7章 下邨くんと終わった話(1)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER4.1 TITLE:

『渡良瀬秋華の終わった話の始まり』


〇視点:冬山清志

〇同行者:源忍・渡良瀬秋華・下邨翼

〇文化祭2日目・15時09分


「……そう。着ぐるみだけしか見つからなかった、と」


 3階のカウンセリング室、もとい文化祭仮置き備品庫で見つかった、着ぐるみの首吊り死体。……ではなく、濡れた着ぐるみを裏返して吊るしている現場。

 それを見つけた翼たちは、取材が終わった渡良瀬先輩、そして買い出しから帰って小鳥と一旦別れた俺と合流し、着ぐるみを発見した状況について全て説明をしてくれた。

 翼たちが目撃したのはただ着ぐるみを乾かしているだけの光景だったらしいのだが、半分人型のものがロープに吊るされてゆらゆら揺れているのを準備もなしに見せられるとさすがにショックらしく、源はまだ若干顔が青い。


 そういった経緯で、俺たちは今、新聞部の部室に集まっている。

 源が、まだ不安そうな顔のまま、報告を締めくくる。


「カウンセリング室に、着ぐるみの他に気になるものは何もありませんでした」

「……文字通り、裳脱もぬけの殻ってことかしら」


 渡良瀬先輩が、皮肉めいた笑いを浮かべて言う。

 ――着ぐるみを着て渡良瀬先輩を欺き、逃げおおせ、着ぐるみを元あった場所に戻すという隠ぺい工作までやってのけた犯人は、今現在、着ぐるみという殻を脱ぎ捨て生身でどこかを歩いているのだろうか。

 ここまでくると、本気で犯人が何をしたいのか分からない。

 ここにきて、わざわざ新聞部の前に姿を現したその理由って、何なんだ。全員がその不可解さに頭を抱え、難しい顔になる。


「なんでわざわざ動きにくい着ぐるみを着んだよ? 正体を隠すにしたって、もっといい方法あるんじゃね?」

「新聞をペタペタ触っていた行動も不可解だわ」

「……着ぐるみの手のひらにインクつけてさ、ハンコを押すみたいにギュッと手のひらを押し付けて、新聞に署名を残した……とかは?」

「俺と源が着ぐるみの状態確認したけど、濡れてる以外はキレーだった。手にインクなんか付いてなかったぜ」


 まぁ無理があるか。署名の写真を実際に見てみたけど、ハンコであんな綺麗に細い線が出せるとは思えないしな……。

 こうなるともうお手上げだ。柿坂先輩か小池あたりなら、この時点で集まっている情報で、簡単に犯人や手法を割り出せてしまうんだろうか。

 ……或いは、勝手に散々名前を書かれている、件の『記者B』ならば。


「記者Bは……本当にこの学校に、いるんでしょうか?」

「……分からないわ。いるかもしれないし、いないかもしれない」

「たしか初日の話では、備後さんは今、イギリスのロンドンにいらっしゃる……とか、そういうことになっていませんでしたか?」

「フェイスブックでは、そういうことになってるわね」


 渡良瀬先輩はすぐにスマホを取り出すと、小池にも負けないくらいのスピードでしゅっしゅっと画面を操作し、フェイスブックのある投稿を開いた。

 それは備後先輩の、今朝3時に投稿されたばかりの写真と文章だった。写真の方は、薄暗い雲に覆われた空の中にビッグベンが浮かび上がっているような、印象的な一枚だ。

 文章の方はというと。


「『霧ノ都 ロンドン ハ 、 今日 モ 曇リ空 デアル』……」


 ……独特なセンスだなぁ。


「これが、何か?」

「ちょっと待ってねー」


 全員がその投稿をしっかりと見たのを確認すると、渡良瀬先輩は自分の胸の前にスマホを引き戻し、また操作し始めた。一旦ホーム画面に戻ったようだ。

 次に渡良瀬先輩が見せてくれたのは、大手検索サイトのお天気情報。それによると、今日12時、日本時間6時のロンドンの天気は……。


「……晴れ、か」

「は!? じゃあ……どういうことになるんですか?」

「備後先輩は、ロンドンにいない可能性がある。少なくとも、今日の朝6時の時点でね……」


 現在ロンドンは晴れているのに、その現在のロンドンで撮ったはずの写真には、曇り空が写っている。つまりこれは、わざわざ別の日に撮影した写真を今日の日に合わせて投稿したということになる。

 こんな、天気予報を見れば一発で分かるようなバレバレの嘘を吐くってことは……備後先輩はもしかして、この投稿を見た誰かに、『自分はロンドンにはいない』というメッセージを伝えたかったということだろうか?

