6章 源さんと着ぐるみ殺人事件(7)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.21 TITLE:

『着ぐるみは死なない生きものである』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・14時06分


 西館3階、美術部の取材に来た。

 文化祭用に、ミニ黒板や百均雑貨などを使ってかわいく飾り付けられた美術室には、向日葵の絵がたくさん並んでいる。それら全てが、美術室の中心に飾られた美術部部長渾身の巨大彫刻作品・『太陽』に向くように配置されているのだ。一体感のあるいいアートだと思う。

 もちろん向日葵と太陽だけではなく、アニメのキャラクターの絵や、ボールペンで精密に描かれたこの高校の風景画など、たくさんの作品が壁に飾られている。


「この向日葵と太陽のアート、とても素敵だと思います。何かコンセプトはあるんですか?」

「はい。『命』ですね」

「へえ、命……」


 想像していたより壮大、かつ漠然としていて、息を漏らしてしまう。

 美術部部長の木津さんは、なおも机の上の画用紙に向かって鉛筆を走らせながら、淡々と受け応えてくれる。


「向日葵が太陽の方を向けるのは、生きているからです」

「……ああ、それで死んでいる向日葵も2枚だけあるんですか」

「え、私気付かなかった!」

「ふふふ、さすが鋭いんですね。そう、死んでいる向日葵だけは、太陽の方ではなく床を向いているのです」


 自分たちのアートの趣旨を分かってもらえて嬉しいのか、ここまでの取材であまり表情を見せてくれなかった木津さんが、少し声を高くして笑った。


 木津さんは、画用紙を回し、こちらに向けて差し出してくれた。

 咲と2人で覗き込む。


「わぁ」

「すっご……」


 ちょっとデフォルメされている私と咲が、肩を並べて笑っている絵。

 特に「笑ってください」とも言われていないのに、咲の笑顔なんか本当にそっくりだった。私の笑顔は、あんまり自分で見たことないから判断しかねるけれど。

 木津さんはなおも影のある笑みを浮かべ、私たちの反応を、どこか遠い出来事のように眺めている。


「……美大に行きたいのですが、両親はそれを許してはくれません。それこそ、私を死んだ者として扱うように」


 木津さんが自分の気持ちを語ったのは、このひとことだけだった。

 私たちは何も返さない。ただ絵を眺めて、その幸せな絵に反射するちいさな悲しみを見つめることしかできなかった。


「……あぁ、そうだ。よければ着ぐるみを借りていきませんか?」


 つい漏らしてしまった自分の想いを忘れさせようとするように、木津さんは少し大きな声で、私たちの興味を惹いた。


「着ぐるみ?」

「たしか、美術部の服飾チームが、着ぐるみのレンタルやってるんでしたよね」


 奥の美術倉庫の扉に掲げられた小さなホワイトボードには、『着ぐるみレンタルやってます。30分200円~』の文字。どうやらあの奥に大量の着ぐるみが眠っているようだ。

 木津さんが絵を描いてくれた机に置いてある、『売上金入れ』と書かれた鳩サブレの缶の中身を見るに、あんまり儲かっていないようだけれど……。

 ……そういえば。

 文化祭当初から気になっていた話を思い出して、私は木津さんに尋ねた。


「すかすかランタンの着ぐるみもあるんですよね?」


 かぼちゃの頭に、細い手足。キュートな首輪がファッションポイント。

 私はこの取材中、すかすかランタンの着ぐるみをどこかで拝めないかと廊下中をきょろきょろ見回していたのだが、ついに文化祭半分を過ぎてまだそれを拝めないでいた。


「あぁ。置いていたんですが……今は借りられているらしいですね」

「そうですか……」

「西館の奥の教室を間借りして、入りきらない着ぐるみをそこにしまっているらしいので……もしかしたらそこに返却されているかもしれません」

「ああいえ、少し見てみたかっただけなので。ありがとうございます」


 着ぐるみを着て取材の仕事ができるわけもないし、どのみち借りられるわけがないんだけれど、ちょっと残念かな。ちょっと着るだけでも体験してみたかった。


「美術部の中の、服飾チーム……が管理しているんでしたっけ」

「管理ではなく企画ですね。管理は私に丸投げです」

「……ごめんなさい」

「いえ。私は好きでここに引きこもってますから。お客さんたちの似顔絵を描くのが毎年の文化祭の楽しみなんですよ」


 木津さんは、美術室の展示を訪れた人に、無料で似顔絵を描いてあげているみたいだ。私たちが取材を始める前にも、家族連れのお客さん全員の似顔絵を描いてたいへん喜ばれていた。他の部のビジネスに口出しする気はないけれど、似顔絵代を50円くらいでも取ったほうが着ぐるみレンタルより儲かると思う。

