第46話蛮族の闘士カインと囚人8
肩で大きく息をするドザ──奪い取った棍棒で地面に蹲った看守を殴りつけている。
「よぐもオラの仲間を散々殺しでぐれだなっ」
憎悪に煮えたぎる両眼で看守を見下ろし、オークは更に棍棒を振るい上げると、看守の背中を打擲した。
苦痛に顔を歪め、看守が呻くように許してくれと懇願する。
熊のような大男が、囚人のオークに殴りつけられ、まるで子供のように泣いていた。
だが、いくら謝った所でドザの怒りは収まらない。
看守に罵倒を浴びせながら棍棒で打ち据え続ける。
散々痛めつけられ、半死半生になった看守──ドザはその頭部目掛けて、握り締めた棍棒を振り下ろした。
グシャッ、という重苦しい音が響き渡る。
剥がれた頭皮がめくれ上がり、砕けた頭蓋骨が露出した。
地面に崩れ落ちた看守が、身体をピクピクと痙攣させる。
「へへ、死んじまえば、オークも人間もよ、ただの死体、肉の塊だど」
収容所内で上がる叫び声、白煙、興奮──狂乱が狂乱を呼び、暴力が更なる暴力を招いた。
火の手が上がり、いよいよ持って混乱が高まっていく。
「殺せっ、殺せっ、看守どもを殺せッッ!」
殺意と狂気に血走った両眼を剥き、怒号をあげながら囚人たちが、看守に向かって押し寄せる。
「はてさて、俺のような蛮人と、こやつら文明人との違いとは、一体なんなのだろうな。
それとも人間などという者は、いくら気取っても一皮剥けば、皆同じか。
神と獣、理性と本能、そうした者の中間、それが人間というものか」
暴動を静かに眺めていたカインは、そう独白した。
「あの、私達、これから一体どうなってしまうのでしょうか?」
心配そうに尋ねるリルダにカインが答える。
「別にどうもせんよ。逃げたければ逃げればいいのだ。残りたければ残ればいいのだ。
リルダよ、お前はどうしたい?」
「私は……私はここから逃げたい……そして仇を討ちたい、復讐を遂げたいッ」
双眸を真っ直ぐに向け、リルダはカインに力強く言い放った。
「良い眼だ。気に入った。ならば俺が手を貸してやろう」
その刹那、激しい地震が辺りを襲った。
眼球を真っ赤に充血させ、血と暴力に昂ぶっていた囚人達も突然の地震に怯みを見せた。
鉱山へと視線を投げ、突然、カインが駆け出す。
「ついに目覚めたようだなっ、リルダよっ、お前はどこか安全な場所に隠れていろっ」
蛮人は疾風の如き速度で鉱山へと走り去った。
地盤の裂け目から現れたのは、体長七丈(二十一メートル)ほどに達する巨大な骸骨だった。
アンデッドの一種、ガシャドクロだ。
砕けた岩を弾き飛ばし、ガシャドクロが吠えたてる。
ガシャドクロは、この鉱山で死んでいった囚人達の遺骨と怨念から生まれた存在だ。
それゆえに哀れな怪物とも言える。
無念の集合体であるガシャドクロに残されている感情は、生者に対する恨みと憎しみだけだ。
そしてアンデッドであるこの巨大な骸骨は、その手で殺した人間の骨を自分の身体に組み込む習性を持つ。
ガシャドクロの前に立ちはだかると、カインは叫んだ。
「ガシャドクロよっ、さぞかし無念であったろうなっ、お前も生き延びたかったはずだっ
だが、その願いは叶わず、お前は鉱山でその命を散らせていったっ」
ガシャドクロの眼窩の奥深くに灯る青白い鬼火が、一瞬だけ輝きを見せた。
しかし、その輝きはどこまでも暗い。
「はは、どうやら俺の骨が欲しいと見えるな、いいだろう、俺に勝ったなら、この骨くれてやろうっ
だがな、俺が勝ったなら、お前は再び眠りにつけっ」
叫ぶと同時にカインの身体が、メタモルフォーゼを起こす。
意識を集中させた。
精霊と混ざり合い、激しく変化を遂げていく細胞。
カインの身体が急激に成長し、巨大化していく。
指の間から鋭い鉤爪が飛び出し、引き裂けた口からは牙が生えた。
盛り上がった肩甲骨から伸びたコウモリの如き黒い羽身、身体中が銀色の体毛に覆われていく。
こうしてカインは、獅子の姿へと変貌した。
「精霊の力が強まってきているのがわかるぞ」
かがみ込んだガシャドクロが、その大腕でカインを薙ぎ払う。
だが、ガシャドクロの薙ぎ払った右腕は、獲物を弾き飛ばさず、虚しく空を切るだけだった。
既に跳躍していたカインの姿を捉えた時には、ガシャドクロは顎に蛮人の飛び蹴りを食らっていた。
その衝撃にガシャドクロの下顎が、鈍い音を立てて割れ砕ける。
だが、ガシャドクロは全く戦意を喪失してはいなかった。
アンデッドであるガシャドクロは、痛みを感じることがない。
そして死に対する恐怖も持たない。
既に死んでいるからだ。
立ち上がったガシャドクロが足を上げ、カインを踏み潰しにかかる。
振り下ろされたガシャドクロの踵──カインの身体が地面に沈んだ。
カインはガシャドクロの踵を受け止めると、渾身の力を込めて横へと引き倒した。
そのまま膝の関節を捻って脱臼させてしまう。
崩れ落ちたガシャドクロの巨体、舞う砂塵。
カインは、外した足骨を丸太代わりに持ち上げ、未だに地面に倒れた状態のガシャドクロの脳天目掛けて、叩き込んだ。
脳天への強烈な打撃──ガシャドクロの頭骨が粉々に砕け散る。
それきり、もうガシャドクロが立ち上がることはなかった。
「安らかに眠れ、ガシャドクロよ。次に生まれ変わるその時までな」
紅蓮の炎を噴き上げ、ガシャドクロの骨を灰に還してやると、カインは鉱山から立ち去った。
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