第53話荒野の狂戦士カインと女騎士7

猪の肉饅頭とナマズのムニエルを胃袋に収め、カインは給仕から受け取った熱燗の葡萄酒を飲み干すと、空になった杯を卓上に置いた。


「それでカイン、どうだろう、我々の陣営に与してくれないか」


大皿から取った骨付きの鹿肉を齧りながら、カインがロドリーゴをジロリと見やる。


その視線にロドリーゴは目を泳がせた。


どうにもこの蛮人といると、気分が落ち着かなくなるのだ。


「その事なんだが、アルジャノンからも是非、我が陣営にもと乞われていてな。さてさて、どうしたものかな」


鹿肉をその頑丈そうな顎で咀嚼しながら、カインが二カッと笑う。


こいつ、揺さぶりをかけているのか、出自も卑しきバーバリアンの癖に、とロドリーゴが腹の中で愚痴をこぼす。


だが、そんな事はおくびにも出さず「それならばこちらはアルジャノンの条件よりも更に良い条件をつけようじゃないか」とカインに言い募った。


「ほう、それは悪い話ではないな」


すっかり肉が削げ落ちた鹿の骨を指先で弄びながら、カインが答える。


「では我らの陣営に来てくれるのだね」


「それはアルジャノン側次第だな。そちらの申し出を伝えれば、更に高待遇を用意してくれるかもしれんのでな」


何様だ、このバーバリアンは、眉間に皺を寄せたロドリーゴは心の内でそう呟いた。


現状では、イスパーニャとアルジャノンは拮抗状態にあり、ロドリーゴはここで戦局の流れをどうにか自分の方へ向けたいと望んでいた。


だが、これといって何か良い案があるわけではない。


当たり前だ。


そんなものがあれば、とっくに実行している。


そうしている内にカインの噂が飛び込んできた。


なるほど、恐ろしく腕の立つ戦士ではある。


だが、それだけではない。


カインは切った張ったを飯の種にする男達にとって、ある種の象徴というべき存在でもあった。


この荒野の蛮人は、闘争と略奪の申し子というべき戦士だ。


それゆえに戦で手柄を立て、出世栄達や一攫千金を夢見る男達にとっては、カインは彼らが思い描く理想の存在とも言えた。


カインがイスパーニャ側につけば、兵士達の士気が上がる。


敵側の傭兵達にも寝返る者が出てくるだろう。


逆から言えば、このバーバリアンが敵側についた場合、こちらの傭兵が相手に寝返ることにもなりかねない。


あるいはカノダの時のように、イスパーニャの指揮官以下が次々にこの男に暗殺されかねないのだ。


そう、踏んでロドリーゴはカインを引き込もうとしたのだが、目の前にいる当の本人はノラリクラリとして色好い返事をしない。


ただ、好き勝手に飲み食いしているだけだ。


ロドリーゴが手を叩き、用意しておいた女達を招き入れる。


どれも粒ぞろいだ。


「ほほう、悪くないな。上玉ばかりだ」


女のひとりが椅子の背に寄りかかり、その赤く色づいた唇でカインの首筋に接吻する。


「そうだろう、どれも選りすぐりの美女だ」


「悪くない。悪くはないが、そちらにつくかどうかは、今すぐ答えることはできんな」


女のほっそりとした腰に腕を回しながら、カインが言う。


「ああ、勿論だとも。個人的には今すぐ返事が欲しいところだがね」


ロドリーゴが笑顔を張り付かせ、頷いた。


よそよそしい笑顔だ。


どこかぎこちない。


そんなロドリーゴをカインは静かに見ていた。




サライは小領主の娘だ。


生まれはイスパーニャのメッツという地方で、この女騎士は三人兄弟の末っ子として生を受けた。


ちなみに長兄は存命だが、次兄はカノダとの戦争でカインに殺されている。


サライにとって、カインは言ってみれば仇だ。


だが、その仇とこうして並んで遺跡を探索しているのだから、これは一種の笑い話だろう。


「次はあそこの部屋を調べるか」


ランタンを掲げたカインが、顎をしゃくって右側にある扉を差す。


すると、サライが警戒しながら、石扉に近づいた。


静寂に包まれた迷宮──蛇紋岩性の扉に耳を当て、感覚を研ぎ澄ますと何かの気配と物音がする。


「何かいるな」


サライがカインに目配せする。


「わかった。扉を開けろ」


扉の前でカインが長剣を構えると、サライがゆっくりと扉を開ける。


すると、扉の向こうから飛び出してきたグールが、カイン目掛けて襲いかかってきた。


そのまま剣の切っ先が跳ね、グールの顔面を両断する。


「ただのグールか」


剣を鞘に収め、カインは踏み込んだ部屋の様子を探った。


石壁に囲まれた殺風景な部屋だ。


めぼしい物は特にない。


「サライよ、お前のお目当ての品物は見つかったか?」


「いや、どこにも見当たらないな。次の部屋を探そう」


サライがカインと共にこの遺跡に潜ったのは、あるアーティファクトを入手するためだ。


遺跡に眠るアーティファクトの中には、高い価値のあるものや、所有者の魔力や身体能力を強化したり、武器や防具として優れた力を発揮する物がある。


それらのアーティファクトを見つけるために、サライはカインと一時的に組むことにした。


仇と組むのは業腹だが、しかし、カインは戦士としてみれば超一流の凄腕だ。


どんなトラップが仕掛けられ、どんな魔物が潜んでいるのか、全く持って予測出来ない迷宮では、下手な人間と組んでも足手まといになるだけだ。


その点、カインは迷宮探索にかけても素晴らしい能力を持っている。


だからサライは一時的に恨みを忘れて、カインとともに迷宮の探索に乗り出したのだ。


石畳を叩くサライの靴音が微かに遺跡内に響く。


それから百歩程も進まないうちに、カインはL字路の前で立ち止まった。


「……足音からしてアンデッドだな。それも五体ほどの」

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