 それにしても、着ぐるみレンタルを企画するだけして管理を木津さんに丸投げしている不届きな美術部員とは誰の事なのだろう。


「誰が企画したんですか? 着ぐるみレンタル」

「……発案は誰か分かりませんね。美術部ここのほかに運動部1つと委員会1つを掛け持ちしている活発な子がいるんですが……夏休み明けからあまり来てなかったのに、文化祭前になってちょこちょこ来るようになったから……その子かな……」

「文化部に運動部に委員会を掛け持ち……」

「すごいバイタリティーだね」

「うーん、でも着ぐるみを自分で着るのは嫌そうだったような。となると、発案者は田栗さんかな……それで、お金持ってる進藤くんを頼ったのか……」


 思ったよりも木津さんはこの件について真剣に考えていた。というか、部長なのに自分の部の企画を把握しきれていないとは。この学校らしいといえばらしいけど。

 ガラガラ、とドアを引いて、お客さんが入ってくる。目深に帽子を被り口元に笑みを湛えた、どこか見覚えのある黒いカーディガンを羽織った女性だ。


「いらっしゃいませ」

「……ではそろそろ失礼します。この取材の内容は、文化祭後の特集記事内で取り上げますので、もしよければ目を通してください」

「楽しみにしてますよ」


HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.22 TITLE:

『それは姿のない犯人である』


〇視点:渡良瀬秋華

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・14時31分


 下邨くんが心配だ。


 次の取材は野球部。事前聞き取りの際、ピッチング姿を撮った写真を記事に掲載してほしいと頼まれたため、運動場の端、倉庫前に集合ということになっている。

 私は東館の階段を駆け下り、1階へと急いでいた。

 40分集合だから、時間的に余裕はない。頭ではそう分かっていても、私の網膜には、さっき学校の外で話した時の下邨くんのあの顔が焼き付いていて、何て言ったらいいか……辛抱たまらない。

 下邨くんが水泳部でどういう立場なのかは、彼の話と、そして周囲の噂からだいたい分かっているつもりだ。彼は愚痴を零したりしないから、その辛さを直接伝えてくれることはないけれど。


 だからこそ、今日初めて、あんなに思いつめたような下邨くんの顔を見て、思い知った。

 小さくも、明るく雄々しいその背中に、彼が何を背負っているのかを。

 直前まで不機嫌な顔をしていても、私がタオルを放ってあげると、すぐに負の感情を感じさせない眩しい笑顔を浮かべる、その強さを。

 シンクロは無事上手くいっただろうか。

 また新たな諍いに巻き込まれていないだろうか。

 あれ以上思い悩んだりしていないだろうか。


 あの時彼に会ってから、ずっと、私は頭の片隅でそんなことを考えては、今すぐこの取材をドタキャンして彼の出演している水泳部のシンクロを見に行こうかと、何度も馬鹿な考えを起こしかけた。

 その度に、そんなことをしちゃったら、辛くても今自分のやるべきことをやっている下邨くんに顔向けできない、と自分を戒めた。

 さっき4階屋上前ホールでバスケ部の取材が終わって、私はすぐにホールを飛び出した。次の取材まで時間がないというのもあったが、一番に、少しでも下邨くんの顔を見たい、大丈夫そうな姿を見て安心したいという思いがあったのだ。


 1階に降り立った。シンクロはちょうどさっき終わったところだろうし、今から水泳部の部室前で下邨くんを待てば、取材前にちょっと声をかけるぐらいはできるかもしれない。

 私は小さく「よし」と声に出して、水泳部室の方へと走り出した。


 その瞬間に、全力疾走する着ぐるみとすれ違った。


「えっ? 着ぐるみ?」


 一瞬視界をよぎった不可解な事象に、思わず後ろを振り返る。

 かぼちゃの頭に、細い手足。黒い首輪の下のチャックが、閉め切れていなくて中身が見えない程度にパカパカしている。

 間違いない。空乃ちゃんが好きな、あの……なんとかランタンだ。

 その着ぐるみが、なぜかこの東大正高校の階段を全力で駆け上がっていた。


 少し迷って、私は踵を返しそれを追った。

 理由や根拠はともかく、自分の勘が、あの着ぐるみをここで見失ってはいけないと告げていた。


「待てっ!」

「………………!」


 着ぐるみから、少し荒い息遣いが聞こえた気がした。

 それにしてもこの着ぐるみ、頭と胴体以外の手足は人間の形にとても近い。所詮着ぐるみ相手ならすぐに追いつけるだろうと思っていたが、どう見ても私と同等かそれ以上に速い。