 スマホをポケットにしまって、渡良瀬先輩は見せつけるような溜め息を吐く。


「あの人も、凝ったイタズラ好きだからね。もしかしたら、いきなり私たちの前に出てきて驚かせるつもりなのかも」


 だが、そんな愚痴を言い終わる事には、彼女の口元には慈しむような微笑みが形作られていた。

 隣で翼が少し顔を逸らした。分かりやすいヤツ……。


 源が、真面目な顔を保ちながらも少しそわそわしたような様子で、渡良瀬先輩を見上げる。


「あの、先輩。前部長の備後先輩って、どんな人だったんですか?」

「…………」


 前部長、という響きに、渡良瀬先輩は少し笑みを見せた。

 しかしそれは、先ほどのような気持ちのいいものではなく、少しの嘲笑と意地悪が折り重なったような、入り組んだものだった。


「控えめに言って、オールラウンダー。大袈裟に言えば、完璧超人。そんな感じの人だったよ。そして……」

「そして?」

「…………最後の機会だし、いいか」


 かなり長く言いよどんだ渡良瀬先輩だったが、ふと神妙な面持ちになると、渡良瀬先輩はカッキー先輩の……部長の机に座って、頬杖をついた。


「備後先輩は、前部長ではない。今も変わらずこの新聞部の部長よ。……少なくとも私の中ではね」


 俺たち1年生の間に、微妙な空気が流れた。

 その言葉を、どう処理すればいいのか、決めあぐねている。


「……どういうことですか?」

「私はカッキーを部長だなんて認めていない」


 嫌な話だし、そもそも色々めんどくさいから、君たちの前ではカッキーを部長として立ててあげてたんだけどね。そんなことを言いながら、俯く渡良瀬先輩。

 一切笑わず、それどころか、今までに見たことのないような暗さを瞳に込めて。渡良瀬先輩はそう言って、改まった姿勢に座り直した。


「……最後の機会だから、みんなに伝える。みんなは私たちよりもずっと強いから、こんな話を真に受けなくてもいいけれど。心に刻んだりしなくていいけれど。だけど何かがあった時の参考にはしてほしい」


 太陽が、雲に隠れた。

 たしか今日は、曇りのち雨だった。


「新聞部には定期的に名探偵が現れる。

 カッキーは、その名探偵のなり損ないよ」



 私たちが1年生の時、新聞部には、もっと多くの先輩がいた……っていう話は、前にもしたよね?

 今でこそ、1年生5人に対して2年生ゼロの3年生2人なんて構図だけど。


 たくさんの先輩に温かく迎えられて、私とカッキーは入部した。


 特に、1学年上の備後先輩は、楽しい人だった。

 名探偵を自称して、毎日の些細なことを無理やり事件と謎で彩って、毎回面白くして、毎度大騒ぎしていた。


 ある時は、隣のカケンの薬品の匂いが強すぎるってイライラしていた当時の部長を宥めて、体育館用の大きな送風機を廊下に置き、タマネギの汁を溶かした水をカケンの実験室に向けて風で飛ばしたり。

 ある時は、廊下に落ちていた一枚の千円札から推理を進めて、最終的にいじめグループの悪質なせびり行為を暴いたり。


 漫画みたいな人だった。

 冗談や謙遜やお世辞抜きに、こういう人が天才って呼ばれるんだろうな、とか、こういう人が世界を動かすんだろうな、とか、そんな風に思える人だった。


 カッキーは、1年生の時からずっと、備後先輩に憧れてた。


 異性として見ていたのかどうかは……正直本当に分からない。好きだったのかもしれないし、純粋に、そういう先輩の天才な部分に憧れて、そうなりたいと思っていたのかもしれない。

 とにかく、カッキーは備後先輩のような新聞部員になりたい、って、ちょっと恥ずかしそうにしながら言ってたんだ。それは事実。

 備後先輩も、そんなカッキーを後輩として可愛がっていたと思う。私が可愛がられてなかったって意味じゃなくて……なんていうか、自分を慕ってくれるカッキーを、弟みたいに扱ってたっていうか。


