第23話蛮勇カインと拳者の石7

タッソーはランティエだ。ランティエというのは利子や年金で生活している不労所得者達のことである。

ラント(利息、地代など)で暮らしているからランティエというわけだ。


タッソーの懐に入る年間利息の額は、金貨で百二十枚ほど、ベテランの職人四人分の稼ぎを不労所得だけで稼いでいるのだから、

このカルダバの街では、間違いなくブルジョワに分類されるだろう。


ちなみに平均的な利回りは六%ほどなので、投資家としてもまずまずの腕と言えた。

また、最近ではイスパーニャの公債を安く手に入れている。


安く手に入れられたのは、属国であったカノダをワラギアに奪われたせいで、イスパーニャの信用が少々下がったからだ。


それで公債価格が一時的に二割ほど下落した。不安になって公債を手放す投資家が増えたせいである。


イスパーニャの公債は五%の利回り、これは国が定めた利率だ。


それまで金貨百枚で年間に支払われる利子が、同量のゴールドを含有する金貨五枚だったのに対し、

二割引で得られたので更に増えた。


具体的には金貨五枚から六・二五枚に。金貨百枚分の公債の購入が、八十枚で済んだおかげである。


以前からイスパーニャの公債に興味はあったので、これはタッソーにとって渡りに船だった。

タッソーは良いタイミングで公債を買うことができた。


今ではイスパーニャの公債の価格はほぼ持ち直している。


それとは別にカノダをイスパーニャからぶん取ったワラギアの公債は、それを受けて値上がりしている。

こちらは一旦売り払って、その代金で土地でも買おうかとタッソーは考えていた。


あるいはイスパーニャの方を売り払って差額を儲けるか。

いずれにしても嬉しい悩みだ。


全く、戦というものは金になる。勿論、抜け目なく立ち回らなければ損をしてしまうが。


あらゆる戦は一つの経済活動であることを、この少しばかり頭髪が薄くなりかけているランティエは知っているのだ。


また、ワラギア生まれの人間としても、自国がイスパーニャからカノダを手に入れたのは嬉しい。


そして、このカノダ争奪戦の功労者はエンリケ殿下だと言われている。


殿下は近々、王から新しい領地を褒美として賜るそうだ。今回の戦の功績を考えれば、これは当然とも言えるだろう。


そのエンリケ殿下は、ムスペルヘイムから連れてきた恐るべき手練の戦士を懐刀にしているという。


聞く所によれば、天を衝くような長身と、強靭な肉体を誇る怪物のような男で、

荒野の猛虎が巨人族の女に産ませた恐るべき混血児という噂もあるほどだ。


少々眉唾とも言えるような話だが、しかし、精鋭が全滅した中でたった一人生き残り、

総督タルスを討ち取ると、大公の一粒種を救い出したというのだから、この噂も本当の話なのかもしれない。


名前は確かカインといっただろうか。


そんなことを考えながら、馴染みの商売女を今宵も買おうと、タッソーは牡牛の骨抜き亭へと足を踏み入れた。

タッソーは牡牛の骨抜き亭の常連客で、この店にはちょくちょく通っているのだ。


酒場の娼婦には馴染みもいる。ロメという名の二十代も半ばほどになる美しい女だ。


情熱的なロメは、男を喜ばせる手練手管にも長けていた。だから、タッソーはこのロメにご執心だった。


この四十男は、ロメの身請けすら考えているほどだったのである。


ロメを贅沢させられるだけの資産は充分にあった。


タッソーは独り身の男だ。四十を超えるまで結婚もせずにがむしゃらに働いてきた。

自分と同じくらいの歳の男達が妻を持ち、子を育てていく中で、タッソーはとにかく身を粉にして稼ぎ続けた。


妻を娶り、子を育てるのは、金持ちになってからと決めていたからだ。


そんなタッソーが店内を見回し、ロメを探し始める。だが、馴染みの女の姿は見当たらない。

タッソーがカウンターにいたバーテンにロメを訊ねた。


すると客の相手をしている最中だという。一足遅かった。

臍を噛みながら悔しがるタッソー、その時だった。


天井からパラパラと、タッソーの禿げかけた頭上へホコリが降ってきたのは。

「一体なんだ?」


軋み上げ始める天井──途端に何かが割れるような大きな音が上の方から響いた。


壊れた天井から何かが酒場へと落下する。その衝撃に一瞬、酒場が揺れた。


天井からの落下物──その正体は裸体を晒した男と女だった。


女を抱き抱え、杭を打ち込み続ける男の姿。実に堂々としている。

突然の出来事に周りの客が唖然とする中、男は荒々しい動きで女を突き上げていた。


その媚態を衆人環視の前に晒しながらも、一心不乱に喘ぎ続ける女──タッソーは目を見張った。

ロメだったからだ。


「天井が抜けたようだな」


男がぽつりと呟く。男は筋骨盛り上がった見事な体躯をしていた。

それにずば抜けて長身だった。


浮き上がった一つ一つの筋肉が極限にまで鍛え抜かれているのが、素人目にもわかるほどだ。

それでいて全体の調和が取れている。


男の逞しい胸板にしがみつき、乱れ狂うロメ──女は押し寄せる法悦に酔いしれている様子だった。


軽い目眩を覚えたタッソー、一体この男は何者なのか。

すると、空いた天井の穴から、少年が顔を覗かせてこう告げた。


「おい、大丈夫かい、カインの兄貴」


そう、この男こそが、あのムスペルヘイムの戦士カインだったのである。

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