4章 黒部さんと消えたメモ帳(2)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER1.3 TITLE:

『源忍は着ぐるみを着たくない女子である』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:なし

〇文化祭1日目・9時50分


 春と秋が無くなったと言われて久しい昨今。これまで秋と言われていたはずの11月はじめの今日この頃は、油断をしていると肌に切り傷が入ってしまいそうな鋭い寒さを呈してくる。

 校舎内から体育館へ向かう際、突然外気に晒された私の体は震え上がった。まるで水に濡れた時の犬みたいに。

 犬みたいな仕草をするより、猫みたいな仕草をした方が咲に喜ばれるだろうか……などと我ながら微妙に気持ち悪いことを考えつつ体育館までを早足で歩いていると。

 

「あ、空乃ー!」

「さっき咲ちゃんと会ったべ。新聞部忙しいっぽい?」


 クラス違いの友達である、紀乃と文乃ふみのに遭遇した。

 私たち3人、名前に『乃』がつく同士ということで、一学期に知り合って以来意気投合した。この学校内でなら、咲に次いで親しい間柄って言えるかも。

 2人とも、「死ぬほどイケメンの古戸野先輩がいるから」というゴミみたいな動機でサッカー部のマネージャーをしている。まぁ、咲が新聞部に入った理由もそんなもんなんだけど。


「いや、過密スケジュールなのは午前中だけだよ! 昼休みもあるし、午後はあんまり仕事ないしね」

「そーなん? じゃあウチのチュロス買いに来てよ!」

「えっ絶対イヤですけど……。サッカー部のチュロスって、原価率10%以下の鬼まずいやつだよね……」


 渡良瀬先輩曰く、「あんなのポテチ1枚を100円で売ってるのと変わらないボッタクリよ」だとか。

 柿坂先輩曰く、「サッカー部にも友達や世話になった先輩はいるけど、あえて言うよ。あれは詐欺」だとか。

 下邨くん曰く、「あんなもん買うくらいなら水泳部の唐揚げポテト買いに来いよ、割引するからさ!」だとか。

 さっき会った曽布川先輩曰く、「……雪食ってる方がマシ」だとか。


「き、去年まではそーだったみたいだけど!」

「ウチらがマネージャーしてんだから、そんなもん出させるわけないじゃん! おまけするしさ、買いに来てよ、ね!」

「はいはい、しゃーなしね。とりあえず急ぐから!」


 と、再び体育館に向かって急発進した直後。

 前方不注意気味だった私の体は、何か柔らかいものとぶつかって、押し戻されるように後退して、尻もちをついた。


「いてっ」

「ご、ごめんなさい空乃。ケガしてない?」

「うん、平気……っていうか……」


 むしろ、そっちの方がケガしてるんじゃない? 主にアタマに。

 とは、さすがに言えなかったけれど。

 尻もちをついた態勢で、ぶつかった相手を見上げると……普段、ドとか超とか馬鹿がつくほど真面目でカタい忍が、ペンギンの着ぐるみから顔だけ出して、こちらを心配しているのだった。

 面白いとかシュールとか以前に、「どうしたの?」って感じだ。


「ええと……その。風紀委員長の方針でね」

「着ぐるみが!?」

「いつもは、制服に腕章つけて堅苦しく見回りしてるけど。今日だけは、お祭りの楽しい雰囲気を壊さないように、見回り時には何かのコスプレをしたり着ぐるみを着たりすることが義務づけられてるのよ」

「ははあ。外側から見るぶんには、楽しそうなアイデアね」

「……内側から見るぶんには、暑苦しいアイデアよ」


 着ぐるみの外側内側ってイミで言ったんじゃないんだけどな。


「空乃の好きな……アレ、なんだっけ。すこすこどんどん?」

「すかすかランタンっ! なんでみんなうろ覚えなのよ!」

「ああ、それそれ。それの着ぐるみね、服飾部の宣伝を見た会長が欲しくなって、自腹で大枚はたいて買っちゃって。もちろん会長がいま着て歩いてるんだけど、あれなんか、内側がラクそうで羨ましかったな」

