5章 冬山くんと小説長者(4)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER2.8 TITLE:

『書は何にも惑わされない価値観である』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:小池咲・海蔵寺神音

〇文化祭1日目・13時32分


「それでは、こちらをご覧ください」

「…………」

「…………」


 カミネちゃんが左手を皿のようにして、安っぽい掛け軸に飾られた流麗な書を私たちに示す。素人目に見て、という予防線を張らせてもらうけれど、生徒が書いたとは思えないほど豪快で、かつ繊細な筆だった。

 これで書いてる字が『インスタ映え』でなければ。


「2017年も、ハロウィンが終わり、世間はクリスマス商戦に移って参りました。年の瀬にございます。そんなわけで、我が書道部のエースである軸丸先輩は、今年の流行語ノミネートのひとつ、『インスタ映え』をお書きになりました」

「……」

「……」

「生クリームがドッと乗ったパンケーキ、暗闇で光るなどのシカケが施されたアイスクリーム、店員さんがオシャレな一筆を添えたコーヒーの紙カップ。どれもこれも『見映えがいい』、『写真に撮って自慢したい』という理由だけで購入され、中身に手をつけない方が多発したとか。そんな『インスタバエ』への怒りを込めた、渾身の一筆……筆者からは、そう伺っております。

 余談ですが、私はインスタ映えする写真が撮りたいだけの女生徒によく同行して、お残しをもらうことが多々あります。パンケーキはしばらくその場を動けないほど重たいものでしたが、絶品でございました。痛風になっても構いませんとも」

「……」

「……」

「次に参りましょうか。こちらをご覧ください」


 くるっとターンして、カミネちゃんは『インスタ映え』の隣の書を指差した。さっきより示し方が雑なのでは。

 誰の眼にも明らかなきったない筆で、『忖度』と書かれている。


「書道部でありながら書がお得意でない高頭先輩ですが、これもまた今年の流行語ですね。『忖度そんたく』をお書きになりました」

「……」

「……」

「ええ。お二方の言いたいことは忖度できております。『ナゼ字の上手い軸丸先輩にこちらを書かせないのだ』、と。『この2つ、キャスティング逆なんじゃないか』、と。

 しかし書道部にも色々あるのです。忖度してください」

「……」

「……」

「では次は、こちらへ。こちらはお恥ずかしながら、私の書でございます」


 カミネちゃんは、自身の書が飾られた掛け軸の横まで行き、きゃーっ、と棒読みで言って顔を両手で覆い隠すなど、なんだか昭和臭い動きでわざとらしく恥ずかしそうにしている。その顔には凍り付くような真顔こそあれど、恥ずかしがる赤みは一切ない。

 さきほどの軸丸先輩ほどじゃないにせよ、彼女もなかなか綺麗な字を書く。小学校の書道の教科書で見たお手本みたいだ。

 ただ、書いている内容が……。


「2017年の流行語といえば、これを外さずにいられるでしょうか。毛量の乏しい方のお気持ちを忖度した結果、流行語大賞の選考からは外されてしまいましたが、これ以上今年使われた流行語はなかったでしょう」

「……」

「……」

「説明の必要はありませんね。さぁみんなで言ってみましょう、せーの。

 『このハゲー!!』」

「……」

「……」

「おや? 元気がありませんね。お2人は『違うだろー!!』派だったんですか?」

「違うのはこの展示の何もかもだよ!」


 とうとう咲が我慢できなくなった。


「なんなんだ、この書道部の展示……流行語コーナー以外の書も、『青色吐息』とか『確定申告』とか『テクニカルファウル』とか、微妙な題字ばっかりだし……」

「教室の飾りもだよ……カラフルな折り紙とか使えばいいのに、なんでゼンブ藁半紙でパーティー用のアレ作っちゃったの。気が滅入るよ」


 そのほか、誰が持ってきたのやら、古いホラー映画のポスターとか、インド料理屋でよく流れてる曲ばっかり流してるラジカセとか、パンについてくるシールとか、とにかく全てが『違うだろー!』な装飾だ。

 コンセプトが見えないし、ちょっと視線をずらせば異次元な感じがして、なんかむずむずする。少なくともこの展示教室で記念写真を撮っても、1ミリも『インスタ映え』しないだろう。


