第34話野蛮なる戦士カインと東京5
あれから八軒ほどのファッションヘルスを回って歩いた。
その内、五軒が治療費を払い、三軒がミカジメ料を払うと約束した。
打出の小槌ならぬ、打出の巨人を手に入れた──細川は心の内でニンマリと笑った。
その場限りの治療費とは違い、ミカジメ料は定期収入になる。
ヘルスの相場だと、一軒辺りの月の守り代(用心棒代のこと)が七万ほどなので、
十軒いけば月に七十万の上がりが懐に転がり込んでくる。
それも不労所得として。
そして何かトラブルがあれば、ミカジメ料の他にその都度、店から謝礼金が貰える。
この謝礼金も立派な収入だ。
となれば、やる事はひとつ、マッチポンプだ。
わざと後輩を店に行かせて、トラブルを起こせばいい。
それで店側が頼ってきたら謝礼金をもらう。
もっとも、このマッチポンプもあまりやりすぎると店から疑われるのだが。
重要なのはさじ加減──コロナビールをやりながら、細川は乾いた下唇を舐めた。
暗い照明、店内に流れるヒップホップ・ミュージックが心地よい。
リック・ロスの歌声と歌詞に合わせて、フロアの片隅で身体を揺らして踊る少年少女の姿。
金パブ(パブロンゴールドAのこと)辺りでもキメているのだろう。
なんせ、大抵の未成年者は金がない。
だから高いドラッグには手が出ない。
親が金持ちだったり、自分なりに稼ぐ手段を持っているならいざ知らず。
それでも女の場合は、見てくれがそれなりの奴なら売春で稼ぐことはできる。
逆に男は潰しが利かない。
ゲイのオヤジ相手にケツを売るという手段もなくはないが、それでも結構厳しいものがあるだろう。
あるいはカツアゲか、タタキ(強盗)でもするか。
だが、援交やタタキで稼いでも、今時の未成年者はクスリではなく、スマホやソシャゲに金を注ぐ。
テレビドラマの中では、シャブ中のジャンキーになったガキが出てきたりするが、あんな者は例外だ。
同じく未成年者の覚せい剤使用の深刻化などと、もっともらしい事を言っている評論家もいるが、
こっちも検挙者は年々減少傾向にある。
平成二十一年に覚せい剤の取り締まりで、検挙された未成年者は二百五十八人に昇る。
だが、この五年の間に未成年検挙者の数は三分の一近くまで減っているのだ。
平成二十六年だと、未成年の検挙者が九十二人にまで下がっている。
これは厚生労働省の発表だ。
ただし、犯罪の統計には暗数(認知された犯罪数と実際に起きた犯罪数の差異のこと)の問題もあるので、
行政の発表をそのまま鵜呑みにもできない。
ただ、感覚的に見ても金の掛かるドラッグ類に手を出す未成年者は、少なくなってきているというのが、
細川の実感だ。
逆に今、小銭を持ったガキ達の間で、そこそこ流行っているのが大麻になるか。
一頃前に流行した脱法ドラッグが、規制強化のせいで手に入りづらくなったせいと、
コメンテーターが喋っていたが、今でも普通にハーブもパウダーもリキッドもネットで注文できる。
それよりもマスコミが、散々ヤバイと煽ったせいで、大麻に流れ込んできたのではないかと細川は睨んでいる。
とにかくここら辺の話題は、新しい儲け話に繋がるかも知れないので、チンピラの細川もチェックしている。
空になったコロナビールをカウンターに置き、細川はボーイにもう一本注文した。
今日はやたらと酒がうまい。
隣のスツールに腰を下ろしているカインは、いつものように本を読み耽っている様子だ。
最初はエロ小説の類か何かかと思い、横から覗いたことがあるが、結構真面目な内容だった。
ちなみに本のタイトルには『大衆の反逆』と書かれている。
「細川さん、チッス」
ミリタリージャケットを着た若い男が、細川に軽く会釈する。
「タツヤじゃん、お前も飲みに来てたのか?」
「いえ、通り歩いてたら、怒羅軍(ドラグーン)の連中見かけたんで、クラブに逃げてきたんですよ」
「ふうん、でもよ、怒羅軍の連中とウチは、それなりに仲良くやってるはずだろ。
それともお前、何かやったのかよ?」
「へへ、まあ……ちょっとヘマして、連中に借り作っちゃいまして……」
「何やったんだよ、お前?」
「レイブパーティーで連中と売りさばくはずだったブツ、ちょっとチョロまかしてたのがばれちゃいまして」
テヘペロっすと言いながら、タツヤが頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
「お前、馬鹿かよ。何でよりによって怒羅軍のブツになんか手出してんだ。頭にウジでも湧いてんのか?」
現在の関東のマフィア勢力を仕切っているのは、東北(トンペイ)出身のチャイニーズマフィアだ。
これが関東最大の中国マフィア勢力といっても過言ではない。
東北(トンペイ)系の中国マフィア──吉林省、黒竜江省、遼寧省の東北三省出身者を中心に結成された組織。
怒羅軍──その東北系チャイニーズの残留孤児二世、三世が集まって生まれた半グレ集団だ。
彼ら、東北三省出身の中国マフィアの連中は、満州族と朝鮮族の血を引いている。
ここで勘違いしてはいけないのが、中国の朝鮮族と韓国人、朝鮮人は異なる存在だということだ。
ちなみに満州族と朝鮮族は、どちらも親日寄りである。
「ダチが女引っ張ってきたんすけど、そん時使うブツが丁度切れちゃったもんで。
まあ、少しくらいならバレないだろうって思ったんすけどね」
「それで、バレてりゃ世話ねえだろ、このダボが」
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