6章 源さんと着ぐるみ殺人事件(6)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.15 TITLE:

『放送には新聞にないものがある』


〇視点:渡良瀬秋華

〇同行者:戸松玉狛

〇文化祭2日目・10時00分


 メディアの違いとは。


 紙媒体にあって放送にないものは何か。紙面に載って電波に乗らないものは何か。新聞にできてラジオにできないことは何か。ラジオにできて新聞にできることは何か。

 新聞部副部長としてそういうことを分かっていなければダメなんじゃないかと思うけど、何度か考えても脳内会議は毎回ウヤムヤのまま終わってしまう。

 新聞では、なんのことはないコラムを書くにしても、みんなにそれを見せるまで何度も推敲することができる。それに対してラジオは一度きり。自分の声が電波に乗って、その瞬間同じ周波数に合わせていた人たちが、それを聞く。でまかせを言おうが詰まろうがどもろうが、その声は聴く人全てに届く。

 新聞は、自分で読もうとしなければ読むことができない。一方ラジオは、美容院で髪を切ってもらっている間に流れてきて、大嫌いなメンヘラ気味の失恋ソングが流れていたとしても、嫌でも耳に入る。


 いくつか例をあげれば、出てくるのは新聞のメリットとラジオのデメリットばかり。無意識的なポジショントークは、無価値な結論だけを生んで終わり。


 私は顔を上げる。

 ブースの外で、坂木という平部員が声と指で「5、4、3」。

 指だけで「2、1」。

 パーソナリティが陽気な声でラジオ開始、そして文化祭2日目開始の挨拶をする。


「おはようございます皆さん。放送部部長の戸松でございます。10時になりましたよ。ただいまより一般客の方もご入場いただけます。中庭の食品バザーもただいまより全店開店でーす。

 放送部がお送りする文化祭オープニングトーク、2日目のゲストを務めるのはこの方。放送部のライバルである新聞部の副部長・渡良瀬秋華さんです」


「はい、よろしくお願いします。ウチのコミュ障部長に代わって放送部さんにお邪魔しております、渡良瀬秋華でーす」


 今日、ラジオ放送を体験してみれば分かるかな。

 私はめったに感じない緊張を胸に抱えて、マイクに少し震えた声をぶつけた。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.16 TITLE:

『源さんとすかすかランタン』


〇視点:源忍

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・11時00分


「えっ、いいんですか?」

「もちろん。ていうか、是非とも着てほしい」


 風紀委員会・文化祭特別対策本部(今日の朝教室に行ったらドアのところにそう書かれた張り紙がされていた。副会長あたりの趣味だろう)。

 見回りシフトの時間がそろそろだからと、急いでアーサーと合流し本部へ戻ってきたところ、会長が足に包帯を巻いた痛々しい姿で私たちを出迎えた。話を聞くところによると、昨日クラス内で軽い打ち上げがあって、その時にはしゃぎすぎて捻挫したらしい。

 風紀を正すというお堅い名目の組織の長がそんなことでいいのか、と朝のミーティングで副会長にニヤニヤいじられていたが、本人は割とヘラヘラしていた。私は痛い話とかが苦手なので、正直見ているだけでちょっと顔が引きつってしまうのだが。


 長机2つとパイプ椅子が規則的に並べられた室内に、男女用の置き場所だけ丁寧に固められて、ぽいぽい脱ぎ散らかされている着ぐるみの数々。昨日レモンの香りの消臭剤をこれでもかと撃ちまくったから汗臭い臭いなどするはずはないのだが、それでも男子の脱ぎ散らかしたものにはあまり近寄りたくない。

 会長がパイプ椅子に座ったまま、そのうちの1つを拾い上げ、こちらに差し出してくる。彼女が昨日着ていた、ええっと……、


「『ずばずばタンメン』?」

「違うよ忍ちゃん。『すやすやガンマン』だよ」

「……『すかすかランタン』だよ。いつになったら覚えてくれるの」


 少なくとも、私の周りでこのキャラの名前を正確に覚えているのは会長と空乃だけなんだけれど。本当に人気キャラクターなのかしら。

 とにかく、その着ぐるみを受け取り、まじまじと見る。昨日会長がずっと着て行動していたが、シワひとつない。使い方がいいのもあるだろうが、この着ぐるみ自体、上等なものなのだろう。


