3
私とマネージャーの宇賀神さんは、アフレコスタジオから
私たちは空いている会議室へと入り、そのドアが閉められた瞬間に私は切り出した。
「そ、それで! 私、どうダメだったんですか!?」
「……うーん、全部」
「全部……!? 宇賀神さんいつも投げやりじゃないです?! もっとこう、具体的に教えてくれてもバチは当たらないと思うんです私!」
「と言ってもなぁ……」
宇賀神さんは左手で項をポリポリとかく。すると突然、会議室のドアが空いた。
「おっはようございマース!」
大きな声で挨拶をして現れたのは、どう見たってその辺のチンピラにしか見えない風貌のオジサンだった。
年に似合わない染色された茶髪、紫色のスーツと立てられた襟。そしてジャラジャラっとした幾つものアクセサリー。それらが、これでもかとばかりに自己主張している。
これでサングラスまでしてたら、完璧な色物キャラだったね。
「ん? あ、あれ、ここ第二会議室……だよね?」
男は、私達二人しか居ない会議室を見回すと、そう言った。
「
急に姿勢を正すようにした宇賀神さんが、男へと大きな声で挨拶をする。
「おー、宇賀神ちゃんじゃない~久しぶり~おはよ~。聞いてるよ、最近頑張ってるんだってー?」
「いえ! 七浜さんには遠く及ばず、微力ながらも精進させて貰ってます!」
「うんうん~。まぁ、頑張って! ……で、ここ第二会議室で合ってる?」
「あっ、はい、すみません! ここは第4会議室です七浜さん! 第二会議室は社長室の左隣です!」
「あーそっかそっか。第一が右で、第二が左だったっけ」
風貌に似合わず、やけに人懐っこい話し方をするおじさんだ。でも、なんか宇賀神さんがぺこぺこしてる辺り凄い人だったり? わたしだって、事務所のお偉いさんの名前くらいきっちり覚えているけど、七浜なんて名前には覚えがない。
というか、今までこの人一度も事務所で見たことない。
「あのー宇賀神さん、この怪しい感じの人は?」
「馬鹿、佐藤! お前七浜さんになんていうっ……!」
「あーいいのいいの。僕、どう見たって怪しいし? てか怪しいからこそ皆に覚えてもらえるっていうか? ハハッハハハハハ!」
男は一人で納得して笑い始めた。
うわぁ、なんだこの人、もの凄いキャラ濃くない?
「すみません、七浜さん、この子はウチの新人声優で――」
「――あーいいよ、いいよ知ってる知ってる。この声はほら、佐藤さん! 佐藤~なんだっけ、佐藤って名前、日本にも業界にもたくさんいるからさー、もうちょい、ここまで出かかってるんだけど、えーっと、あ! そうだそうだ。佐藤レオナちゃん! レオナちゃんだよね?」
「
「あっはー、そうそう佐藤璃緒菜ちゃん!」
本当にこの人、私の事知ってるんだろうか?
さっき宇賀神さんが「馬鹿、佐藤」って言ったのをそのまま言ってるだけなんじゃないの? それに事務所のHPには、私のプロフィールだって掲載されてる。名前をうろ覚えするくらいなら誰だってできる。なんか胡散臭い。
私が訝しげな目線で七浜を見ていると、七浜が続けて言った。
「去年にあった、魔エガの新作ヒロインオーディション! 僕も音聞いたよ~。良かったんだけどねぇ、あと一歩! あともうちょい半歩? それくらいで取れなかったんだよねぇ~」
魔エガとは、《魔法少女エクセレント☆ガール》のことだ。古くから続く日曜朝に放映する、小さな女の子と大きなお友だち向けの有名なアニメシリーズである。
確かに去年オーディションは受けたけど、七浜の言うように落ちたのだ。
作品や私が受けたオーディションの事まで知っているとなると、やっぱり本当に事務所関係者なのかな?
「どう、佐藤さん最近は仕事取れてる~?」
私がどう答えたものかと躊躇していると、宇賀神さんが代わりに喋り始めた。
「いえ、それがもう全然ダメです。俺もどうしたものかと、さっきも現場で何度も迷惑かけてきて、そろそろ潮時かなと」
ちょおー!? 私、潮時なの……!?
宇賀神さん、私にはそんな事一言も言ってなかったよね……!?
私はショックでその場に崩れ落ちた。
「う、宇賀神さん……どういう事ですか? 私、そんな事一度もっ――」
「えー! ちょっと宇賀神ちゃん、佐藤さん今そんな事になってんの!? 僕、佐藤さん絶対イケると思ってたんだけどなぁー」
「はぁ、俺も最初はそう思ってたんですが、最近は伸び悩んでまして……。業界には若い子がどんどん入ってきてるし、やっぱり潮時かなと……」
いやいや、たしかに伸び悩んでる! 私より若い女子高生の新人声優さんだってたくさんいるよ! それはそうだけど!
潮時ってのは初耳! てか、何回も潮時潮時言わないで!
私クビ!? クビなの!? それでオーディションが回ってくる数が減ってたの!?
うちの事務所は査定はないから……干されてそのままフェードアウトってこと!?
そんなの、そんなの絶対嫌だよっ!
「ま、待ってください宇賀神さん! 私、声優続けたいです! お願いします、もっと一生懸命練習しますからっ! アドバイス、なんでもいいからお願いしますー!」
私が宇賀神さんの足に縋り付くように懇願する。
「そう言われても、俺にはもうどうにも……」
宇賀神さんは気まずそうに、項に左手をあててポリポリとかく。
すると――。
「――宇賀神ちゃんさ。佐藤さん、ちょっと僕に三週間くらい預けてみない?」
真剣な顔つきになった七浜がそう言葉を漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます