その頃我が家では。

「北海道函館市○○町で起きた一家殺害事件の被害者の長男ですが、依然行方がわかっておりません…」


どこのテレビ局もこのニュースばかり。

今日なんて、洗濯物を外に干していたらお義母さんが「はるちゃっ、はるちゃーーーん!」と家の中からより大きな声で叫びながら外に出てきて、「函館で起きたあの事件、ほらぁ、あの親子が殺された事件やよ!あの犯人、この辺に潜伏しとるがよ!」と興奮しながら走ってきた。そんなに興奮してたら血圧上がるよお義母さん。ただでさえ高血圧の薬飲んでるんだから。面と向かっては言えないけど。

「えー、本当ですか、それ。誰が言ってたんですか」

私は毎回お義母さんから噂話を聞くと、必ずこの誰に聞いたのかと聞く。

そうすると、必ずお義母さんから出てくるのは、「後ろの家の奥さんとかさなえちゃん!」と答える。


案の定、「さなえちゃんとか、後ろの家の奥さん!」と順番は逆だったけどお義母さんはお決まりの二人と答えた。

さなえちゃんは、お義父さんの妹さん。

お義母さんからは小姑にあたる方。

旅館で仕事してて、スレンダーで、美人なのに、何故か独身。

お義母さんとさなえちゃんは年も近い事もあり、姉妹のように仲良し。

噂話大好きな後ろの家の奥さんは目がギョロっとしてて、大きな口で、大きく口を開いて色んな噂話を流している。信憑性があるものが3割、多分奥さんの妄想が絡んでる間違い話が7割。

「お義母さん、きっと多分ですけど、それは間違いではないでしょうかね」

ルート的に、後ろの家の奥さん→お義母さん→さなえちゃん→お義母さんなんだろう。

多分、きっとこの後ろの奥さんの妄想が、ここに逃げてきてたらどうしよう!から始まって、尾ひれがついたのをもう一度聞いてしまって、お義母さんも同じように騒いでるんだと思う。お義母さんの話を半分に聞いて空を見上げた。


この地方は、晴れてても空は雲がかっていて、青空に白が混ざっててどよーんとした空。それが、ここでは晴れという。


函館は、私が生まれ育った街。


••••••••••


「ちょっと奥さん奥さん!大変やよ!小松さんとこの爺ちゃん、事故起こしたとよーー!」

と、夕方、洗濯物を取り込んでいると後ろの奥さんが興奮して叫びながら走ってきた。より一層目を大きくギョロギョロさせて、大きな口はもう一回り大きく開いていた。だから、そんなに興奮してると血圧上がるよ、奥さん。奥さんも血圧の薬飲んでるんでしょ、お義母さん言ってたよ。面と向かっては言えないけど。


「えぇー!小松さんとこの爺ちゃん、またやってしまったんが!この間もトラクターから落ちたとか言うとったのに!」

と、夕飯の下ごしらえしていたはずのお義母さんが家の中から走って出てきた。

お義母さん、余程焦ったのか、サンダル逆に履いてますよ。これは言いたい。


「それがね、小松さんとこの爺さん、人身事故起こしたっちゃ!今、テレビでやっとったんやけど!」

「あら、うちは今あっちゃんが録画してるアニメ見とっちゃ、ニュース見とらんかったとよ!」

私が取り込んだ洗濯物もカゴに入れて縁側に置き、少し気になって2人の様子を見た時には、2人は手を取り合って話していた。

仲良しやね、2人。


「それがね、その爺ちゃんが轢いてしもた人ってね、あの、函館の犯人やったがよ!」

「えぇー!」

奥さんが発したこの言葉に、私が思わず反応してしまった。

私が声を発したら、2人して同時に顔を私に向けた。


「あら、珍しいやねぇ、はるちゃんが反応するながね」

奥さんが嬉しそうな顔でで私を見た。

「あ、そういえば、はるちゃんも函館なんがね、だから反応したんがね」

お義母さんも嬉しそうに言った。いつもお義母さんが噂話を私に持ってきても大して反応をしないから、私が食いついた事が嬉しかったんだと思う。


「ははは、まぁ、はぁ…」

私も苦笑いで返してしまった。家の中では電話が鳴っている。きっと、テレビを見たさなえちゃんからだろう。


言えない、言えない。


後ろの家の奥さんが函館の事件の犯人がこの辺に潜んでいると言っていたのは、奥さんの妄想ではなくて、真実だった事に対して驚いてしまって思わず声を出したなんて、言えない。







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