第44話蛮族の闘士カインと囚人6
最初はカインを煙たがっていた看守たちも、最近では何かとこの蛮人に頼るようになって来ている。
というのもカインは、ズバリと看守達の悩みを言い当て、助言と薬を与えてその悩みを解決してしまうからだ。
種明かしをすれば、その手口は初歩のホット・リーディングを用いた簡単なメンタリズムから成り立っているのだが。
まずは女囚達から事前に話を聞き、看守達の男の悩みを握る。
次に事前情報を仕入れておいた看守の所にそれとなく行き、もっともらしい理由をつけて顔色を見たり、脈を取ったりしてやる。
そして、ズバリ言い当てるのだ。
自分の悩みを言い当てられ、狼狽しない人間は、まず滅多にいない。
この瞬間、看守の心に隙間ができる。
その隙間にカインは素早く潜り込むのだ。
一見すれば、ただの子供だましのような手口ではあるが、これが中々効くのだ。
心の空白が出来た時、人は自分自身が考えているよりもつけ込まれやすくなる。
看守のスーラなどは、この手でカインにインポテンツの悩みを言い当てられた後に、バイアグラを処方されて以来、
すっかりこの蛮人の腰巾着になっている。
『いやあ、カイン、いや、先生っ、先生は本当に素晴らしい名医ですなっ』
と、これはスーラの言葉だ。
カインはこうして、徐々にではあるが、囚人、看守問わずにその心を掴んでいった。
さて、そんなカインは鉱山の最下層にいた。
坑道内には、明かりも人の気配もない。
「ふむ……話によれば、目的の代物はこの鉱山に眠っているはずなのだがな……まあ、良い。
焦らずにゆっくりと待つか」
カインは踵を返すと、鉱山を出た。
いつものように強制収容所に置かれている棟を回り、カインが囚人達を診察する。
いつもと違うのは、カインの傍らには、ハーフエルフのリルダが付き添っているということか。
リルダはカインに治療の手伝いがしたいと申し出た。
人手が欲しいと考えていたカインは、その申し出を承諾した。
カインの大きな掌と指は、細かい作業や小さな器具の手入れには不向きだったからだ。
そういう意味ではリルダの申し出は、カインにとっては渡りに船と言えた。
「リルダ、その粉末と蜂蜜を湯で溶かしてから患者に飲ませてくれ」
「わかりました」
カインの指示通りに動くリルダ──用意した水差しを患者の口元へと運び、ゆっくりと薬を飲ませる。
その間にカインが薬を調合し、あるいはすり鉢で乾燥させた薬草を細かく砕いていく。
「先生よ……このまま死なせてくれねえか……もう、苦しいのは嫌なんだ……
こんな場所で長生きなんかしたくねえ……」
病を患い、やせ細った囚人の男が咳き込みながら、そう呟く。
「弱気な事を言うな。体が元に戻って元気になれば、気力も湧いてくるというものだ。
そうなった時にそんな弱った身体では、脱獄すらできんぞ」
「脱獄か……それも悪くはねえな……」
「そうだろう、そうだろう。この収容所から生きて出たければ、まずは養生することだ。
お前にだって死ぬ前に、しておきたいことがあるだろう。何かやり残したことがな」
その言葉に囚人が頷いた。
「そうだな、俺は故郷のお袋の手料理が食いたいよ……死ぬ前に一度でいいからさ……」
「ならば生き抜くことだな。こんな場所でくたばっては、ただの死に損だ。旨い酒も料理も味わえん」
そう言うと、カインが調合した薬の包みと干し肉を傍らに置いていく。
「この薬を飲んで、干し肉を食って精をつけろ。そうして養生すれば体力も戻る」
道具を仕舞い、立ち上がるとカインは房を出た。
「次は東の棟に行くぞ」
「わかりました」
カインの後ろをリルダがついていく。
隆起する筋肉の鎧に覆われた蛮人の背中には、獰猛そうな怪物の貌が浮かんでいた。
カインは囚人服など着ない。
この野生児は、腰に巻いたボロ切れ一枚で暮らしているのだ。
その姿は、囚人達に苦行者や修験者(しゅげんじゃ)のイメージを与えた。
何も持たず、全てを人に与える尊き者としての。
轟々と燃え続ける炎を前にカインは狂ったように踊り、太鼓を打ち鳴らした。
怪鳥の如き叫び声をあげ、太鼓を叩く。
「俺の呼び声に耳を傾けよっ、文明国の神々よっ、キサマらにはこの世がどう見えているのか俺に聞かせるのだっ」
だが、神々は何も答えない。
夜空に浮かんだ星々と月が、物静かに銀色の光をカインに投げかけるだけだ。
「俺は荒野から文明国へと出てきたっ、そこで見たのは欲望にまみれた盲どもだっ、
なるほど、人間が欲望や権力にとり憑かれ、金に狂う理由はわかったっ、人間は愚かだが、同時に賢いものだっ、
人間とは、心の中に賢者と愚者が同居した存在だっ、故に俺はお前達に問いかけておるのだっ」
それから一晩中、カインは焚き火の前で叫び、踊り続けたが、最後まで神々が答えることはなかった。
ツルハシを打つ音が今日も鉱山内に響き渡る。
集められた鉱石は鉱山内に設けられた製錬所に運ばれ、そこで鉱石から抽出された貴金属は、地金として国に送られるのだ。
所長のビレーガは、その時に出来上がった地金を横領している。
少々盗んでもバレないだろうと、タカをくくっていたのだ。
はっきり言えば、看守も一部も囚人もとっくに知っていた。
ただ、見て見ぬふりをしていただけだ。
カインが粉砕した鉱石を乾燥させ、自溶炉へと運んでいく。
こうして見ていると中々興味深い作業だ。
ひと仕事終えてから製錬所を見物し、外へと出ると、看守を引き連れたビレーガと会った。
「調子はどうかね、カインさん」
「まず、まずと言った所だな」
「それはよかった。いやあ、カインさんのおかげで囚人達も以前より働くようになったよ。
作業能率もどんどん上がってるし、カインさんにゃ頭が上がらないね」
「囚人達は貴重な労働力だ。ただ、鞭を振るって嬲り、飢えさせるだけでは働いてはくれんぞ。
それこそ、お前たち看守よりもよほど金を稼いでくれるではないか。
だからもう少し、大事に扱え」
「へへ、先生の仰るとおりでやす」
所長の右側にいた看守が、頭を叩きながら頷く。
「さて、俺は腹が減ったので牢獄に戻る。後で牢番に火酒を届けさせてくれ」
「そういえばカインさん、最近お気に入りができたそうだね」
ビレーガが下卑た笑みを浮かべながら、小指を立ててみせる。
「リルダのことか。ハーフエルフだけあって、華奢だが良い女だぞ」
「ですが、先生の相手をするには、ちょいとばかり小さすぎやしませんか」
「何を言うか、お前は赤ん坊がどこから生まれてくると思っているのだ?」
「へへ、なるほどね」
それから三人はケラケラと笑った。
誰もカインの腹積もりなど読んではいなかった。
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