第15話蛮人カインと淫虐の総督6
事件が起きたのは、それから三日後の事だった。
大公の娘であるミラが何者かに連れ去られたのである。これは手痛い失態だった。
非常に不味い。兵士達の士気にも関わる。戦争には勢いも重要だ。
風向きが変われば戦況もガラリと変わる。流れに乗らなければ勝てる戦も勝てなくなる。
相手は既に判明していた。というよりもミラを誘拐した犯人はカインを指名してきたのである。
そして、届けられた文にはタルスの署名があった。
カインはミラを救出するべく、エンリケの選び出した精鋭部隊を引き連れてタルスの城館へと殴り込みをかけた。
だが、城館に潜り込んだ精鋭部隊は全滅し、カイン一人だけが生き残った。
腐った血肉の臭気が鼻腔粘膜を撫でた。身体を引きずるアンデッドどもの足音、薄暗い通路にただ一人いるカイン。
生き残った蛮人は石壁を背にしながら辺りの様子を覗った。
この城館は魔物の巣窟を化していた。化物どもがそこらじゅうをうろついている。
タルスの城館はもはや呪われた。
カインは音もなく通路を渡った。
曲がり角に差し掛かると物陰に潜む。慢心は命取りだ。曲がり角を覗くと、何体かのゾンビの姿が見える。
灰色の肌、黄色く濁った両眼、剥がれ落ちた頭皮、醜悪だ。
垂れ下がった眼球を頬の辺りでぶらつかせたゾンビ、肌を蛆虫に食われて腐った肉を露出させたゾンビ、
黒く変色した血を唇から糸のように垂らすゾンビ、破れた腹部から腸をはみ出させたゾンビ。
始末しなければならない。
素早く飛び出したカインは、右側にいたゾンビの頭部を拳で叩き割ると、残ったゾンビどもを振るい上げた長剣でぶった斬っていく。
風を切り裂く長剣、モンスターの飛び取る血、転がる腕や脚、そして首。
「安らかに眠るが良い」
辺りに散乱したゾンビの手足や首を見下ろし、カインは再び奥へと進んだ。
襲いかかるモンスターの群れをその長剣と拳で蹴散らしながら。
後には刎ねられた首、切断された腕、肩口を切り裂かれたモンスターの残骸だけが残された。
モンスターからすれば、この蛮人のほうがよほど恐ろしい怪物に映るだろう。
「ミラよ、一体どこにいるのだ……」
カインが呟きながら、地下へと続く螺旋階段を下りていく。
タルスの地下室へと続く階段だ。次々にカイン目掛けて押し寄せるアンデッドの群れ、群れ、群れ。
目前まで迫るグールの顔面をカインは飛び蹴りで吹っ飛ばした。
破裂する頭部、散らばったグールの頭蓋骨と脳漿が、他のアンデッド達に降り注いだ。
斧を薙ぎ払い、ワイトがカインに打ち掛かってくる。
だが、ワイトの斧がカインに触れることはなかった。
その前に切断されたワイトの首が空中を飛んでいたからだ。
「タルスよっ、待っているが良いっ、貴様の首もこのように刎ねてやるぞっ」
ハハハっと哄笑しながら、カインが次々にアンデッドを斬り伏していく。
「ああああああァァァッッ」
絹を引き裂くような悲鳴が地下室内に轟いた。タルスがミラの純白の臀部目掛けて九尾の皮鞭を振り下ろす。
肉を打擲する炸裂音、ミラが嗚咽し、何度も頭を振っては止めてと哀願する。
額から滲み出るミラの脂汗──タイルに滴り落ちては跳ねた。
「再びわしの所に戻ってきたのう、ミラよ」
鉄の輪で両腕を拘束され、鎖で天井から吊るされたミラを見やりながらニヤつくタルス。下卑た笑みだ。
そのタルスの浮かべた笑みと地下室に並んだ拷問器具の数々にミラは怖気を振るった。
鉄の処女、苦悶の梨、拷問台、頭蓋骨粉砕器、水責め椅子、異端者のフォーク、ガロット……これらの拷問器具はタロスの愛用品だ。
この男は一体どれほどの犠牲者達の血を吸わせてきたのだろうか、この拷問器具に。
「さあ、楽しもうではないか、ミラよっ、わしは今激しく昂ぶっておるのじゃっ」
タルスがミラの双丘に何度も鞭を打ち付けた。泣き喚くミラ──肌がミミズ腫れに覆われていく。
「ヒャハハハハっ、全く素晴らしい気分じゃぞっ、ミラよっ」
その刹那、地下室のドアが大きく揺れたと思った瞬間、叩き破られた。
続いて巨大な人影が飛び込んでくる。
「無事だったかっ、ミラよっ」
そこにはアンデッドの返り血に塗れたバーバリアンが立っていたっ!
「やはり来たのう、この蛮人めがっ、待っておったぞっ」
口から蛆虫を溢れさせ、タルスは侵入者を睨みつけた。
「やはり魔性の者へと化けたか、タルスよ。それにしても蛆虫とは、貴様にはお似合いだな」
「ええいっ、黙れっ、黙れっ、この下賎な蛮人風情がっ、蛆王クワバトより授かりし我が力を見せてやるっ」
突然、タルスの身体が膨れ上がった。
衣類を引き破り、どんどん膨張していくタルス──巨大な蛆虫だ。
無数の触覚を身体中から伸ばしたおぞましい蛆虫。
タルスは十五ヤード超(約十五メートル)を超える巨大で醜い蛆虫へと変貌を遂げた。
「ハハハハッ、見よっ、これが蛆王クワバトの力よっ」
だが、カインは動じることなく、タルスを見上げた。
「ほう、中々面白いな。では俺も精霊の力で一つ、同じ事をやってみせようではないか」
「な、何だとっ、どういうことだっ、まさか貴様も……ッ」
タルスが言葉を紡いだ瞬間、カインの身体もまた変化していった。
激しく脈動する四肢、膨張する筋肉、軋みあげた骨格が急激に成長していく。
野獣の如き鉤爪となったカインの爪先、細胞組織が全て生まれ変わっていく──メタモルフォーゼだ。
「これぞ我が精霊の力よ」
変身したバーバリアンがタルスに相対する。
銀色の毛を靡かせた雄々しき獅子の姿──タルスはすぐさま触手をカイン目掛けて振り下ろした。
無数の触手が壁やタイルを貫き、柱を吹き飛ばす。
だが、攻撃は一向にカインに当たる気配を見せなかった。
「何故だっ、どうして当たらんのじゃっ」
焦るタルス、だが、焦れば焦るほどに触手は空を切るのみだ。
「このノロマめ」
触手攻撃を躱しながらカインはタルスへと迫った。
触手を鉤爪で思う存分に引き裂いていく。
そしてタルスの顔面に飛びかかると、その右目を抉りとった。
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