第13話蛮人カインと淫虐の総督4
空になった酒樽に腰掛け、篝火で炙った干し肉を噛んでいたカインはたまたま通りかかった老爺に尋ねた。
何故、お前達は盗賊と戦わないのだと。
老爺は突然、見ず知らずの大男から声をかけられて驚いた。
だが、その表情もすぐに消えるとカインに向かって黙って首を振るだけだ。
そして弱々しく肩を落とすと畑のほうへと歩いて行った。
「無駄だよ、この村に残ってる連中で盗賊と戦おうなんて気力のある奴はいないさ」
横から口を出した少年が、カインの持っている干し肉にじっと視線を注ぐ。
腹が減っているのか。カインは何も言わずに物欲しげにしている少年目掛けて干した獣肉を何枚か放った。
途端に少年が干し肉に飛びつき、齧り付く。
「ところで俺はカイン、お前は誰だ?」
干し肉を頬張りながら、少年は答えた。
「俺はアルム、ご覧の通りの旅人さ。で、カノダで戦がおっぱじまったからこうやって戦場稼ぎに来たってわけだ」
「ほう、それで稼げたか、アルム?」
「いや、さっぱりだ」
アルムが右手をブラブラさせながら首を横に振る。
「傭兵に志願したんだけど、ガキだからって追い払われるし、死体から剥ぎ取った剣や盾も他の盗賊に奪われちまうし、
踏んだり蹴ったりって奴さ」
干し肉を粗方腹の中に収めると、満足げにアルムはゲップを漏らした。
「お前、歳はいくつだ?」
「十ってとこだな」
アルムは十歳の童にしては長身で、いかにも利発そうな目をしていた。
「親はいないのか?」
「お袋なら流行病でくたばっちまったよ。もう四年くれえ前のことだがな」
「その歳までひとりで生きてこれたのだから童ながら大したものだ。アルム、お前は賢いのだろう。
愚鈍な者が生きていけるほどこの世は甘くはないのだからな。よし、アルム、俺が傭兵に入れるよう口を聞いてやろう」
その言葉にアルムはパッと輝かせた。
「そりゃ、本当かい!?」
親無し宿無しのこの少年からすれば、カインの申し出はとてもありがたく感じられた。
アルムは敵国イスパーニャの生まれであるが、この童は自分の国の事など全く気にしてはいなかった。
極貧のスラム街で娼婦の腹から生まれた父なし子、それがアルムだった。
父親は名も知らぬようなどこかのゴロツキで、物心ついた時には子供ながら自分なりに働いていた。
大体の仕事は酒樽運びやゴミ拾いであったり、あるいは汚穢の汲み取りの手伝いだった。
それでなんとかやってこれた。アルムの母親が病に倒れるまでは。
親を失ってからもアルムは、なんとか己の食い扶持を見つけて糊口をしのいだ。
その仕事も見つからない場合は盗みやかっぱらい、時には幼いながらも切り取り強盗の真似も働いた。
だが、一体誰がこの少年を責めることができるのだろうか。
別に孤児など珍しくもなければ、国が何かしてくれるわけでもないのだ。
そして文明国の都市に生きる人びとは、自らのことで精一杯で、親無し子の面倒を見られるほどの余裕もない。
アルムが食うために悪事を働くのは、むしろ自然の流れだ。
そして少年はいつしか、己の剣一つで戦場を渡り歩く傭兵としての道を目指したのだった。
アルムは何度もカインに感謝の言葉を述べた。
いつの間にか酒樽から立ち上がっていたカインを見上げる少年──ひゃあ、カインの兄貴、あんたはでかいんだなあ。
おいら、兄貴くれえ背が高くてでかい奴は見たことがねえよ。
深い闇が波打っている。タルスは哀れな犠牲者から取り出した心臓を捧げ、魔石像の前に祈り続けた。
祭壇に置かれた黒い陶器の香炉──酷い臭気を漂わせている。
「地に潜みし蛆王クワバトよっ、我に力を与えよっ」
必死で祈りながら蛆虫が蠢く壺の中へと、タルスが手首を切り落とされた腕を沈めていく。
タルスの腕に絡みつき、上へ上へと這い上がっていく蛆の群れ。
傷口にまで蛆が潜り込んで来る。
タルスは邪悪な魔術に手を染めた。カインへの復讐を遂げ、再びミラを取り戻すために。
あるいは……タルスはすでに狂気の淵に追いやられていたのかもしれない。
「呪われろっ、呪われろっ、わしから右腕とミラを奪っていた憎い奴っ」
タルスが祈りを捧げる蛆王クワバトは太古の大悪霊だ。
感情が高ぶるに連れてタルスが唸り声を上げ続ける。
そして魔石像に捧げた血まみれの心臓を掴むと獣のように食いちぎり、嚥下していった。
「次の生贄を用意せい……」
タルスが配下の兵士に命じると、新たな生贄が運び込まれてくる。
生贄は年頃の若い娘だった。近くの村から連れてこられたのだ。
「離してっ、離してくださいっ、お願いですから村に返してくださいっ」
そんな娘にタルスが目を細め、嘲笑うように唇を歪めた。
「活きが良いのう。これなら良い生贄になりそうじゃ」
振り下ろされる短剣、切り裂かれる乳房──暗き祭壇の間に娘の絞り上げた断末魔が轟く。
タルスは娘の亡骸から生温かい心臓を抜き出すと、再び魔石像に捧げた。
ほの暗き空間の中に眼を凝らせば、そこには巨大な蛆が影射していたのだった。
幕舎では何人かの指揮官が集まり、作戦を練っていた。
幕舎の中央に置かれた肘掛け椅子に座るのは王弟の息子であるエンリケ閣下、その傍らに立つのがカインだ。
作戦会議に集まった将校貴族の面々にとって、この男は酷く不気味で威圧的に映る。
だが、それをどうこう言い出す者はない。
彼らにとってカインは人間ではなく、エンリケが飼っている猛獣と認識されているからだ。
エンリケ閣下の護衛にして恐るべき手練の暗殺者──ムスペルヘイムから連れてきた荒野の猛虎。
白兵戦に置いては無類の強さを誇り、同時に獲物に気取られずに仕留めてくる野生の殺し屋だ。
この男に敵側は一体どれほどの指揮官や将校を暗殺されたのだろうか。
指揮官の一人が咳払いを一つしながら広げた地図を指差して言った。
「それでラッセル砦の件ですが、私は裏門から攻めてみようと思う次第ですが」
丸顔小太りの指揮官が一同を見回しながら話を進めていった。
この男、名をテルジオという。
「と言いますのもラッセル砦は裏側に森を背負っておりますので、
木々に隠れながら向かえば敵に気づかれずに攻め入ることができるかもしれないのです」
「悪くない考えだな、テルジオ殿」
エンリケがテルジオに鷹揚に頷いてみせる。
それを了承と取ったのか、ではそのように部隊を編成しますとテルジオが答えた。
それまで黙って地図を見ていたカインが、おもむろに口を開く。
「ラッセル砦か。それなら一つ、俺が落としてきてやろう。この場合は隠密行動が重要だからな。
大勢でいけば、いくら森の中でも気付かれるぞ」
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