 で、備後先輩が『先輩』から『部長』になって、私たちが2年生になって、賑やかな、備後部長の最後の1年間があと1ヶ月で終わりを迎えるという頃に。


 ある事件が起きた。


 いや……起きたんじゃなくて、カッキーが事件を起こした。事件にするべきじゃなかったことを、そっとしておいてほしかったことを、


 発端は、10月の10日。体育の日。

 私たちのクラスラインで……ええと、プライバシーに配慮して、Aちゃん、って名前にするわね。

 午前中の、お昼前くらいだったかな。私たちのクラスラインで、Aちゃんが、「私の生徒手帳、間違えて持ってる人いない?」って発言をしたの。

 Aちゃんとはけっこう教室で話す仲だったし、ラインが来た時私も家にいたから、制服のポケットとか鞄の中とか一応確認してみたけど、もちろんなかった。

 数人から返事が来たけど、みんな当然「持っていない」って。


 その数日後、結局生徒手帳を見つけられなかったまま、Aちゃんは先生に生徒手帳の紛失を申し出て、新しく生徒手帳を発行してもらえた。


 それで話は終わり……そのはずだったのに。


 迷惑な名探偵は、そんなどこにでもある話を、『謎』にした。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER4.2 TITLE:

『渡良瀬秋華の終わった話』


〇1年前


 それから数日……と言っても2、3日くらいが過ぎたある日。休み時間の教室だったか放課後部室に向かう途中の廊下だったかもう覚えてないけれど。

 カッキーは、神妙な顔をして、私にこう言ってきた。


「Aさんは、生徒手帳を持っていたはずだ」


 最初は、言っている意味が分からなかった。

 話を聞くとどうやら、カッキーは10月10日の午後、Aちゃんが生徒手帳を無くした旨をクラスラインに書き込んだあとに、外でAちゃんとバッタリ会い、そこでAちゃんが生徒手帳を取り落とすのを見たらしいのだ。

 なんかの見間違いじゃないの、と言ってみたが、


「いや、カバーの表に彫られてる校章がハッキリ見えたし、絶対に見間違いではないよ。しかも、俺の目の前で落としたあと、慌てて拾って立ち去ったんだ」


 同じクラスなのだから当然だが、Aちゃんは私だけじゃなく、カッキーとも顔見知りだ。そんな相手にバッタリ会って挨拶もなしに立ち去るのは、たしかに不自然なように思えた。

 けれど、『不自然』止まりだ。

 少なくとも私は、仲のいい人間がそんな態度を取ったら、多少は戸惑うかもしれないけれど、何か理由があるんだろうなと思って終わりにする。

 だから、カッキーにもそう言った。


「すぐ立ち去ったのは、何か言えない事情があるからでしょ。そっとしといてあげればいいじゃん。なんでもかんでも謎にして解こうとするのは悪いクセだよ」


 私のその言葉に、カッキーは少しムッとしたようだった。目を一瞬カッと見開いて、反射的に反論しようと口を開き、そのまま閉じた。カッキーのそんな感情的な表情を見るのは初めてで、私は少し面食らった。

 彼はそのまま目を逸らし、私の方を見ないように、ずっと不自然に前を見ながら、こんなことを言った。


「別に……俺は、ただ、Aさんが何かそれで困ってるのかと思っただけだ」


 その言葉が本心だったのか。

 私の言ったことが図星で、備後先輩のように格好良く謎を解きたい、というのが本心だったのか。

 それはもう、今は確かめられない。確かめたくもない。



 2日後、Aちゃんは学校に来なくなった。



 Aちゃんの生徒手帳の件の真相は、こうだった。


 Aちゃんには、中学時代に親交のあった先輩がいた。

 だけどその先輩は、高校デビューというか、かなりガラが悪くなっていて、悪い人たちとつるむようになっていた。

 その人たちのイジメのせいで、今も学校に来れていない不登校の生徒がいる。そんな怖い先輩に、たびたびお願い事をされていた。


 仮に、その先輩をBとする。


 当日、10月10日の朝、AちゃんのスマホにB先輩から電話がかかってきた。

 内容はこう。

 『アイドルのイベントに行きたいから、お前の学生証を貸せ』。


 B先輩は、自分の好きなアイドルのイベントに行く確率を上げるために、自分の身の回りの人間たちにも、その抽選に応募させていた。

 不幸にも、Aちゃんはそれに当選し、チケットを受け取った。

 当然、AちゃんはそれをB先輩に渡していた。しかしB先輩はイベント当日の朝になって、そのイベントではチケットを当選させた人物と来場者が同一かどうかを確かめる、本人確認が実施されるということを知ったのだ。

 いま急いで証明写真を撮っているから、お前は自分の生徒手帳から自分の証明写真をはがして持ってこい。そんなことを頼まれて、Aちゃんはそれに従った。

 夜に始まるイベントに間に合うように、Aちゃんはお昼から出かけて、イベント会場付近で遊んでいるB先輩に自分の学生証を届けようとしていた。その時に偶然、カッキーに遭遇したのだという。


