7章 下邨くんと終わった話(3)
HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER4.6 TITLE:
『下邨くんと終わった話』
〇約5ヶ月前
……何から話せばいいんだろ。
えっと、まず。たしか、俺が女子更衣室に入ったのは、6月とかだったよな? 今から5ヶ月くらい前か。
小千田。その時、俺が更衣室に入って何したか覚えてねえか?
「……『ごめんごめん!』って連呼しながら、なんか……備品棚? 探ってた」
そう、それ。
俺は、女子更衣室の備品棚に用があった。
俺がそっから何を取って行ったかまでは、見てない?
「そんなとこまで見てるわけないでしょ。体隠すのに必死だったし……パニクってたし」
……それは本当に申し訳ない。
俺は備品棚から……タバコとライターを探し出して、持って行ったんだ。
「タバコ!?」
しっ、静かに。教師とかに聞かれたらどうすんだよ。
……水泳部にガラの悪い先輩がいることは何度か話したよな? 今、普段部活なんか出もしねぇくせに、唐揚げ売って小銭稼ぎしてるような奴らだよ。
そいつらの仲間、水泳部のOBは、この学校に在籍中、ある生徒をいじめてたんだ。……いや、いじめどころじゃねぇ。殴ったり金脅し取ったり……れっきとした、犯罪だ。
いじめの主犯格がこの学校からいなくなってから、ある程度いじめは収まったが……それでも、その生徒をいじめていたグループの何人かは、まだ水泳部にいる。
そのいじめられていた生徒のことは、仮に『A』としよう。
そしてそいつらは、Aを脅したりする手段として……タバコとライターを、水泳部の女子更衣室に隠してたんだ。
「待って。あんた、そんな話どこで知ったの?」
……言えねぇ。
それを言うと、Aが誰かってのが分かっちまう。
話戻すぜ。
タバコとライターってのは、いじめグループがAに一度無理やりタバコを吸わせた時のものだ。つまり『喫煙の証拠』。
無理やりにとはいえ、自分が喫煙したという事実を周囲に知られるのが怖いAは、その証拠をダシに1万前後の金を脅し取られたりしていた。主犯格が学校から消えた後も、いじめは続いていたんだ。
だから、それを女子更衣室から持ち出して、処分した。
それがあの日、俺のした事だ。
#
〇視点:黒部空乃
〇同行者:下邨翼・冬山清志・小池咲
「……2つくらい、確認したいことがある」
話を全て聞き終わって、遥香ちゃんは少しこわばった声を出した。
「1つめ。水泳部で、そのAさんをいじめていたグループの名前は出せる?」
「……主には、平井、里中、日並」
「…………」
遥香ちゃんは、疑ったり驚いたりといったことは全くせず、何故か頷く。
「2つめ。……あんたが女子更衣室に入ってきた日の翌日、これまでほとんど幽霊部員だったその3人が、急に部室に来て先輩たちと話を始めたことは、関係ある?」
「ある」
「わかった」
2つの質問から、遥香ちゃんは下邨の話の真偽に確信を持ったようだ。
おもむろに席を立ち、かつかつと凛とした足取りでこちらのテーブルに向かって歩いてきたと思えば、その場に膝をつき、頭を下げた。
突然土下座の姿勢を向けられた下邨が、慌てて立ち上がる。
「ごめんなさい。これまで半年近く、あんたのことを誤解して、あろうことかあんたがノゾキ魔だって周りに触れ回って……こんなことじゃ済まないと思うけど」
「だ、だからって土下座はねーだろ! もういいって、体起こせ!」
見れば、下邨が起こさせた遥香ちゃんの顔色は、体調でも悪いのかと心配してしまうほど真っ青だった。
曲がったことが嫌いで真面目な彼女には、どうしても自分が許せないらしい。なんとなくだけど、忍とちょっと似た性格してる気がする。
ちょうど、遥香ちゃんの注文した白身フライが揚がって、フライヤーの網が自動で上昇し油の海から脱する。席を立とうとする咲を制して、今度は私が紙皿を取り出して盛り付けの準備をする。
「てか、まぁ。いくら大義名分あるとはいえ、女子更衣室に入った時点で社会的に死ぬのは覚悟の上だったしな。お前の反応は正しいし、誤解したとか触れ回ったとかで責められるわけない」
「そうだよ小千田さん。その時じゃなきゃいけない事情があったのかもしれないけど、女子が更衣室で着替えてる時に入ったコイツが悪い」
「そうね。それなら気にしないようにするわ」
「……切り替え早っ」
丸いお皿の外周に飾り付け用のコールスローを。真ん中に主役の白身フライを盛り付けて、白身フライディッシュの完成。飾り付けと言っても黄緑一色だから、安っぽいことには変わりないんだけど。
お皿を運び、私たちの座っているテーブルに置く。ついでに遥香ちゃんのテーブルからお冷とイスを移動させる。
