「よろしいです。今日の予定はこれまでにいたしましょう。

 なかなか様になってきましたね。特に食事会の礼儀に関しては申し分ありません。舞に関してもとても筋が良く、私が姫様の騎士となる前とは大違いです。一体どこで身につけたのか、私の方が教えて貰いたいほどですよ。

 ラントン王子の一行は、明日到着される予定です。それまでは、リオナさんは休んでいてください」


 白銀の甲冑を脱いで銀色の髪を下ろし、淑女らしい格好になったカレンデュールさんが私を見て微笑む。

 今の彼女は言葉遣いも騎士の時とは違っていて、柔らかな雰囲気を醸し出している。


「いえ、カレンデュールさんには到底及びません。せいぜい本番でボロが出ないように頑張ります……」


 カレンデュールさんに、ダンスの出来を褒められ安堵する。


 姫様の影役を引き受けてから、一週間が経った。

 私はこれまでフェルティちゃんと一緒に王城に住み込み、姫様の護衛の空き時間に、カレンデュールさんとその部下の人たちから、様々な指導を受けていた。

 食事の際のマナー、謁見時の受け答えの作法。そして、今やっていた社交ダンスの練習などなど。


 中でも一番苦戦したのは謁見時の作法だ。“互いに頭を垂れてはならない”という事を初めとして、日本と異なっている部分が多く、覚えるのにとても苦労した。

 食事の際のマナーは、欧米のレストランでのマナーに準拠したもので、ほぼそのまま適用できた。

 社交ダンスに関しても、たまたま養成所で変わり者のダンス講師から習っていたこともあってか、なんとかついていけた。


「では、私は姫様の護衛が後に控えているのでこれで失礼します。フェルティさんもリオナさんの入浴のお手伝いを終えましたら、今日は休んで頂いて構いませんよ」


 カレンデュールさんは、私と部屋の隅に控えていたフェルティちゃんに声をかけると、部屋を出て行く。


「ふぅ~! やっとこの服が脱げます!」


 カレンデュールさんが部屋を出てすぐ、フェルティちゃんが大きなけのびをして息をはいた。


「そんなに窮屈なの? それ」


 私がそう質問すると、フェルティちゃんがくるりんっと回転する。

 メイド服姿のフェルティちゃんもとっても可愛いと思う。


「可愛いは可愛いんですけどね! メェラ族の私にとっては露出面積が少なすぎて、服の中に熱が籠もってしまうんです。もうちょっと肌を露出させて貰えると有難いのですが……」


 フェルティちゃんは、パタパタと首回りの服を開け閉めして服の中へと空気を送る。チラチラと彼女の豊かな胸元がのぞいた。


「なるほど……私は前にフェルティちゃんが着てた服は、露出しすぎ! って思ってたよ。確かに、フェルティちゃんに抱きかかえられた時、滑らかな感触だけど暖かかったかも。種族毎にいろいろな特性があるんだね」

「はい! 理解して貰えてうれしいです。ささ、入浴に向かいましょう!」


 私はフェルティちゃんに手伝って貰って、姫様も使う浴槽で入浴を終えると、その日は早々に休むことにした。



   ∬



 そしてついに、この時がやってきた。


「トンスラーン王国第一王子! ラントン・トンスラーン様、ご入場です!」


 カレンデュールさんの部下の声が響き渡る。

 ここは、私とフェルティちゃんが最初に姫様に会ったのと同じ謁見の間だ。


 しかし、いま奥にある椅子に座っているのは、シャルフィーナ皇女ではない。

 座っているのは私、佐藤璃緒名だ。

 左手にはカレンデュールさんが、そして右手の端には二人のメイドさん達と共に、腕利き冒険者、神速のフェルティが側に控えている。


 とことこと、トントン族の男がこちらへやってきて、私の前方へ辿り着くと歩みを止めた。

 彼の背後にはトントン族ではない、甲冑を着込んだ獣人が控えている。きっと王子の護衛だろう。


「(´・ω・`)らんらん♪」


 愛くるしい豚面でトンスラーン伝統の挨拶をすると、改めてラントン王子は口を開いた。


「(´・ω・`)この度は、お招き頂き有り難うございます、シャルフィーナ皇女。

 (´・ω・`)このラントン・トンスラーン、姫様の要請に応え参上いたしました。

 (´・ω・`)久しぶりにお目にかかります。お体の方はもうよろしいのでしょうか?」


 ラントン王子はまるで何の感情も感じさせない仮面のような愛くるしい豚面で、私に頭を垂れることなく挨拶をする。


 まぁ、私にトントン族の顔色なんて読めるわけもないんだけどね。

 だって本当にただの豚顔なんだもの。某有名アニメ映画に出てくる豚人間、まさにそんな感じなのがトントン族だ。


「遠いところ、当方のお招きにお応えいただき、大変うれしく思います。なにぶん私は虚弱な体でして、その節はお会いできず大変残念でした。私に比べラントン王子は、その恰幅の良い健康的なお体……ご健勝なようでなによりです」


 私は椅子に座ったまま、気品を崩さない微笑でラントン王子に応じる。


「(´・ω・`)それだけが、トントン族の取り柄でございますから。

 (´・ω・`)シャルフィーナ姫様も、昔と変わらず大変お美しく。

 (´・ω・`)私の目には、まるで我が国の《女神ポーク》様のように映ります……。

 (´・ω・`)さて、口上はこのくらいで……この度はどういった御用件でしょうか?

 (´・ω・`)皇王陛下にもお目にかかったのですが、お応えいただけず……。

 (´・ω・`)姫様に聞けと促され、こちらへ伺った次第であります。

 (´・ω・`)もしや、私の求婚に応じていただけるとか……?」


 どうやら私の左手薬指に填められた鏡の指輪は、十分にその効力を発揮しているようだった。

 会話をしても不自然な反応が返ってくることはない。ラントン王子の目には、しっかりと私がシャルフィーナ姫に見えているらしい。


 早速本題を問われ、私はより一層笑みを深める。


 カレンデュールさんに聞いているところによれば、婚姻のお断りの為の招待であるということは、招待状に既に記されているはずだ。

 だというのに、「どういった要件なのか? 求婚に応じてくれるのか?」ときている……虫が良いにもほどがある。


 そちらがその気なら、私にだってやりようがあるってものだ。さっさとお断りしてお帰り頂こうじゃないか。姫様のためにも、終わらせるなら早いほうが良い。


「今回お呼びしたのは、他でもありません。そう、先の陛下との謁見の折、ラントン王子が私にされた求婚についてです。大変恐縮でございますが、今回の求婚、お断りさせ――」


 私が断りの台詞を言いかけたところで、ラントン王子は自らの右の蹄を掲げると、私の話を遮った。


「(´・ω・`)――おっと! 大変失礼いたしました

 (´・ω・`)姫様に、一緒に連れてきた家臣を紹介するのを忘れておりました。

 (´・ω・`)私の後ろにいるものは、我が筆頭騎士であるガルフ。

 (´・ω・`)そして……お前達も入って参れ!」


 ラントン王子が声をかけると、次々とトントン族や獣人たちが入ってくる。

 それに対して、カレンデュールさんが「順番に、順番にご入場ください!」と訪問者の一団を宥めていた。


 この豚王子……今私が断りかけたのを察して、わざと割り込んで来たでしょ……。

 やはり一筋縄では行かない。カレンデュールさんの話は事実なようだ。


 この後、延々とラントン王子に付いてきた人たちを紹介され、私は求婚をお断りする機会を逸してしまった。

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