第38話野蛮なる戦士カインと東京9

「てめえら肝っ玉がちいせえから、おれがやってるようなことをやりたくても出来ねえだろう。

たまに楽しむといったら祭りぐらいが関の山で、挙句の果てはジジイになりババァになり、

糞小便の世話されて死ぬだけだ、この大馬鹿野郎ッ」


           映画『不知火検校』










カインは細川と連れ立って、六本木の雑居ビルにあるバーで一杯やっていた。


「華祭会と怒羅軍の喧嘩、益々酷くなってんな、そろそろ手打ち(和解)でもやるんじゃねえか」


「どうなんだろうな。どちらもイケイケであろう?」


「でもよ、抗争は金が掛かるんだよ。おまけにサツからも睨まれる。特に華祭会はマルB(暴力団)だからな。

サツは間違いなく絞め上げに来るだろうよ。そうなると、どこで手打ちに持っていくかだな」


「手打ちにするにしても双方ともに有利に運びたいだろうからな」


「そういうことだ。どっちも絶対にクロブタ(無条件での和解)だけは嫌だろうしよ。

そうなると落とし所だよな。最初にアヤ(因縁)つけてきたのは華祭会の連中だ。

それで怒羅軍の池袋にある縄張りを荒らしやがった。

で、喧嘩になったんだけどよ、そこに来て金譲組長のマンション爆破事件だろ。

華祭会もその報復に怒羅軍の溜まり場にしてるクラブをドカーンとやっちまったしよ」


「となると、怒羅軍側はシマ荒らしの件で分があるんだよなあ。

爆破事件はどっちも痛み分け、小競り合いだってお互いに怪我人出してるしよ。

死人が出てねえのが、不思議なくらいだわな」


「なるほどな。だが、このまま手打ちにならんこともあるだろう。

特に今回の件は、長引けば長引くほど怒羅軍側が有利になりそうだ。

サツが華祭会を虎視眈々と狙っているならば、怒羅軍は気長に待っていれば良い。

逆に華祭会は短期で決着をつけたいはずだ。手打ちにしても抗争をするにしてもな」


ビールのジョッキを傾けていた細川が頷く。


「そうなんだよな。長引けば、長引くほど、華祭会はクロブタを飲まなきゃいけねえ。

クロブタってのは手打ちじゃなくて、実質的にゃ負けを認めたってことだからな。

そうなる前に五分の条件で手打ちがしてえところだろうよ」


「あるいは怒羅軍の頭を取ってすぐにでもケリをつけるか。

それとも第三者を介して五分の手打ちに持っていくか」


「だけどよ、その第三者ってのが難しいぜ。よっぽど名のある奴を仲介人にするならともかく」


「それなら俺がやるまでだ」




西一番街や池袋チャイナタウンでは、今日も突発的に華祭会と怒羅軍の小競り合いが巻き起こっていた。


三日前にもサンシャイン通りの近くにあるキャバクラで、遊んでいた華祭会の組員四名を怒羅軍が十二人がかりで袋叩きにし、

ビール瓶で頭をかち割っている。


襲撃を受けた華祭会組員の内の一人は、脳挫傷を負って今も意識不明の重体だ。


そして警察の方は、二つの爆破事件を両者の犯行と断定して調査を進めている。


今のところは、誰もカインに注意を払う者は居ない。


冷静な者が現れて、彼らに何らかの不自然さを訴えれば、あるいは風向きも変わるだろうが。


とにかく、爆破事件で警察に目をつけられたせいで、華祭会も怒羅軍も追い詰められている状態だった。


特に暴力団の華祭会のほうは、ケツに火がついていると言っても良かった。


これがマルBの悲しさである。


こんな状況で喧嘩を続けていれば、最悪の場合、両者とも警察から一網打尽にされてしまうだろう。


そんな時に颯爽と乗り込んできたのがカインだった。


華祭会と怒羅軍の間に入り、喧嘩を止めていったのである。


勿論、逆らう者は華祭会だろうが怒羅軍だろうが、カインは拳で黙らせた。


カインの拳骨を食らった者は、例外なく誰もがその場で失神するのである。


まるで麻酔薬のような拳だった。


だが、幸いなことに死人は出てはいない。カインが相当手加減しているからだ。


両者の間で負傷者は続出したが、そんな事は些細な問題である。


どこかで諍いが起これば「まあ、まあ、静まれ」とふらりとカインが現れる。


中にはトカレフでカインを銃撃する者も居たが、この野生児にそんな豆鉄砲が効く訳もなく、

全員が頭を叩き割られるだけに終わった。


いつしか華祭会と怒羅軍は、カインが姿を見せるだけで怯え、大人しくなっていった。


その間にもカインは裏で両者を煽り立てた。


広瀬のツテを使って、両陣営の関係者のメールアドレスを入手すると、華祭会はカインと裏で芝居をしているとか、

カインと怒羅軍はマッチポンプで動いているとか、そんな具合にだ。


噂は急激に広まっていった。


両者とも疑心暗鬼に陥り、疲労していく中で、カインだけがやたらと元気だった。


そんな両陣営にカインは申し出た。


「ここで手打ちにしたらどうだ。取持人(仲介役)は俺がやろう。お互いに喧嘩をしてもつまらんだろう。

今の世は共存共栄である」と。


いい加減、この喧嘩を終わりにしたかった華祭会と怒羅軍は、疲れと嫌気のせいで思考力や判断力が低下していたせいか、

カインの申し出に乗った。


手打ちはトントン拍子に運び、両者は痛み分けということで五分の和解となった。


結局、この手打ちで一番得をしたのはカインである。


両陣営から仲介料として三千万円ずつ引っ張ったからだ。


カインは合計六千万円の現金をボストンバッグに詰め込むと、その足でスカイツリーに行った。


そして鉄塔をよじ登っていくと、空から現金を降らせたのだった。


「それっ、それっ、金だぞっ、持っていきたい者は持っていくが良いっ」


カインがやりたかった事──それは絵本に描かれた花咲かじいさんの真似である。


たまたま本屋で立ち読みした花咲かじいさんが気に入ったこの荒野の野生児は、

スカイツリーで同じことをやろうと考えたのである。

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