第14話蛮人カインと淫虐の総督5
少数の手練を率いたカインは、闇夜に乗じてラッセル砦を攻めた。
櫓(やぐら)に居た見張り達を音もなく弓矢で始末し、用水路を渡って砦の内部へと見事に潜入したのである。
あとはカインの独壇場だった。
その場で仲間達を待機させ、砦の指揮官が眠る寝室へと忍び込むと、寝込みを襲ってカインはこれを始末した。
「指揮官は討ち取ったぞっ、それっ、火を放てっ」
カインの怒号とともに控えていた仲間達が厩や兵舎に火を放った。生じる混乱の渦。
慌てふためきながら、叫び声をあげる敵兵達。
火矢を夜空に向かって打ち放ち、カインが外で控えている援軍に合図を送る。
こうしてラッセル砦は蛮人の手によって、たった一晩で攻め落とされた。
それから一夜が明けた。
味方側の死者はほとんど出ず、砦に転がっている亡骸はイスパーニャ側の兵士達のものだ。
未だに燻る厩や兵舎が白い煙を上げている。
カインは食料庫から持ってこさせた蒸留酒で一杯やっていた。
灼けつくようなこの火酒の味わいをカインはこよなく愛した。
「イスパーニャの奴らが砦の奪還に来るかもしれん。充分に気をつけなければな」
「何、それなら心配ねえさ。あんなイスパーニャの腰抜け犬なんぞ返り討ちにするまでよ」
と、傭兵仲間のラッソが槍を回しながら口端を釣り上げてみせた。
「うむ、それにしてもこの酒は中々美味だぞ。お前も味わってみろ」
カインから手渡された酒樽を受け取ったラッソがグビリと一杯やってみせ、コイツはうまいと舌鼓を打つ。
「イスパーニャの連中、中々良い酒飲んでやがんな」
「奴らに飲ませるのは勿体無い。ここは一つ、俺達で飲み干してやるとしようではないか」
それから酒の回し飲みが始まった。荒くれで知られる傭兵達が焚き火を囲いながら酒樽に口をつけていく。
その輪の中にはアルムも加わっていた。
喧騒に包まれた市街地──城壁で守られたこの街は、外にいる連中からすれば天国に映るだろう。
なんせ外では戦火が吹き荒れている。この街を奪還出来たのは僥倖と言えた。
街には戦乱から逃れるべく近隣の農民達が次々と押し寄せている。
買い出しを済ませ、旅籠に荷物を預けたカインとアルムは、その足で酒場へと向かった。
報奨金ならたんまりと貰っている。エンリケは気前が良いのだ。
真ん中のカウンターに陣取ると、カインがありったけの酒と料理を注文する。
キジ肉のパイ、豚肉のソテー、サラダの盛り合わせ──二人は運ばれてきた料理をバクバクと胃袋に詰め込み始める。
食い溜めだ。戦場に戻ればいつまともな食事にありつけるかはわからない。
だから食える時に食っておく。
粗方食事を平らげ、麦酒で喉を潤し始めるカイン──酒場の店内を見回した。
娼婦と金のやり取りをしている客達が、酒場女と共に二階の部屋へと消えていく。
「おい、アルム、お前は女は好きか?」
「女か、抱いたことがねえからわからねえよ」
「そうか、それなら抱いてみろ。お前も既に一人前の兵士だ。戦場で立派に務めを果たしているのだからな」
そう言うとカインは酒場にいた女のひとりを手招きした。
年若い赤毛の娘だ。躰つきはほっそりしているが、アルムには丁度良さそうに見える。
カインは黙って娘に数枚の大銀貨を握らせると、アルムを連れて上に行くように命じた。
「あら、まだ子供じゃないのさ?」
娘がアルムを見やりながら鼻で笑ってみせる。
そんな娘を見下ろしながら、カインはゆっくりとした口調で告げた。子供に言い聞かせるように。
「違う。アルムはこの国の為に立派に働いている傭兵の一人だ。この街を奪還出来たのは誰のおかげか考えろ。
わかったらお前も自分の勤めを果たせ」
その言葉に娘が頷く。
「いいわ、じゃあ上に行きましょう」
娘がアルムの手を取ると二階へと上がっていく。
アルムの方も満更ではないらしく、頬を緩ませながら娘の腰に手を回していた。
そのまま二人が並んだ部屋の一室へと消えていく。
今を楽しむことだ。死んでしまえばもう味わうことはできなくなる。それが傭兵という商売だ。
カインはガラスの容器に入った葉巻を一本取り出すと、口に咥えて火を着けた。
深々と葉巻を喫う。赤く燃え光る葉巻の先端──カインがゆっくりと白い煙を吐き出す。
それからカウンターの端に座っている亜麻色の長い髪をした女に声をかけた。
「俺は口説き文句というやつが苦手だ。だから単刀直入に言おう。俺はお前を抱きたい。いくらだ?」
女が一瞬、探るようにカインを見やると希望の金額を口にする。
カインは言われた通りの金額を女に支払うと、それから一晩中、酒を飲みながら女を抱いた。
降り注ぐ矢の雨と魔法、大砲の轟音が戦場に響き渡った。
居並ぶ弩兵が矢を放っては交代を繰り返し、弾幕を作る。
アルムはイスパーニャの兵隊共にお返しとばかりに弾丸を撃ち込んでいった。
魔術師の張ったバリアで跳ね返されたり、兵士の構えた鋼鉄の盾で防がれたが、それでも何発かは敵の手足に当たった。
「アルム、無茶はするな。今は隠れていろ」
アルムに忠告するカイン──このバーバリアンは塹壕にいる負傷兵達を見て回っていた。
傭兵仲間の傷を手当てするためだ。
だが、グリニーから貰っていた傷薬は底を尽きかけている。
残っているのはグリフィンの糞を蒸留酒で溶かし、オトギリソウから抽出したセレニウムとタンニンを混ぜた薬だけだ。
この薬には止血効果と増血効果があり、傷の治りを早めてくれるのだが、匂いと味はお世辞にも良いとは言えなかった。
だから人はあまり使いたがらない。
中にはグリフィンの糞を溶かした薬を飲むくらいなら、死んだほうがマシだという者もいた。
それでも背に腹は変えられない。
「飲め、飲まなければこのままでは命を落とすぞ、ニコル」
脇腹に巻いた包帯から血を滲ませながら、ニコルが口元を手の甲で覆い、薬を飲むのを拒絶する。
切り裂かれた脇腹は縫ってあるのだが、如何せんニコルは血を失いすぎていた。
そして回復魔法を使える者も薬も不足している状況にある。
「そんな薬を飲むくらいならここでくたばったほうがマシだ……」
と、ニコルが顔を横に背ける。
「よし、いいだろう。無理にとは言わない。こうしようではないか、俺がこの薬を飲んで見せれば、お前も飲むと約束しろ」
カインのその言葉にニコルは黙って頷いた。
すると、カインはグリフィンの糞を溶かした薬を碗一杯分飲んでみせた。
「確かに匂いも味も酷いものだな。お前の言うようにこんなものを飲むくらいなら死んだほうがマシかもしれん。
だがな、この戦、風向きは俺達に味方しているぞ。ここで死ぬのは勿体無いとは思わぬか。
ニコル、お前は故郷に錦を飾るのだ」
そのカインの言葉にニコルは頷くと、目を瞑って薬を呷った。
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