「私がこれを着られなくなった今、これを任せられるのは忍ちゃんだけだよ」

「別に私じゃなくてもいいんじゃ……」

「何言ってんの。ほかのメンバー考えてみなよ、忍ちゃん以外にこれを綺麗に使ってくれそうな人いる?」

「それは……」


 昨日着ぐるみの中で吐瀉物撒き散らして1着潰した先輩を筆頭に、ろくな人間が思い当たらない。

 風紀ってなんなんだろうって感じ。


「えー、でも忍ちゃんは着ぐるみ着るの乗り気じゃないですよ。僕に託してもらった方が安全ですよ」

「曲芸みたいな持ち方で屋台の食べ物大量に持って食べ歩きするような人間を、日本人は安全とは呼ばないんだよね」

「だいたいアーサーも、昨日は『業務時間外はあんな暑苦しいモノ身につけたくないね』とか言ってたじゃない」

「若さゆえの過ちだよ。若人には過ちを犯す義務があるからね」


 私の彼氏は少年法も裸足で逃げ出す倫理観をお持ちのようだ。


「オーケー。正直に言おう。ぶっちゃけその着ぐるみの通気性しか見ていない。もう他の暑苦しい着ぐるみはウンザリなんだ」

「そんなことだろうと思ったわ」

「そんな不純な理由ですかすかランタンは着させられないね。着ぐるみに対する愛が足りない」

「愛は忍ちゃんだってないでしょう!」


 アーサーが前のめり、芝居じみたポーズで私を指差す。

 まぁ、散々会長や空乃にツッコまれてもなお名前を未だに覚えられないくらいだし。もちろん愛はない。


「すかすかランタンに対する愛がなくても、昨日忍ちゃんが着てたペンギンの着ぐるみに目立ったシワがついてないことから、物に対する愛があることは分かるさ」

「ありがとうございます」

「僕に対する愛はないというのに」

「黙ってて」


 そこで、部長はよいせっと大変そうに腰を上げた。利き足を捻挫してるから実際大変だと思う。

 しかし杖を使えば歩けないほどではない。会長は邪魔くさそうに杖を操って、出入口へ歩いていく。


「じゃあ忍ちゃん、浅野くん。今日も見回り頑張ってねー」

「はい」

「はぁ」


 かくして風紀委員本部に、私と彼氏と、大量の着ぐるみと、くまくまマンガンだけが残された。

 早く着替えて、見回りに行かなくちゃ。


「違うよ、『ぱらぱらチャーハン』だよ」

「そんな名前だったっけ?」



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.17 TITLE:

『下邨翼には弱音を吐けない相手がいる』


〇視点:下邨翼

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・11時22分


 ――地獄に落ちろ。


 そんな捨て台詞も吐けないまま、そんな意地も張れないまま、そんな自分を変えられないまま、俺は一万円札を握りしめて、新聞部の作業を中断して、学校を出て町に繰り出していた。

 眼球が濡れて、視界が揺れる。

 何事かとすれ違いざまにこちらを見てくる老人の目が、首筋を突き刺した。

 情けない。誰にだって、自分にだって、今の顔は見せたくない。


 午後のシンクロパフォーマンスに必要な小道具を置きに行った水泳部の部室で、唐揚げ屋台のエプロンを着た3年生たちにばったり出くわした。

 「ちょうどいい」と言われたが最後。奴らの小遣い稼ぎ、からあげ屋台のために、不足した鶏肉と唐揚げ粉を仕入れてこいと万札を握らされた。あくまでもにこやかに頼まれて、にこやかに引き受けた。

 水泳部の会計は、2年生の立石ってヤツが握っている。当然、3年生と同じく金儲けを画策する側の人間だ。水泳部を、普段の遊びのために都合よく利用できるモノとしか考えていない人間。3年たちの機嫌を損ねれば今後の部の資産運営がどうなるか、馬鹿な俺にだって想像がつく。

 だから媚びた。だから膝をついた。


 だからこの部は変わらない。


 クソな先輩たちのせいで『このまま』なんじゃない、ようやく気付いた。

 次期部長を名乗っておきながら、逆らえないまま、逆らうための努力すらしようとしないまま、奴らの機嫌をうかがって過ごしてきた、俺のせいだ。


 信号の赤が、眼を突き刺す。

 立ち止まって、目元を拭った。目の前を通り過ぎていく大型バイクの風が、少し伸びた前髪を後ろへ流す。


「……下邨くん?」


 顔を上げると、そこにいたのは、渡良瀬先輩だった。

 なんでここに……という疑問をぶつけることもままならない。俺はただただたじろぎ、口を半分開き、その場で一歩後ずさった。

 自分の一番情けない姿を、親しい先輩に見られたことが、どうしようもなく恥ずかしい。堂々とうそぶいていればいいのに、それができずに唇が震えて、目を逸らしたまま固まってしまうのが、自分の弱さを晒しているようで。

