き、両手のハートから眩いピンク光線があふれ出して天空に打ち上げられていく。ミラクル★から来た一人戦隊石川うさぎ。

 セーラームーンの必殺技みたいなウーの攻撃にサラリーマンは面食らって固まり、時夫は満月から降りてきた糸を避けるために彼を押し倒した。そうなのだ、石川うさぎには必殺技があったのである。月の中から出てきた女王サリーはウーの眩いピンク・ピストルのピンク光線に、片手で目を覆った。

 ありすは電柱の足場を忍者にようにスルスルと駆け上ると、一気に月に向かって飛び上がった。無数の蝶や蛾をまとっている。

「蛾蝶が蛾ァ蛾ァ、蝶々発止ッ!」

 月の扉のヘリにしがみつくと、ありすは懐から何かを投げ込んだ。サリーは歯を食いしばって、背からいきなりギラッと光るものを取り出した。それは日本刀だった。振り下ろすも、刀はありすの「陰」をした蛾と蝶につかまって、実体の方のありすは月の中にいよいよ乗り込んでいく。サリーはありすの、そして蝶と蛾の侵入を防ごうと細腕で必死に攻防を繰り広げ、遂に月の扉を閉めた。

 ありすは満月から飛び下り、電柱を伝って路地に戻ってきた。

「やったわね。行きましょ」

 ありすは唖然している時夫に満足げにそういうと、腰を抜かしたサラリーマンを置いて、二人を連れ月丁目の坂道を下っていった。時夫には科術と魔学は似たようなものだとしか言えない。意味論はどっちなんだ。相変わらず、残り二つの巨大な月の存在が気になるも、それらは家々の屋根に見え隠れしている内、いつの間にか姿を消している。それは月丁目を離れた証拠だった。

「これでもうあいつは月の中からは出て来れない。女王の、この町への直接攻撃は出来ないって事よ」

 月丁目の存在意義をありすは元々知っていたような口ぶりだった。しかし、ここから月の中から出現し、佐藤さんを誘拐する女王サリーに反撃できるということは、巨大野菜たちに教えてもらったらしかった。その辺の事情について時夫が訊くと、

「いきなりここに来てもダメなのよ。月丁目は何の変哲もない町になってしまう。ウルトラクイズでいきなりニューヨークに行くようなもん。順を追わないとニューヨークは決戦地にならない。今日、愛丁目・夕丁目を通ってたどり着いたことで、月丁目に手が届くくらい近くに月が浮かんだ空間が出現し、その町にあたし達はたどり着くことができた。それをかぼちゃたちから教えてもらったの。きっと、あのど根性大根さんの貴重な情報ね」

 と謎の解説で答えた。

「ああなるほ……」

 そういうものとして納得するしかないのか。ど根性大根が教えてくれただって? 野良猫の集会じゃないんだから、この町に野菜のネットワークがあるというのか?

「そうよ。さすがに野菜ネットワークまでは地下の勢力も存在に気づいていない。彼らは、この町の地下に対するレジスタンスの一員らしいのよね」

 ふぅ……。というか、おふぅ……。


 三人は夜のセントラルパークへと到着した。

 外周のジョギングコースを歩いて回る。途中、噴水に立ち寄ったが白井雪絵はいなかった。三人は光る茸畑に居るのではないかと考え、真っ暗な林の中へ入っていく。

 ザシッガシッ。シャベルの音と共にライトを足元に照らす白彩店長の姿が見えた。三人は木陰から見守った。彼はオリジナルの茸か、子株か……。

「……は、早くカシラを作らないと。女王陛下に電柱にされる」

 人に聞かれたら怪訝な顔をされること請け合いの独り言を店長は呟いていた。

「……ここには雪絵さんは居ないみたい。長居は危ないわね。行きましょ」

 ありすは大して店長に気にも留めなかった。歯牙にもかけてないともいえる。どうやら子株なのかもしれない。

 この町の人々は日々誘拐されている。あらゆる変身魔術を使うサリーの魔法で、電柱にさせられた人、砂糖にされた佐藤さん、てんとう虫にされた暴走族。その真灯蛾サリーと戦う古城ありすは言う。

「彼らを元に戻すには、サリーを倒すしかない。サリーの地上での手先があの和菓子屋」

 しかしセントラルパークに居ないとなると、雪絵はどこに行ったのか。

「ま、一段落したんだし、今日はよしとしよう。近くに知り合いの店があるから晩ご飯おごってあげる」

「やったッ月夜見亭でしょ?! 金時、あんたラッキーだよ」

 ウーがガシガシと時夫の肩を叩いた。二人の話では、店は開いてない時もあるらしい。それにしても全く、この二人は普通に「時夫」と呼べないのか。

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