7章 下邨くんと終わった話(2)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER4.3 TITLE:

『渡良瀬秋華の終わった話の終わり』


〇視点:冬山清志

〇同行者:源忍・渡良瀬秋華・下邨翼

〇文化祭2日目・15時12分


「……はい、これで私の話は終わりっ」


 無理のある明るさで、渡良瀬先輩は話を締める。

 話を聞いた俺たちはといえば、何を口に出すこともできず、ただ突っ立って、頭の中で、今聞いたばかりの3分ちょっとの先輩の話を反芻することしかできない。

 普段、新聞部の誰よりも明るく気さくで優しい、渡良瀬先輩。そして、誰よりもしっかり者で落ち着いていて頼れる、柿坂先輩。普段の2人からは全く想像できないその過去に、ただ驚愕している。


「先輩」


 俺たちの中で真っ先に口を開いたのは、翼だった。


「なに?」

「……その『B先輩』って、俺の知ってる人っすか?」

「えっ?」


 えっ? という声を出したのは、俺だ。

 源も、戸惑った顔で翼の顔を見ている。当の翼本人は、真剣な表情で真正面の渡良瀬先輩の瞳に向き合っているだけだ。

 先輩は、閉じていた口を少しだけ開いた。リアクションといえるものはそれくらいで、すぐに俺たちに背を向けてしまう。


「……さあね。下邨君の交友関係なんて、よく知ってるワケでもないんだしさ」

「……………」

「とにかくみんな、自分の仕事があるならそっちに戻って。仕事がないならめいっぱい遊んじゃってちょうだい」

「そんな。犯人探しは、もういいんですか?」


 焦り気味に源がそう聞くと、先輩は少しだけこちらを振り返って、笑った。


「私たちの新聞をイタズラに使われて、悔しくないわけじゃないよ。……けれど、それと同時に、こんなのに東奔西走させられてるのが馬鹿らしく思えてきたっていうかね。ぶっちゃけて言えば、面倒臭いし、危害がないならもういいか、って」

「そう、ですか……」

「……………」

「せっかくの文化祭だしね。私たちにとっては最後だし。じゃあ行くよ、みんなも、自分のしたいことをしてね」


 渡良瀬先輩は少し早口気味にそう言って、足早に俺たちの前を去って行った。

 源が、心配そうに胸の前で右手を握る。


「……自分のしたいことをしてね、か」


 翼が小さい声で、先輩の言葉を復唱した。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER4.4 TITLE:

『小池咲は気に入らない男装に身を包む』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:下邨翼・冬山清志・小池咲

〇文化祭2日目・15時20分


「何しに来た。冷やかしなら帰れ」


 仮にも喫茶店の店員が、店を訪れた客に対して吐く最初のセリフがこれである。


「咲……みんなで作った接客マニュアル、読んだよね?」

「マニュアルだけが全てじゃない。それにこいつらは絶対に迷惑客だ」

「うん、まぁ、片方は客どころかサボリ野郎なんだけれど……」


 顔を逸らして、即座に「申し訳ない」などと反省の色が見えない謝罪をするキヨ。この態度を動画に撮って小鳥ちゃんに送ってやろうかと思う。


 2時台までの仕事を全て終え、あとは夜のステージイベントを残すのみとなった私と咲は、急いで自分のクラスに赴き、自分たちの仕事シフトを全うするため衣装に着替えた。

 私は前田さんと同じフリフリメイド風(?)衣装。これをメイド服と言うのか、ファミレス制服と言うのかは分からないけど。

 それに対して、咲は女子の中ではかなり背が高く、一律でMサイズを購入した女性用衣装が合わないため……一度は本人によって却下された男性用制服を着るハメになっていた。

 カッターシャツにネクタイ、ベスト。すらっとした長い脚に、ピシッとしたブラックのパンツが非常によく似合っている。何よりも、私が提案したポニーテールが男装の格好に最高にマッチしている。

 実際、これまで2組の女性客を接客していたが、どちらもきゃーきゃー言いながら一緒に写真を撮ってもらったりしていて、かなりウケがいい。本人自体クールだし、人気が出るのもよく分かる。

 さっき求婚したら、メニュー用のバインダーで本気で頭を叩かれた。まだジンジン痛むが、本人が忘れた頃にもう一回チャレンジしてみようと思う。


 そんな中来店したのが、新聞部仲間の男子2人……下邨とキヨだ。

 キヨに関しては昨日も今日もシフトをすっぽかしているらしいので、どのツラ下げて来てるんだという感じなんだけど、お金を落として行ってくれる以上無下にはできない。

 入口で咲に冷たくあしらわれた下邨は、ニヤニヤしたり咲を煽ったりするのかと思いきや、何故か目を見開いてショックを受けていた。


「……なんか、男らしさとかカッコよさとか渋さとかで、完敗したわ」

「ブチ殺すぞ!」

「なんていうか、もう素直にめちゃくちゃ似合ってるよな。男の俺でもこんな上手く着こなせる気しないもん」

「『男も惚れる男』って感じだよな。上司に欲しい」

「気色悪いコメントをするな。次ヘンな事言ったらこのバインダーで頭カチ割るからな」


 冷静に考えてプラスチック製のバインダーで人間の頭をカチ割ることはできないだろうけれど、今の咲が醸し出す鬼人の如き迫力には、そんなことも可能にしてしまいそうな説得力があった。