 階段を上り、東館2階。着ぐるみは階段から抜け出し、廊下へ出た。それを追って私も廊下に出るが、その時点ですでに10メートル近く距離を離されていた。


「うわっ……」


 そこまで急でもない方向転換なのに、私の足は何かに引っ張られるように、全く思うように動かず、もつれてこけた。横向きに尻もちをつく形になる。

 どうやら左足の靴紐が解けていて、それを踏んづけてしまったようだ。舌打ちし、乱暴に靴紐をまとめてダンゴ結びし、立ち上がる。

 一方着ぐるみは、突如として全力で走ってきた着ぐるみに驚く生徒たちを尻目に後ろを向いて、私との距離がかなり開いていること、そして私が体勢を崩したことを確認すると、自分の目の前の掲示板を、両手でぺたぺたと触り始めた。

 ……間違いない。触っているのは、私たちの14時台の壁新聞だ。


「こら! やめなさい!」

「…………」


 着ぐるみはわずかにこちらを向くと、掲示板を触るのをやめて逃走を再開した。

 しかし、派手に尻もちをついたせいで、ちゃんと全力で走ることができない。立ち上がった時には感じなかった痛みが、ぬるく大腿を縛る。

 心配そうな目をした生徒たちの間を抜け、着ぐるみが消えていった方向へ走る。西館と東館を繋ぐ廊下に差し掛かったところで、早くも私は着ぐるみの姿を見失った。

 少し苛立ちながら、周りを見回す。窓際にもたれてゾンビのコスプレをした友達と談笑している男子……ガイトくんの姿が目に入る。


「ガイトくん!」

「渡良瀬。どうした、息切らして……」

「着ぐるみがこっちに走ってこなかった……?」


 首を傾げて、「お前、見た?」とゾンビ姿の友達に尋ねるガイトくん。彼はその問いに、首を横に振るとも縦に振るともつかぬ動作をした。


「それっぽいのは見た気がするけど」

「どっちに行った!?」

「そこの階段で、上に……」

「ありがと!」


 聞き終わらないまま、そちらへ走る。今のやり取りでもすでに5秒以上の差を付けられている、まずい。せっかくの現行犯逮捕のチャンスなんだ。

 痛みを我慢しながら、もも上げのように階段を1段飛ばしに駆け上がる。

 3階に着き、とりあえず廊下を見回す。着ぐるみの姿は見えない。とりあえず、通りがかった話を聞いてくれそうな女子に声をかけた。


「ねえ、さっき着ぐるみ見なかった?」

「着ぐるみ? ペンギンさんのやつですか?」

「いや、かぼちゃ頭の……なんとかランタンっていうらしいんだけど……」

「いえ……見てませんね」

「……そっか。ごめんね、ありがとう」


 申し訳なさそうにひとつ頭を下げて、女子生徒はそのまま歩き去った。


 この時間帯は3階4階では特にイベントが開かれていないこともあり、人通りがまばらだ。このあとも2人に着ぐるみの目撃証言を求めたが、いずれも情報は得られなかった。

 悔しくて、私は歯噛みする。

 あんな、人をナメたような……。わざわざ着ぐるみでいたずらして、逃げて。私たちの新聞を不躾にペタペタ触って……。そして煙に巻かれたかのように、無様に、まんまと逃げられた私が、なにより腹立たしい。


 悔しい、悔しい、悔しい……。


 表情を殺しながら、私はスマホで取材相手の野球部の子に、少し遅れます、本当に申し訳ありません、とラインを送った。すぐに既読がついて、『了解です!!』と無駄に元気のいい返事が返ってくる。

