第21話蛮勇カインと拳者の石5

名主から話を聞き及んだカインは村の土蔵へと戻った。

姫御前に会うためである。暗い土蔵の中で灯りもつけず、カインは腕を組んだままで地べたに座っていた。


「姫御前よ、いるならば俺の前に出てこい。そしてお前の話を聞かせてくれ」

そうしているとカインは背後に何者かの気配を感じた。


ゆっくりと振り返るカイン──そこに居たのは金色の巻毛と褐色の瞳を持った美しい娘だった。

顔は小作りで全体的に華奢な体型をしている。


「お前がエリッサか?」


物静かで、だが、どこか優しげな口調でカインが問いかける。

問いかけながら、カインは娘の亡霊へと手を伸ばした。少女の肩口にカインの手が置かれる。


「そうよ。あなたは誰、私が怖くないの?」


少女の幽霊が口を開いた。不思議そうな眼差しをカインに向けながら。


「俺はカイン、なぜお前を怖がる必要がある?」


「私は生贄を求めるわ。だから村の人々は私を恐るの。でも私だって寂しいのは嫌、友人や知人が欲しいのよ。

こちら側での」


「それで村を祟り、あるいは守っていたのか。村人達に生贄を捧げさせ、黄泉の世界の仲間を増やすために」

エリッサは小さく頷きながら答えた。


「ええ、そうよ。私はこの村から離れられないから、こうする事でしか仲間を増やせないのよ」


「なるほどな。この村を離れて、どこか行きたい場所でもあるのか?」


「そうね、寂しくない場所に行きたいわ……友達はみんな貴方に倒されちゃったし……」


「それはすまないことをしたな。だが、俺も自分の身と仲間を守らねばならなかった」


「ええ、それはわかっているわ……」


カインは亡霊の肩を哀れむような気持ちで撫でていた。

旱魃(かんばつ)に襲われた村の為に人身御供にされ、殺された娘である。


そして死後もこうして、この村に縛り付けられた状態だ。

悲しい身の上の亡霊だった。


感傷には無縁のはずのこの野生児もある種の同情をエリッサに抱いた。

エリッサが雨乞いの儀式の贄として選ばれた理由は単純だ。


それは村で一番美しくて若かったせいだ。


この地方で信奉されている水を司る神マーニティは美しい娘を好むという。

だから人身御供としてエリッサに白羽の矢が立った。


「村を恨んではいないのか?」


「最初は恨んだわ。でも仕方がないことだって思うようになってからは、その気持ちも薄れていったわね。

私が生贄として殺されたくなかったように村の人達も飢えて死にたくはなかったのよ。

だからといって私の恨みは薄まっても未だに消えずに残っているのよ」


エリッサの言葉にカインは無言で頷いてみせた。

「お前の気持ちもわからんでもない。いいだろう、俺がお前の気に入りそうな場所に連れて行ってやる」


「そんな事ができるの?」


「出来ないことはない。所でエリッサよ、お前の遺骨や何か思い入れのある品はないのか?」


「いいえ、もうどこにも見当たらないわ……遺骨は村の人達が燃やして砕いたあと、森にばら撒いてしまったし、

私の持ち物は姉が全てお酒に変えてしまったわ……」


気落ちするように肩を落とすエリッサ、そんな彼女にカインは告げた。


「案ずるな。遺骨などがあれば、比較的簡単に連れて行けるのだが、無ければないで構わぬのだ」


そう言うとカインが着込んでいた鎖帷子を脱ぎ捨て、筋肉の浮き上がった腹部を露出させた。


「一体何をするつもりなの?」


「そこで少し待っておれ。すぐに済む」


カインが自らの親指を脇腹に無造作に突き刺した。そのまま勢いをつけて真一文字に引き裂く。

傷口から吹き上がった血飛沫が、地面を赤く染めた。


その行為にエリッサが口元を手で押さえる。


「さあ、エリッサよ、俺の腹の中に潜るが良い。そうすれば、お前をここから連れ出すことができる」


「ああ、でも……」


「心配無用だ。俺が必ずや、お前を望む場所へと連れて行ってやる。さあ、早くするのだっ」


カインに急かされるがままにエリッサは、切り裂かれたその腹の内側へと潜り込んでいった。


「これでよし……」


カインが腹を閉じ、サラシを巻いていく。


「少し休むとするか」


そしてカインは瞼を閉じた。だが、眠りにつくことはない。

強奪した品々を奪い返しに村人達が攻めて来るとも限らないからだ。


あるいは土蔵に火を放って炙り殺しにするくらいはやるかもしれない。


その時はその時だ。土蔵を叩き壊し、脱出してから村人達全員を始末すればよい。


あるいは三人を人質に取り、何か仕掛けてくるかもしれないが、

アルムは子供ながらに拳銃と短剣の扱いが巧みであり、最近ではマリアンも自分の身を守る為の魔法を習得している。


なので、そう易々と村人達に捕まることもないはずだ。

特にアルムは抜け目がない。


略奪品に油を撒いて、近づけば燃やすぞと村人を脅しつけるくらいはするはずだ。


カインはそのまま寝そべると、夜明けまで休息を取り続けた。


翌朝になると、心配そうな表情を浮かべたアルムとマリアン、そしてセルフマンが土蔵へとやってきた。

カインが無事であることを確認すると、三人が安堵に胸を撫で下ろす。




「それでカインの兄貴、幽霊は退治したのかい?」


「ああ、もう村を祟ることはないだろう」


上体を起こし、土間から立ち上がったカインがアルムに答える。

一行が土蔵を出ると周りは村人達に囲まれていた。


円形にカイン達を取り囲んだ村人の中から、名主が進み出てくる。どの村人も緊張している様子が見て取れた。


「それでエリッサはどうなったのじゃ?」

「エリッサのことならもう心配いらん。この村を祟ることはもうないだろう」


「そうか……」


名主が地面に視線を落とす。複雑な気持ちなのだろう。祟りも無くなったが、村への恩恵も消えた。


「さて、俺達はもう行くとしよう。それと強奪した品々だが、半分ほどは返してやる。

ただし、残りの半分はセルフマンの兄を殺した償い金として貰っていくぞ」


カインが言葉通りに村人達に品物を半分ほど返していく。

そして残りを頂くと、一行は次の場所へと向かったのだった。


カインは空を仰ぎ見た。天高く太陽が輝いている。

一面に広がった青空、晴れ晴れとしていながらも、しかし、どこか一抹の寂しさが漂っていた。

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