「……そのへんはですね。新聞部の事情も忖度……」

「忖度はもういい! こないだ私が教えてあげるまで民進党が分裂したことも知らなかったくせに、忖度1つで社会派を気取るな!」

「もっとテンションが上がるようなお題の書はないの?」

「それなら、軸丸先輩が書かれた『バイアグラ男』という書があちらにございますけれど……」

「そういうテンションの上げ方じゃねぇし!」

「バイアグラ男って呼ばれてる人の気持ちを忖度してもテンション下がるし、さらにそれを軸丸先輩が書いたって考えてもテンション下がるぞ……」


 この展示、ツッコミ所が多すぎる。

 だいたい、一番のツッコミポイントは、カミネちゃんだ。


「さっきから言おうと思ってたんだけど……そのステキなカッコは何なの」

「あぁ、これ。……晩のパフォコンで、大書揮毫たいしょきごうパフォーマンスやるから。そのときの、着る衣装」

「タイショキゴウ……?」

「私も言葉の意味はよく知らないんだけど。大きい木の板に、大きい筆で、大きい字を書くんだ。……バケツの親玉みたいな入れ物に墨を入れて、周りにビニールシート敷いて、豪快に書くんだよ。そこそこ見た目には派手だと思う」

「ビニールシート敷くって、けっこう墨が飛び散るんだ?」

「人によっては、板に筆を叩きつけるように書くし。……たぶん、それで汚れてもいいように、みんなこういう黒いゴスロリ服着せられるんじゃないかな」


 そんな『カレーうどんを食べるときに白い服はダメ』みたいなハナシではないと思うけど。


 非常に微妙な書道部展示紹介を終えて、少し話でもしないか、という咲の言葉に従い、私達はカミネちゃんが持ってきてくれたパイプ椅子に腰掛けた。

 座って、息をついた瞬間、咲の目の色が変わったことに気がついた。そして、咲がどんな話を切り出すつもりなのかも。

 ふう、と、カミネちゃんが溜め息を吐く。彼女の鼻あたりにかかっていた長いウェーブの髪が揺れて、邪魔でない位置に収まった。


「……お昼の放送、聞いた」

「そう……」

「カミネ。トーク下手だな」

「もっと聞くべきことがあるんじゃない」


 冷静そうに受け流しながら、カミネちゃんはちょっと唇を尖らせて咲を見つめていた。睨んでいるつもりなのかな。


「もちろん……記者B、備後天音さん。『ねーね』は、あんたのイトコだって話だ」

「……お客様にお茶も出さないなんて失礼だったね。墨汁、削ったやつと最初から液体で売ってるやつ、どっちがいい?」

「咲、頼むから要らないこと言わないで!」

「……ごめん、そろそろ真面目に話そう」


 カミネちゃん、今度は明らかに咲を睨んでいる。

 私にぐりぐり足を踏まれてさすがに懲りてくれたのか、咲はわざとらしい咳払いをして『真面目に』話を切り出した。


「備後さんがあんたの従妹って話。あれは本当なんだよな?」

「ええ。やることばっかり派手な、愛でるべき愚姉ぐしよ。……いえ、愚従姉ぐとこと言うべきなのか」

「……じゃあ、備後さんの妹、花音さん。その人が、今回の署名騒ぎの実行犯だってこともか?」

「まだ確信はない。でも、その可能性が1番……高い」


 狙っていた話が飛び出した。


「異議あり!」


 私は立ち上がって、カミネちゃんに向かって人差し指を突きつける。最近アプリでやってるゲームの真似だけど、この低身長じゃ様にならないかな。

 無表情ながら多少驚いた様子のカミネちゃんに、私は異議の内容を述べる。


「証人。あなたは今、花音さんが犯行を行った可能性が高い……そう仰いましたね」

「……証人じゃないけど」

「空乃?」

「いいから聞いて。……おかしいんだよ、備後花音さんなんて、人間が、署名なんてできるわけない」


 えっ、と声をあげて驚く咲と、座ったまま、私をじっと見上げるカミネちゃん。


「……インスタ、見たの?」

「話が早くて助かるよ。さっき天音さんのインスタを遡ってたら……海外旅行に出る前に、『家族全員で撮った』という写真が出てきた」

「…………」

「それに写っていたのは、父親、母親、天音さん。それだけだったよ。妹らしき人物は、写っていなかった!」


 ……まさか、花音さんが家族として認識されていない……なんて悲しいことはないだろう。

 私の追及を聞き入れると、カミネちゃんはその口元に、ニヤッ……と、意地悪な笑みを讃えた。その顔のまま、すくっと立ち上がる。低身長な私を、あっという間に見下ろす形となった。


