第49話荒野の狂戦士カインと女騎士3

当初はカインの腕の中で、必死で暴れていたサライも散々に臀部を引っぱたかれ、今では脂汗に塗れながら無言で大人しくしている。


カインは真っ赤に腫れ上がった尻を露出させたまま、グッタリしている女騎士を放してやった。


腰に吊るした革袋から、打ち身用の軟膏を取り出し、カインがサライの痛々しい尻房に万遍なく塗りこんでいく。


蛮人の手によって痛む尻肌に軟膏を塗られ、それでもサライは身じろぐこともなかった。


どうやら、少々放心している様子だ。


カインに尻を叩かれたのが、この女騎士にはショックだったのだろう。


「この薬はよく効く。少しすれば、尻の腫れも引くだろう」


確かにその軟膏はよく効いた。


あれだけ酷かった腫れも痛みも見る見る内に霧散していった。


この点に関しては、サライは痛みと屈辱に意識をぼんやりとさせながらも納得した。


「兄貴、どうやら雨が上がったようだぜ」


「どうやら、そのようだな」


ゆっくりと立ち上がったカインは、サライを一瞥すると酒と食料をその傍らに置いた。


「一番近い村は、ここから歩いて三刻(六時間)ほどにある。馬も荷物も持たずに旅は続けられまい。

村まで送ってやってもいいが、それではサライよ、お前も納得はせんだろう」


「……どうして、私が馬や荷物を持っていないとわかるんだ?」


「俺は耳や鼻が良い。お前の身体からは馬の体臭がした。だが、ヒヅメの音や嘶(いなな)きは聞こえなかった。

となれば馬はいない。馬がいなければ荷物は担ぐなりして運ぶが、お前は何も持ってはいない。

だから、そう判断したまでだ。とは言ってもお前が、馬や荷物を何処か遠くに隠したという事も考えられんでもない。

だがな、そうする理由が思い当たらん」


それからカインとアルムは、サライをその場に残したまま、祠から出て行った。




戦火が上がれば、何処からともなく集まってくるのが、傭兵という存在である。


戦争が起これば傭兵稼業に乗り出すこの者達は、しかし、普段は専ら盗賊稼業で食っている者が多い。


戦がなければ、傭兵は飯の食い上げだ。


しかし、傭兵の多くは戦う以外に稼ぐすべを知らない。


稼げなければ人間は飢える。


収入がなければ、傭兵も食ってはいけない。


そうなれば自然と、追い剥ぎ強盗や恐喝、あるいは村の作物を荒らすようになる。


村人などからすれば、盗賊と化した傭兵の集団は、下手なモンスターよりもよっぽど厄介な相手とも言えた。


戦を商売にしているだけあって、相手への攻め方を心得ているし、武器防具も揃っている。


少なくとも戦乱が起こらない事と、平和である事とは、イコールではない。


この国々に生きる農民にとっては。


だから、何処か遠くで小競り合いが起きて、傭兵達がそっちに意識を向けていてくれる方が、村人にとっては幸せともいえる。


国境地帯に到着したカインとアルムは、しかし、イスパーニャ側にもアルジャノン側にも与することはなかった。


この荒野育ちの若者がやりだしたのは、両軍の金持ち貴族や指揮官を誘拐し、身代金をせしめる商売である。


人質ビジネスは金になる。


捕虜から身代金を取ってもいいし、敵側に売り払ってもいい。


そう踏んだカインは、相手を殺さずに生け捕る事を選んだ。


バーバリアンであるカインは、同時にビジネスマンでもあるのだ。




二十人ほどの傭兵隊が山道を進んでいた。


その後ろから引かれているのは、身なりの良い男だ。


荒縄で身体を拘束され、足をもつれさせながらも必死で傭兵隊の後を付いていく。


「貴族を捕まえられたのは運が良かったな。今日はうまい酒が飲めそうだ」


髭面の男が胴鎧の胸を叩きながら、後ろの捕虜を見やった。


「そうだな。所でどれくらい身代金を弾んでもらえるかねえ」


隣にいた革鎧の男が、水筒の水を飲みながら笑う。


その刹那、茂みから巨大な黒い影が転がるように飛び出してきた。


傭兵隊の男達が、一瞬、ギョッとなる。


黒い影はカインだ。


「その後ろの男を置いていけ。素直に置いていくならば、手出しはせん」


「何だ、てめえは?」


傭兵隊の一人がカインを睨みつける。


だが、もうひとりの傭兵がやめろと制止した。


「そいつはムスペルヘイムのカインだっ、俺達だけじゃ敵わねえぞっ」


「……そうか、あの蛮人カインか……俺達の獲物を横取りしようってか、いいだろう。持って行けよ……」


だが、カインは金貨の詰まった革袋を黙って放り出すと、交換だと告げた。


「これだけあれば足りるだろう。お前達も身代金の要求や捕虜の世話に悩まされずに済むし、悪い話ではないはずだ」


相好を崩した傭兵の一人が、金を拾いながら言う。


「へへ、ありがてえ。カインさん、あんたが話のわかる男で助かるよ」


カインは縛られた男の縄を断ち切ると、大丈夫かと尋ねた。


「かたじけない……」


カインに助け出された男が、深々と礼を述べた。


ちなみにこれらは全て、カインと傭兵の仕組んだ芝居である。


最初に手荒に扱い、捕虜に恐怖心と屈辱を与えてから、カインが救い出してやる。


そして、それまでとは打って変わって、次は丁寧にもてなしてやるのだ。


こうすると恩義を感じた捕虜が、より多くの金をカイン達に払ってくれる。


皆がうまくいくのだ。


こうしてカインは、上手い具合に金をせしめていった。

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