思い込みの期限。【短編】

『海を見に行こう!』


彼のこういった唐突な発言は今に始まったことではなく、それは彼の悪い点ともいえるし、わたしは確かに彼のそんな所が好きなのだと溜息を吐く。


空はまだ星達が何らかの議論の真っ最中というような時間で月も空高く漂っている。


「いつ行くの?」というわたしの少し呆れた問いに彼は元気よく『今から!運転はお前な』と返答してくれやがった。

まだ化粧も落としていなかったのでわたしはやれやれと鞄に荷物を詰めたり、コーヒーを沸かす。


車に乗り込んだときも、空はまだ十二分に暗くて、彼はもしかすると朝日が見たくなったのかもしれないとわたしはアイマスクをして眠る彼の口元に香ばしい香り漂う毒を数滴たらして流し込み、愚痴とコーヒーをグッと飲み込んでハンドルを握りしめた。


彼はわたしが考えつきもしないことをいつも思い付いてわたしを振り回す。

男性という生き物自体がそうなのか、弟が居たらこんな感じだったのか、あまりの考え方の違いに驚かされることが多い。それでも彼はわたしにとって初めての男性で、確かに彼と一緒にいると楽しいことも沢山ある。



近くの海にたどり着いたときには丁度朝日が目覚める頃合いで空が白色に染まっていた。


海といっても断崖絶壁で、砂浜があるわけではない。それでもわたし達にとってはここが海なのであり、紛れもなくどこまでも続く海の入り口、荒波がたっていようが海は海。


「疲れちゃった」


車から降りて近場を散策してきたわたしは誰に言うわけでもない言葉を呟いて伸びをした。朝日は灼けるようにまぶしく、この季節の海風は寒かったが髪を撫でる力強さは彼の手のようで嫌いじゃない。

そんな彼という存在の一つ一つがすべて自分の妄想だったならとわたしは誰も座っていない助手席を眺めた――


空ではまだ少しだけ星がささやきを続け、月は白くすべてをみつつ沈黙を続けている。

それは五月晴れを迎える、五月の連休くらいのお話。

彼とわたしという男と女のお話。

荒波が全てをもみ消すようなお話。

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