「よく気が付いたね」

「……ウソついてたって、認めるの?」

「まぁ、いずれバレるとは思ってた。……くく。咲じゃなくて、あなたに指摘されたのは、ちょっと予想外だけどね」


 含み笑いに若干イラッとさせられる。

 だいたい、咲じゃなくて私にバレたのが予想外だとか、そういう言い草が気にくわない! 私だってやればできるんですからね。


「……カミネ。なんでそんな嘘を吐いたのか聞かせてもらうぞ」

「いいよ。でも……」

「?」


 カミネちゃんはおもむろに私の後ろに回ると、私のパイプ椅子を畳んでゆっくり運ぶと、そのまま、音を立てずに丁寧に壁に立てかけた。

 意地の悪い笑顔のまま、にっこりと。


「……空乃。あなたには退場してもらう」


 そう言い放った。

 一瞬、ホントに意味が分からなくて、心からの「は?」がクチから飛び出した。人を煽ったり、怒りを表明したりする以外で、純粋な疑問として「は?」が出てくるのは初めてだと思う。

 退場……退場?

 私は、ようやく、自分がここから出ていけと言われていることを理解した。


「ええええっ!」

「ここからは、咲と私にしか関係ない話だから。部外者にはお引き取り願いたいの」

「異議あり!」


 咲が私の真似をして立ち上がり、指を突き付ける。

 やっぱり咲がやると、サマになってるなぁ。


「カミネ、それはできない。空乃は取材の相棒だ」

「それならそれでいいよ。嘘の理由を話さなくていいなら私もラクだし」

「…………」

「なんでこんなことするの? 咲にとって、この文化祭で起きてる事件がどんな意味を持ってるか……分かってて言ってるの?」

「……もちろん、応援してるよ」

「だったら」

「だからこそ、部外者には聞かれたくない話なの」


 ……食い下がる余地はなさそうだ。

 私はその場でスマホを操作して、咲にラインを送った。さっきカミネちゃんの嘘を指摘したときの証拠である、備後さんの家族写真のスクショだ。


「私がいなければ話す。信じていいんだよね?」

「ヤクソクする」

「……空乃」

「大丈夫だよ、咲。咲なら、カミネちゃんの話がどんなものだろうと、絶対にコタエを見つけられる」

「…………」

「結局、今回も咲に推理を任せることになりそうだけど……ごめんね、私にできることなら精一杯サポートするから。今は、ね?」


 ほとんど誤差みたいな動きで頷く咲に対し、私はしつこく、何度も力強く頷き返した。

 少し申し訳なさそうな顔のカミネちゃんにお辞儀をして、私は書道部展示室を逃げるように飛び出した。正直、いたたまれなかったのだ。

 なんだか仲間外れにされたような気分で、もやもやする。ストレス解消に、展示室の横開きの戸を、後ろ手でピシャリと乱暴に閉めてやった。


 廊下に出ると、また文化祭の喧騒が蘇る。

 とにかく、次の仕事であるマジック研究会のイベント出演までに、私の方でもやれることをやっておかないと。

 私は表情筋を引き締め、とりあえず人通りの少ないエレベーターホールに移動してみた。いつもスマホのメモ帳を見ながら推理する咲の真似をして、メモ帳をぺらぺらと繰りながら、思考を進めてみる。



 ……カミネちゃんは、自分の従妹・備後さんにまつわる何かを隠している。そしてその情報は、彼女曰く、『部外者には聞かれたくない話』みたいだ。

 だけど、咲には話せることなんだよね。

 ここから分かることは……?


「……咲は、『部外者じゃない』?」


 部外者には聞かれたくない。裏を返せば、関係者には話せる。

 それを咲に話せるってことは……。備後さんについてカミネちゃんが吐いた嘘、それに関して、咲は『関係者』っていうことになる。

 じゃあ……次に考えるべきは。

 備後天音さんと、カミネちゃんと、咲……。この3人に関係のある、部外者に秘密にしておきたい話とは……?


