第2話 「2人の日常」

 三日月の晩、わたしはビールと受話器を手に持っていた。

「はぁ?旅人の癖に家持ってんすか?なんかそれおかしくなーい?ツッコミ?ツッコミ待ちってやつですかぁー??」

『ウサギさん、飲み過ぎ』

 呆れ気味の声に、ケラケラと笑いを返すわたし。電話の相手はもちろん、あの旅人である。


 あの間違い電話があった次の日から旅人は定期的にうちに電話を掛けて来てはくだらない話をするのだ。

 物語を終えた後の登場人物の人生など続編が出来ない限りは暇な物なので、実は電話がなるのが少し楽しみになっている等とは口が裂けても言いたくはない。が、一杯の飲み物と会話というのは結構良いものだと思う。


『そういえば、ウサギさんはキラキラネームって知ってる?』

 わたし達の会話は大体こういう風に始まる。

「知ってますよ。どっきゅーんなお名前」

『そう。頭どっきゅんどっきゅんな名前』

「わたしは決して旅人さんが本当はそんなお名前だったとしても今更友達を辞めたりしませんよ?イケメンなんなら」

 うひひと自分でも気持ち悪い笑いをしながらビールをゴクゴクと流し込む。

『DQNな名前でも持ち合わせてるなら初めに名乗ってるよ』

 溜息交じりの声に返事もせずにビールを再び一口飲みこんだ。それなりに傷付いたのか返事がない。

「それで、そのきらっきらネームがどうしたんですか? そんなに名前が欲しいんならいつかわたしが良い呼び名付けたげますから」

 やれやれと声を掛けると電話越しにグスンと涙を拭う様な声がしてから『ほんとに?』と子供の様な返事が返ってきた。

「ほんとほんと、きらっきらでぷりっぷりでドッキュンドッキュンな呼び名付けたげますよ」

 本当のところ、わたしは真剣にカレの呼び名を考えてはいる。けれど、どうにも生きたままパイ包みにされそうなものしか浮かばないので黙っている。

『オレもうさぎさんにこってこてでごってごてのぐっちょんぎゅちょんな呼び名付けたげるからね!』

 とても明るい物言いに、お酒が入っているにも関わらず苛立つ。が、あちらはお酒も何もはいらずにこの発言をしていることに再度苛立った。


「で、キラキラネームの話題を振った理由はなんなんですか?」

 改めて質問すると『そうそう』というように元々の話に戻った。

『オレ達が子供の頃にも時々キラキラネームっていただろ?』

「まあ、日本人なのに海外風の名前だったりね」

 ウサギと人間の年齢が同じというのは不思議な話だが、何気にわたしと旅人は同級生だったりする。ちなみに出身地も近いという、まあ、細かい所は追及しないで欲しい設定であり、物語の終わった後の世界なんてそんなものだったりすると第2話にしてお酒の力を借りて言い張って置く。


『そうそう。隣の黒髪ぱっつん一松人形の名前がアリスちゃんとかでさ』

「うちの近所というか、イナバの黒ウサギんとこの息子の名前シェークスピアっすよ! シェークスピア!」

『シェー』

「いうと思った」

 やれやれと電話を置いている位置を反対に変える。


「で?」

 脱線する話を再び戻す。

『それでも一気に増えたのって数年あとだっただろ?』

「取り敢えず、周りの妹とか弟にはいなかったね」

『こっちもそんな感じだった』

「まあでも、増え始めてからは就職不利になるだの幼稚園の先生が困ってるだのって話題にあがることが増えましたよね。キラキラって言い方に変わったのもその頃だっけ?」

『だったね。でさ、そいつらが大学生だって。社会人だって』

「え?」

 わたしは飲もうと手に取ったビールの缶を落としかけた。

「なんか、大分最近に平成生まれがあだるってぃ!なのに幼稚園でよちよちしてたのが……」

 現実から逃げる様にわたしは缶に残っていたビールを飲み干す。

『知ってるかい、ウサギさん。最近の書類、昭和じゃなくて平成に丸がされてるんだよ』

「マジか」

 酔いが回った様にくらりとした。

『まあでも、平成生まれのオレには関係のない話だけどね!』

「お前が平成ならわたしも平成だ!同い年!」

『それでも、物語の中のオレ達には昭和も平成も関係ないんだけどね』

「………だけど、知ってるか?平成のある程度の年になってからの絵本の絵柄って、めちゃくちゃキラキラしてるんだぜ」

『紙質も変わったよな』

「印刷の色あせとかもな」


 2人の溜息が揃う。


『そうそう、ウサギさん』

「なに?」

『今度のローポンで貰えるお皿、ミッフ○ーちゃんだって』

「相変わらず、彼女はウサギ界のスターだな。バッテン口」

『オレ、あのお皿欲しいから買い物したらシールちょーだい』

 ハートマークでもついてそうな言い方にわたしは再び溜息を吐いた。

「ウサギ柄の皿ならわたしが印刷されたやつあげようか?」

『はぁ?叩き割るぞ』

「同じ白いウサギじゃないか!」

『負けウサギと名前を伏字にしないと名前も言えないようなアイドル一緒にしてんじゃねぇ!』

「傷付いた。めちゃくちゃ今傷付いた! 慰謝料を請求する!」

物語を終えたわたし達の夜は今日も深けていく。ゆっくりゆっくり無意味に。無意味に。

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