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「なるほどな、声専門の演者とはこのようなものなのか……勉強になったぞリオナ。
しかし、東方のヒュラ族というのは面白い話を作るものだな。川に流れてきた果実から人が生まれるなどと、フフッ、私もこんな愉快な物語は初めて聞いたぞ。そなたの演技にはまだまだ拙いところもあるが、そのように澄んだ綺麗な声で語って聞かせられると、物語もまたより一層と面白くなるというものだな!」
シャルフィーナ皇女は、私の語って聞かせた桃太郎――異世界風アレンジ――に酷くご満悦だった。
でも同時に、私の演技は拙いってダメ出しもされてしまった……。
即興でぐだぐだだったのは認めるけど、それでも演技は演技だ。それは異世界だろうと変わらないってことかな。相手は王族だし、普段からさぞ高名な劇団か何かの芝居を見て目が肥えているのかもしれない。
「僭越ながら! 姫様のお声も大変澄んだ美しい声であると、私は思います……」
桃太郎を語る内も常に姫様の横に控えていた女騎士が、そう言って若干恥ずかしそうに俯く。
「そうか、ありがとうカレンデュール。なら尚の事、リオナは私の影として適役であるかもしれないな」
「私もそのように思います」
《カレンデュール》と呼ばれた女騎士が嬉しそうにシャルフィーナに首肯する。
そんな微笑ましい光景を眺めながらも、私の心臓は大きく脈打っていた。
別に女の子同士の百合っぽい展開に興奮してとか……そういうんじゃない。
私はシャルフィーナ皇女の影武者になる。たぶんこの展開は避けられそうにない。
なにせ王族の依頼らしい。
ダックスさんと話したのは《冒険者酒場》だ。
王族から影武者の依頼がダックスに舞い込み、そして、私がその影役の演者として異世界屋の老婆に送り込まれた。
話を整理するとこういう事だろう。
でもさ、よく考えてみようよ。
影武者を用意しなきゃならない状況って、どういう時?
それは、シャルフィーナ皇女の身に危険が迫りつつある時だと思う。
もしかすれば、命を狙われているのかもしれない。
目の前の光景はとっても微笑ましい姫と従者の語らいだが、現実問題として、私はかなり危険な状況に放り込まれているのではないだろうか。
っていうか、本当に私が影武者やるの? この姫様の!?
無理無理、絶対無理だよ。私、お姫様の役なんてやったことないし!
……落ち着け私。ま、まずはどういう経緯で影が必要になったのか、具体的な話を聞いてみよう。もしかしたら、影なしに解決する方法が見つかるかもしれない。
「あの、それで……」
「ん? どうしたリオナ」
「その……私が、姫様の影役だという事は分かったのですが、具体的にどういう状況で、姫様が影役を必要とする事態になったのかなぁ~と思いまして……」
私がそう尋ねると、シャルフィーナとカレンデュールの二人はバツの悪そうな顔をして、私とフェルティちゃんに向き直った。
「済まぬ、声専門の演者というところから思わぬ脱線をしてしまった。本筋はそちらだったな、無駄な時間を使わせてしまった」
「いえ、私は全然問題ないですから!」
私に同調するように、フェルティちゃんも「私も時間なら十分ありますよ~」と笑顔だ。
「話せば長くなるのだが……そなた達はトントン族のトンスラーン国を知っているか?」
姫様の問いに、フェルティちゃんが元気よく手を挙げた。
「はい! トンスラーンと言えば、小国の乱立するこの辺りでは一番のお金持ち国です! あ、すみません、別にファラギオンが小国って言いたいわけじゃないですから、お気を悪くしたらごめんなさい、姫様!」
フェルティちゃんがそう発言すると、フォローするようにカレンデュールが割り込む。
「我らがファラギオンは、乱立する周辺諸国をまとめ上げる、盟主国として知られている! シャルフィーナさまの父君である国王陛下の名の下に、多くの国々が集い、周辺諸国の平和と安定に寄与しておられるのだ!」
きっとこの国は、カレンデュールさんにとっての誇りなのだ。小国と言われたところで割り込み説明する姿から、それが明確に感じ取れた。
「良い、カレンデュール。確かに我が国は小国だしな。それで……そのトンスラーン国こそが事の発端なのだ……」
シャルフィーナはそう言って、しばらく沈黙してしまった。
何度か言葉を発しようとしては、思い留まるように詰まるシャルフィーナ。言葉を選ぶのに苦悩している様子がはっきりと窺えた。
「姫様……どうか私に説明させてくださいませ」
「……いいでしょう。カレンデュール、そなたに任せる」
シャルフィーナは頬に手を当てて大きく息を吐きだすと、椅子に深々と体を預けた。
「事の発端は、トンスラーン国の王子が我が君――シャルフィーナ様に求婚してきた事にある」
仇敵を見るような目つきとなったカレンデュールが、滔々と語り始めた。
「確かに……確かに周辺諸国の安寧の為、一番多くの国費を供出しているのはトンスラーンだ。だがしかし、奴らは、特にトンスラーン国のラントン王子は、事もあろうに、我が君に求婚してきたのだ!」
カレンデュールは興奮して言い放ったが、しかし、それはいけない事なのだろうか?