 なおもヘラヘラ笑う男子2人に、咲はやれやれと溜め息をついて、くるくると放り投げるようにメニューの挟まれたバインダーを渡す。


「それ見て注文決めろ。んで、さっさと入って食べる物食べて帰れ」

「おぉ。普段なら『乱暴だなぁ』としか感じねぇのに、今のカッコで聞くと男前なセリフに感じるな」


 キヨの頭がカチ割られた。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER4.5 TITLE:

『下邨くんと終わった話の始まり』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:下邨翼・冬山清志・小池咲

〇文化祭2日目・15時22分


 とりあえず下邨とキヨを席に通し、2人とも『山盛りポテトフライ・ウンエントリヒ』を頼んだところで、調理を咲に任せて席に着く。

 調理と言っても、今回うちのクラスが借りたのはコンビニなどで使っているような所謂フライヤーと呼ばれるやつなので、工程としては、冷凍された材料の重さを計って網に乗せ、揚げ物の種類と量に応じて時間を設定してスイッチを押すだけだ。

 このメンツの中で唯一クラスの違う下邨が、妙ちきりんなメニュー名が並ぶバインダーを半笑い顔でじぃーっと眺めている。


「……いろいろツッコみたいところあるけど、とりあえずさ。何なんだよ、このポテトフライの後ろについてる『ウンエントリヒ』とかって」

「ただの山盛りポテトフライじゃ面白くないってことになってさ。次郎系ラーメンのお店みたいに、5段階で山盛り度を選べるようにしたんだよ」

「一番下の『ブリーゼそよ風』が、マックのLサイズと同じくらいの170グラム。『ハルプ半分』が230グラム。『ノインツィヒ90』が290グラム。『ミリアルデ10億』が350グラム」


 キヨが淡々とポテトの量数を読み上げていくうちに、あまりよく読まず適当に頼んだらしい下邨の顔が真っ青になっていく。

 フライヤーの操作が終わったらしい咲が、制服の上につけたエプロンの紐を解きながらこっちに来て、私の隣に座る。図らずも、男子2人と女子2人が向かい合う合コンみたいな形になってしまった。


「お前らが頼んだのは、上限の『ウンエントリヒ無限大』。揚げる奴の裁量にもよるけど、だいたい400~500グラムだ」

「ふざけんな! 注文聞き入れる前に確認しろよ!」

「ろくにメニューも読まず、あんまり値段が変わらないからって上限を頼んだお前が悪い。言っとくけどひとかけらでも残したら殺すからな」

「水泳部なんだし、500グラムくらい余裕でしょ?」

「運動部イコール大食いみたいな偏見やめろマジで。たしかに自分でもそこそこ食う方だと思うけど、油っこいモンばっかり500グラムはキツいだろ……」


 頭を抱える下邨に対して、キヨはさっきからスマホをいじりながら、しきりにフライヤーの方をちらちらと見ている。心なしか、早く食べたくてウズウズしているようにすら見えるが、割と大食いチャレンジ的なのがイケるタイプなんだろうか。


 安い油が安い冷凍ポテトを揚げる、盛大な拍手に似たパチパチジューという音を少し遠くに聴きながら、談笑すること少し。

 何かを食べるには中途半端な時間のため、下邨とキヨが来るまでほとんど誰も中を覗こうとすらしなかったこの店の入り口を、1人の女生徒がくぐった。


「ごめん、今休憩中?」

「あ、遥香ちゃん」

「誰も来なくて暇だから、このアホ客に付き合ってただけだよ。大歓迎」


 私より先に咲が立ち上がって、遥香ちゃんを出迎えるためバインダー片手に入り口へ近付いていく。

 小千田遥香こせんだ はるかちゃん。私たちと同じクラスで水泳部に所属している、ショートカットの女の子だ。黒部・小池・小千田と、出席番号が並んでいるため、班行動などの際には咲ともども一緒になることが多く、クラスの中ではまあまあ話すほうだ。

 自分と同じ水泳部に所属している遥香ちゃんの顔を見た下邨は、「うえっ」と声を出し、露骨に嫌な顔をする。しかしそれは遥香ちゃんの方も同じで、下邨の姿を視界に捉えた途端、むっとした顔になって立ち止まる。


「色々忙しくて、やっと何かお腹に入れられると思ったのに……。コイツの顔見ながら食べたら、どんなご馳走もマズくなりそうだわ」

「じゃあ他ンとこで食えよ、うっせーな……」

「こら、数少ないウチの客を減らそうとすんな。小千田さんも、できるだけ席離すからさ」


 そう言いながら咲は、遥香ちゃんをやんわり宥めつつ、私たちが座っているテーブルから一番離れた席に通した。さすが何でもできる女、マニュアルに載っていない接客も完璧だ。