「てことは。今この学校に、すかすかランタンの着ぐるみ、2つあるってこと?」

「外部からの持ち込みがなければ、そういうことになるでしょうね。一度着せてもらったんだけど、いいのよアレ。手足が人間に近いから、モノも掴めるし、動きやすいし。あとねあとね、内側にはなんか、黒くて乾きやすい素材が使われてて……」


 なんか、忍が着ぐるみの機能性についてアツく語り始めてしまった。別に内側には興味ないよ、と言うには可哀想だけど。

 というか、約束の時間が迫っている。


「あーごめん忍! 私、これから取材のスタンバイしなくちゃだから!」

「そ、そうだったね、引き留めてごめん! 頑張って、咲にもよろしく」

「そっちも、風紀と新聞部と、忙しそうだけどガンバ!」


 落ちていたペンギンの頭を拾って被った忍に、私は笑いを我慢しながら別れを告げて、体育館へ走る。

 せっかくカメラ持ってるんだから、写真でも撮っておけばよかったかな。忍がすごい恥ずかしがりそうだけど。

 体育館の手前まで来たところで、スカートのポケットから出したスマホで時刻を確認してみると、丁度のタイミングで、咲からメッセージが届いた。


 二件の通知。

『小池咲が写真を送信しました』

『たぶん、空乃のメモだと思うんだけど』


 ラインの画面で写真を確認しようと思ったけれど、もう体育館はすぐそこだし、時間もギリギリなので、私は咲に直接それを見せてもらうことにして、スマホをポケットにしまった。



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER1.4 TITLE:

『冬山清志は動きたくない男子である』


〇視点:冬山清志

〇同行者:前田小鳥

〇文化祭1日目・10時00分


 ピーンポーンパーンポーン。

 学校でもホームセンターでも、まぁ日本全国だいたいどんなところでも酷使されているであろう4音のチャイムが、東大正の古いスピーカーから聞こえてくる。


『みなさん、おはようございます! 10時になりました。ただいまより一般客の方もご入場いただけます。また……中庭の食品バザーも、ただいまより全店開店と致します。

 食品バザー参加団体より寄せられた、宣伝コメントを読んでいきましょう!』

『毎年のことですけど、ほんとにみんなふざけてますよね。バスケ部はいい加減にしないと来年読みませんからね?』

『ははは』


 ゆるいラジオみたいなノリで、2人の男女が校内の生徒や一般客たちに向けて挨拶と宣伝をしていく。


「この声……ええと……生徒会長の神賀じんがさんと、放送部の……」

「名前、知らないの?」

「ド忘れしたみたいだ。小鳥、思い出せるか?」

「そもそも知らない」

「…………」


 ま、そんなもんか。


 誰か用のある人や幽霊顧問がふらっと訪ねてきたときのために、部室の番を任されているけれど、9時50分を回ったあたりでさすがにヒマになって、小鳥を部室へ呼んだ。

 部外者を部室に入れてはいけないかとも思ったが、新聞部の面々はほとんど全員小鳥と面識あるし、大丈夫だろう。クラスの店番シフトが回ってくるまで、小鳥には俺の暇つぶし相手になってもらう。

 今日店番をするにあたって、内緒で持ち込んだポットを使ってインスタントのコーヒーを作る。長机に椅子を2つ並べて、小鳥と隣り合って座った。部室の外は騒がしくなってきたようだが、ここには静かな時間が流れている。


『次にサッカー部さんからのコメントです。「他の屋台と違って、ウチのチュロスはインスタ映えします! ぜひハッシュタグ#東大正高校文化祭でウチのチュロスを投稿していいねをもらってください!」……とのことで』