「……『備後花音』?」


 そう。カミネちゃんは、放送で備後花音という架空の人物を出した。

 私は備後さんのSNSアカウントを教えてもらっていたから、その嘘に気が付けたけれど、放送を聞いていた人の大半は、気付けていないはずだ。

 そして……こうなってくると、カミネちゃんの発言が気になる。

 「咲じゃなくて、あなたに指摘されたのは、ちょっと予想外」。単に、咲には推理力があって私にはそれがないっていう意味の皮肉だと思ってたけど……。この言葉には、私が思っていたのと違う意図が含まれているとしたら?

 私がカミネちゃんの嘘に気付けたことを、『予想外』だと言った真意は……?


「咲は……備後花音が存在しないことを、最初から知ってた?」


 思えば、私がカミネちゃんの嘘を指摘した時も咲は、備後花音が存在しないという事実に驚いたというよりも、私がそれを指摘したことに驚いているような様子だった。

 ……放送を聞いていた段階で、すでに咲が、カミネちゃんの嘘に気付いていたとしたら。

 咲は、なぜ『備後天音さんに妹がいない』ということを知っていたのかな?


 それが示す事実は……?



「咲は……備後天音さんと面識があって、家族構成も知っている……ってこと?」


 考え事は得意じゃない。推理も、毎回咲に任せっぱなしだ。だから、今回の結論にも、あまり自信を持てない。

 けれど……私の慣れない推理は、思わぬ仮説に着地した。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER2.9 TITLE:

『わらしべ長者はソースのないエビフライを食べる』


〇視点:冬山清志

〇同行者:なし

〇文化祭1日目・14時07分


 やりたいことがない。

 自分本来の面倒臭がりな性格から、いつも考える前に面倒臭くなって見て見ぬフリをしてきた悩みが、文化祭という華やかで快活でアクティブな場所では、『暇』とか『手持無沙汰』とかになって顕在化する。

 さっきから食品バザーやら文化部の出し物やら、冷やかし程度に見物しながらぶらぶら歩いているが、どうにも充実感を得られない。俺の主体性の無さを見抜いてか、ときどき客引きが俺を店や出し物へ拉致しようとしてくるので、逃げるのにも一苦労だ。


 ……1時間ほど前のこと。

 源・進藤夫妻と、アホの翼が、新聞部室を尋ねてきた。何か変わったことはあったかと聞いてきた翼に、黒部が来たこととか、偽名のOGが来たこととか、自分なりに記者Bについて考えてみたがごちゃごちゃになって失敗したとか、順不同でつらつら喋った。

 翼と進藤の水泳部コンビはいつの間にかどっか行った。ひとり残った源に、「見回りでも十分文化祭は楽しめたわ。留守番交代するから、キヨくんも遊んで来たら?」とか言われて、一度は遠慮したのだが、いいから、と強引に部室を追い出された。

 そんなこんなで、行くアテもなく、ぶらぶら文化祭の喧しい廊下をハーフダラーコイン片手に歩いているというわけだ。


「ハーフダラーコイン!?」

「うおっ」


 いきなりコインをくるくる回していた手元を覗かれて、反射的に仰け反ってしまう。それでもコインを落とさず回し続けられるのは、ひとえにこの数時間の努力の賜物といったところか。

 俺のコインに興味を示したその男子生徒は、「急にごめん!」ともっともな謝罪をして、腕1本分くらい距離を置いた。ようやく確認できた彼の全身像は、明らかに百均製のシルクハットに、見るからに百均製のマントに、必然的に百均製のステッキを持っているという……全身で「私はにわかマジシャンです!」と叫んでいるようなコスチュームだった。


「まぁ、僕。見た目の通り、ね。マジック研究会、通称マジ研。なんだけど」


 ……変な文節の切り方だなぁ。緊張してるとかそういうことじゃないみたいだが、話下手なのだろうか。


「マジ研副部長、2年の今澤です。コイン、それ。ハーフダラー、だよね?」

「はあ……そうですけど」

「言わせてもらうけど、単刀直入に。いいかな、あのもし、良ければでいいんだけれど。……そのコイン、マジックで使うにはもってこいなんだけど。譲ってくれたり、しないかな!」

「……ええっと」


 ……今のは。「そのコイン、マジックで使うにはもってこいだから、譲ってもらえないだろうか」……と、そういう意味の発言、でいいんだよな?