 階段を、2階と1階を繋ぐ踊り場まで降りたところで、私は立ち止まる。

 着ぐるみが、新聞を触っていたあの光景が、脳裏によみがえる。あの不可解な行動が、どうしても気になった。

 すでに予定に遅れているというのに、私はその『気になる』を抑えきれず、心の中で何度も謝りながら引き返して、東館2階の掲示板を見に戻ることにした。


 少し閑散とした3階4階とは対照的に、人の流れが多く、まっすぐ歩けない。若干蛇行したような早歩きで人波を抜ける。

 東館2階の掲示板。キヨくんが貼ってくれたらしい新聞。

 私は、さっき着ぐるみに触られたことでどこかシワがついていたりしないか、その程度のことを確認するつもりで、掲示された新聞を見た。


「……なによ、これ……?」


 昨日に引き続き、私はまた、魔法でも見ているのだろうか。


 さっき何もなかった新聞には、また、あの忌まわしい署名が為されていた。

 憎い偽物のサイン、『記者B』。


 ……2日目14時台の犯行は、私の目の前で起こり、私が目を離したすきに完了されたのだった。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.23 TITLE:

『Who is in that?』


〇視点:冬山清志

〇同行者:前田小鳥

〇文化祭2日目・14時40分


『悪い、謎解きイベントの件で風紀委員に捕まってる』

『この時間帯は翼もシンクロ出てるから、2時台の新聞貼り、キヨに頼めないか?』

『それと、あとでお金渡すから、A4コピー用紙を買いに行ってほしい。風紀委員との話の結果によるけれど、もしかしたら明日の新聞、けっこうな枚数刷り直さなければいけないかもしれないんだ』

『拘束が解けたら一旦戻る用事があるから、部室の鍵は、必ず開けたままにしといてほしい。看板もCLOSED表示にしといて』

『終わったら、とりあえず部室の担当は一旦俺か下邨が代わるから、部室に戻ってこなくても大丈夫だよ』

『いっぱい頼んで悪いけど、よろしくお願いしますm(_ _)m』


 そんなラインがカッキー先輩から届いたのが、14時ちょっと前のこと。

 頼まれた通り、部室の鍵は開けたまま、ドアにガムテープでぶらさげた看板の表示を「CLOSED」に変えて、14時20分前くらいには全ての掲示板に14時台の新聞を貼り終えた。財布を持ってコンビニで無事A4用紙を購入、領収書を東大正高校名義で切って、今ようやく店を出たところ。

 と、そこで、制服の上に俺のコートを羽織った小鳥と出くわした。


「げっ」

「彼女に向かって『げっ』って何よ!」


 たしかに、一言目がこれじゃあ破局を告げられても文句は言えない。


「いやぁ。その……あれだ。サボるつもりはなかったんだよ、今日も」

「あったでしょ。昨日も」

「昨日はホントに忘れてたんだよ」

「はい、『昨日も』が『昨日は』に変わったー。少なくとも今日はサボるつもりあったんですねー」

「…………」


 そう。最低なことに俺は、2日連続でクラスの『あげものきっさ』のシフトを無断欠勤しているのだ。それも今日は意図的に。

 言い訳をさせてもらうと、昨日した無茶のせいで顔に目立つケガをしているから、そんな顔でお客様に適切な接客はできないだろうという医学的根拠に基づく冷静な判断というか。わき腹もふくらはぎも擦りむいていて普通にしていても痛いし、無理はしない方がいいだろうという医学的根拠に基づく冷静な判断というか。

 昨日のあれから小鳥の顔をまともに見れなくてこのままでは心臓がもたないだろうという医学的根拠に基づく以下略。


「……清志くん、今朝からぜんぜん私と目を合わそうとしないよね」

「それはお前を意識しているからだ」

「明後日の方向を向きながら堂々としないで。はぁ……とにかく、働いてないぶん、この買い出しの荷物持ちくらいやってくれる?」


 俺は明後日の方向を向いたまま頷いた。もとより拒否権はない。

 もう一度、今度は小鳥と2人でコンビニに入り直す。

 「いらっしゃいませー、ただいまフライヤー全品10%引きセール中です、いかがでしょうかー」。若い男性レジの無気力でテンプレートな呼びかけに、バーコードを読み取る機械で手早く弁当をチェックしているおばさんが、「いかがでしょうかー」とこだまする。タイムリープでもしてきたかと錯覚するほど、1度目の入店と何も変わらない出迎えだ。