「あ、ていうか小池、やっぱりその男装似合ってるね」

「それには触れるな。ご注文は?」

「白身フライで」

「アイヨー」


 居酒屋バイトみたいな声で注文を取った咲が、そのままの足でフライヤーの方に向かい、空いているフライヤー1台を使って調理を始める。大量のポテトと白身を揚げているため、借りてきたフライヤー全台が使用中になってしまう。

 咲に任せっきりじゃ悪いので私も席を立ち、このような事態が起きた時のため文くんが予め用意していた、『ただいま混み合っております。注文から15分程度お時間を頂きます』パネルを入り口に貼り出す。


「相変わらず同じ部の女子に嫌われてるよなお前。なんかあったのか?」


 本当にただの興味というか、普通の世間話でも振るように、キヨが下邨に対してデリカシーに欠ける問いを投げかける。

 そりゃあ、私も気になるけど……この空気の悪さでしますか、その質問。ちょっと呆れつつ、キヨをじとっと睨みながら元いた席に座る。


「いや……まぁその」

「ノゾキよ」


 ごにょごにょと言葉を濁す下邨を嘲笑うかのように、遥香ちゃんは吐き捨てた。


「小池には言ったことあるわよね」

「あー……だいぶ前に聞いたな、そういや」


 フライヤーでの調理作業を一旦終え、軽く布巾で手を拭きながらこちらに声を飛ばす咲。

 おそらく、ちゃんと覚えていたけれど、下邨の名誉に関わる話なので自分から言うことはしなかったんだろう。


「誤解だって……まぁ信じちゃくれねーだろうけど」

「私たちが着替えてるところに堂々とドア開けて入ってきて、誤解も何もないでしょうが!」

「ノゾキ目的じゃなく、何かやむを得ない目的があったって言いたいのか?」


 頬杖ついて静観していたキヨが、ニヤニヤしながら話に入ってくる。

 そろそろポテトが揚がるタイミング。白身フライのフライヤー操作を終えてそのまま待機していた咲が、大きい紙皿を取り出してフライヤー横のシンクに置く。油っこいニオイがこっちの席まで届いて、もはやこれだけでお腹いっぱいだ。

 キヨの質問を受けて、下邨はひどく呆れた表情で首の後ろを掻き、唸るような声で言う。


「当たり前だろ。何の目的もなく、ノゾキの疑いかけられるようなリスク侵すか」

「じゃあそれ言えばいいじゃん?」

「……はぁぁ。お前なぁ」


 なにげなくそう言った私に、下邨がさらに呆れたような顔でこちらを向いて、でっかい溜め息を吐いてみせる。普段はこっちが下邨に対して呆れる側なので、コイツにこんな反応をされるとひどく気が悪い。


「言える話ならとっくに言ってるに決まってるだろ。隠してたって疑いが晴れないだけで何の意味もねぇんだから。言えねーから困ってんだよこっちは」

「少しも?」

「……他の人に迷惑かかるからな」

「はい、『山盛りポテト・ウンエントリヒ』おまちどおさま」


 咲が、下邨とキヨの目の前に、悪夢のようにうず高く盛られたポテトフライの皿を置いて、私の隣に着席する。

 うわ……実物見るの初めてだけど、見ただけでなんか胃が縮こまる。これ食べたらその日の夕食から次の日の昼食まで食欲が湧かない気がするよ。

 キヨは待ってましたと言わんばかりに飛びついて、ぱくぱくとポテトを貪り食い始めたが、下邨はあまりにも常軌を逸した光景に、口をあんぐりと開けたまま顔を引きつらせている。


「迷惑かけたくないなら、個人名だけ伏せて説明すればいい。この中の誰も、あんたの話を他所に言いふらしたりしないし、簡単ないきさつを話せば小千田さんも納得するかもしれないだろ」

「でも……。いや、まぁ、そうか。名前さえ伏せれば……」


 おそるおそるといった感じで最初の一本を口に運び、咲の進言にぶつぶつと独り言を言いながら頷く下邨。

 話す気になったのだろうか、下邨は一回だけ深い瞬きをすると、遥香ちゃんを含む教室内の全員を見回して、釘を刺した。


「……たしかに、今ならもうだいぶ時間も経ったし、名前を言わなきゃ話してもいいかもしれない。だけど誰にも言うなよ。その人が誰か特定するのも禁止な」

「当たり前だよ!」

「言い訳できるっていうんなら聞こうじゃん?」


 まぁできないんだろうけど、という侮蔑を言外に滲ませて、遥香ちゃんは足を組み腕を組み、離れた席から下邨の方に体を向けた。

 全員の同意が得られたことを確認した下邨は、テーブルに置かれたお冷を空のコップに注ぎながら、似合わない難しい顔で「わかった」と呟く。


「つっても……まぁ、かいつまんで話せばすぐ終わる話なんだけどな」


 むせ返るような油物の匂いの下、下邨による、普段の彼らしくもない、笑顔をひとつも含まない話が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます