第45話蛮族の闘士カインと囚人7

地響きが起こった。激しく揺れ動く坑道内。


凄まじい音を響かせ、坑道の天井から剥がれた岩が次々に落下していった。


頭上に降り注ぐ瓦礫──作業中の囚人の中には、落盤から逃げ遅れた者たちもいた。


岩片と砂利に埋もれた囚人達を掘り起こし、助け出していく蛮人カイン。


生き埋めというのは恐ろしい。


人間は瓦礫や砂利の下敷きになると、胸部や腹部が圧迫される。


そうなると呼吸を行う筋肉が、瓦礫などの重みのせいで動かなくなってしまう。


呼吸ができなければ、待っているのは窒息死だ。


だから口や鼻などの呼吸器官が、土砂や瓦礫から出ていても安心はできない。


胸や腹を圧迫されている場合、顔が露出していようが完全に埋まっていようが、

どちらにしても自力で、呼吸が出来る状態ではないからだ。


掘り起こした囚人達を坑道の脇に並べ、カインが動ける者達に向かって外へと運び出すように言う。


鉱山から運び出された囚人達の手当をし、診察する。


幸いにも酷い打撲や骨折を負った囚人は少なかった。


救出も早かったので、クラッシュシンドロームの心配もなさそうだ。


鉱山──特に最深部の坑道では時折、このような事故が起こる。


他にも発生した鉱毒ガスで、命を落とす囚人もいる。


あるいは喉の渇きのせいで、鉱山に湧いている鉱毒水を飲んで身体を壊す者も決して少なくはない。


劣悪な環境と、鉱山で発生する事故は、囚人からその命を容赦なく奪っていくのだ。


鉱山労働に従事する囚人達は、この地獄の中で何とか生きているに過ぎない。


カインは囚人達の治療を終えると、薬草と食料を得るべく森へと向かった。


──どんどん鉱山内の気が強くなっていってるわね、カイン。


と、エリッサがカインに語りかける。


──ああ、もうすぐ奴が目を覚ます時だ。




焚き火の前で、静かに鎮座する囚人達の横顔を炎の明かりが照らした。


「同房の奴が看守に寄ってたかって嬲り殺しにされちまった……良い奴だったのにな……」


目尻に涙を浮かべ、囚人の一人が悔しそうに呟く。


「このままじゃ、オラ達もいづがは殺されちまうだど……どうせよ、惜しい命でもねえだ……

そんなら殺されちまう前に、看守の何人が、道連れにしちまうがよ……」


陰鬱そうに視線を地面に落とし、オークのドザがに憎々しげに呻いた。


「まあ、待て。そう短気を起こしてはならん。今はまだ待つのだ。

武器も道具もなしでは、無駄にその命を散らすだけだぞ。それでは犬死ではないか」


「でもよ、それじゃあ、カイン、あんたはどうすりゃいいと思ってんだ?」


「鉱石は磨けば槍の穂やナイフの代わりにはなるだろう。キョウチクトウは燃やせば毒煙を出す。

足枷の鍵も細長い針があれば解除できる代物だろう。まずは準備をすることだな」




「と、囚人達にはこのように話しておいた。連中もその場では何とか納得していたぞ」


葉巻を蒸していたビレーガが、囚人風情が思い上がりおってと、灰皿に葉巻を押し付ける。


「さて、さて、どうする。所長よ。収容所内の環境を改善し、看守の横暴を鎮めれば、

囚人連中だって暴動を企てたりはせんだろう。

もう少し人間らしく扱ってやることだな」


「カインさん、わしはこの収容所の所長だ。この収容所内のことはわしが決める」


「優しい言葉の一つ、労いの酒の一杯でも振舞ってやれば、囚人だって喜ぶとおもうがな。

そうすれば、仕事だってそれなりにこなすようになるだろう」


「いいや、そんな事をすれば思い上がるだけだ。囚人なんぞ虫ケラと同じよ。

それに労働力となる囚人なぞ、日々送られてきているんだからな。

むしろ年寄りや、体が弱って労働力にならん囚人なぞ殺してしまったほうがいい」


「なるほど、なるほど。確かにそういう考えもあるな。

おお、そうだ。そう言えば面白い物を持ってきたんだがな、所長よ。

看守長や他の看守も何人か呼んで来てくれ。とても珍しい代物なのでな」


「ほう。珍しい代物とは」


興味津々といった顔つきで、傍らにいる看守に他の看守を呼んで来いと命じる。


看守長以下、主だった看守達が所長室へとやってくる。


カインはそこで青酸ガスを使用した。


杏子の甘い香りが、室内に広がっていく。


所長も看守も気体を吸ったせいで、シアン中毒の症状を露呈させた。


顔色を紅潮させた看守たち──激しいめまいに倒れる。


カインは素早く所長と看守を縛り上げ、呼吸困難で彼らが死ぬ前に胃洗浄をしてから、

亜硝酸ナトリウムを投与して治療してやった。


亜硝酸ナトリウムは、青酸化合物によるシアン中毒の治療によく使われる薬だ。


体内に投与された亜硝酸ナトリウムは、血液と混ざってメトヘモグロビンという物質へと変化する。


このメトヘモグロビンは、青酸化合物の毒性と結合して無力化する働きがあるのだ。


そのままカインは、数珠繋ぎにした所長と看守をズルズルと引きずっていった。




「所長よ、それほど黄金が好きであれば、この溶解炉に投げ込んでやろう」


マグマのように溶け出した鉱石の海が真下にあった。


むあっとくるような熱気が二人を包み込む。


「さあ、どうする。お前は金を愛しておるのだろう。

このまま溶解炉ごと突っ込めば、お前の愛しい金と溶け合い、混ざり会えるのだぞ」


所長が何度も首を振り、頼むから止めてくれと叫ぶ。


「わ、わしが悪かったっ、頼むから許してくれっ、助けてくれえっっ!」


「そうか、そうか。それ程までに金が恋しいのだな。では落ちるが良い」


カインは溶解炉目掛けて、所長を放り投げた。


マグマの海にダイブする所長──悲鳴を上げる間もなく飲み込まれていった。




交差する剣戟(けんげき)と銃撃の騒音──収容所内では囚人達が暴れていた。


奪った剣や銃を片手に看守や牢番達と渡り合っている。


激しい怒号と罵声を互いに浴びせていると、人質の看守を盾に囚人側が石を雨あられとぶつけはじめた。


収容所の壁をツルハシで叩き壊し、方々に火をつけては酒を飲んで馬鹿笑いを上げている囚人達の姿もあった。


製錬所から戻ってきたカインを見上げると、リルダは尋ねた。


「それで所長はどうなったのですか?」


「あの男なら骨ごと溶けた金と混ざって死んだよ。強欲であればさぞや、本望であったろうな」

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