【旅人とウサギ。】――猫的にくるい
@bungei6kari9
第1話 「どこからが間違いだったのか」
何気もない満月の晩。ハーブティーを飲みながら、不意になった着信にわたしは出た。
「もしもし?」
『もしもし』
聞き慣れない男の声。
「もしもし?」
改めて聞き直す。
『かめよ?』
「……かめさんよ」
ノリで返事をしてしまった。
『あぁ!よかったカメさんでしたかー いやーニセウミガメさんが連絡取れないって心配してましてねー』
いきなりペラペラと話しだす男。
「いや、わたし、カメさんじゃないんですけど?!」
『トマトスープ渡してから返事がないって言ってたから、スープの出汁になってるんじゃないかって』
「いえ!だから!わたしはカメさんじゃ!!」
『でも、あのニセウミガメの作ったスープは時々酷い失敗作がありますからねー』
「ちょっと!わたしの話を聞いてよ!!」
自分の用件だけを伝えて来る男に対して叫ぶ。
『……え?なに?ゼリー食べたいの?』
駄目だこいつ。こいつの脳味噌がゼリーかもしれない。
『うそうそ、で、なに? カメさん』
わたしはこの人が誰かも知らないが、声を聞いているだけでも半笑いの顔が浮かんでくる。むかっ腹が立つ。
「だから、わたしはカメさんではないと……」
『……え?カメさんじゃないの?!』
本当に意外そうな声だった。
「えぇ、違いますよ。わたしはカメさんじゃありません。むしろわたしはその“カメ”に負けた“ウサギ”です!!」
少し八つ当たりするような言い方になってしまう。
『…………』
「ちょっと、黙んないで下さいよ。なんなんですか」
『古傷に触れてしまったかなーって申し訳なくなりまして。謝りはしませんけど』
「貴方、心底ムカつく人ですね。大体、貴方は誰なんですか? こんな夜分にいきなり電話してきて」
苛立ちをぶつける様に少し早口ではなす。
『あぁーなんて名乗ればいいんでしょうね。名もなき旅人としか言いようがないですね』
少し困った様な口調。嘘を吐いている様子はない。ある意味でこの人は真っ直ぐなタイプの人なのかもしれない。ただ、ムカつく。そんな事を考えているとふと一人の人物が頭をよぎる。
「もしかして、貴方、太陽と北風の喧嘩に巻き込まれた……」
その人物についての情報を口に出してみた。
『あーそうです。そう、その旅人です。河に飛び込んだ名もなき旅人です』
遠い昔の事を思い出す様に名もなき旅人は「ハッ」と笑い捨てる。あちらもあちらであの時の事は思い起こしたくはないらしい。
「その節は、その、大変だったとうかがってます。お疲れ様でした」
これが対面していたなら目を背けながらこの言葉を言っていただろう。うん。
『一応、良い経験だったと、しておこうかなって思っているんで気にしないで下さい。……別にその後警察に捕まったとか、公然わいせつ罪かけられたとか、ね、全然!気にしてませんから!気にしてませんから!』
「何故二度強調した?!」
『大事な事なので。もう一回言いましょうか?』
「いえ、結構です。とても傷付いたんですね。わかりました。でもその後太陽さんと北風さんからの賠償金で太陽光発電を始めて一儲けしたってききましたけど?」
話を逸らす様にわたしは頭の中にある知識を引きづり出して会話を続ける。
『あぁ、太陽光発電ね……ははっ』
旅人の声が一層暗くなってしまった。
『たしかに太陽光発電は儲かりましたよ。そりゃあもう、施設費用とかもすぐに返せました。で、さあ、今から儲けるぞ!って時に、さ』
「って時に?」
『太陽さんから「俺の力利用して稼いでんだから、ちょっとくらい分け前あってもいいよな?大体、そういう契約だったしな」って、稼いだ額以上のお金持って行かれて――』
大の大人の、しかも男の声が今にも泣きそうな声に変わっていく。
「あー辛い事をおもいださせてしまった様で、申し訳ない。でもあれですよ、結構みなさん太陽さんにはボラれてるらしいですよ。似たような手口で」
少し声を明るくしながら話しかけてみた。反応はあるだろうか……
『え?そうなんですか?』
食いついた。
「ですです。なんせ、相手はあの太陽さんですからねー もうあの唯一無二の存在だといって、そこら中の人を脅してはお金払わせて……わたしも「お前、俺の熱エネルギー利用して昼寝したろ」ってお金巻き上げられましたよ。ラブホ一泊したくらいの料金……カメに負けたってだけでも凹んでてのに、一人で原っぱで寝てただけで、クソ、それならその辺のイケメン捕まえてラブホ行ってるつうの。あのガタイデカいだけのフツメン野郎が」
『ちょっと、ウサギさん?ウサギさーん』
「あぁ、すみません。当時の恨みが」
『ほんと皆さん太陽さんからは酷い目に遭わされてるんですね』
「基本的に何処にいてても見られてる聞かれてるの、千里眼、地獄耳野郎ですからね」
『え、じゃあこんな事喋ってたらまずいんじゃないんですか?! 俺、これ以上金取られるの嫌ですよ!?』
「その点については大丈夫ですよ。わたしもそこまで馬鹿ではないですから」
窓の外を見れば満月がキラキラと輝いている。
「今は“夜”ですからね」
少し笑みを零しながら月の写ったティーカップに口を付けた。夜は実に良い。
『そういうことですか』
電話口から少し安心したような声。
「月は唯一といっていい程に太陽を翻弄してますからね。あと、ほら、わたしはウサギなんで月とは仲がいいんですよ。昔から。それなりにだから太陽さんの弱点なんかもきいてたり」
『え、太陽さんに弱点なんてあるんですか?!』
「そりゃ、太陽さんだっていち人ですからね。それなりに弱点はありますよ」
『それはちょっと聞いておきたいですね。今後の為にも』
媚を売る様な声。わたしは電話越しに「ふふふ」と笑う。
「見ず知らずの相手に簡単に教えるはずないだろ、ばーか」
『……はあ?! このカメ如きに負けた白毛玉!人がした手にでたら調子に乗りやがって!誰の電話代で喋ってると思ってんだ!!』
「大体はそっちが間違えて掛けて来た電話でしょ? 人の貴重な時間をとらないで頂けます?」『ふっざけんなよ?!いや!むしろふざけろ!! さっさとお前を負かしたカメの電話番号でもなんでも教えやがれ!!』「フッ、負けた相手の連絡先なんて知るはずないだろ? 知ってたとしても得体の知らない相手に教える程甘いプライバシー設定では生きてないんで」『きどってんじゃねぇ!煮込むぞ!』
その後わたしと得体の知れない旅人とのコントの様な会話は他の話も交えつつ1時間ほど続いた。人と人との縁は何処で繋がるかわからないというが、それは物語を終えたあとのわたし達の様な存在にとっては尚更なのかもしれない。
もしもまた電話が掛かってきたら今度は実際にお茶に誘てみるのも悪くないと思ったりもしている。もしも、再び電話が掛かってきたらだけれど――
《翌日の夜》
優雅にローズティーを飲んでいると、不意に電話がなり響く。昨日の様な事もあったし、わたしは電話を手に取る。
「もしもし?」
『もしもし、かめよ?』
聞き覚えのある男の声。わたしは微笑みながら電話線を引き抜いた!
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