第52話荒野の狂戦士カインと女騎士6
二つの油壺を抱き抱えたカインは、再び遺跡へと舞い戻っていた。
そのままあの忌々しい触手共のいる部屋に踏み込むと、油壺の中身をぶちまけ、火をつける。
すると真っ赤な炎が見る見る内に部屋に広がっていった。
燃え広がる炎が触手を包み込んだ。
オレンジ色の炎に炙られ、触手が身悶えするように震える。
鮮やかな炎に呑まれ、燃えていく触手の姿は、どこか幻想的でもある。
その光景を静かに眺めていたカインは、残った油壺の中身を撒いて更に火の手を呷った。
室内が酸欠状態になり、火力が徐々に弱まっていく。
並の人間であれば酸素が欠乏して意識が混濁するだろうが、バーバリアンであるカインは全く平気だ。
毒ガスが充満していようが、無酸素状態だろうが、平気な面して動き回れるのが、荒野育ちのバーバリアンという存在なのである。
カインは引き続き、遺跡の探索を続けた。
そしてある程度、遺跡の内部を把握すると、次は遺跡の場所を知らせて回った。
どこからともなく、遺跡が発見されたという知らせが、両陣営の耳に届いた。
すると、遺跡荒らし目当ての連中が、続々と墳墓の周りに群がった。
まるで樹液にたかる昆虫だ。
皆がみな、一攫千金や、手柄による出世を夢見ている様子だった。
ランタンと武器を振り上げ、そんな連中が自らの命をチップに遺跡へと潜り込んでいく。
傭兵、正規の兵士、戦士、魔術師、士官、平貴族、騎士問わず。
そして荒野の蛮人であるカインは、何をしているのかと言えば、身体中に炭を塗りたくって、遺跡の天井に張り付いていた。
その姿は、まるで天井を這う一匹の黒蜘蛛である。
実際のところ、カインは他の蜘蛛と同様にじっと獲物を待ち伏せていたのだ。
闇に潜み、獲物がやってくるのをじっと待つ。
ただ、ひたすらに。
ちなみにカインが待っている獲物というのは、金になりそうな捕虜のことだ。
だが、カインの下を通り過ぎていくのは、金を持ってなさそうな傭兵や平の兵隊ばかりだ。
深い暗黒の中で、カインはその夜目の利く目玉をギョロリと動かした。
それから更に三時間ほどが経過すると、ようやくお目当ての獲物が姿を現す。
金糸の刺繍をあしらったマントに銀細工を施した胸当てと具足、兜はかなり腕の良い職人が拵えたと見える。
これなら金になりそうだ、そう判断すると、カインは獲物へと近づいていった。
天井の窪みに指を喰い込ませ、気づかれないようにそっと進んでいく。
獲物は二十歳前後の年若い貴族風の男で、その周りには十五人ほどの護衛がついていた。
遺跡から発見される出土品の中には、珍しい物や貴重な物もある。
それらの品々は莫大な金を生んだり、あるいは出世の足がかりにもなる。
また、遺跡を突破すること自体も一つの名誉と見なされ、讃えられる。
だから名声欲しさに遺跡に潜る、金持ちや貴族も手合いもいるのだ。
カインは獲物の真下までいくと、天井から手を離して落下した。
そして貴族の身体を掴み、脇に抱えると、そのまま護衛を飛び越えて遺跡の奥へと走っていった。
突然の出来事に貴族も護衛も目を白黒させて当惑していたが、しかし、カインにはどうでもいいことだ。
そして、いつものように身代金を要求したのである。
これには両陣営も困った。
遺跡に出没する蛮人に、ほとほと手を焼いてしまった。
遺跡内での争いは禁止するという、ルールは結ばれているのだが、これはイスパーニャ側とアルジャノン側との間での協定である。
だからどちらにも属しないカインには、全く関係がなかった。
これでは、安心して遺跡の探索ができない。
このように考えた両軍の指揮官は、将校士官、騎士、貴族などを遺跡で誘拐しない代わりに、定期的にカインに金を払うことを申し出た。
それならばと、カインもまた、両陣営の提案を受け入れたのである。
次にカインは新しい商売を遺跡でやり始めた。
それは遺跡探索の護衛である。
墳墓の中央に陣取り、パイプの煙を燻らせながら樽の上にドッシリと座っているカイン。
その隣ではプラカードを持ったアルムが、大きなあくびをしていた。
プラカードには『遺跡探索の腕貸しつかまつる』の文字。
そこへサライが姿を見せた。
「おお、サライではないか。尻の方はもう大丈夫か?」
この蛮人にも叩いた女の尻の心配をする情けが存在した。
「私の尻のことなど放っておけっ、それよりもカイン、お前に話があるのだ」
「ほほう、俺の遺跡探索の腕を所望するか」
「違う。我が主であるロドリーゴ様にその力を貸してもらいたいのだ」
カインはサライを見下ろしながら「それならば断る」と告げた。
「それは何故だ?」
サライがキッと睨みつけるようにカインを見上げて言う。
「今回の戦、俺はどちらの陣営にも入らんぞ。第一、お前の主、ロドリーゴはすこぶる評判が悪いではないか。
何故お前もそのような主君に仕えておるのだ」
「……それでも私の主君なのだ」
パイプ煙草の紫煙を大きく吐くと、カインは顎を指で一つ掻いてみせた。
「お前も義理堅い女騎士だな、サライよ。大方、戦が終わって用済みになったら、俺を始末してもいいと言われたか」
そこで一瞬、サライの表情が硬直した。
「どうやら図星のようだな。鳥がいなくなれば、良い弓も捨てられるのがこの世というものよ」
「……そこまで読まれているなら、私はもう引き下がるとしよう」
「まあ、待て。そう慌てるな。いいだろう。面白そうだ。お前の主に引き合わせろ」
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