第18話 野菜deロック・フェス

 七つ目団地の横を通り過ぎると、団地と団地の間の長方形の芝生に羊の群れが集まっていた。団地の芝生の端から端へとハイジャンプしている羊の群れ。ピョンピョン飛びながら、やがて高度が増し、ひつじ雲になって空になじんだ。

「わぁ~、ひつじ雲ってこういう風にできるんだ」

 ウーが呑気な声を出して空を見上げる。時夫はそんな訳ないと思う。あれは羊雲という言葉から、逆に羊が雲になった。意味論とはつまりそういう事なのだろう。

 たどり着いた場所は近所の空き地。何もない場所だ。

「ここがベストね。路上ライブやりましょ!」

 ロックミュージシャンのような衣装とヘアスタイルに扮した古城ありすはエレキギターを抱え、石川ウーはバニーガールのままベースを持ち、時夫は何も替えがないのでそのままの格好で、ドラムスの前に座らされている。時夫が台車で運んだ音楽機材はすべて半町半街の倉庫の中に眠っていたものだ。時夫は今日までドラムなど叩いたことはなく、ドラムスティックも持つのは初めてだ。しかし二人は当然演ったことがあるんだろうな。

「恋文町は、意外とコンサートのメッカなのよ。『U2』も以前来たし」

「U2……え、本当。それって世界的に超凄いバンドじゃん! それが何で恋文町なんかに。幕張なら分かるけど」

 ウーも驚く新事実。

「U2じゃなくてウニよ」

 まぎらわしいよ。

「なんだそれ! モーカットニーと同じレベルか」

「モーカットニーって?」

「ポール・モーカットニーとジョージ・ハリセンと、リンゴ・擦太(すった)とジョン・檸檬によるコミックバンドよ」

 他にもアロエスミスとか……あるらしいぞ。

「……俺も、演るのか」

「通過儀礼よ。ここはもうあなたが知ってる恋文町じゃない。不思議の国のルールにいい加減慣れてくれる」

 厳しいなぁありすは。一体何の通過儀礼なんだ。

「その前に一枚写真撮ろうか」

 時夫は演奏を引き延ばそうと、スマフォを取り出した。

「写真は止めて。魂取られるから」

「いつの時代だよ」

 しょうがなくなぜか時夫とウーだけで自撮りする。もっとも、意味論が暴走して本当に魂取られたら敵わない。

「わわわ私、初めてだから緊張する。どうしようありすちゃん」

「私だって始めてだから安心して。誰でも最初は始めてよ」

「イヤダイヤダイヤダ……」

 呪文のように繰り返す。

「うるさい! 目の前のお客はかぼちゃやじゃがいもだと思って!」

 じゃまいもと思え……か。なるほどな。だが、肝心の客が居ない。

「通行人も見えないぞ」

 目の前の事実に時夫はほっとした。普段から人通りの少ない恋文町で、真昼間から一体誰がここめがけて来てくれるのだろう。いや、そもそもここを選んだのって、どうなんだ。左右の家々にもご近所迷惑になりはしないか。

「始めましょ」

 平然というありすの掛け声とともに、演奏が始まったがギターもベースもドラムスてんでバラバラで、三人とも素人であることが直ちに判明した。

「あそうだ忘れてた。みんなこれ食べて。『首っ茸』。練習がてら演るわよ」

 これが地下の女王との戦いに何の関係があるのか時夫には検討も着かない。首っ茸とはお店で調合した漢方薬らしくて材料は不明だが、名前からして茸の一種だろう。「不思議の国のアリス」で出てきたキノコみたいに身体の大きさが変わったりしないだろうな。と時夫が躊躇していると二人はすでに食べている。本当に、食べて大丈夫かな?

 ギュォオオオオンン……!

 ありすのギターが突然唸り声を上げた。ありすはにっこりとし、足元に転がったエフェクターを自在に操作している。驚いたことにうさぎもベースを見事にこなしていた。時夫は首っ茸を噛み砕き、スティックを持ち直した。曲は「ロックンロールレタス」というありす作曲のロックで、コンピュータで打ち込んで作ったものをスマフォで再生して練習している。


 ズダダダン、ダダン、ダダダダ!

 なんて事だ。時夫を含む三人の演奏は約十五分程度の演奏で華麗なレベルに上達している。そうか、これが古城ありすの科術か。時夫は改めてありすが魔法使いであることを実感する。

 空き地奥の路地から、何かがわさわさと歩いてくる音がする。普通の人間の足音ではない。そして騒々しい。かなりの数だ。時夫はそれを見て固まった。左右から現れたそれは、前に見たことがある畑の巨大野菜だった。それ以外にも町中から集まった巨大野菜たち。根や蔦を利用して器用に歩いていた彼らは、まるで全国のご当地キャラが集結した光景を彷彿とさせた。

「本当だ、かぼちゃに見える!」

 ウーは人間だと思い込み、すっかりノリノリである。かぼちゃに見えるじゃなくて本当にかぼちゃだ。

「ポテ美(み)じゃない?! ポテ美でしょ、ポテ美!」

 ウーがじゃがいもを指差して興奮してる。

(何の話だ)

「まるで百鬼夜行だ」

「そうだよ。前にもこんな事があった。夜な夜なかぼちゃや大根が近くの畑から抜け出してきた野菜達がコンサートに来て、盛り上がっていた。彼らは朝までに還っていった」

「嘘だろ」

 真っ先に来て最前列を陣取っているのはきゅうり達だ。

「あぁ、きゅうりは足が早いからね」

 おいおい……。

「レディース・アン・ジェントルメン!」

 空き地はあっという間にデカ野菜たちで埋め尽くされ、三人の演奏に合わせてぴょんぴょんとジャンプした。ありすが言うことは間違っていなかった。確かに客はデカかぼちゃやデカじゃがいもだ。ウーが前面に出るときに限って、巨大野菜たちがオタ芸に走るのは何なんだ。

 空き地で行われた熱気あふれるロックコンサートは一時間行われ、余りの熱狂で失神し、お鍋にダイブする客が続出した。その間時夫以外はノリノリで観客と一緒に飛び跳ねながら続けられた。うさぎが跳ねるのは当然だな。

 佳境に差し掛かり、遅れて走ってきたのはメロン。

「走れメロン! やった、メロンがコンサートに間に合った!」

 ウーとアリスが涙ぐむ(……)。

「みんな、ありがとう~」

 二回のアンコールを経て、ありすの掛け声とともにコンサートは終わった。熱気とともに野菜たちは各地の畑に戻っていった。

「あたし、今気づいたんだけど。野菜だよね? みんな」

 ウーがとぼけたトーンで言う。

「え、今更?」

 さっき、ポテ美とか言ってたじゃないか。

「いや、一部は人だったよ」

 ありすが驚くべき事を言った。

「人? 居なかったよ」

「いたよ。緑の髪のおばちゃんと、紫キャベツみたいな頭のおばちゃんが」

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