「はぁあ~、とんだ食わせ物だよあの豚王子!」


 ラントン王子を王城に迎えて以降、私は何度も求婚のお断りを試みた。

 しかしその悉くを、話を遮り、聞いていなかったフリをして、言葉巧みに、ラントン王子は躱し続けた。ラントン王子の来訪から、今日で十日が過ぎている。未だに、私はきっちりと求婚をお断りできていない。


「これホントに、どうすれば断ったことになるの……」


 元の姿に戻った私が、ベッドに横たわって弱音を吐いていると、一緒に部屋に来ていたカレンデュールさんも怒り心頭だったらしく、いつぞやの謁見の時のように、剣鞘で床を打ち鳴らした。


「全く! リオナの言う通りです! あの放蕩王子……普段は王侯貴族たちの社交には全く参加しないと聞いていたのですが、何とも白々しく手強い……!」

「ホントですねー。私でもイラッとしてきましたあの王子様には」


 カレンデュールさんの発言に、フェルティちゃんも同意し、三人揃ってラントン王子の言葉巧みな社交に辟易する。


「だが、リオナはよくやっている。低身長のトントン族と踊るのは大変だったろう?」

「あーあれですか……本当に大変でした。私も、姫様の気持ちが分かった気がします」


 ただでさえ身長の低いラントン王子と踊るのは大変だったが、それに加えてやたらと王子が私に密着して踊ろうとしてくるのだ。

 ラントン王子の身長で私に密着すると、ちょうど私の股――秘所の辺りに、ラントン王子の顔の下部分、口の辺りが埋まるような形となるのだ。


 私はできるだけ距離を開けるようにしても、ラントン王子は頑なに私との距離を縮めようとして、そのせめぎ合いにとても苦労した。


 あの変態王子の対応を姫様にさせる事なく済んで、本当に良かったと思う。トラウマが再発するどころの騒ぎではなかったはずだ。

 私だって、今思い出してもぞっとする。


「私も、何度も止めに入ろうかと思ったのだが、済まぬ……。舞の最中に他人が立ち入ることは、何物にも代え難い無礼にあたるのだ。あの変態王子はそれをも考慮した上で、あのような行動をとっているのだろう……!」


 自らの不甲斐なさを恥じ入るように、カレンデュールさんは顔を伏せる。そして、わなわなと怒りがこみ上げるかのように顔を紅潮させると、カレンデュールさんは再び石床を叩く。


「ですが! 既にこちらは招待状にて、求婚のお断りの招きであることは明確に示している! それは先方とて承知していないというわけにはいかぬはず。であるならば、あと僅か四日間を耐え忍べば、我々の目的は達成されるのです!」


 勝ち鬨をあげるようにカレンデュールさんが、右手をぐっと胸の前で握りしめた。


「ラントン王子に、求婚のお断りを聞いて貰えなくてもいいんですか?」


 私は素直に疑問を口にする。


「そうだ。〝王族同士の求婚は直接お断りする〟のが正統な習わし……だが当然、過去にはラントン王子のように、話を聞かずに逃げ回る前例がないわけではなかった。故に、お断りの招待をし、直接の求婚の断りを二週間続ける。これを無事やりきることで、王族への丁重な求婚のお断りが成立すると認められているのだ」


 説明し終わって、「リオナにはあと四日間耐え抜いて貰いたい!」とカレンデュールさんが信頼の目を私へ向け、ようやく剣を腰へ戻した。


「明日は、私は姫様の皇族の儀の護衛をせねばならぬ。ファラギオン皇族の義務たる大事な秘儀なのだ。こればかりは、リオナにやらせるわけにも、私が抜けるというわけにも行かなくてな……。私に代わり、部下を二名ほどこちらへ回す。

 彼女たちは信頼出来る者達だ。安心して貰って良いし事情も把握している。もちろんフェルティは側に付けたままだ。護衛に抜かりはあるまい。この調子であれば、リオナは無事ラントン王子を退けてくれると期待しているぞ」


 再び、カレンデュールさんが信頼の微笑みを浮かべる。


 ――そんな時、私の部屋のドアがメイドさんによって開かれた。


「カレンデュール様……!」


 慌てた素振りで入ってきたメイドさんは、カレンデュールさんへと半分に折られた手紙のようなものを渡す。


「これは……!」


 その手紙を読んだカレンデュールさんが目を見開いて、下唇を噛んだ。



   ∬



 王城と王都を離れ、私とフェルティちゃんは皇族直轄領の外れにあるという、豊かな森に囲まれた別荘地へとやってきていた。天候も良く、暖かな日差しが注いでいて、あの豚王子の相手をするためにここへ来たのが残念で仕方がない。