 渡良瀬先輩は、最初こそ俺の顔つきに驚いているようだったが、すぐに切り替えて、練習終わりで髪が濡れている俺にタオルを差し出してくれる時とおなじ、優しい姉のような微笑みを向けた。


「何かあった……?」

「はは……いや、何も……」

「……そっか」


 信号が、長い。いつもより長い。

 あからさまに泣いたアトがあるのに、こんな風に笑って誤魔化しても、無理があるだけだ。何も言わずに頷いてくれる先輩の態度だけが、救いだった。


「先輩こそ、なんで校外に……」

「君のためだよ」

「俺の?」


 先輩が、ペットボトルのスポーツドリンクを突き出すように渡してくる。

 夏休みの頃から先輩は、俺に何度もスポーツドリンクを差し入れしてくれた。けれど今、この時だけは、いつものように笑ってありがとうと言うことができない。

 結んだ口の中で、舌を噛んで黙ることしか。


「新聞貼りで校内を走り回ってる君に、差し入れ。こんなにすぐ渡せるとは思わなかったけれどね」

「こんなところまで、買いに行ってくれたんですか?」

「あはは。学校の自販機は売り切れてるし、すぐ近くのコンビニはどっかのクラスが大量買いして品切れだしで、こんなとこまで来ちゃった」

「……あざます」


 籠った上に小さい俺の声は、先輩の耳に届いただろうか。

 目を逸らした先の足元には、短く伸びる、俺と渡良瀬先輩の影。

 今の状況を、気持ちを、口に出して伝えるのはどうしても惨めだ。キヨにならまだいい。小池だって、良い相談役になってくれるだろう。カッキー先輩ならもっといいし、浅彦なんて適役だ。ベロ回してツバ飛ばして、愚痴を延々と撒き散らすことができるはずだ。

 だけど、渡良瀬先輩にだけは……。


 ……どれくらいこの状態のまま固まっていたか。ようやく信号が青になる。

 先輩は、学校へ戻る方向へと戻る。俺は、この信号の向こうへ。

 歩き出すその瞬間、先輩は、耳元で大きく囁いた。


「じゃあね。……がんばれよ」

「はい」


 何度も真っ白なタオルを顔にぶつけられた、あの柔らかで暖かい感触が、鼻先に蘇る。

 水泳の話を嫌な顔ひとつせず聞いてくれた、誰より応援してくれた。

 誰よりも明るくて、誰よりも暖かい、渡良瀬先輩にだけは。

 1ミリだって、情けない格好を見せたくない。


「……っし」


 信号を渡る途中で、もらったペットボトルで頬を叩き、ふぬけた俺の目を醒ます。

 先輩に恥ずかしくない俺でありたい。

 先輩に誇れる俺でありたい。


 情けなくても媚びてても、水泳だけは奪わせない。

 当たり前のことを胸に誓い直し、俺は店への道を再び走り始めた。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.18 TITLE:

『その謎は答えのない謎である』


〇視点:冬山清志

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・12時48分


「つまりこれは、ある場所を指し示したメッセージなんだよ」

「なるほど。して、その場所とは?」

「ええと……それは……」

「……行き詰ったようですね。不正解です、お引き取りください」


「この新聞の署名、それぞれ少しずつ大きさが違うでしょう?」

「ええそうですね。犯人との関連性があると?」

「もちろん。この字の大きさは、犯人のその時のテンションを表しているの」

「……ええと。それで犯人、分かるんですか?」

「………………」

「不正解です。お引き取り下さい」


「犯人は9時から17時までの間、1時間おきに犯行をしているよね」

「そうですね」

「9と17を足すと、26なんだよね」

「そうですね」

「6は悪魔の数字! つまり新聞部はフリーメイソンに関わってるんだね! パンドラの箱はもう開いてるってこと。信じるか信じないかは」

「不正解! 帰れ!」


「もしかしてこれ、犯人は俺たち参加者っていうオチじゃないの?」

「……あなたがやったんですか?」

「いやこれっぽっちも」

「帰れ!!」



 俺はカッキー先輩を心底恨んだ。

 11時を過ぎてから、定期的に自称名探偵が新聞部室にやってきては、完成してもいない『記者Bの署名の謎』についての推理を俺の前で繰り広げていく。

 それに対して、それがどんな内容であろうと「不正解です」と応対するのが俺の仕事だ。答えは俺たちにだって分からないのだから、どれだけもっともらしいことを言われても、そう返すしかない。

