第50話荒野の狂戦士カインと女騎士4

酔っ払った傭兵にゲームをしないかと、アルムが話を持ちかける。


「何だ、小僧、その面白いゲームってのは?」


「何、単純なゲームさ。あんたと俺が、お互いに小銀貨を五枚ずつ出して、その合計金額をどっちが競り落とせるかを張り合おうってわけよ。

どうだ、単純だろ?」


アルコールで黄色く濁った眼をアルムに向け、男が面白そうじゃねえかと話に乗ってくる。


「よし、決まりだな。それじゃあ、この中に小銀貨を入れてくんな」


アルムが差し出した酒杯に男が小銀貨五枚を放り込んだ。


同じようにアルムも小銀貨五枚を酒杯の中に落とす。


銀貨同士がぶつかり、チャリンと音を鳴らした。


このゲームのコツは、はめる者が最初に競りの金額を口に出すことだ。


最初の金額をカモに言わせてはならない。


「そうだな、小銀貨五枚でどうだ?」


アルムが五本の指を男に突き出して言う。


「へへ、だったら俺は小銀貨六枚出すぞ」


「わかった。この小銀貨十枚はあんたのものさ」


男から小銀貨六枚を受け取ると、アルムが酒杯の小銀貨十枚を相手に渡した。


この競りゲームと呼ばれる詐欺は、かなり古くからある。


手口も単純極まりないが、それでも無くならないのは、引っかかるカモが消えないせいだ。


酒に酔って、頭が鈍くなっている手合いには、こんなものでも十分に通用する。


だが、アルムはこの酔っぱらいから、小銭を巻き上げたいわけではなかった。


アルムの目的は別にあった。


口元を歪ませ、挑発するようにアルムがニヤつく。


そのアルムの浮かべたニヤつき笑いに、最初は儲かったと思い込んでいた男も徐々に気がつき始めた。


「あ、小僧……テメエッ、俺を騙しやがったなッッ」


「今更気づいたのかよ、この間抜け。どうだい、銭返してほしけりゃ、力づくで俺から奪い返してみな」


アルムの目的──それはこの酔漢相手に喧嘩を売ることだ。




小馬鹿にされた男が、腰に吊るした拳銃を引き抜く。


だが、男が構える前にアルムは、既に腰だめの体勢を取り、相手に対して銃口を突き出していた。


「さあ、どうする。オメエが引き金引く前に、俺の弾丸がその土手っ腹に食い込むぜ」


男が手を挙げて、降参だと告げる。


そんな男にアルムは、小銀貨を親指で弾いてやった。


途端に銃声が響き、小銀貨が空中で跳ね上がる。


これらの行動は、全てアルムのデモンストレーションだ。


アルムは年端もいかない少年だ。


その年齢のせいで、他の傭兵連中からは舐められるし、侮られもする。


だったらどうすればいいか。


簡単な話だ。


自分の腕前を披露すればいい。


一見するとこのアルムの行動は無謀だし、喧嘩犬じみている。


だが、その裏にはアルムなりの計算があった。


俺に手を出すなよ、俺を馬鹿にしたら承知しねえぞ、俺に喧嘩売ると後が怖いぞ。


アルムは言葉を使わず、行動でそれらの主張を示したわけだ。


荒くれ者の傭兵連中に。


アルムのデモンストレーションは功を奏し、傭兵の間でもこの少年を馬鹿にする者は徐々に消えていった。


傭兵とは力の信奉者であり、自分の強さをはっきりと誇示する者は、それが誰であれ受け入れる傾向がある。


また、強さだけではなく、機転や頭の回転の早い者が重宝されるのも、この傭兵という家業だ。


良い傭兵とは、腕っ節が強くて度胸があり、知恵のある者ということである。


そういう意味では、アルムは傭兵としての素質を充分に持っていた。




原初の濃緑がジャングル一帯を染め抜いていた。


密林の壁だ。


梢に止まり、かまびすしく鳴く極楽鳥。


カイン率いる傭兵隊のメンバーは、垂れ下がる蔦や枝を長剣で切り落としながら奥へと進んだ。


低い場所に生えたオスモキシロンの茂みを掻き分ける。


茂みの奥には毒蛇や毒蜘蛛、蠍の類が潜んでいるかもしれないので、傭兵達も慎重だった。


他にも倒樹の裏側や沼地の澱んだ場所にも、毒虫はウジャウジャと密集している。


その時、どこかで人の叫び声が響いた。


何事かと、カインが叫び声の上がった方向へと駆け出す。


カインは、すぐに叫び声の上がった場所へと到着した。


すると他の傭兵隊が、三メートルに達する巨大なカマキリを取り囲み、激しく戦っているではないか。


大鎌を振り上げ、カマキリが傭兵達に斬りかかった。


斬りつける大鎌を傭兵達が、必死で長剣や盾で防ぎ、槍でカマキリを突く。


大鎌と鋼の武器がぶつかり合い、火花を飛ばした。


カインは素早く跳躍すると、カマキリの頭部に足刀を叩き込んだ。


途端にカマキリの頭が千切れ飛ぶ。


頭部を失った首から、黄色い体液が間欠泉のように吹き上がった。


そのまま地面へと崩れ落ちる巨大カマキリ。


身体を痙攣させ、大鎌をザワザワと動かしている。


胴体から離れたカマキリの首が、無感情に空を見上げていた。


「ふう、助かったぜ。礼を言うよ」


助けた傭兵の一人が、カインに礼を述べた。


「気にするな、それよりも怪我はないか?」


「ああ、なんとか無事だ。それにしてもこんな化け物がいるなんて思いもよらなかったよ」


「ここら辺はまだ人手が入ってない様子だからな。どんなモンスターが潜んでいても不思議ではないだろう」


「かもしれないな。俺達はひとまずキャンプ地に戻るよ。この奥を探索するのは、もう少し装備と人数が必要そうだからな」


「ふむ、所でお前達もやはり遺跡目当てか?」


カインが男に尋ねる。


「ああ、そんなところだ。遺跡を見つけ出した者には報酬を出すって触れが出てるからな。

だが、ちょっとばかし見通しが甘かったようだ」


そういうと男達は立ち去っていった。


後から続いてカインの傭兵隊が、急いで駆けつけてくる。


「今日はもうここで切り上げるとしよう。お前たちは先に戻っていてくれ。俺はもう少しばかり探ってから戻る」

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