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「う゛ぅ……ぎもち゛悪い……」
私はフェルティちゃんに抱えられたまま、凄まじい速さで街を抜け、町の中央の小高い場所にある、お城の門の前へとやってきていた。そして酔った。
「ごめんね、お姉さん。王族との約束に遅れるわけには行かなくて……」
フェルティちゃんが、私の背中をさすってくれている。
そうしていると、着いた時にフェルティちゃんから要件を伝えられた門番が、女性を伴って戻ってきた。女性は白銀の甲冑をまとい、長剣を腰に携えている。髪の色は綺麗な銀色だ。長い髪を編み込んでまとめて結っている。
「君たちが件の冒険者か」
女騎士は凛とした声でそう言うと、値踏みするような目で私達二人を見た。
「なるほど、君は《神速のフェルティ》……。それで、そちらの女性が例の……?」
「はい、そうです!」
女騎士の問いにフェルティちゃんが元気に答える。
し、『神速の』フェルティ!? なんかフェルティちゃんに凄い二つ名が付いてるんですがそれは……。私もなんか『例の……』なんて言われてるけど一体どういうこと!?
「ふむ、まぁ良いでしょう。では、どうぞ私に付いて来てください」
女騎士に言われるがまま、私とフェルティちゃんの二人はお城へと足を踏み入れた。
見たことのない綺麗な花が咲き乱れる中庭を抜け、長い石廊下を歩んで行き、そして階段を登った。
そうして、私たちは一つの部屋へと通された。
「ここで暫く待っていてください」
女騎士がそう言うと、部屋の奥にある幕のかかった部分へと入っていく。待つ間、私達は部屋の中央で突っ立っている事になった。
そんなに大きい部屋ではない。しかし、上品な空気を纏っているように感じるその部屋の内装は、客室と言うには些か豪著過ぎるように思えた。なにより、私達の前方には大きな椅子。その椅子に、色鮮やかな花々の生けられた花瓶が載せられた小さなテーブルが添えられていて、まるでそこに誰が座るのかが決められているかのようだった。
ま、まさか謁見の間!? そう言えばフェルティちゃんが王族とかなんとか言ってなかったっけ!? こ、ここ王城だよね……!?
「フェ、フェルティちゃん、も、もしかして……お、王様!?」
私が声優にあるまじき吃り方をしながら、フェルティちゃんに小声で問いかけると、
「王様じゃありませんよ。でも王族は王族ですねっ! 大丈夫です! お姉さんは普通に受け答えすれば何の問題も起きませんよ。この国の王族は、民からの信頼も厚い人達ばかりですから!」
と眩しい笑顔で元気に答えてくれた。
その晴れやかな表情に安堵を覚えていると、女騎士の入って行った幕が再び揺れた。
出てきたのは女騎士だ。
彼女は大きな椅子と私達との間に入る位置の右手に移動すると、腰に据えていた長剣を取り出す。そして鞘から刀身を晒すこと無く、両手を柄に添えるようにして、鞘に収まったままの剣の先端を石床に打ち付けた。
決して、小さくない音が部屋中に響き、空気が引き締まる。
「我らがファラギオン皇国、第一皇女、シャルフィーナ・ファラギオン殿下にあらせられる!」
女騎士が凛とした声で告げる。
そして女騎士の出てきた幕が、二人のメイド姿の女性によって大きく開かれ、裾の縁を金色のラインで彩られた白いドレスを着た女の子が現れた。
ドレスの装飾と同じ金色の瞳、深紅の長髪。
顔の造形を見れば、劣等感で毒付きたくなるくらい整っていて、しかし、まだ少女と言っていいあどけなさを残しているように、私には感じられた。
私が日本人の習性から咄嗟にお辞儀をしようとすると、フェルティちゃんが小声で「そのまま、そのまま」と言ってきたのでぐっと頭が下がるのを堪えた。
シャルフィーナ皇女。彼女が大きな椅子にその身を預けたところで、女騎士が長剣を腰に戻し、皇女に向き直って言った。
「シャルフィーナ様、《メェラ族》の方が神速のフェルティ。そして、ヒュラ族の方が例の者でございます」
「ふむ、二人共よく来てくれた。……そなたが勇名轟くあの神速とはな。人は見かけによらぬとは正にこのことだな」
「あはは、すみません。ちょっと急いでいたもので、普段の仕事着のままなんです。お目汚しをお許し下さい妃殿下様!」
シャルフィーナ皇女の言葉を受けて、フェルティちゃんがちょっぴり申し訳なさそうに笑った。
「良い、それはそれで似合っておるぞ。そしてそなたが……そなた、名はなんと申すのだ?」
次は私だと覚悟はしていたが、本物のお姫様に圧倒されて言葉が詰まってしまう。
「あ、えっと、その、私は……リオナ・サトウと申します!」
「ほう……そなたは姓を持っておるのか。実はよほど高貴な血筋の者ということか……?」
「……へ!? いえいえいえ! もうド平民です、ド平民!」
私が首をブンブン振って否定すると、シャルフィーナは不思議そうに目を丸くする。
「はて、性を持つと言えば高貴な者であると相場が決まっているのだが……」
シャルフィーナが小首を傾げる。
「僭越ながらシャルフィーナ様。東方に住まう一部のヒュラ族は、平民でも性を持つ者がいるという噂を聞いたことが有ります。しかも、とてつもなく膨大な魔力を秘めた、魔法適正の高いものが多いとか……リオナ・サトウはそのようなヒュラ族出身なのではないでしょうか」