 入り口でカゴを取る小鳥。そのカゴを後ろからひょいと取り上げる。小鳥は特に気にした様子もなく手を離し、雑貨のコーナーを見始めた。


「……あ、あった」

「へー。コーヒーのフィルターなんてシロモノ、こんな田舎のコンビニに売ってるもんなんだな」

「ここ程度で田舎なんて言ってたら山の方の人たちに怒られるよ」


 その程度で怒るとか言ってる方が、山の方の人たちに怒られると思うが。

 小鳥は2種類置かれているフィルターを少し比べて、特に迷うこともなく茶色い方を1パック取って俺の持つカゴにぽいぽいと入れた。100枚入りと書いてあるが、たしか最初の時点で3パック買ってあったはずだ。昨日今日でもう300杯もコーヒーが売れたというのか。


「俺がサボってる間にも、経済は目まぐるしく回っているのだなぁ」

「田淵さんの前でそれ言ってみて。たぶん昨日よりひどいケガができると思うよ」

「……あいつなんか最近怖ぇもんなー」

「クラスの出し物に対して、張り切ってくれてるからだよ。古臭い言い方だけど、爪の垢を煎じて飲ませたいって、こういう時に言うんだろうねー」


 あんなネイルの上にペディキュア上塗りしまくってるような奴のギラギラな爪の垢なんか飲めるか。

 苦笑しながら、俺はスマホを見る。気付いていなかったが、どうやらさっきから十数件のメッセージが届いているようだ。

 とりあえず、内容を確認する。うち5件は、クラスの出し物をサボったことに関しての罵詈雑言、誹謗中傷、恨みつらみ、殺害予告。まぁこれはどうでもいい。

 問題は、新聞部のグループトークだ。現在進行形で、会話が為されているみたいだけれど……。


「……え? は?」

「どうしたの?」

「いや……新聞部のことだ」


 ……意味が分からないぞ。

 渡良瀬先輩が『犯人はじゃかじゃかタンタンの着ぐるみだった』、『新聞に触って逃げていくのを見た』とか言っているが……意味が分からない。意味が、まったく分からない。


 とりあえず……やり取りを全て読んでみよう。



『渡良瀬先輩:署名の犯人見つけた!!


 渡良瀬先輩:犯人はじゃかじゃかランタンの着ぐるみだった


 渡良瀬先輩:なんか走って逃げてきて、新聞にぺたぺた触って逃げて行ったの

       そのあと少ししてからその新聞を見たら、『記者B』の署名が、

       さっきまでなかったのに書かれてた


 黒部:先輩違いますよ!!


 黒部:すかすかランタンですって!! いい加減覚えてください!!


 翼:いやもう諦めろよ


 小池:着ぐるみということは、犯人の顔は見れてないんですか?


 渡良瀬先輩:うん。ちょっとチャック開いてたけど見えなかった


 渡良瀬先輩:逃げ足早くて、2階廊下で見失っちゃった。

       探しに行きたいけど、取材が押してる。。。


 源:いま風紀委員本部で柿坂先輩に書類を書いてもらっています。

   これが終わった後は風紀委員の仕事もないので、その着ぐるみを

   探しに行きます


 小池:悪い。私たちも次の取材まで時間ないから、忍に頼むよ


 渡良瀬先輩:ごめんね! 任せるよ!


 翼:俺も水泳部の集合終わったら探します!


 カッキー先輩:早く書類書きます。15時台の新聞は俺の方で貼れそうです。

        ご迷惑おかけします。


 源:ラインしてる暇があるなら早く書いてください


 黒部:鬼だなぁ。。。』



 ……だいたい状況は分かった。


 壁に貼られていた、まだ署名のない新聞に、すかすかランタンの着ぐるみを着た何者かが走ってきてペタペタと触った。そしてまた、走って逃げて行った。

 渡良瀬先輩は、この一連の流れを目撃。追いかけたが2階で見失った。

 見失ったあと、渡良瀬先輩は戻ってきて触られた新聞を確認。そこにはさっきまでなかったはずの記者Bの署名があった。

 このことから、渡良瀬先輩はすかすかランタンの着ぐるみを着た何者かが、この署名事件の犯行に関わっていると考えた……と。

 整理するとこんなところか。


 何かややこしくなってきたな。犯行の手口は依然として分からないままだが、着ぐるみが逃げ去ってから署名が書かれたということは、やっぱりこれは複数犯なのか?

 それ以前に、掲示板をペタペタ触るという行動の意味は何なんだ。複数犯だとしたら、誰かに合図を送っているのか?


 俺がスマホを覗き込みながら難しい顔で考えていると、小鳥がちょんちょんと二の腕をつついてくる。


「何か頼まれてるなら、無理して買い出し付き合ってくれなくてもいいけど……」

「あーいや、そういうワケじゃない。ちょっとイベントのことで、問題があったみたいで……でも俺が何とかできる内容じゃないから、別にいいんだよ」

「ふうん……」


 分かっていないような相槌だった。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.24 TITLE:

『源さんと着ぐるみ殺人事件』


〇視点:源忍

〇同行者:下邨翼

〇文化祭2日目・14時50分


 怖い。


 驚きと恐怖で足から力が抜けるなんてことは、これまでの人生でなかった。

 目の前の光景に、足がすくむ。

 私は、床にへたり込みながら、今日アーサーが水泳部のシンクロに行く前にしていた話を思い出していた。



「それにしても着ぐるみっていうのは、いいものだよね」


 アーサーに、『言う』という言葉はなんとなく似合わない。

 いつも、『うそぶく』とか、『ほざく』とか、そんな感じが一番しっくりくる。

 いつものように、アーサーはうそぶいた。


「何よ、着るの嫌がってたのに」


 だから私も、『返事をする』とか『反応する』という言葉は似合わない。

 いつものように、アーサーを適当に『あしらう』ことにした。

 すかすかランタンの着ぐるみを着た私と、猫の着ぐるみを着たアーサーは、くだらない話をしながら東館を巡回していた。


「自分で着るのは好きじゃない。けれど、着ぐるみの持つ機能ってものには、それなりに興味があるんだよ」

「機能……? 涼しいとか歩きやすいとか、そういうこと?」

「機能性じゃない。着ぐるみ全てが持つ機能だ。役割と言い換えていい」

「また分からない事を……」

「例え話をしよう」


 アーサーは私のうんざり声を遮るように言った。


「森の中のある家に、大きなクマが住んでいました。何十年経っても姿かたちが変わらず、何百年経っても死なないので、近くの村に住む住民は、そのクマを魔女の使いだとして恐れていました」


「……例え話にしては、設定がおとぎ話じみてるわね」


「ある年、村を飢饉がおそいました。泣き、怒り、絶望し、すべての希望を失った村人たちは、残った気力を八つ当たりに使ったのです。

 『悪魔の使いのせいだ』

 『あのクマの家が近くにあるせいだ』

 もう人々は、何かを憎むことでしか、今日を生きる力を維持できなかったのです」


 ……なんとなく、今も心の中に深く突き刺さっている、子供の頃に読んだ悲しい絵本を思い出した。

 導入こそ子供向けなのに、話の内容や顛末がぜんぜん子供向けじゃないところが、本当にそれっぽい。アーサーはいろんな場面でいろんな方面の才能の片鱗を見せてくるから困る。


「その夜、人々はクマの家を囲み、たくさんの炎で燃やしました。数百年以上の間ひっそりとクマが暮らしていた家は、一晩で灰になりました。

 明日食べる物にも困っていた村人たちは、燃やしたクマの家をみんなで一斉に漁りました。なにか蓄えがないか、必死に探したけれど、クマの家にはほんとうに何もありませんでした。

 ただ、3つの燃えた人間と、数百年以上に渡る人間の家族の写真と、何着ものクマの着ぐるみが見つかっただけでしたとさ……」


 言いたいことは大体分かったけれど、こんな長い話、必要だっただろうか。


「……不老不死のクマなんて本当はいなくて、ただ1つの家族が、外に出る時ずっと着ぐるみを着ていた……ってことね。中身の人間はちゃんと年を取って、死んで、次の代に代わっていた、と」