『ありがとうございます。みなさん、原価率10%以下のサッカー部のボッタクリチュロスをどうぞよろしくお願いしますねー』

『さて、宣伝どころか営業妨害の様相を呈してきましたけども……』

『ふふふ、もうやりたい放題ですよ』

『主にお前がね?』


「……この人ら、なんか、場馴れしすぎじゃね?」

「さっきから聞こえてくる笑い声って、タイミング的に、みんなこの放送聞いて笑ってるのよね」


 恐るべし、生徒会長と放送部長コンビ。


『はい、みんなの反応が放送室まで聞こえてきてるようですけども。次の宣伝コメント読み上げてもらっていいですか戸松さん』

『はーい……おい、これバスケ部のやつじゃん! ふざけんなよお前が読めよ!』

『いや、バスケ部部長からのご指名だから。最後に「P.S.これ戸松っちゃんに読ませてください」って書いてるから』

『ふざけんな! お前、セクハラだからなこれ! あとで澪ちゃんにチクるからな!』


 どうやら放送部長の女子の名前は、戸松っていうみたいだ。


「澪ちゃんって、作田先輩だよね。神賀さんの彼女さんだっけ」

「そうそう。俺はサボったんだけど、夏休みに新聞部のみんなで演劇部のテスト公演観たときに、夫婦役で出てたみたいだぜ」

「ラブラブじゃないですか」

「ラブラブっすね」


 中身のない会話が、とても心地よかった。

 どうせ誰も見ていないのだからと、俺は座ったままの状態で、小鳥と肩を組むように彼女の首の後へ腕を回した。

 小鳥も、それに応えるように俺の方へもたれてくる。


『分かりました、読みますよ。バスケ部、お前ら廃部の準備しとけや』

『おーこわ』

『バスケ部さんからの宣伝コメントです。……「あぁん、もっとしゃぶって! 咥えて! そのケチャップを出してぇぇ! ぼくたちのフランクフルト、いやしく食べてぇぇ!」……』

『はははははは! あー原稿破きやがったコイツ!』


 クシャクシャと原稿を丸める音と、それをマイクにぶつけたらしい音と、神賀さんのゲラゲラ笑う声だけがしばらく続いた。

 思ったよりド直球で幼稚な下ネタに、体を寄せ合っていた俺達は微妙に気まずくなってしまった。乾いた笑いを漏らす小鳥の顔を見ることができない。おのれバスケ部。


『えー、すっげぇ棒読みで読み上げてもらいましたけども。バスケ部のフランクフルトは80円の良心価格、3本で200円のセット割引もありまーす。ちなみにバスケ部さんは放送部長に下ネタを言わせるためだけに3年連続でフランクフルト屋をやっていまーす』

『まぁ文化祭が終わったら、この伝統ごと廃部ですからね。みなさん手向けだと思っていっぱい買ってあげてくださいね』

『戸松さんガチギレしてない?』

『では次の宣伝コメントいってみましょーう!』

『あ、これガチでヤバイかもしれないですね。バスケ部さん、戸松になんか差し入れしてあげるのをオススメします』


 ……これをよく教師も通したものだ。検閲とかないんだろうか。

 いつの間にか、真っ赤な顔の小鳥は、俺から椅子2つぶんくらい離れた場所にお行儀よく座っていた。


「……この放送、いつまで続くんだろう」

「清志くん。私、フランクフルト食べないから」

「……ダンス部のクレープでも奢ってやるから、とりあえず距離を戻そうか」


『じゃあ次は俺が読みます、ダンス部の宣伝コメントです。「手作りクレープ、一人で食べるか? 二人で食べるか?」』

『うっせーんだよ死ね!』

『あ、そっか。お前西高の磯辺と別れたばっかか』

『校内放送でバラすな殺すぞ! はいダンス部も廃部! 次!』

『この文化祭でいったいいくつの部活が廃部になるのか』


 ダンス部もダメらしかった。


「俺らは二人で食おうな」

「ふふふ」


 あぁ、ゆったりとした時間が流れてゆく。

 このまましばらくは部室から動かなくてもいいかな。まずい安物コーヒーの最後のひとくちを飲みながら、俺は幸せな溜め息を吐いた。

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