 本人の前でこんなこと絶対に言えないが……あぁ、イライラする!

 なんなんだこの喋り方は。倒置法……とも言えないな。言う言葉の順番とか、切るところとか、間の開け方とか、とにかく全部なんかムカつく。

 悪い人ではなさそうなのが、邪険に扱うわけにもいかなくて余計にムズムズする。


「急に言われても……」

「実は、無くしたんだ。最近、マジックを練習してたんだけど。それと同じ種類のコインを使ったね。実は、落としたんだ! で、どこにいったか分からなくなってて。行方不明!」


 ……「実は最近、それと同じ種類のコインを使ったマジックを練習していたんだけど、落として行方不明になっている」……か。

 なんで脳内で一回通訳を挟まないといけないんだよ。

 俺は、とにかく早くこの人との会話を終わらせたくなった。


「ああ、はい、わかりました!」

「ホントに! ああ、ありがとう! 何だけど、お礼にと言っては。これを……あの、これをもらってくれるかな」


 差し出したコインと入れ替えるように、今澤さんは、俺の手に器用に何かのチケットを滑り込ませてきた。こういう手つきは、さすがマジックを練習してるだけはあるな。

 その緑色の型紙には……小さく、『1-3・あげもの喫茶 100円引き券』と印刷されていた。俺のクラスの出し物じゃないか。


「や。足りないな、これだけじゃ。なにかあるかな、他にも、モノ。渡せるモノ」

「い……いやいや! オキモチだけでケッコウですから!」


 俺はニコヤカに手を振り、その場から立ち去った。

 まぁ、これも何かの巡りあわせだと思おう。あの死ぬほど似合っているウエイトレス姿の小鳥も見たいし、せっかくなので、自分のクラスでやっている喫茶店・『あげもの喫茶』に向かうことにした。



 我がクラスが誇る可愛い女子たちを集中的にランチタイムのシフトに回したことによってか、12時13時に爆発的に客足が伸びたようで、俺が顔を出した時にはみんな疲弊しきっていた。

 裏で揚げ物の調理をしていた男子陣が、俺の顔を見るなり自分たちの着ていたエプロンを投げつけてくる。


「何すんだボケ!」

「ボケはお前でしょ」

「よくも1時のシフトフケやがったな」

「……あ」


 そういえば俺のシフト、今日の1時からだったっけ……。その頃は新聞部室でダラダラしてました、とか死んでも言えねえ。

 源に部室の留守番代わってくれって連絡しとけばよかったのに、すっかり忘れてた。目を三角にしてにじり寄ってくるクラスメイトたちに、精一杯の苦笑いと申し訳なさを示すジェスチャーで謝罪。


「い、いや。マジでごめん。申し訳ない」

「ゴメンで済んだら警察いらねーんだよ」

「どんだけ忙しかったと思ってんだ?」

「何円分奢ってもらおうかなー」


 ウエイトレスのシフトを上がったところらしい田淵が話に混じってきて、何やら高級なお菓子やらラーメンセットの値段を相談し始めた。針のむしろとはこのことか……。

 最終的にいくら財布から飛んでいくことになるのかと青ざめていると、後ろから、バシンと平たいもので頭を殴られた。

 振り返ると、呆れ顔の小鳥が右手にメニュー表を挟んだバインダーを掲げていた。


「……付き合う前からめんどくさがりだとは思ってたけど」

「い、いや! めんどくさくてサボったわけじゃないんだって。ただちょっと、留守番中にOGが来たりしてドタバタしてて……」

「すっかり忘れてた、と」

「……忘れたくて忘れたわけでは」


 もう一発、今度は縦向きにしたバインダーで殴られた。重さ・強さが一定の場合、当たる面積が小さいほど圧力が増す……という物理の圧力公式を、身を以て学べた。

 あまりの痛みにアタマをかかえてうずくまっていると、「あれ?」と、小鳥が俺の手から割引券をひったくった。


「ウチの割引券? ……清志くん、これどうしたの?」

「……渡良瀬先輩に小説冊子をもらって、黒部に小説冊子を焼きそばと入浴剤もどきに交換してもらって、OGの人に入浴剤もどきとマジック用コインを交換してもらって、マジ研の人にコインとそれを交換してもらった……」

「わ、わらしべ長者……?」

「ん……言われてみればそうだな」


 あんまり意識してなかったが、物々交換がどんどん進んでいる。最初が小説冊子で、今が割引券か。あまり価値は上がっていないようだが。

 小鳥は、なおも割引券を見つめて首を捻っているようだった。


「小鳥。その割引券がどうかしたのか?」

「うん。あのね……これって、最初はチラシといっしょに配る予定だったんだけど、文くんが売り上げの見積もりを変えちゃったから、ほんの20枚程度しか印刷してないし、配布もしてないの」

「へえ……意外にレアなんだな」

「俺らはそもそもそんなのあったことすら知らんかったわ」

「なあ」


 余り物らしいエビフライをつまみながら、調理場から男子どもが無責任なコメントを飛ばす。


「私、1枚もらっといたよ。記念にと思って」

「実は私も。えへへ」


 田淵も小鳥も、財布の中に大事そうに文化祭3日間限りの割引券をしまっているらしい。


「私と田淵さん、文くんに任されて、印刷室にそれを印刷しに行ったんだけど」

「けど?」

「さっきの事情で、途中で印刷機止めて、自分たちの記念の分だけ切り取ったんだけど」

「元の紙、たぶん印刷室に置きっぱなしだったんだよねー」


 ……割引券何枚分かの大きい紙を1枚印刷して、小鳥と田淵が1枚ずつ切り取った。割引券が大量に残ったその大きい紙は、印刷室に置きっぱなしにしていた、と。

 この割引券をくれたマジ研の口下手男は、印刷室でこれを切り取って持ち出していたということだろうか? あるいは、割引券を持ち出した人間から、1枚もらったとか。

 何にせよ、そこまで問題視すべき話でもないだろう。なぜあの口下手男が割引券を持っていたか気にはなるが、誰かに迷惑のかかる話でもないだろうし、記者Bと関係もなさそうだし。


「ていうか。これを持ってここに来たってことは、清志くん、ウチに食べに来たってこと?」

「サボりの分際で?」

「割引券使って?」

「……定価で食うよ。みんな1人ずつなんか奢るから、ホント許してくれ」


 言質を取ったぞと小躍りするクラスメイトたちを尻目に、俺は適当なテーブルに座ってメニューを開いた。

 水を運んできた小鳥が、水の入った紙コップといっしょに、小さいぬいぐるみを俺の前に置いた。

 ……ゲームセンターのUFOキャッチャーの中でも、比較的安価で取れる感じの、小さいキーホルダーサイズ。魔女が使っていそうな黒い猫のキャラクターだ。ところどころ毛がほつれていて、ボロっちい。


「なに、これ」

「わらしべ長者。割引券とそれ交換しない?」

「別にいいけど……お前の?」

「いや」


 小鳥は、うーん、と可愛らしく腕を組んで、思い出しながら語る。


「お昼の忙しい時間帯に、キャップを被った、やたらとお喋りな、怪しいお客さんが来てさ」

「…………」


 すごく心当たりのある特徴だ……。


「その人が、テーブルにそのぬいぐるみを忘れていったから、慌てて追いかけて、返そうとしたの」

「…………」

「そしたら。

 『客の忘れ物を走ってでも届けようとするなんて、ウエイトレスの鑑と言えるね。正直なあなたにはその可愛いぬいぐるみをあげよう。さよなら三角またきて創英角ポップ体』

 って言って、ぬいぐるみ押し付けてどっか行っちゃったの」

「………………」


 悔しいが、『さよなら三角またきて創英角ポップ体』は今度使ってみようと思った。

 あの人がうっかりでぬいぐるみを置き忘れたりするとは思えないし……何か意図があってのことなんだろうか。


「……なんかいわく付きっぽいけど、ちょっと気になることもあるし……まぁ。もらっとくわ」

「うん。エビフライとソーセージフライ、もうちょっとで揚がるから待っててね」


 ……小説冊子は、ボロいぬいぐるみに変わった。

 俺はなんとなく、この面倒くさい縁のつながり……もといわらしべ長者が、もう少し続いてしまう気がしてならなかった。


「エビフライ油ギトギト、ソーセージ衣マシマシ! お待ちどうさまー!」


 ……食う前から胃もたれ全開だ。あらゆるイミで。


END

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