 まぁ今のところ、ガチっぽい奴は2人来たくらいで、あとは俺の友達が冷やかしに来たり、いかにもパリピって感じの人が4人集まって挑戦しに来ただけなのだが。


「はぁ……小鳥、今頃どうしてるかな……」


 机に突っ伏してそんなことを言った瞬間、ドアが開く。

 またかよ。

 そんなウンザリした顔を出さないよう、感情を消して、俺はにこやかに言う。


「ようこそ新聞部へ。探偵志願の方ですか?」



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CHAPTER3.19 TITLE:

『柿坂十三郎は情けない部長である』


〇視点:柿坂十三郎

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・13時57分


 事態は良好である。


 署名犯は着々と犯行を重ねている。このぶんなら、今朝から宣伝している謎解きイベントも上手く機能しそうだ。現に、新聞部の部室には昼から『謎の答え合わせ』をしにくる生徒や外部のお客さんが何人か来ているらしいし。ぐうたらキヨにも丁度いい仕事が見つかって結構なことだ。

 どんなもっともらしい謎解きを披露されようが、こちらが開示できる『答え』を持ち合わせていない以上、「あなたの推理は間違っています」と言うしかないんだけれど……キヨにラインで聞いてみた感じ、そこのところはうまいことやってくれているらしい。

 小池さん、黒部さん、渡良瀬の取材回りも今のところ遅れや問題は発生していないようだし。


 天候も良好。小鳥は歌い、冷たい空気を暖かな陽光が染める。

 こんな日こそ、自室で温かいココアでも飲んで、スイーツでも食べて、ペーパーバックを読みながら、ゆったりとした時間を過ごしたいものだ――


「文化祭展示団体・出店要綱第4項。『出店希望用紙には、展示内容を明確に記入し実行委員(若しくは風紀委員)および教員の印を受けること』」


 ここは自室ではなく、風紀委員本部。目の前には温かいココア、そしてドーナツ。ペーパーバックの代わりにあるのは、6枚ほどの書類。

 そして、俺を哀しい目で見下ろす、源さん。

 新聞部の後輩ではなく、風紀委員としての源さん。


「……記入してるじゃん」

「『展示内容を明確に記入し』、です」

「……記入してますよね」

「今朝突発的に企画した『謎解きイベント』について全く記載がされていません」

「………………」

「さらに言うなら、このイベントを宣伝する際に使用・掲示したポスター群に関しても、文化祭運営の認可を得ていません。その他もともとの提出書類の不備など、計5枚の書類、800字相当の反省文の提出をお願いします」


 頭を抱えた。

 新聞部部長・柿坂十三郎は現在、文化祭運営に無断で謎解きイベントを出し物として宣伝したことについて、風紀委員会本部に呼び出されてお叱りを受けているのだった。

 源さんが複雑そうに、胸の前で腕を組む。


「私だって、尊敬している部長である柿坂先輩に対して、こんな風に注意をしたくはないんです」

「……せめて、明日まで待ってくれないか? この書類は今晩書くから」


 我々新聞部に求められているのは、原稿用紙2枚分に匹敵する反省文と、きちんと内容が訂正された文化祭に関する申請書5枚の提出。これが提出されない限り、新聞部の新聞掲示は認められないというのが風紀委員会の決定だ。

 俺にサボリ癖があるのを知っている源さんは、「私が見張っていますから今すぐこの場で書いてください」と、書類一式を書き上げるまで俺をこの本部にカンヅメさせるつもりのようだ。

 しかし、今俺は1時間ごとに新聞を貼り変える業務の真っ最中だ。13時の新聞は貼り終えているが、もしこれらの書類を書くのに1時間近く費やすと、14時台の新聞を15時になるまでに貼れなくなってしまう。


