第47話荒野の狂戦士カインと女騎士

リルダを連れ、カインが収容所を後にしてから早二週間が経った。


他の囚人達がどうなったのかはわからない。


無事、逃げおおせたのか、それとも収容所に残ったままなのか。


捕まったのか、殺されたのか、それとも生き延びているのか。


パチパチと爆ぜる焚き火の枝、外套に包まったリルダがカインの肩に寄りかかり、微睡む。


透明な月の光が、ふたりの居る雑木林を照らした。


揺らめく焚き火の明かりを静かに見つめるカイン。


──ねえ、カイン、あなたはどうして所長を煮え滾る溶解炉に投げ入れたの。あのまま毒ガスで死なせずに。


不意にエリッサがカインに疑問を投げかけてきた。


──そんなもの簡単な話だ。俺の気まぐれというものよ。


──カイン、あなたはどこか狂っているのね。


──そうかもしれん。俺は狂っている。だがな、人の一生など所詮は儚いものよ。ならば狂って生きるのも悪くはないぞ。


蒼い煌めきを称えた弓月を見上げ、カインは干し肉を齧った。


冷たい夜風が侘しげに、カインの頬を撫でては通り過ぎていく。


それきり、カインは押し黙った。


どこかでフクロウの鳴く声が聞こえてくる。


朝を迎えるまで、まだ時間が掛かりそうだった。




討ち取ったコルテスの生首を玄関のアーチに吊るしてから、カインは悠々と貴族の屋敷を出た。


コルテスはリルダの恋人を殺し、それだけでは飽き足らず、この哀れなハーフエルフの女を強制収容所送りにした張本人である。


殺す前にカインは、コルテスの評判を聞き込んでいたが、この蛮人の耳には悪い噂しか入っては来なかった。


そしてコルテス本人はというと、これが絵に描いたような噂通りの愚物であり、どうしようもない男だった。


生かしておいても仕方がない。


そう判断したカインは、いつものように外塀から忍び込むと、寝室で妾二人と戯れていたコルテスの首を刎ねたのである。


夜が明けてから、アルグの街は貴族殺しの噂で持ち切りになった。


街には捜査網が敷かれ、犯人には賞金が掛けられた。


だが、その前にカインとリルダは、既に街を発っていた。


「リルダ、お前に会わせたい男がいる。商人をやっている男なのだが、お前の今後の身の振り方を考えてくれるはずだ」


「……何から何までありがとうございます。カインさん、この御恩は一生忘れません」


馬に跨ったカインは、セルフマンの待つカルダバの街へと急いだ。




薄いモヤがかかっている。


カインは刻んだ煙草の葉をパイプに詰めると、火を着けた。


煙草の白煙が、モヤと混じり合っては消えていく。


あれからセルフマンにリルダを預けると、カインはその足でミラのいるカノダへと赴いた。


この荒野育ちの男は、足の向くまま気の向くままに行動する。


広大な庭園内に佇むのは、蛮人と大公女のふたりだけだ。


あれから、ミラは名実共に大公だった父親の地位を継いだ。


蒼く透き通ったミラの明眸が、カインを見つめる。


それに答えるように、カインもミラを見つめ返す。


「貴方に逢いたかった、カイン……」


「俺もだ、ミラよ……」


カインが大公女をその両腕で抱きしめ、真珠色の首筋に唇を這わせる。


ミラの肌から立ち昇る暖かな匂いが、カインの鼻腔を楽しませる。


「ああ、カイン……」


徐々に汗ばんでいくミラの純白の肌、カインは大公女の緋色に輝くドレスを脱がせると、

そのなだらかな曲線を描いた美しい裸身を夜空の下へと晒した。


カインもまた、羽織っていた衣類を脱ぎ捨てた。


分厚い胸板、八つに割れた腹筋、鍛え抜かれた肉体、その逞しい筋肉には生命が横溢していた。


瘤のように盛り上がったその太い両腕で、優しくミラを抱き上げると、カインは青い芝生の上に寝かせた。


この野生児の眼前に裸体をさらしたまま、ミラが恥ずかしそうに微笑む。


艶めいた薄紅色に彩られたミラの肌色、カインは大公女の瑞々しく引き締まった太股を持ち上げると、

ひっそりと咲いた野薔薇の花弁へと、自らの石像を埋没させた。


そのままミラの後方にある洞窟にも中指を沈めていく。


「ああ……あああ……」


震えだすミラのその麗しき肉体。


咽喉の奥から漏れる間欠泉のような喘ぎ。


潤いを帯びたミラの眼──瞳孔が広がるとともに輝きが増していった。


官能と生命の奏でる調べよ、愛欲の錯乱よ、それからふたりは一晩中、抱き合い続けた。




カインとアルムは、カノダの城下町にある酒場で一杯やっていた。


「カインの兄貴、イスパーニャとアルジャノンの雲行きが怪しくなってきてるって噂知ってるかい?」


「その噂なら耳にしている。またぞろ戦争が始まるかもな」


「そうなりゃ、稼ぎ時だな、兄貴」


「国境では一発触発という話だし、行ってみるか?」


その言葉にアルムが酒杯を飲み干すと、大きく頷いてみせた。


「悪くねえや。小競り合いが続いてくれりゃ、それだけ長く稼げるしよ」


「では早速、出立の準備に取り掛かるとするか」


こうして、ふたりは旅の準備をすると、イスパーニャとアルジャノンの国境地帯へと目指した。

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