第35話野蛮なる戦士カインと東京6
「面目ないっす。所でお隣が噂の?」
タツヤがカインへと視線を向けた。
そんな視線を受け流すかのようにカインは、開いた本のページをじっと見つめていた。
「ああ、そうだ。コイツがカイ、どうだ、デカいだろう?」
細川がカインの背中を叩いて言う。
「ええ、すげえ強そうっすね」
「強そうじゃなくて、マジでつええぞ、カイは」
その細川の言葉にタツヤの目の色が、一瞬変わった。
「あの、カイさん、ちょっとお願いがあるんすけど、助っ人で力貸してくれないっすか?」
顔を上げたカインが、タツヤに横顔を向けた。野生の獣じみた無表情な瞳が、タツヤを射抜く。
何を考えているのかわからない。しかし、どこまでも透き通った双眸だ。
「なんだ、力を貸して欲しいなら貸さんでもないが、その理由を言え」
カインはタツヤに聞いた。
胸元にぶら下がったフェザーのシルバーアクセサリーを弄りながらタツヤが説明する。
シルバーアクセサリー、ゴローズのニセモノだ。
「今回の件で詫びとして、喧嘩手伝うか、金持ってくるか、二人ばかし女連れて来ないといけないんすよ。
でも、今はちょっと金欠だし、女の方も芳しくないもんで。
もし、力貸してもらえるんなら、良い女見つけたら優先的にそっちに回しますんで、お願いできないすかね?」
「面白そうだな。いいだろう。その喧嘩の助っ人、頼まれてやろう」
「ホントっすか、ありがとうございますっ、マジで助かりますっ」
ヘッドバンギング並に何度も頭を下げるタツヤ──カインは残ったコロナビールを飲み干すと、スツールからゆっくりと立ち上がった。
最初に宙へと舞ったのは人間だった。それに続いて大型の単車が飛んでいく。
この超常現象は一体何なのだろうか。
首都のど真ん中で、突発的に竜巻でも発生したのか。
超常現象の原因──カインが突っ込んできたバイク目掛け、張り手を叩き込んだのである。
その光景に敵も味方も見入っていた。非現実的な感覚に囚われているのだ。
中には当分の間、ドラッグを使用するのはやめておこう、いくらなんでもこんな出来の悪い幻覚まで見るようになったら、
人間としてはオシマイだと自省する者まで出てくる始末だ。
それほどまでに異様な光景とも言えた。その場にいた全員が、度肝を抜かれている。
不意に誰かが叫んだ。
「……た、た……ターミネーターじゃっ、怒羅軍の奴ら、トンデモねえ奴連れてきやがったっ、おい、ずらかるぞッッ」
その怒号を合図に敵対している側のヤクザや下っ端が、一斉に逃げ出していく。
「何だ、もう終わりか」
逃げ去る相手の後ろ姿を眺めながら、カインはつまらなそうに呟いた。
「……すげえ、すげえすっよ、カイさんっ」
最初に声を掛けたのはタツヤだった。
それを皮切りに細川や、他のメンバー達が次々にカインに賞賛を浴びせる。
だが、当のカインはといえば、物足りないとでも言いたげに顎を掻いていた。
東京に進出してきた華祭会は、関西最大と呼ばれる暴力団組織の三次団体に当たる。
華祭会の事務所は池袋に置かれており、現在は怒羅軍と敵対関係にあった。
というのも華祭組が、怒羅軍のシマ内を荒らし始めたせいだ。
関西は関東と比べてシノギがきつい。
だからイケイケが多い。食えないから荒っぽくなっていくのだ。
武闘派と呼ばれる暴力団の多くは、この関西系列である。
一口にヤクザといっても、地域によっては随分と様変わりしたりする。
例えば東日本方面のヤクザは軒並み、縄張り意識が強い。
それこそ関東、東北地方、それから北海道方面になると、自分の縄張りは死んでも守ろうとする。
これを『死守(しもり)』や『死守(しまもり)』と呼ぶ。
ちなみに死守は、縄張りを意味する『シマ』の語源とも言われている。
そして東京で生まれた怒羅軍は、関東系の気質を受け継いでいる。
だから縄張り意識は非常に高い。
逆に関西方面になると、大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、和歌山県、滋賀県、三重県と言った、
近畿地方では縄張り意識が薄い。
そして華祭会のトップに当たる組織の総本部は、兵庫県にあった。
だから縄張り意識の低い華祭会が、他のシマにチョッカイを掛けるのは、ある意味では当然の帰結とも言える。
なので、この問題を解決するには地域学的な視点が必要となる。
このように暴力団とは、とても面倒くさい存在なのである。
その頃、カインは古くなった車のバッテリーから集めた希硫酸を煮詰めていた。
希硫酸は水分が蒸発すると、濃硫酸に変化するからだ。
何故、カインが濃硫酸を作っているのかといえば、それは目下不明である。
恐らくはキリストも釈迦もカインの真意を推し量ることは難しいだろう。
それはカインが、キリスト教でもなければ仏教徒でもないからだ。
濃硫酸を作り終えたカインは、出来上がった液体をジッと見つめた。
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