「そういうこと。いい話だったろ?」

「これだけのことを説明するのに長いわよ。……じゃあアーサーの言う着ぐるみの機能って、言うなら……『仮面性』みたいなこと?」

「まぁ、そうなるね」


 誰がクマの着ぐるみの中に入っていても、外の人間からは、それはクマの着ぐるみにしか見えない。中の人間が誰か、どんな人間か、それは判別できない。

 中に入った人間の個性を消し、ただひとつ、クマの着ぐるみという個性だけをそこに残す。


「もし、いま僕が君の前から姿を消して、ここじゃない別のどこかで無惨に殺されたとしよう」

「平然と自分が死ぬ仮定をしないでくれる……」

「僕を殺した犯人が、僕から奪った猫の着ぐるみに身を包んでまた君の前に現れたとすれば……君は声でも聴かない限り、その着ぐるみの中には僕が入っていて、生きて動いているものだと思うだろう」

「まぁそうでしょうね」


 声色で投げやりな気持ちを伝える。アーサーがこういうエセ哲学的な話を好むのは今に始まったことじゃないし、それに対して私がこうしてウンザリするのも今に始まったことじゃない。

 そして、アーサーがそれを察して、早口で話をまとめにかかるのも、今に始まったことではないのだった。


「着ぐるみには『仮面性』があり、そして『不死性』がある。もし僕が死んでも、僕と似たような声をした奴が同じ猫の着ぐるみの中に入れば、容易に僕を騙ることができるのさ。そのとき、第三者の目から見て、僕は生き続けているんだよ。

 シュレディンガーの猫は、箱の中の猫の生死が分からないというものだけれど、この場合、猫の中の僕の死を、誰も知ることができない。どうだい? そう考えると着ぐるみって、少し空恐ろしいものだと思わないかい?」


 私はわざと大きく溜め息を吐いた。

 今回の話は、アーサーのこれまでのエセ哲学談義の中でも、一段とつまらないものだった。

 何といっても、例え話の前提が成り立っていないのだから。


「……あなたにどれだけ声が似ていたとしても、あなたのウザったさまで真似られる人がこの日本にいるわけないでしょう」

「あはは、違いない」

「それに……着ぐるみ1枚隔ててたって、私がアーサーと他の人を見分けられないわけがないじゃない」


 不意に、猫が。アーサーが立ち止まる。

 つられて、一緒に並んで歩いていた私も、2歩遅れで立ち止まった。


「何よ」

「結婚しよう」


 今までのアーサーの冗談で、一番面白いと思った。


「……大学、出たらね」


 少しも笑いはしなかったけれど。



 怖い。


 滴る水、きついレモンの異臭。

 ぶらりと力なく垂れ下がる、巨体。


「……誰が、こんな……」


 後ろから聞こえてきたその声に、再び私は回想する。

 ここまで――着ぐるみの犯人を探すために風紀委員会本部を出て、この部屋へ辿り着くまでの、短いその道のりを。



「源!」


 短く鋭く、呼び止められる。

 西館2階、食品バザーで間食を買った多くの生徒たちがものを食べながら歩く廊下。振り向くと、まだ髪を濡らした下邨が、塩素水を滴らせながらこちらへ走ってきていた。

 渡良瀬先輩のように真っ白なタオルを投げつけてやりたいけれど、あいにくそんな用意はない。それに余裕もない。

 まだ犯人は、着ぐるみを着たまま校舎のどこかにいるかもしれない。だが時間が経ってしまえば、それだけ相手に証拠隠滅のチャンスを与え、現行犯逮捕の機会を逃すことになるだろう。

 もっとも、これを新聞部主催の謎解きイベントと称している以上、犯人を捕まえたところで何をどうするのだという話だけれど……。


「源、どこ探した?」

「まだ。さっき風紀委員の本部から出てきたところよ」

「そうか……どこ探せばいい? 手分けするか?」


 少し迷ったが、私は首を左右に振る。


「……いえ。さっき個人で聞いた渡良瀬先輩の話だと、追いかけている途中に見失って、目撃証言を得られなくなったらしいから……どこかに隠れている可能性が高い。見落としがないように、2人固まって動いた方がいい……と思う」

