「おにぃちゃん、がんばれー!」


 マイクを前に、女の子の声で私は叫ぶ。渾身の演技だ。たった2、3秒の台詞いくつかの為に、事務所に置いてあった原作ライトノベルだって読破した。なのに……。


「えーっと佐藤さん、もうちょっとだけ年齢上げた感じでお願いできるかな? 今のだとちょっと幼すぎると思うので」


 またか……。


「はい、すみません。もう一回よろしくお願いします!」


 音響監督からダメ出しと改善の指導が入る。たった一言だけの台詞だっていうのに、私は全く上手く演じられていない。


「はい、それじゃ今のシーンもう一度お願いしまーす」


 いまアフレコを行っているアニメの絵コンテが流れ始めた。コンテに合わせて、共演者たちが次々と素晴らしい演技を繰り出していく。はぁ、何度聞いても本当に凄い痺れるくらい素敵な声。私も今度こそ迷惑をかけないようにしなければならない。


 作中で主人公が倒れる。主人公を追い詰めた悪役の罵声が飛び、悪役がトドメの一撃を繰り出そうてしているその時、私の役である女の子A(端役)が叫ぶのだ。


「お兄ちゃん、頑張れー!」

「――はい。少々お待ち下さーい」


 音響さんのアナウンスが流れ、背後でスタッフたちがなにやら相談を始めた。


 こ、今度は上手く出来た、と思う、たぶん。


 これが私、《佐藤璃緒名りおな》の仕事、声優だ。

 と言っても、私は全く売れてないド新人声優なんだけどね。今のように、名前もついてないキャラクターの声を当てるのが主だ。


 そりゃ、私だってヒロインとかやりたいよ? ていうか絶対いつかはやるつもりだよ? だってその為に、みんな声優になろうって思うものじゃないの?


 でも、現実は厳しい。

 事務所に所属して4年。未だに私に回ってくる役と言えば、事務所の先輩のバーターでの端役ばかりだ。オーディションを受けても受けても、メインの役どころに合格したことはなかった。最近では、そのオーディションの話を回してもらえる数も減ってきている。


『うーん、佐藤さん、筋は良いとおもうんだけどねぇ』


 何人もの音響監督さんに度々そんな事を言われて、メインどころの役は一度も貰えたことがない。私、もしかして声優の才能がないのかもしれない……。


 いやいや、高校2年生から養成所に通って、2年目には事務所に所属させて貰えたんだから、きっとそんな事はないはず! だって事務所に所属すらさせて貰えず、涙をのんだ仲間が大勢いたのだ。今でも連絡を取り合ってる子もいる。彼女たちの屍の上に私は立っているのだ。

 って、勝手に殺すなって怒られそう。


「はい、今のシーンさっきので頂きました~。それでは、10分間休憩に入りたいと思います」


 音響さんの声が響く。

 私はほっと胸をなでおろす想いで、台本を少しだけ強く握りしめた。

 私の出番は残念だけど、これで終わり。先輩たちに挨拶をして、わたしはアフレコブースを後にした。


「本当に申し訳ありません。ウチの佐藤がご迷惑をおかけしました」

「あーいえいえ、いいんですよ、さっきの2回目はまぁ、なんとかオーケーでたんだしね。佐藤さん、ほんと後もうちょいって感じだと思うんだけど、なかなかねぇ」


 ブースを出ると、私のマネージャーの《宇賀神うがじん》さんが、しきりに音響監督さんに頭を下げていた。も、もしかして、さっきの演技でもダメだったのかな……。


「あ、あの。ありがとうございました! ご迷惑おかけしました!」

「あ、佐藤さん、いやいや~いいんだよ~。お疲れ様でしたー。じゃあ、私は後がまだあるので。宇賀神さん、また今度!」

「はい、またよろしくお願いします。失礼します、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした!」


 音響監督さんは、私から逃げるようにして再びブースへと入っていく。私、もしかして避けられてる……? もしかして、使えない新人扱いされちゃったりしてる……?


「あのぉ、宇賀神さん。わたし、もしかしてダメでした?」


 恐る恐ると宇賀神マネに声をかける。


「ダメ、全然ダメ」

「そんなぁ」

「まぁ、取り敢えずここじゃなんだから場所を変えよう」

「はい……」

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