6章 源さんと着ぐるみ殺人事件(5)
HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER3.13 TITLE:
『花火の余韻』
〇視点:????
〇同行者:なし
〇文化祭2日目・早朝
青春ってのは、いいもんだねぇ。
と、なんとなく昭和のテレビの司会者を想起させるようなことを言ってみると、あたかも自分が人生経験豊富であり、含蓄ある金言をいくつも吐き出せる僧侶か教祖にでもなったような心持ちになってくる。
悟りを開き、この世全ての真贋を見抜き、因果の糸を解きほぐして人々に幸福をもたらす、そんな上位の存在になった気分になる。
身の丈に合わない言葉は、身の丈に合わない自信をくれる。
身の丈に合わないことをするから、身の丈に合わない負荷がかかる。
私はやれやれといったアメリカンな軽い調子で、シールをぺたぺた貼りまくってりんごのマークが隠れてしまった、ギネス級にダサいラップトップを閉じた。
この徒然なるままに書き作っている薄っぺらな日記を書き終える頃には、世界はどうなっているんだろうか。
ミサイルがどうとか、冷戦がどうとか、近頃のニュースは煙たくて灰色で暗くてじめじめしてて、それでいて苦くて、ちょっとテレビで十数秒アナウンサーや評論家のコメントを聞いているだけで嫌になってくる。
まるで日本が滅ぶことを、世界がめちゃくちゃになることを、今か今かとカウントダウンして、ワールドカップ開幕直前のスポーツ紙みたいに、「もし戦争をしたらどこが勝つか?」なんてことを、みんなでワイワイ予想しているような。
真面目な顔を貼り付けて、おっかなびっくり、4割の陰謀論と6割の事実といった具合の暗い未来予想図を、面白がって言いあっているような。
私はどう生きるべきなんだろう。
たとえば明日どこかの国がうっかり放った爆弾がこの町に落ちてくるとして、最期の瞬間、私は満足できるんだろうか。これこれこういう人間として、あれそれどういうことをしましたと。こんな感覚が好きで、そういうものが嫌で、あんな人に憧れていて、どんなことをやりたかったのか。それができていたか。
私は自分が何をしたいかも分からない。
何ができて、何をしたいのか。何も分かっちゃいない。
人生というものを、そろそろ考え出さねばならない。
自分の心は、何をしているときに一番輝くのか。
それを調べるのは、どんな探偵に依頼したってできっこなくて。私自身がいろんな場所に出向いて、見聞きして、見つけなくちゃいけない。そのほかない。
「……あーあ、羨ましいなぁ」
すっかり冷めたコーヒーをすすって、ようやく朝日が昇りだしたこの町の景色を眺めれば、昨夜この町に咲いた花火が思い起こされる。
それを見て様々な表情を浮かべていた高校生たちの姿を、瞼の裏に描いて。
私は改めて思う。
青春ってのは、いいもんだねぇ。
#
HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER3.14 TITLE:
『今は二度と訪れない瞬間である』
〇視点:黒部空乃
〇同行者:新聞部一同
〇文化祭2日目・8時10分
「……ざいます」
いつもと変わらない無気力な挨拶と一緒に、キヨが新聞部室にのそのそと入ってくる。昨日何か無茶をしたらしく、顔の半分をガーゼで覆っている上に、なんだかクマがすごいけど、私の気のせいか、ちょっと嬉しそうに見える。
何かいいことでもあったんだろうか。やっぱり打上花火を下から見たり横から見たりした勢いで、前田さんと大人の階段を下から昇ったり横から飛び降りたりしたのかしらん?
もうキヨ以外の全員は新聞部室に揃っており、各自喋ったり仕事したり、或いはコンビニで買ってきた朝食を食べたり、それらを複数同時にやったりしながら朝の時間を過ごしている。ちなみに私は咲と一緒に、行きのコンビニで買ってきたラテの味を豆の種類も分からないクセに偉そうに批評していた。
キヨは空いた席に座り、一息ふぅっと溜め息を吐いて、机に頬杖ついてこっちを全く見ずに吐き捨てる。
「黒部殺す」
「何も言ってないじゃん!」
「……別に小鳥とは昨日、花火以降なんもなかったからな」
はぁー、あんなに雰囲気出しといて? やっぱりヘタレ野郎だなぁ! さすがズルズル告白から逃げ続けてただけのことはありますわ!