「分かった、従うぜ。探す場所の目星はついてるのか?」

「とりあえず、着ぐるみがたくさん置いてある場所でしょうね」


 よし、と下邨はうなずく。


「それなら、風紀委員本部に……」

「アホ。私が今そこから出てきたって言ってんの」

「……そうでした」


 下邨は分かりやすくしょぼくれた。

 やる気を出してくれるのはいいことだけど、下邨ってこういう時ほど空回りしやすい気がする。自分にできることを精一杯してくれればそれでいいのに。


「他にこの学校内で着ぐるみをたくさん扱っているところといえば、美術部ね。美術倉庫に置いてあるんだったかしら?」

「でも、美術倉庫って今、美術室からしか入れないだろ。外からの入口は施錠されてるって浅彦が言ってたぜ」

「そうなの?」


 そういえばアーサーは、水泳部と風紀委員のほかに、美術部も掛け持ちしているんだったっけ。多趣味とかバイタリティ溢れるとか、もはやそういうレベルじゃない。

 しかし、美術室からしか入れないとなると……美術室は美術部の展示の真っ最中だし、部長さんが常駐していたはずだ。もし犯行に使われた着ぐるみが美術部から借りたものだとすれば、借りる時と返す時、2回も部長さんに顔を見られることにならないだろうか。

 そんなリスクの高い真似を、ここまで一切正体も手口もバレずに犯行を行ってきた署名の犯人が、平気で犯すだろうか……?


「……他に、着ぐるみがたくさん置いてあるところ……」

「なんだったっけ……たしか浅彦が、もうひとつ倉庫を借りて、入りきらない着ぐるみを置いてるとか言ってたけど……」

「本当に? それ、どこ?」

「……美術室と同じ階だった……と思う。3階に倉庫なんか……」

「あるわ! カウンセリング室。文化祭期間中は倉庫として使われてて……そう、美術室も使用希望を出してた!」


 人の出入りが少なく、西館3階というあまり賑やかでない場所の、奥まった部屋。そして着ぐるみの倉庫という使用用途。

 これ以上ないくらい、犯人の隠れ場所として最適だ。


「決まりだ!」

「ええ、行くわよ!」


 下邨に続いて階段を早足で上る。


 私は、嫌な予感を感じていた。

 柿坂先輩に書類を書かせるために風紀委員本部にこもるまで、自分が着ていた着ぐるみ。そして、犯人が姿を隠しながら『署名』を行うために使った着ぐるみ。

 そのどちらともが――空乃の大好きな、『すかすかランタン』だ。


 アーサーとの会話が頭をよぎる。

 すかすかランタンの着ぐるみを着ていたのは、私。

 署名事件の犯行を行ったのは、すかすかランタンの着ぐるみ。


 私は……最も疑われるべき立ち位置にいるのではないか?

 私の前を歩く下邨の背中が、急に怖くなってくる。彼も、私があの着ぐるみを……いや、犯人と同じ着ぐるみを着ていたことは、知っているはずだ。

 もしかして、内心では私を疑っているんじゃないだろうか……。


「源」


 そんなことを考えていて、突然立ち止まって名前を呼ばれたから、私は背筋から魂を引っこ抜かれたような心持になった。

 思わず、返答が震えた声色になる。


「なに?」

「着いた……と思う。ここだろ?」


 ぽかんとして、上を見上げる。

 教室ドアの上に掲げられた、『カウンセリング室』の案内。


「え……ええ。そうね」

「大丈夫か? ……入るぞ?」

「大丈夫よ。開けて」


 はあ、と溜め息を吐く。

 これもそれもあれもどれも、全部アーサーのせいだ。こんな状況になる前に、あの男のエセ哲学談義になんか、まともに耳を貸すんじゃなかった。

 着ぐるみは死なないとか、自分が死んでも周りの人に気付かれないとか。どんなものを食べて生きてたら、着ぐるみというモノに対して、あそこまで無駄に深く考えることができるんだ。


 心を落ち着かせる。


 ふう、ともう一息吐いた瞬間、下邨が、カウンセリング室の横開きのドアを、からからと、開けた――。



 そして、今に至る。


 怖い。


 驚きと恐怖で足から力が抜けるなんてことは、これまでの人生でなかった。

 目の前の光景に、足がすくむ。

 思わず、へたり込んでしまう。


 怖い。


 滴る水、きついレモンの異臭。

 ぶらりと力なく垂れ下がる、巨体。


 怖い。


 ニコニコしたその口元が、裏返しになっているせいで、まるでセメントで固められたかのようで、ただ不気味さを加速させるだけのものになっている。

 ロープが、ぎし、と、軋む。

 外からの風で、が、くるりと半周回った。


 ――怖い、怖い、怖い、怖い…………。


 局所的に濡れているすかすかランタンの着ぐるみは、カウンセリング室で、首輪にロープを結ばれて、吊るされていた。


「…………」


 さながら、首吊り死体のように。


END

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