「無事に和解できたところでさ、遥香ちゃんもこっちで食べようよ。1人だけで食べてもおいしくないでしょ?」
「……そうね、ありがとう」
少し逡巡したようだったが、遥香ちゃんは笑顔で提案を受け入れてくれた。
私の用意した席に座って、テーブル備え付けの箸箱から割り箸を取り出して、お上品にパキッと上下に割ると、黙々と白身フライに齧りついた。
さっと切り替えてみせたとはいえ、照れがあるのだろう。遥香ちゃんは必死に下邨の方を見まいと、それほどおいしくもない白身フライを集中して食べているフリをする。
「なぁ、小千田もこれ食うの手伝ってくれよ。やっぱ多すぎるって」
「……お腹空いてるから別にいいけど。1人で食べきれる量頼みなよ」
「そんな風に後先考えられる人間なら、ノゾキ疑われるようなマネしないだろ」
「うっせぇ! てかお前食うの速すぎんだよ!」
ポテトを口いっぱい頬張りながら辛辣なことを言うキヨの皿には、もう最初の半分ほどのポテトも残っていない。ホントに大食漢だったとは。
はぁ、と溜め息を吐きながら、遥香ちゃんは下邨の全然減る様子のない山盛りポテトに手を伸ばす。遥香ちゃんの方はまだ若干ぎこちないが、2人が誤解を乗り越えて関係性を修復できたようで何よりだ。
「いっしょにゴハン食べたら仲良くなれるって言説は間違ってなかったんだねぇ」
「……なんか違うだろ、それとこれとは」
私の呑気なセリフにツッコむ咲の目は、穏やかに笑っていた。
#
HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER4.7 TITLE:
『話は終わっていなかった』
〇文化祭2日目・15時45分
割れた画面をなぞって、文字を打つ。
「『お久しぶりですカタギリです。お姫様の恥ずかしい写真、持ってます。例の証拠持って、お姫様と2人仲良く公園に来てください。』……こんなんでいいかなぁ?」
「なんかアホっぽーい」
「別に文面とか何でもよくね?」
面倒臭い作業。できればやりたくない作業。だけど、しなくちゃいけない作業。
何もかもサボってここまで生きてきた私だけれど、これをサボってしまうと、私の気が収まらない。今でさえ、沸騰寸前、頭がおかしくなりそうだ。
やり残したことがないように。
やられっぱなしのことがあるなら、必ずやり返して終わってやる。
「うぃ、おかえししまぁす」
用済みになったスマホを、地面に這いつくばっているもじゃもじゃの頭めがけて投げ捨てる。
ひょろ長いその男は、スマホを自分の子供か何かのように大事そうに拾い上げ、弾かれたように立ち上がり、この場から逃げ出そうとした。
その足を、すぐそばにいた
「うははは」
「水泳部のみんなによろしくなー!」
その無様な姿に、男共がみんなお腹を抱えて笑う。そんな嘲りを振り払って走って去り行くモジャモジャ男の背中に、
別に私は笑わない。
たしかに今のは無様で滑稽だったけれど、男のそんな姿を見ても、なんにも面白いと思わないから。
今、私が視たいのは、たったひとりの無様な姿。滑稽な姿。
はぁ、と溜め息をついて、ベンチに座る。
今から待ちきれない。早く、早く連れて来てくれないかなぁ。
「
「まだライン送って2分も経ってねーし。大人しくシモムラくんの到着を待ちなよ」
「シモムラ? 誰ぇ、それ」
「……
「私、男の名前は覚えらんないって言ったじゃん~」
1年付き合ってる彼ピの名前も覚えられないんだから。
「はぁ……早く来ないかなぁ」
早く、早く。
待ち遠しい。早く、あの子の顔が視たい。
今、どうしてるのかなぁ。
私たちの『やったこと』、未だにトラウマになってるのかなぁ。
ていうか逆に、あれだけ心を込めて色々してあげたのに、トラウマになってなかったらショックだなぁ……。人間、好きな相手に忘れられるの以上に悲しいことはないと思うんだよねぇ。
今でも目を瞑れば、あの子の泣き顔が、怖がる顔が、匂いが、お腹を潰した時の感触が、感覚の全てが呼び起こされる。全身を駆け巡る血の一滴一滴が、その時の興奮を取り戻そうと躍起になって、エネルギーが満ち満ちる。
私を退学にしてくれちゃった備後天音ちゃんも、かなりいい感じで、また機会があれば会いたいなぁと思うんだけれど。あの子のことを考えると、そんな思いは一瞬で消し飛ぶ。
体が熱い。ほっぺたがリンゴみたいになってきてるのが、鏡とかを使わなくても分かってしまう。
「あぁ~、早く会いたいよぉ!」
君は、もう『終わった話』だと思ってるのかもしれないけれどね。
私にとっては。
〇視点:
〇同行者:
END
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