……と言いたい気持ちを必死にこらえて、無味無臭の「へぇー」を吐き出す。昨日のキスシーンを遠目で見て下邨と一緒にキャーキャー言ってたのに、まさかあのあと何もなかったなんて。期待して損したよ。
対面席の下邨と顔を見合わせて、あーあーと肩を竦める。
朝からどんだけ下世話なことしてんだ、と隣に座る咲にわき腹をどつかれて。
なんだか一連の話の流れを聞いてソワソワしている忍に見つめられ。
部室を歩き回っている渡良瀬先輩にいつもの野次馬根性であれこれ聞かれ。
柿坂先輩が部室全体を見回して、しょうもないやり取りに苦笑いする。
ふと気付いてしまった。
この光景も、もう、明日までなんだって。
「さて、じゃあ全員揃ったところで、業務連絡です」
柿坂先輩が、机を押さえつけるように立ち上がる。この光景ももう見れない。
新聞部員全員、すっと静かになって、姿勢を正して部長の方を見上げる。この光景ももう見れない。
頭の中に一度棲みついたセンチメンタリズムは、事あるごとに、私に口うるさく寂しさを囁いてくる。しつこい、集中しなさい、と言い聞かせて、私はもう一度改めて背筋を伸ばした。
「昨日ラインで情報共有した通り、記者Bの署名は結局、模擬店営業終了の5時まで続いた。発見場所もノートにまとめて共有しておいたから、確認してくれ」
私はその場でラインを開く。新聞部のグループトーク画面を左にスライドし、昨日柿坂先輩から共有された、『記者B署名事件・まとめ』というノートを表示。
ノートの一番最初の項・『発見時刻と発見場所について』を、私は声に出して読み上げていく。
「ええと、まず……最初はここ、新聞部室で、積んであった新聞の一番上の一枚に、署名がされてるのが見つかったんですよね。時刻は……午前8時半ごろ。
9時台、東館3階。
10時台、西館3階。
11時台、西館3階。
12時台、東館4階。
13時台、東館3階。
14時台、西館3階。
15時台、東館2階。
16時台、西館4階。
そして17時台、西館3階」
……読み上げながら思った。本当にばらばらだなぁ。
何か法則性があるのか、それとも無差別なのか。意見を聞きたくて思わず咲の顔を伺ってしまうが、無表情にぼうっと柿坂先輩の方を見ている咲を見て、すぐにやめた。
彼女は今夜、初恋の人に告白するのだ。
できるだけ、関係ないその他の負担をかけたくない。お節介でもいらない気遣いでも、それさえ出来なくなったら、本当に親友を名乗る資格がないと思うから。
渡良瀬先輩が、いつになく真剣な声色で、自分の考えを言う。
「私はこの事件を早期に解決したいってカッキーに再三再四言ってたんだけど。15時台、私たちの前でまるで魔法みたいに署名が現れた時……カッキーが、ある提案をした」
「提案?」
「それについては俺から話すよ」
渡良瀬先輩の発言を受けて、柿坂先輩は椅子から立ち上がると、部長のデスクから大きい一枚のポスターを取り出し、みんなの前に広げてみせた。
忍が、そこにでかでかと書かれた文字列を首を傾げながら読み上げる。
「新聞部の挑戦状・『記者Bの復活 〜署名の謎を暴け!〜』……!?」
先輩二人以外が、目を丸くする。
柿坂先輩はひとまずポスターをみんなの机の上に広げて置くと、今まで見たこともないようなワルい笑顔で、その提案の内容を私たちに開帳していく。
「この事件の犯人が誰なのか、その目的も分からないけど……俺たちはこの謎を解くことを放棄する。そして、あくまでイベントの一環として、部の売名に利用してやるのさ」
「えぇっ!」
「ま、マジで言ってんすか!?」
「大マジだ。謎を解いた者には、景品としてクオカードを差し上げる」
「ですけど、カッキー先輩」
キヨが挙手し、困り顔で尋ねる。
「謎を解いた者には……って言っても、俺たちが謎の答えを知らない以上、推理を『採点』することができないんじゃないですか?」
「そうだな。だから今回は、一番早く、一番矛盾のない、納得のいく推理を提示できた人を正解者としよう」
「き、きったねぇ!」
「詐欺イベントじゃないっスか!?」
1年生の反応は、柿坂先輩のワルい笑顔のワイルドな魅力に骨抜きになっている咲を除いて、非難轟々。強行採決でもしない限りこの案が通るとは思えなかった。
渡良瀬先輩が「そりゃそうなるわよね」と溜め息を吐く前で、柿坂先輩はあくまでも、あっけらかんとして主張を続ける。
「そうかな? 俺はこの手段で、本当に犯人を暴けると考えている。
謎を解くことは放棄するが、事件を終わらせることはできる」
柿坂先輩はホワイトボードに、学校を縦で切ったような簡単な見取り図をさらさら描いた。
東館、西館。各階の掲示板の位置に、バッテンを書き込んでいく。4階×東館西館の2つ、計8個のバツを水性ペンのお尻でカツカツ叩いて強調する。
「いいか? 何も、推理によって犯人を突き止める必要はないんだ。このイベントを全校で実施することによって、そもそも犯行が行いにくくなる」
「……今までは、新聞部が仕事の片手間に探すのと、渡良瀬先輩の人脈で手伝ってもらった何人かに探してもらうのだけが『探偵役』だったのが、このイベントによって、校内に入るほぼ全員が『探偵役』になる……ってことですね」
咲の静かな補足に、柿坂先輩が「その通りだ」と嬉しそうに頷く。
「イベントに積極的に参加する生徒は全体の2割にも満たないだろうけど、それでもこのイベントを周知することによって、文化祭を歩くほぼ全員が『犯人の存在』を認知する。
そうすれば、これまでは監視の目もなく不自由なく動けていた犯人も、動きにくくなるだろう。
それによって犯人を突き止められれば御の字だし、もし犯人が監視の目を恐れて犯行をやめてしまったとしても、『イベントは諸事情により中止になりました』とでも発表すれば済む話だ」
「だ、だけど……」
だけど、もしこちらの魂胆がバレてしまえば、新聞部は学校全体から信頼を失うんじゃないか。
そう言おうとした声は、咲によって遮られた。
「このまま『学校の関知しない何者かがラクガキを続けている』ということになれば、学校側が危険と判断して、新聞部の掲示を禁止するかもしれない」
「……そう。俺もそれだけは避けたい。俺たちの、新聞部としての最後の活動だし……それ以前に、みんなで苦労して作った『文化祭特別号』を、こんな理由でお蔵入りにしたくない」
「いわばこれは新聞部の『保身』でもあるんだよ、空乃。……そういうことですよね? 柿坂先輩」
咲は柿坂先輩の方を向いて、可愛らしく首を傾げて見せた。柿坂先輩はそれに頷いて返し、もう一度部員みんなの顔を見渡した。
私もみんなの顔を伺う。完全に納得しているわけではないが理屈は理解出来た、そんな顔が揃っている。
「俺も、本当ならこんな不誠実な手は使いたくない。昨日のうちに犯人を突き止められればよかったけど……」
「私も最初は反対した。けど、過去に外部の生徒からイタズラ被害を受けた模擬店が、実行委員から営業停止命令を受けた例もある。そうなるのは絶対に嫌だから……カッキーの案に乗ることにした」
胸に手を当てて、渡良瀬先輩は私たちに、そして自分にも言い聞かせるように、ゆっくり言った。
私は、カーディガンのポケットの中の手帳を触って、感触を確かめる。
この手帳の偽物を作り、曽布川さんに……実行委員に届けた人間。『記者Bは今、この学校にいる』というメッセージをその偽物手帳に残して、曽布川さんを経由して間接的に私に届けた人。それがこの署名の犯人と同じだとは限らないけれど。
その人がなんでこんなことをしたのか、何が目的なのか。柿坂先輩のこの案を使えば、それもいずれ分かるのだろうか。
「とにかく……その方向で、話を合わせてほしい。頼む」
最後に柿坂先輩は、私たちに向かって、深々と頭を下げた。
こうなるともうウダウダ言ってられない。私たち1年は口々に、「分かりました」「了解っす」「承知しました」と、提案に同意する旨を伝えた。
『あー、あー。本日は晴天なり。こちらは放送部です』
『現在時刻8時30分。文化祭2日目開始まで、30分を切りました』
『マイクテストを兼ねて、私、放送部部長の戸松と坂木の2人で、5分ちょっとの間文化祭1日目の感想などを踏まえて雑談していきたいと思っております』
校内各所に設置されたスピーカーから発せられる、放送部2人の対照的な声色が、8時30分を告げる。
「半か……。9時までに、この『記者B謎解きゲーム』を告知するポスターを各掲示板に貼っていきたい。みんな、手分けして貼ってくれるか?」
「了解です」
「翼はポスター貼りに参加しなくていいから、9時台の新聞を貼って回ってくれ」
「うっす!」
「私、風紀委員の打ち合わせに行くついでに、西館1階の掲示板に貼ってきます」
「じゃあ私と空乃は2階2つとも貼ります。教師陣の取材が2階であるので」
教頭の阿良々木先生と体育の橋爪先生ほか数名の先生に話を聞いて、それをもとに『教師陣から見た今年の文化祭』という記事を書き、今日のお昼12時台の新聞に載せなきゃいけないんだよね。正直けっこうキツキツだ。
「俺、あと全部やりますよ。どうせヒマだし」
キヨが珍しく積極的に名乗り出た。やっぱり、昨日からなんか目の色が違うね。
柿坂先輩は大きく頷いて、前に手を出した。何も言わずとも、新聞部全員が集まってきて、その上に手を重ねていく。咲だけ柿坂先輩の手の下に自分の手を滑り込ませたのを、私は見逃さなかった。
「今日を乗り切れば、明日は自由に文化祭を遊べる。
俺たちは今日で最後の仕事。だけど一年のみんなもたぶん、高校一年生の文化祭は人生で最後、一生に一度しかないんだ」
「気合い入れて、仕事も全力で楽しむこと!
私からはそれだけ! じゃあカッキー、よろしく!」
たしかに、今日が7人で部活動らしいことをできる、最後の日かもしれない。
だけど、人生って常に、『最後』の連続なんだ。
そして、『最初』の連続なんだ。
いつだって今日が『最初』で、『最後』で、二度とこんな瞬間が訪れることはないけれど、また新しい瞬間が、いつでも私を待っている。
だから。
「新聞部、ファイト・オー!!」
『おぉー!!』
最初で最後な今日という日を、『最高』にしよう。
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