控えていた女騎士が口を挟むと、シャルフィーナの金色の瞳が珍しいものを観察するかのようにきらりと光った。
「そうなのか? リオナ」
「……はい、そうです! 私の周りでは平民でも苗――じゃなくて性を持っている人がたくさんいました」
それに、ダックスとのやりとりを思い出す。
どうやら私の魔力は高いって事みたいだったし、たぶん『東方に住まう一部のヒュラ族』とは、日本人の事だ。
「それはまた面白いな……。まぁそれはともかく、本題に戻ろう。つまり……リオナが私の影となってくれる演者というわけだな。よろしく頼むぞ、リオナ」
姫様がそう言ってまだ少女さながらの、あどけなさの残る笑顔を私に向けた。
「――えぇ!? 影!? 影って……まさか影武者!?」
「か、影ムシャ? ムシャとは何か知らぬが、そうだ、私の影、変わり身だ」
私が茫然自失で口をパクパクさせていると、シャルフィーナが再び小首を傾げる。
「なんだ、聞いておらぬのか?」
「えっ、あ、はい。すみません初耳です」
なんとか正気に戻って、シャルフィーナに答える。
「では、そなたは演者ではないということか? それは困ったな……」
シャルフィーナが女騎士の方へと視線を向ける。
「確かに、ダックスに『演者を用意するように』と、依頼したはずなのですが……」
女騎士がそう言ってこちらを、特にフェルティを睨みつけるようにする。
フェルティちゃんも想定外に面食らったようで慌てているような素振りを見せ、私はフェルティちゃんに申し訳なくなって、女騎士の怒気の篭ったような視線にビビりつつも声を上げた。
「あ、いえ……! 演者は演者なんですが、その……私は声専門なんです! ほ、ほら、私、こんな顔ですから! そこまで綺麗じゃないし! それに、姫様には似ても似つかないし! 影役なんて無理です!」
私がこの世界の人達の容姿への劣等感を交え、必死にそう説明すると、始めは私の勢いに呆気に取られたようにしていた姫様が安堵の表情を浮かべる。
「なんだ……そんな事を気にしていたのか。声専門の演者とは余り聞いたことが無いが、紙芝居のような物を読み聞かせる専門の演者という事か?」
「あ、はい! そうですそうです、紙芝居専門です!」
紙芝居、そういう仕事もあるけど、私の仕事の多くはアニメだ。と言っても、現状では仕事それ自体が多くないんだけどね……はぁ。
姫様とのやり取りで、自分が演技力向上の為に異世界屋を訪れ、そしてこの世界に送り込まれた事を思い出す。この数時間、目まぐるしい怒涛の展開に翻弄され続けていて、私はその事を少し忘れつつあった。
「――ふむ、声専門か。だが、それなら問題はないだろう。いや、むしろ相応しいとすら言えるかもしれぬ……。それと、余り自分の容姿を卑下するものではないぞ」
「え、あ、はい。すみません、以後、自重します……」
自分よりも年下に見える姫様にそう諭されて、なんだか恥ずかしくなってしまった。やっぱり王族ともなれば教育っていうか色々違うね、うんうん。人ができてるよ。
「うむ」
シャルフィーナは満足気に頷いて微笑む。
「それで、そなたが案じている私に似つかぬという件だが……これを使うのだ」
シャルフィーナが私とフェルティちゃんに見えるように左手を掲げ、そして薬指に収まっていた二つの指輪、その内の片方、赤色の指輪を外した。それから女騎士に目配せして指輪を渡すと、こくりと頷いた。
「では、失礼致します」
女騎士がそう言って、シャルフィーナ皇女から受け取った指輪を左手の薬指に装着。
――すると、一瞬、靄がかかったかのように女騎士の姿がぐにゃりと揺らぐと、そこにいたはずの白銀の甲冑を装備した銀髪の女騎士が、隣にいるシャルフィーナそっくりのドレス姿へと変わっていた。
いや、服装だけではない。
鮮やかな深紅の長髪、気品漂う金色の瞳。その姿形すべてが、隣の椅子に座るシャルフィーナと全く同じになっていた。
「これは鏡の指輪という魔法具だ。片方の
「ハッ!」
シャルフィーナ皇女の命に、凛とした声でシャルフィーナ(女騎士)が応えると、女騎士が指輪を外したようで、再び靄がかかると元の甲冑姿へと戻った。
「影である間はこの指輪を付けてもらう。だから容姿の違いは問題にはならぬ。
ただ、気付いたかもしれぬが、変わるのはあくまでも姿かたちだけなのだ。その者の声や表情の変化、仕草といったものまでは誤魔化せぬという弱点も抱えている。故に、“影役の演者”を欲していたというわけだ。どうだ、得心がいったか?」
「はい……凄いですね、完全にファンタジーです!」
「ふぁんたじー? なんだか分からぬが、分かったのならばそれで良い。
ところで……私はそれよりも、声専門の演者というのが気になるな。声専門の演技というのはどのようにするのだ? やってみせよ」
マジックアイテムを目の当たりにして少しだけ興奮していたところに、唐突なシャルフィーナ皇女の要請を受け、私はしどろもどろになりながらも、覚えている昔話を語って聞かせることにした。
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