第42話蛮族の闘士カインと囚人4

所長の弱みを掴んだカインは、名実ともにこの収容所の主となった。


そんなカインは、しかし他の囚人たちと混ざり、汗水垂らして労働に精を出している。


頑丈な鋼鉄製の昇降機から降り、坑道の壁目掛けて懸命にツルハシを振るう囚人達に声をかけて挨拶を交わす。


油の切れかけたランタンが、その弱々しい灯りで坑道を薄暗く照らしていた。


カインは収容所の囚人達から好かれている。


だから声をかけられれば、どのような囚人であれ、決して嫌な顔はしない。


「では、始めるとするか。みんな、怪我をしないように俺から離れていろよ」


その言葉に近くにいた看守と囚人が、カインから距離を取った。


出っ張った岩を手刀で叩き割り、堅牢な岩壁に向かって拳をぶち込んで破壊し、邪魔な岩盤を蹴り砕いていく蛮人。


囚人達が辺りにばらまかれた鉱石の破片を掻き集め、トロッコに乗せて運んでいく。


カインに道具は不要だ。


何故ならばこの野生児の五体全てが、ツルハシであり、スコップであり、ハンマーであり、ダイナマイトだからだ。


カインは一旦、手を休めると、人差し指と中指を合わせて若い看守に紙巻きタバコを催促した。


看守が急いで刻みタバコの葉を紙で丸め、カインに差し出す。


カインは看守に言った。それでは足りんと。


看守は言われるがままにせっせとタバコを巻いていった。


「喉が渇いた。酒が飲みたい。数袋ほど持ってきてくれ。頼んだぞ」


駆け足で酒を取りに行く看守を尻目に、カインは囚人達に休憩だと告げた。


それからは明かりの前に集まって、囚人とタバコの回し飲みである。


「ああ、シャバの味がするだな……」


タバコを一服つけた囚人の一人が、しみじみとした口調で呟いた。


囚人は少々老いたオークで、六年ほど前にこの収容所に放り込まれたという古株だった。


この不潔で劣悪極まる収容所の環境で、六年を無事に生きてこれたのだから大したものだ。


その前は見世物小屋で拳闘奴隷をやっていたという。


「どうしてこんな場所に送り込まれたんだ?」


初老のオーク──ドザはカインに答えた。


「オラはもうロートルだでな。噛ませ犬もロクロクできんようになって、お払い箱よ。それでここに売り払われたってわけだな」


「なるほどな。しかし、お前の主も酷い奴だな。よりによって、こんな場所に送るとはな」


「ああ、本当にひでえご主人様だっだだよ。言われた通りにせっせと務めを果だじてだってのによ……」


「もし、ここから出られたら何がしたい?」


「そんなごだあ、決まってるさ。あいつらを見つけで、ぶっ殺じでやる」


「ドザよ、お前の願い、もしかしたら叶うかもしれんぞ」


「そりゃ、本当だが?」


そんな事を話している内に酒の詰まった革袋を抱えた看守が戻ってくる。


「おう、みんな、酒が来たぞ。さあ、一杯やろうじゃないか」


酒とタバコを回しながら、酔い、故郷を懐かしみ、涙をこぼし、囚人達が思い出を語り合う。


盗みを働いた者もいれば、浮浪者として捕まった者もいた。


村でひっそりと暮らしていた所を襲撃され、連れてこられた者もいる。


暗い坑道内は、いつしか囚人達の鬱憤や恨み、不満の言葉にまみれていった。


看守が、彼らの会話を止めさせようと、棍棒を振るい上げたが、カインは看守をひと睨みしてその行動を静止させた。


そして看守の耳元でこう囁いた。


「やめておけ。空気を抜くことも必要だぞ。囚人が爆発して暴動にでもなったら大事だからな。

暴動にでもなったらお前達だってタダでは済むまい。ここは目をつぶって、耳を塞いでおけ。いいな」




鉱山には、毒物を含めて様々な薬が手に入る。


例えば鉱物である黄色の石黄、赤色の鶏冠石は硫化砒素の結晶であり、有毒ではあるが、同時に薬としても使える。


カインはそれを集めて薬を作ると、病に掛かった囚人達に配って回った。


薬草が欲しい時は収容所の中庭や、外にある森に行って採取した。


他にも食えそうな動植物や蜂蜜を取ってきては、栄養失調を患っている囚人達に与えた。


流石に薬になる成分を抽出するには、道具が必要だったので、これは食堂にある調理器具を応用したり、

取り寄せさせた。


カインの行動に対し、所長も看守も誰ひとりとして文句などつけなかった。


カインに文句をつけられる度胸のある者など、この収容所には皆無だからだ。


薬を入れた革のバッグを携え、カインが廊下の両側にある房内を見て回り、囚人達に声を掛けていく。


「どこか痛む所はないか。誰か苦しい者はいないか?」


「せ、先生、赤ん坊が酷く苦しがってるんですが、見てもらえやせんか」


女囚の一人がカインにそう声をかけた。


「あい、わかった」


カインが牢獄の鍵を開けると、中には入り、藁束の上で苦しそうに唸り続ける赤子に目を向ける。


この収容所内で子供が生まれるのは、少々珍しい。


収容所で犯された女囚が身篭ることは多かったが、赤子が生まれることは希だ。


それは無理矢理にでも堕胎させられるからだ。看守や牢番の手によって。


カインは赤ん坊の腹部を触診すると、すぐに赤ん坊を抱き抱え、その尻の穴に吸い付いた。


何度も舌で肛門を刺激し、排泄を促してやる。


途端に赤ん坊が便を漏らした。


顔や顎が排泄物で汚れるのも構わず、赤ん坊が完全に出し終わるまでカインは刺激を続けた。


「安心しろ。これでもう大丈夫だ。苦しんでいたのは便秘のせいだ」


「本当にありがとうございます。先生にゃ、足向けて眠れませんやね」


涙を浮かべた女囚が、何度も深々と頭を下げて礼を言う。


カインは水場に行くと顔を洗い、再び囚人達の往診を続けた。

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