 依頼が終わったら、姫様とカレンデュールさんたちと一緒にここでゆっくりと過ごすのもありだろう。


 私たちがここへ来たのは、ラントン王子が「(´・ω・`)煩わしい臣下達を遠ざけて、お話致しましょう」という内容の手紙を送ってきたからだ。


 たぶん、私からの話を遮る為に、トンスラーンから大勢の臣下達を連れてきたはずだ。

 だというのに、自分からその臣下達を遠ざけるなんて、ラントン王子が何かを企んでいるのは間違いない。


 けど、私としても、直接のお断りをきっちり出来そうな環境になったのも事実だ。


『済まぬ……こんな大事な場面で、私が側に居られないとは……だがここで所用だと断れば、万が一にも、鏡の指輪を用いていると、ラントン王子に感付かれる危険もある。断るわけにはいかないだろう……神速のフェルティ! リオナを頼むぞ!』


 悔しそうにしていたカレンデュールさんの姿を思い出す。

 今、ここに彼女はいない。


 この別荘に来ているのは、フェルティちゃんを含む三人のメイド。カレンデュールさんの代わりに来ている部下の女騎士さん二人、それと下働きで連れてこられている人たちだけだ。


「ラントン王子様がおいでになられました」


 フェルティちゃんともう一人のメイドによってドアが開けられた。


 とんとこと入室してきた王子は、私同様、三人のメイドと二人の騎士を連れている。

 騎士の内の一人は、最初の謁見時に連れていたガルフという獣人の男騎士だ。ガルフは右目に眼帯をしているオオカミっぽい獣人で、すぐに同一人物だと分かった。

 メイド三人は、一人はヒュラ族、もう一人は長い兎耳の獣人、そしてヒュラ族に似ているが耳だけ長い金髪。いずれも美人な女性ばかりだ。


「(´・ω・`)らんらん♪

 (´・ω・`)当方のお願いを聞き入れて頂き、大変感謝致しております、姫様」


 いつものようにトンスラーン伝統の挨拶をすると、ラントン王子は恭しく感謝の意を示す。


「いえ、私もラントン王子と落ち着いてお話ができたらと思っておりました」


 私が答えて微笑むと、ラントン王子が突然、私の前に片足を引いて跪いた。

 トントン族の短足では、まるで両膝立ちしているように見える。


「(´・ω・`)このラントン、姫様に直接の求婚をするのを忘れていたと。

 (´・ω・`)失礼ながら、つい先日思い至りました。

 (´・ω・`)故に、臣下達を遠ざける形を取らせて頂いたのです。

 (´・ω・`)どうか、シャルフィーナ姫様……女神ポーク様の祝福の下

 (´・ω・`)私と永遠の契りを交わしてくださいませ!」


 ラントン王子は、右の蹄を私に向かって差し出す。


 まさかラントン王子から、態々私の求婚のお断りを聞きに来てくれるなんて!

 絶好の機会を得た私は、満面の笑顔で切り出した。


「申し訳ありませんラントン王子。このシャルフィーナ・ファラギオン……ラントン王子の求婚を……お断りさせて頂きます!」


 ついに、私はラントン王子に求婚お断りを伝えた。


 やっと……! やっとだ!

 これで姫様もきっと安心して――


「――(´・ω・`)はまじはあ」


 跪いていたラントン王子は、短い首を振って呟くと、立ち上がった。

 そして私を見据える。


「(´・ω・`)そっかー」


 またも呟くような声で言ったラントン王子の表情からは、なんの感情も感じられない。


「では……私たちはこれで……王都へと帰らせて頂きます」


 ラントン王子の意図は見えないが、お断りをきっちり終えた私たちにはもうここにいる理由がない。さっさと王都に戻って姫様とカレンデュールさんに、直接の求婚のお断りに成功したことを伝えてあげたい。二人ともきっと心配しているはずだ。


 私が足早に王都へ帰るために部屋を出ようとしたその瞬間、


「(´・ω・`)やーだよ♪」


 とラントン王子が大声で叫んだ。


 その大声にびっくりした私の護衛の女騎士達が、とっさに剣の柄にに手を添えて振り返る。私も彼女たちに遅れて、ラントン王子へと振り返った。


 ラントン王子の護衛できていたガルフたち騎士も、ラントン王子の前に出て剣を手に添えている。


「急に何事ですか王子! 姫様に無礼であるぞ!」


 女騎士の片方がそう声を発して、ラントン王子へ突然発した大声の真意を問う。


「(´・ω・`)ねぇねぇ」


 それを聞いたラントン王子が、私たちに呼びかけるようにしゃべり始めた。


「(´・ω・`)きみさー、本当にシャルフィーナ?

