【彼の鼓動】
【彼の鼓動】
『心臓が自分の胸にきちんと納まっているのか』
それを毎日意識している人はどのくらいいるだろうか?
驚いた時や生命の危機を感じた時。
或いは、ときめいた時。
そんな時に人は胸に手を当てるだろう。
スポーツをして息切れした時は、全身に血が駆け巡っているのを感じて、生きている事を実感するかもしれない。
だけど、それは所詮生きている事を実感するけであって、心臓の有無を感じている訳じゃない。
だから、ある意味で心臓を盗むのは簡単な事だったりする。
――トクン、トクン。
自分の胸で蠢く心臓。
私は白衣の上から心臓のある位置に手を当てて、頬を綻ばせた。
今日も元気に動いている。
「先生は本当に心臓がお好きですね」
白衣姿の生徒がガラス瓶の向うから声を掛けて来た。
「だって、心臓は生きている象徴じゃない。それに、心臓は嘘が付けない。脳から切り離されて生きてるから」
笑って見せると、生徒はドキリとした顔を見せる。
――トクン。
心臓は嘘を吐かない。
幾つか並んだガラス瓶の中に一つだけ入っている心臓。
私はそれを見て再び微笑む。
ワタシの心臓は今日も元気そうだ。
そして、ワタシの胸の中に収められた彼の心臓も……
【七月の枯れた季節】――七月 不黒 @bungei6kari9
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