第22話蛮勇カインと拳者の石6
カルダバの街に着くと、宿にマリアンを置いた三人は、すぐに積み荷を売り払った。
城門で税として二割ほど差っ引かれたり、商人から少々安く買い叩かれたりはしたが、
それでもなんだかんだで手元には三百枚ほどの金貨が残った。
熟練の職人ならば十年分ほどの手間賃に相当する金額だ。アルムはその額に小躍りした。
この親無し子には途方もない大金に感じられたからだ。
だが、カインは全ての金をセルフマンにくれてやろうとした。
「おい、兄貴、そりゃねえぜっ」
「いいか、アルム、この金はあくまでも兄を殺されたセルフマンへの償い金なのだ。俺達の金ではない」
「うーん、確かに兄貴の言うことは最もだけどよ……でもよ、その金だって兄貴の力があればこそだろう?」
そこでセルフマンが提案した。砕けた顎はすっかり治っていた。
これはマリアンの治療のおかげである。
「私も全額を受け取るのは心苦しいです。ですから折半ということにしませんか。おふたりは私の命の恩人ですし……」
「いや、この金はあくまでもお前が受け取るべき金だ。それにお前を助けたのはただの偶然よ」
「カインの兄貴がいらねえってんなら、俺も要らねえや」
アルムは子供である前に自分は一人の男だという自負がある。男は時に我慢しなければならない。
それが例え、痩せ我慢でもだ。
それにまさか自分の兄貴分が、金を受け取ろうとしないのに弟分の自分だけが貰うなどというのは、これはとんだ筋違いだ。
十歳の少年ながらにアルムはそう考えていた。
そうなると次に困ってしまったのがセルフマン、まさかタダというわけでもいくまい。
自分の命を救ってくれて、おまけに村人達からケジメも取ってくれた恩人である。
いくら旅から旅への行商暮らしの小商人とはいえ、ここで、はい、そうですかと、全額受け取っては己の名が廃る。
とはいえ、カインもアルムも少々頑固だ。
一度口に出せば、それを曲げることはない。
それならばとセルフマン、商人風にふたりを攻めて見ることにした。
「わかりました。それではこの金貨三百枚、有り難くお受けします。
所でお二人共、良い女がいて、美味い飯と上等な酒を味あわせてくれる店を知ってるんですが、どうですか?
お代は私が持ちますので」
このセルフマンの申し出に二人は同時に顔を合わせた。
「アルムよ、ここで断るのはセルフマンの誇りを傷つけることになるだろうな。
それに俺も酒と女が欲しかった所だ」と、唇を舐めるカイン。
「ああ、俺もそう思ったぜ、兄貴」
二人は互いに頷きあった。食欲と性欲は人間の二大欲求である。
これはある種の業だ。
だが、生きている以上、人間はこの二つの背負った業から逃れる術はないのである。
そしてムスペルヘイムの荒野で育ったこの野生児は、自らの欲望に忠実だった。
少年である前に男でもあるアルムも又、立派に欲望を持っていた。
そしてセルフマンもまた、この二人ほどではないにしろ、酒と女は嫌いではない。
三人の意見は見事に一致した。
こうして三人は思う存分に飲み食いし、女郎という名の畑に自らの種を蒔くべく、酒場へと向かったのである。
セルフマンに案内された酒場は、その名を<牡牛の骨抜き亭>と言った。
客層は商人や騎士、それから身なりの良い傭兵や貴族の子弟と言った所か。
それなりの金を持った客を相手にしている酒場なのだろう。
なるほど、店に置いている娼婦達も中々の粒揃いだ。
テーブルにつくと、カインは小樽ごと火酒を持ってくるように女給に言った。
それに続いてアルムとセルフマンがエールを一杯ずつ注文する。
ギラついた欲望の香り、ここでは男達は酒と女を求め、女達は男の懐を狙っている。
男と女の化かし合い──娼婦は客に向かって惚れたと囁き、客は気を持たせるために必ずお前を身請けするとうそぶく。
「中々良い店だな、セルフマン」
「そうでしょう。まだ私も二回くらいしか来たことがありませんけどね」
客席の間を忙しく横切る女給の身体を覗きながら言うセルフマン、女給は豊かな胸と尻の持ち主だった。
アルムが肉感的な女給の尻を布越しから軽く撫であげる。
すると尻を撫でられた女給が、少年に向かってクスリと笑いかけた。
恐らくは子供のいたずらだとでも思われたのだろう。
早速三人が運ばれてきた酒杯に手を伸ばし、乾杯する。
甘い果実の風味が漂うエールは苦味が少なく、アルムには丁度良く感じられた。
「所でアルム、セルフマン、どの女がいいか決まったか?」
蓋を開けた樽から、直に火酒を口飲みするカインが二人に聞く。
「いや、俺はまだだな、カインの兄貴はどうだ?」
「私も目移りしてしまって、まだ決めかねている所ですよ、はい」
その返事に対し、度数の強い酒をまるでエールのようにガブガブと飲んでいたカインが、
手の甲で唇を拭いながら二人に提案した。
「それならば、何人かの女を買って、俺たち三人で代わる代わる楽しむのはどうだ?」と。
「それはつまり、買った娼婦を我々で共有するということですか。つまり、穴兄弟になると?」
セルフマンの言葉に大きく頷くカイン、この小商人は蛮人の申し出に少しばかり驚いてしまった。
「セルフマンよ、俺はお前が気に入った。ムスペルヘイムの部族には、これで結束を固める者たちもいる。
アルムもどうだ?」
「面白そうだな、兄貴よ」
すっかり酒を空にすると、カインが樽を脇に押しやって続ける。
「うむ、このワラギアでは一夫一妻が当たり前のようだがな。ムスペルヘイムにもそういう部族はあった。
だが、一夫多妻や多夫一妻、多夫多妻という氏族、部族も同じくらいいたぞ」
そこでセルフマンは考え込んだ。
この強靭な肉体と凄まじい剣技を持った快男児の誘いを受けるべきか、どうかを。
セルフマンもまた、カインを気に入っていた。
この蛮人は文明人がどこかに置き忘れてきた率直さを持っている。
己の考えを飾ったり、隠したりせずにそのまま真っ直ぐ押し出してくる。
「わかりました。皆で楽しみましょう」
セルフマンはカインの申し出を受け入れた。
「決まりだな。ではどの女郎にするか、早速決めようではないか」
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