王子が皇女に求婚? 結構じゃないか。身分にもそこまで大きな差があるとは思えない。
「……王子が皇女に求婚してはいけないものなのですか?」
「そうではない……そうではないが。他国の王子を無碍に言うのは趣味ではないが、だが敢えて言わせて貰おう! ラントン王子は放蕩王子として知られている! それも、幼少のみぎりのシャルフィーナ様に対して、数々の非礼を働いてきた無礼者なのだ!
姫様はラントン王子の所業が原因で、一時期トントン族を見る度に怯えるような状態にまで追い詰められたご経験すらあるのだぞ!
そのラントン王子が姫様に求婚など……そんな事はもってのほか、論外だと断言しよう!」
カレンデュールは、シャルフィーナ入場の時のように剣鞘で床を打ち鳴らす。
「なら、断ればいいのでは?」
フェルティちゃんが、間髪を容れずにそう言って首を傾げる。
その通りだと私も思う。嫌なら断ればいい。
「それこそが問題なのだ……」
カレンデュールは悔しそうに唇を噛み締めるが、すぐに話を再開した。
「先程も言ったように、我が国にはトンスラーンに対して無碍に出来ぬ理由がある。そう、周辺諸国の安寧のため多くの資金を供しているのはトンスラーンなのだ。余りに無碍に扱えば、盟主国としての我が国の威信にも関わる。だがそれでも、求婚を断ることはできる、できるが……」
「なにか、条件があるのですか?」
私の問いにカレンデュールが頷く。
「その為には、皇女自ら、直接ラントン王子に断りを入れなければならないのだ……。今でこそ、姫様はトントン族を見ても平静を保っていられるほどにご回復なされたが、ラントン王子本人に直接会うというのは、どう考えてもまだ無理だ。
今までは王子から面会の要請があっても、のらりくらりと理由を付けて回避して来たのだが、求婚への返事となればそういうわけにもいかず……ましてや、断りを入れてもしつこく食い下がってくるであろう、ラントン王子の対応を数週間もする事など……」
それで影役の演者が必要になったというわけか。
「つまり、シャルフィーナ様に成り代わって、ラントン王子からの求婚を断るのが私の仕事ってわけですか」
「そういう事だ。もちろん身の安全は保証する。私は場合によって常に側にいるという訳にはいかぬが、侍従として、神速のフェルティを側に付ける。彼女はその為に呼んだのだ。
もし求婚を断られ激昂したラントン王子が暴力に訴えようとも、リオナの身に危険が及ぶことはないはずだ」
カレンデュールが肯定し、影役待遇を説明し終えると、黙り込んでいたシャルフィーナが話し始めた。
「先程そなたに容姿の事で偉そうに言っておいて情けないが、ラントン王子だけは……そう、どうしても、生理的に無理なのだ……。頼めないだろうかリオナ、私に代わり、ラントン王子へ求婚の断りを入れて欲しい」
今にも泣き出しそうな表情で、シャルフィーナが私に聞く。
それに私は――、
「――分かりました。姫様の影役、お引き受けします!」
姫様を安心させようと、満面の笑みを浮かべてそう答えた。
ラントン王子がどんな嫌な奴なのかは分からないけど、お断りすればいいだけだ。
最初こそ、影役の依頼をどうにかしてやらずに済むような理由を探していた私だったが、どうやら私が考えていたような、命が脅かされるような危険な状況ではないようだ。
それに、トラウマになるほど心に傷を抱えた姫様の願いを踏みにじってまで、断るような仕事でもないと思う。
やってやろうじゃないか。
そんなダメ王子からの求婚なんて、お断りしてやる!
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