 Aちゃんの親は厳しかった。

 B先輩のような人間たちと交流があることを知ったら、何をされるか分からない。今の自由な生活・交友関係を制限され、部活に行くことすらできなくなるかもしれない。そもそも、自分の身分証を不正利用のために他の誰かに貸すことは犯罪だ。

 それでも、B先輩の命令に背くことはできない。


 恐怖と恐怖の板挟みの中で、Aちゃんが思いついたのが、『生徒手帳を無くしたことにする』ことだった。


 自分は不正利用のためにB先輩に生徒手帳を貸したのではない。盗まれたか、あるいは落としたのを拾われたか。そうやって、B先輩に悪用されたのだ。

 警察に対して通じる言い訳じゃないとは分かっていたが、少なくとも、親への言い訳にはなるだろうと考えて、Aちゃんはそれを実行に移した。

 クラスラインに、『私の生徒手帳、間違えて持ってる人いない?』と書き込むことで、クラスメイトたちを証人としたのだ。自分が生徒手帳を紛失したという嘘を、信用に足るものにするために……。


 これが、謎の真相だった。


 ここまで言えばもう分かると思うけれど。カッキーはものの見事に、その謎を解いてしまったのだ。

 そして、あろうことか、B先輩にそういった行為をやめるよう迫った。


 カッキーにAちゃんがバラしたのだと怒ったB先輩は、次の日から、大勢の仲間を使って、Aちゃんへの攻撃を開始した。

 Aちゃんは人気のない男子トイレに連れ込まれ、頭を踏まれて、和式便所に顔をくっつけさせられた。口を塞いで声を出せなくした状態で、他の人にバレないよう、乳房の下という普通に生活していれば絶対に見られることのない部分に、タバコの先を当てられた。

 たった1日だが、永遠に続くんじゃないかと思われるくらいに凄絶ないじめだった。いじめという言葉で済ませてはいけない、人権も尊厳も無視した、暴行と脅迫、強姦だった。


 私はカッキーを殺そうと思った。


 そんなことが起こってもなお、自分が被害者であるかのような怯えた顔で、ぼそぼそと「Aさんを助けたかった」なんて言っているカッキーを、殺してやりたいと真剣に思った。

 黙っていれば何も起こらなかったところに、自分が気持ちよくなるためだけに入り込んでかき混ぜるその行為は、B先輩やその取り巻きよりも、数段数倍、邪悪だと思った。


 幸いというべきなのか、そういったいじめの事実は、Aちゃんの両親には伝わらなかった。

 Aちゃんはいじめから逃げるためではなく、体調不良で学校を休んでいた。ひどい胃炎を起こしていたようだから、絶対にただの体調不良なんかじゃなく、あの日に受けたいじめのせいだろうけれど。


 Aちゃんを助けてくれたのは、備後先輩だった。


 彼女は、自らの人脈や能力をフルに使って、B先輩とその周りのグループが過去に行った犯罪行為の証拠を揃えた。

 さらに、B先輩よりも上位の、不良グループのボスのような人間と話をつけて、Aちゃんに手出しをさせないよう動いたらしい。

 その姿はまさに、小説の中に出てくるような、フィクションみたいな『探偵』そのものだった。


 全てが終わったあとで、備後先輩は私に、カッキーを許してあげてくれと言った。

 正直、彼がしたことは一生許せる気がしなかったけれど、恩人である備後先輩の頼みを無下にできるわけもない。少なくとも新聞部として一緒に活動している間は、そのことを忘れておいてあげることにした。


 けれど、新聞部の活動中はその一件のことを忘れてやるとは言っても、彼が部長としてこの部を束ねていくことに関しては、私は納得できなかった。

 柿坂十三郎は、きっといつかまた、同じようなことを起こす。

 私を次の部長にしてくださいと、何度も備後先輩に言ったが、彼女はいつもごめんねと謝るばかりで聞き入れてくれなかった。

 それでもしつこく、毎日のように言い続けたある日、備後先輩は、いつも余裕の微笑みを浮かべる彼女には似合わない困り顔で、ゆっくりと首を振ってこう言ったのだった。


「ごめんね。これは私のわがままだけれど、私はどうしても、彼にこれからの新聞部を託したいんだ」



 それ以上、私は何も言えず、悶々としたまま三年生引退の日を迎えた。


 新部長に就任し、「取材の時のために雰囲気が出るように」という思い付きで備後先輩が作った腕章を受け継いだカッキーに、私は最初にこう言った。


「私は君を、部長と認めない」


 色々な感情が渦巻いて、普段使わない『君』なんて二人称が飛び出した。


 今も私は彼を、部長だとは認めていない。

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