第19話 路地裏のロジック

「あれが科術のコンサートだってことは分かったよ。でもそれが地下の戦いとどうつながってる? もう少し先に説明してから行動してくれないか」

「全く」

 ありすは時夫をにらむ。

 ありすのスマフォが着メロを奏でた。

「……来た。続々と、コンサートのお客さんたちからの反応が。あたし達の演奏が、みんなのハートを輝かせたんだよ」

 ありすはにっこり微笑んだ。野菜にハートねぇ。ありすが野菜たちに向かって放り投げたギターピック、後で会場に落っこちてたぜ。まぁいいけど。

「さっき、お客さんたちが恋文町のあちこちに散らばっていったわよね」

 はいはい。お客さんね。いいけど。

「町の情報網が動き出したって事。金時君は、町を脱出しようとして道に迷ったよね。それは金時君が悪いからじゃない。不思議の国として目覚めた恋文町は、地図通りに行ってもダメな迷宮になっている。たとえば、工事中の道路を通行禁止にするカラーコーンや、敷地への立ち入りを禁ずる黄色いプラスチックの鎖。本来は、通ろうと思えば通れるでしょ。でも、この町では物理的に通れない。『通ってはいけない』という意味論がそこで発動しているから。そして監視されてる。それが……こいつ」

 ありすがスマフォで見せたのは壁に埋め込み式の金ぴかの送水口。二つ目の金属製のカエルの顔にも似たその形状。

「こいつは司令官なのよ。法令で、高い建物や広い施設には必ず存在する。気をつけて。消防車が水を送り込むだけじゃない、こっから監視しているし、時にはレーザーを発射して攻撃するわ。それともう一つ。迷路は、カラーコーンや工事の関係でいろいろ変化している。正しいルートを進むための、いろいろなものを見落としている。うさぎ穴にしても雪絵さんの行方にしても、まずは情報収集よ。それがさっきのフェスティバルの意味」

 ありすはスマフォをいじりながら、板チョコを齧っている。普通のチョコだろうか?

「OK、月へのルートが分かったわ。これからスーパームーンに行って女王サリーと直接対決する」

「月に行くって? どうやって」

「この町から行けるのよ。さて行きましょ。月まで行って女王との戦闘開始よ」

 地下の次は月とか……頭がついていけない。

「また俺も、行くのか」

「私と一緒に居れば安全だから。マイナスも見方を変えればプラスになる。金時君はここに居れば安全だけど、もしかして雪絵さんを取り返す時に必要になるかもしれないしね」

 不思議が横丁から飛び出してくる、「不思議銀座」であるこの恋文町は、もう何も安全ではないのだ。本当に頼むぞ古城ありす!

 だが、やっぱりというかありすはこれから何をするのかをついに時夫に言わなかった。月に行くという話も荒唐無稽すぎるし、もし戦闘に巻き込まれでもしたら。

 ウーも時夫と同様に彼女の後を着いていくだけだった。時夫自身は素人だから仕方ないが、果たしてウーがどれくらいありすの作戦を理解しているのか。だがウーはといえば、この状況で鼻歌を歌ったり、軽いスキップをしている。うさぎだし仕方がない、そう思うしかないだろう。

 どっかで暴走族の音がか細く聞こえる。また今日も暴走族の単車がうるさい。

「単車ね。大分、数が減ったわね。暴走族の音。この近くみたい」

「ずいぶん遠くじゃないの?」

 ウーが上の空で答えた。以前は夜中に徒党を組んで、数台で走っている音が響いたが、だんだん数が減っている。車は近くを通っているらしい。ありすは音のする方へ歩いていった。街路樹の葉にてんとう虫が止まっていた。

「このてんとう虫はなれの果てよ。女王は暴走族が嫌いなんだ。きっと図書館に居た時、読書の邪魔をされて腹を立てたんだろう」

 ヴンヴンヴン! ありすの見下ろす、葉っぱについたその小さな赤い虫は唸り声を立てていたが、指先でつまむところりと落ちて、空へと飛び上がった。

 コトコトコト……。

 同じ木に別の音が響いている。

「おい、これ見ろ」

 葉っぱの影の枝に這うのは緑の芋虫ではなかった。銀色の電車だ。

「恋文駅のある電鉄の電車が、こんなところに……」

「あらゆる変身魔術を使うサリーの魔法で、電柱にさせられた人、砂糖にされた佐藤さん、てんとう虫にされた暴走族。そして満員電車。彼らを元に戻すには、サリーを倒すしかない」

 しばらく歩いてありすはまた立ち止まる。

 着いたところは何処からどう見ても普通の住宅街で、「情報」がなければありすでも見過ごしてしまうような場所だ。だが、時夫が番地を確認してみると何かが奇妙だった。

「恋文町愛丁目」

 足元のマンホールを見るとハートマークが記されている。

「番地の意味論が、町を支配する。ここは伝説の愛の戦士セントバレンタインが、ウィスキーボンボンでハートを撃ち抜いた場所よ。久しぶりに来た」

 ありすが時夫に説明してくれたが、さっぱりワケワカラン! 一体誰のハートを打ち抜いたんだヨ? とか思っているとウーの、石川うさぎの様子がさっきと違っている。頬を紅潮させ、あたりをうろうろし始める。あぁ、石川ウーか。

「ウーがウサ男(メン)と、ここで密会してたのよ。中菩薩峠でチューしてたの」

 こんな坂道で? だがウーにとってこの場所は、他人にとって平凡な場所であろうと、特別な場所であるのだろう。そもそも名称が「愛丁目」だしな。

「あっ、皆ちょっと来て!」

 ウーの声が、曲がり角の向こうから聞こえてきた。ありすと時夫が駆けつけると、電柱の横にもう一つ巨大な白い柱、ど根性大根がどっしりと聳え立っていた。しかもなんとなく手足があり、豊満な女性のようなポーズを取っている大根だ。

「わぁ~! あのかぼちゃさんが教えてくれたのってこのヒトだったんぁ」

 ウーは左右に身体を揺らしてしげしげと眺め、抱きついてスベスベと両手で大根の太もも部分をなでた。なんだかなまめかしい。

「分かった。このひび割れの横に、もともと地下に通じたうさぎ穴があったのよ。女王の手下が人攫いするために、こっから這い出てきてた」

「だからうさぎ穴って言わないで!」

 ウーがキッとなってありすを睨む。

「でも、ど根性大根が出口を塞いでくれた。これで確実に一箇所誘拐現場を叩き潰したって事ね」

 それがありすの科術による急成長で穴を埋めたのか、それとも自然にできたのか時夫には分からなかった。ありすの表情は、時夫には読めない。


 ヴヴヴヴヴヴヴ……。


 電光の鮫が路地を走って三人の横を通り過ぎて行く。形はチョウザメに似ており、大きさは二十センチくらいだ。

「反応しちゃダメ。敵よ。私達を探している」

「なぜ今気づかなかったんだ?」

「フン、もちろん科術よ」

 ありすは自信満々に胸を張った。


 日が暮れてきた。ありすはそのまま、夕日に向かってずんずんと歩いていった。後ろをついていく時夫にとって、この町でもう古城ありす以上に常に謎に満ちた存在はいない。

 ふと立ち止まり、ありすは辺りを見渡している。さっきの愛丁目と代わり映えしない住宅街の一角。夕日に赤く染まった白い横顔。時夫がその番地を確認すると、今度は

「恋文町夕丁目」

 マンホールは町に沈む夕日を描いている。

 パ~~~、プ~~~。

 豆腐屋のラッパがどこからともなく聞こえてくる。

「ここは夕日の国。ここは夕日が張り付いて、すべてが黄金色に染まったまま。ここに居たら、いつまで経っても日が暮れないわね」

 ありすの言う事は到底信じがたく、時夫にはただの冗談だとしか思えなかった。

「だから前に進みましょう。もう少しで到着する」

 ここはゴールではなかったようだった。

 やたら巨大なお化けアロエが生えていてギョッとした。

「そっちは行かないで。一度踏み入れると二度と戻れない横丁よ」

 ありすが指差した分岐点の左側は、道の向こうが不自然に暗くて何も見えない。思い出が横丁から飛び出してくる新宿の「思い出横丁」ならまだいいんだが。

 やがて日が沈み、辺りは真っ暗になった。歩き始めて一時間くらいしか経っていない。この恋文町の無限住宅街は迷宮のようで、時夫は無事帰れるのかと不安になる。どこもかしこも町の顔つきが同じなのだ。

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