 (´・ω・`)おかしいんだよねー、だって僕の知ってるシャルフィーナはさ。

 (´・ω・`)ラントンの事が大嫌いで、トントン族を見ただけで怯える子だよ?

 (´・ω・`)そのシャルフィーナがさ……面と向かってお断りしますって……。

 (´・ω・`)どう考えてもおかしいんだよねー」


「姫様を呼び捨てにするなど……不敬であるぞ! ラントン王子!」


 もう片方の女騎士が大声でラントン王子の無礼を責める。

 しかし、ラントン王子はそれに動じることなく、私を見上げ、その視線が段々と私の手の辺りへと下がっていく。


「(´・ω・`)それさー。もしかして、鏡の指輪じゃない?」


 そのラントン王子の台詞を聞いた途端に、王子の護衛騎士二人が剣を抜いた。私の護衛の二人も次いで剣を抜く。私は、右手の薬指にある指輪に隠すように触れた。


「姫様の前で抜剣するなど……どういうつもりだ! 無礼にも程があるぞ王子! この事、トンスラーン王に話せば、王子の廃嫡の危機にもなるぞ!」


 私の護衛騎士が避難する。


「(´・ω・`)なにそれ怖い。

 (´・ω・`)でもさー、疑われるような事をしてるのはそっちだよね?

 (´・ω・`)ラントンは難しいことはよく分からないけど……。

 (´・ω・`)ラントンは何も悪くないと思うなぁ。

 (´・ω・`)ガルフ……!」


 ラントン王子がガルフの名を呼ぶと、ガルフが顔を上に上げて「アオオオオオン」と大きな雄叫びを上げる。雄叫びが部屋に反響してとても五月蠅い。私はたまらず耳を塞いだ。

 しかし、部屋の隅に控えていたフェルティちゃんは大声にも構わず、部屋に取り付けられた窓のカーテンレースを乱暴にばっと開く。


「姫様……囲まれています!」


 フェルティちゃんが叫ぶように言う。


「(´・ω・`)実はさ、始めからこのつもりだったんだよね。

 (´・ω・`)あの厄介そうな女騎士もいないようだし、好都合だね。

 (´・ω・`)おい! 連れてこい!」


 王子が声を上げると、私の背後にあった部屋のドアが乱暴に開かれた。

 そこには見たことのある下働きの女の子と見知らぬ爬虫類っぽい顔の男が二人いて、その内の片方が、女の子の首筋にナイフを添えている。


「姫様……! お逃げください!」


 下働きの女の子が、私を見た途端にそう発すると、爬虫類男が「黙ってろ!」と女の子の首筋に当てるナイフをさらに強く押しつけた。女の子の首筋から少しだけ血が流れ落ちる。


 それを見た私の護衛の騎士二人が、剣を握る力を強めるように構え直した。


「(´・ω・`)やんやん?

 (´・ω・`)悪いけど、他の下働きも全員拘束させてもらったよ。

 (´・ω・`)この別荘の周りは、ラントンの雇った冒険者が取り囲んでる。

 (´・ω・`)別に逃げても良いけどさー、本当に逃げれる?

 (´・ω・`)たった二人の護衛で逃げれるかなー?

 (´・ω・`)それも下働きやそこにいるメイド達もみーんな見捨てて?」


 ラントン王子が脅してきて、私の護衛の女騎士二人と、そしてフェルティの表情にすら焦りが滲んでいた。


 さすがの神速のフェルティと言えど、こうも囲みに囲まれて、さらに人質まで取られては動きようがないらしかった。


「(´・ω・`)さぁ、その指輪を外して貰おうか!」


 ラントンに脅されて、私はフェルティちゃんの顔を見た。

 それにフェルティちゃんがこくりと頷いて、私は鏡の指輪を外した。


 私の周りを靄が覆う。すぐに私の姿はシャルフィーナ・ファラギオン皇女から、佐藤リオナの姿へと戻る。


「(´・ω・`)おほーっ」


 それを見たラントン王子が歓喜の声をあげた。

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