「なぁ頼むよ。この分量、1時間じゃ終わらないかもしれない。そうなったら14時台の新聞を貼ることができなくなる」

「新聞部の誰かに連絡を取って、14時台だけ誰かにやってもらいましょうか」

「…………」

「何してるんですか? 早く手を動かしてください」


 源さんはスマホを取り出すと、すいすい操作してすぐにそれを耳に当てた。キヨあたりに電話したんだろうか。頑として俺をここから出す気はないみたいだな……。

 本来、新聞貼り業務は俺と翼の担当だから、翼に連絡するのが先なのだろうけど、あいつは14時から水泳部のシンクロパフォーマンスがあるからな……。いちおう翼にラインを送っておく。

 できるだけ早く書き上げて、早くここから脱出せねば……。


「もしもし、キヨ? いま大丈夫?」


 はぁ。

 俺はこれ見よがしに溜め息を吐いて、とりあえず一番書く文量の多い反省文から取り掛かることにした。

 書き出しはこうだ。


「私は実に情けない部長です……」



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER3.20 TITLE:

『予兆』


〇視点:山田花子(仮)

〇同行者:なし

〇文化祭2日目・14時03分


「謎解きイベント、ね……」


 掲示板に雑に貼られたポスターを見て、私は苦笑した。

 なかなか面白いことを考えるじゃないか。新聞部室を冷やかしがてら、ちょっとばかり私の推理を披露してみるのも悪くないかもしれない。

 思い立ったが吉。持っていたラムネを飲み干してそばにあったゴミ箱にシュートし、見事にゴールしたことを確認し、ぎゅっと帽子を目深にかぶり、私は階段を上がった。

 おおかた、昨日と同じ気だるそうな彼が店番をしていることだろう。

 さて、この『署名事件』の犯人について、どんな出鱈目な推理を披露してあの子を困らせてやろうか。そんなことを考えて気持ち悪くニヤニヤしながら階段を上っていると、踊り場で折り返すところで、ふと肩がぶつかった。


「おっと、ごめんよ」

「すいません……あれ、えっと、田中……さん?」


 なんと。ぶつかった相手は、新聞の束を抱えた、『気だるそうな彼』だった。たしか冬山清志、愛称キヨくんだったかな。

 彼がここにいるということは、店番は別の人がしているのかな。


「これから君たちの部室に伺って、冷やかしがてら、謎解きイベントの推理を披露してやろうかと企んでいたところなのだけれど。てっきり君が店番をしていると思っていたのだが……いま部室には誰がいるのかな?」

「誰もいません。いま全員忙しいですし、本来は俺がずっと店番なんですけどちょっと緊急事態で……」

「おいおいそんなことでいいのか新聞部。タスクマネジメントがなっていないんじゃないのか。先代部長の顔が見てみたいね」

「あー……まぁ、この新聞を貼るだけなんで。10分くらいしたら戻るので、それくらいに部室に来てくれれば対応できますよ」


 ふむ? 店番であるはずのキヨくんに新聞貼り業務が回されているのか?

 私はわざとらしく肩を竦め、わざとらしく溜め息を吐いて、「やれやれ」と口に出して言った。キヨくんが露骨に嫌そうな顔をするのを帽子のつばの下から眺めて、いやらしい悦に浸る。


「仕方がないねぇ。ただ私も気分屋だからね、10分後もまだ君に対して推理を披露する気でいられるかどうかは保証しかねる」

「10分すら維持できないモチベなら最初から来ないでください」

「天才は常に気分屋なんだよ。そして馬鹿も気分屋だ。気分に左右されずに堅実に生きるのが一般人。ときにキヨくん、同じ気分屋である天才と馬鹿を分けるものとは何だと思うね?」

「……無駄話に付き合わない効率的な時間の使い方ですかね。じゃあさよなら」


 へらっとした笑顔でそう言って、キヨくんはさっさとどこかへ行ってしまった。いやぁあっはっは、これは一本取られたね。

 踊り場の壁に背を預け、ポケットからメモ帳とボールペンを出して、くるくる回してからカチカチカチと無駄に三回ノックして、興味深い情報をずらずらと書き出していった。

 そして手を動かしながら脳を動かす。

 事実と手がかりを並べ、星座を繋ぎ合わせるようにそれを弾き、入れ替え、まとめていく。


 この学校で今何が起きているのか。

 誰が何をしているのか。


「……全て分かってしまった」


 キヨくん。たしかに君の言う、『天才と馬鹿の差は効率的な時間の使い方だ』という説も間違ってはいないだろう。ただ、満点回答とは言えないね。

 真に天才と馬鹿を分かつのは、ただひとつ。


 『運』。

 私にはそれがあって、彼にはそれがなかっただけなのだから。

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