第36話野蛮なる戦士カインと東京7
華祭会の組長──金譲は額に浮き上がった血管をヒクつかせた。
金譲が所有する西麻布のマンションが、何者かの手によって爆破されたからだ。
火災保険には加入していたので、その保険金が下りるのが、不幸中の幸いと言えた。
だが、それよりももっと大事なことがある。
この爆破事件で、華祭会の面子(メンツ)が潰されたということだ。
常日頃から仲良くしている悪徳デカの話によると、科学捜査係が爆発物の解析をした結果、
爆破されたマンションから、過マンガン酸カリウムと硫酸の成分が検出されたという。
最初はその意味がわからなかったが、濃硫酸に過マンガン酸カリウムを急激に混ぜると、
化学反応を起こし、発火や爆発が生じる危険性があるとデカは言っていた。
そのデカの説明を聞いている内に金譲は、憤怒と恐怖が綯い交ぜになった複雑な感情に襲われた。
状況から見て、どう考えても怒羅軍からの報復行動としか考えられない。
だが、こんなテロリスト紛いの事をしでかすような連中だっただろうか。
いや、最近の半グレには、相当無茶な事をしでかす輩もいる。
それに怒羅軍の連中は、中国マフィアとも太い繋がりがある。
金譲が所有するマンションの一室は十階にあるのだが、エントランスホールや廊下に設置された防犯カメラには、
犯人と思しき人物の姿は映ってはいなかった。
となると犯人は、ベランダ側から侵入したことになる。
犯人は、もしかしたら中国人民解放軍の特殊部隊出身者ではないのか。
金譲はそう考えた。
中国マフィアの構成員には、元兵士や元諜報員がゴロゴロしているという。
となれば、そこから怒羅軍が中国マフィアを経由して、元特殊部隊の兵士を雇ったとしても不思議ではない。
こう考えれば何もかも辻褄が合う。
実際の真相はまた別にあるのだが、金譲にそれを説明した所で、この男は全く納得しないだろう。
それはそうだ。
どこからともなく現れた蛮人が、マンションの壁をよじ登って部屋に爆発物を設置していったのだと、
懇切丁寧に真実を喋った所で、こう返されるのが関の山だ。
お前、シャブでも食ってるのか、と。
一方、場所は変わって怒羅軍が溜まり場にしているクラブでも、同じような爆破事件が起こった。
怒羅軍側は、これを華祭会の仕業だと断定し、両者は更に険悪な感情を深めていった。
勿論、この爆破事件もカインが起こしたものである。
タツヤのシノギは、主にヤクの売(バイ)とピンプの手伝いから成り立っている。
ちなみにピンプというのは女衒、ポン引きのことだ。
スマホを弄りながら、出会い系サイトで援助交際目的の女を探すタツヤ──画面を見ながら朗らかな笑みを浮かべる。
どうやら、気に入ったカモが見つかったようだ。
円山町のホテル街で待ち合わせし、少女と一緒にラブホテルへと入っていく。
そのあとはお決まりのパターンだ。
GBL(γ-ブチロラクトン)を混入したアルコールドリンクを飲ませ、
女が眠ったら所持品を漁ってスマホの番号と身分証などをコピーし、マスクを被ってからレイプシーンを撮影する。
他にも改造充電器を使って、スマホをハッキングして家や自宅を追跡することもある。
それで女を縛り付けて、稼がせるわけだ。
援交目的の未成年者の中には、良い高校に通っているお嬢様もいる。
そういう女は、タツヤにとっては美味しいカモだった。
学校と親にバレるのが怖くて、なんでも言う事を聞くし、平気で女友達も売るからだ。
バックもいない素人のガキが、小遣い稼ぎ目的で、援交なんぞに手を出すのが悪い。
それがタツヤの持論だった。
もっとも、女の方もタツヤのグループがケツ持ちでつくから、援交をやる上では、それほど酷いというわけではない。
他の客が金を払わなかったり、何かトラブルが起きた時は、すぐに駆けつけてキッチリとカタを付ける。
商売のアガリだって二割以上は取らない。
客から三万を受け取れば、女の方はタツヤ達に六千円だけ渡せばいい。
稼ぎの悪い時は一割に負けるし、ロクな客が付かない時は、女から金は受け取らない。
だからこそ、商売女の中には進んで、タツヤ達のグループにバックになって貰いたがるのもいるくらいだった。
この手の商売には、必ずトラブルが付き物だからである。
そしてトラブルは、確実に稼ぎにも響いてくる。
ここら辺りは、経済学の分野に通じるものがあると言っても過言ではない。
この手の経済学の話で有名なのが、シカゴ大学経済学部教授のスティーヴン・レヴィットの調査だろう。
スティーヴン・レヴィットの調べでは、
売春婦が一人で働く場合、週給は『325ドル』でプレイ回数は『7・8』になる。
だが、ポン引きが売春婦に付いている場合は週給が『410ドル』と増えて、
逆にプレイ回数は『6・2』と下がっているのだ。
このように売春を生業としている女が、ポン引きの男と組むのは、ビジネス的に見ると合理的なのだ。
だからこそ、経済感覚の鋭い売春婦ほど、良いピンプをバックに持ちたがるのである。
もっとも、タツヤ自身はスティーヴン・レヴィットの調査なんてものは聞いたこともなかったが。
カウンターに腰を下ろし、カインはいつものように酒を飲みながら読書を楽しんでいた。
カチャカチャと響くキーボードの音──一番奥にあるボックス席の方を見やる。
ボックス席にいるのは、細川と田所の兄貴分で、広瀬という男だ。
広瀬は優男タイプで、一見すると荒事には無縁に思える風貌をしている。
アイドルグループ辺りにいても全く違和感が無い──それでも立派な半グレだ。
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