4章 黒部さんと消えたメモ帳(1)

HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER1.1 TITLE:

『黒部空乃は落ち着きがない女子である』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:小池咲

〇文化祭1日目・9時23分


「オレ、ほんま、流行りモノに影響されたりせーへんから」

「ハンドスピナーをクルクルさせながら言うても説得力ないねん!」

「いや、これは違うやん」

「何が違うねん」

「いやいや、違うやろ! 違うやろ!」

「だから何が違うねんって!」

「このハゲー!! ちーがーうーだーろー!! 違うだろー!!」

「流行りモノに影響されまくりやん! んでモノマネ完璧ですやん!」


 実行委員長の空気を読んだ手短な挨拶、校長の空気を読まない長々とした挨拶、ダンス部の空気を盛り上げるアップテンポなダンスに続いて、文化祭実行委員長と副委員長の軽快な漫才が、その空気をさらに盛り上げていく。

 こういう漫才って、売れてる芸人のコピーじゃなく、自分たちでネタを考えてるっていうだけで十分評価できるんだけど。そのオリジナルネタでこうもドッカンドッカンウケてるって、素直にすごいなぁ。

 適当にパシャパシャ何枚か写真を撮って、そのあとはただの観客としてパフォーマンスを楽しむことにする。


「ははははっ!」

「ふふふふふっ……あはははっ」


 新聞部や一部の教職員は、写真を撮る必要があるため、特別にギャラリー席に入ることが許されている。バスケットゴールを真上から見下ろせる高さだ。

 そんなギャラリー席で、隣に立つ咲が、口元を隠すこともなく、思うさま笑う。

 私が勘違いしていただけなのか、咲が変わったのか……それは分からないけれど、少なくとも半年前は、笑うことの少ない子だったと思う。

 部室に置いてきたカバンに付いた、お揃いのキーホルダーを思い返しているうちに、漫才は「もうええわ!」というベタなオチで締めくくられた。


「さて。このあと、スケジュールによれば……OBたちからの祝辞があって……そのあと、本格的に文化祭の全出し物開始、って感じだね」

「想像以上に面白かったな、漫才。ええと……ボケが実行委員長のたくみさんで、ツッコミが副委員長の宮本さんみたいだな」

「ずいぶんお気に召したみたいだね、漫才」

「来年は私たちもやるか」

「冗談でしょ!?」


 ……『私が勘違いしていただけ』説が濃厚みたいだ。


「はあ……漫才は置いといて。これからの流れについて考えないと」

「そうだな。取材の合間に、ラクガキ犯について追わないといけないし……」

「まず最初に回る出し物は……」


 朝家を出るとき、想像以上に寒くて、慌てて引っ張り出してきたピンクと白のパーカー。右のポケットに手を突っ込んだとき。私の脳内に、電撃が走った。

 ポケットに突っ込んだ手は、そのまま貫通し、パツッ、と無慈悲な音を立ててを広げた。


 …………あな?


「うわああっ、ポケットが!」

「うわ、穴開いてるじゃん。あとで忍に縫ってもらえば?」

「穴はどうでもいいの。これもう古いし。……この中に、メモ帳入れてたのに!」

「メモ帳……ああ、ここ1週間くらい、ことあるごとに出してたな」


 咲の気のない返事をよそに、私は意味もなく両手をあっちへこっちへさまよわせながら焦る。意味もなくくるくるとその場を歩く。

 いつもあっけらかんとしている(自覚はある)私が、メモ帳を落としただけでやたらに焦っているのを見て、咲がようやく心配そうに首を傾げて声をかけてくる。


「そんなに大事なのか、そのメモ帳って」

「あそこには、文化祭3日間の新聞部全員の仕事の流れとか、取材資料を書き写したやつとか……いろいろメモってあったの!」

「……いや、仕事の流れなら、私もスマホにメモしてるし。取材資料はデータ残ってるから、いざとなったら新聞部に印刷しに戻ればいいし。別に、大丈夫だと思うけれど」

「…………そ、そういう問題じゃないよ! モノは大事にしないと!」


 新聞部をモデルにした私小説を書いてるなんて、言えるワケないじゃん!

 赤面する私を見て何かを察したのか、咲は溜め息を吐いてスマホをいじった。おそらく、またいつもの癖で、メモに何か書き込んだり消したりしているのだろう。

 ……私もスマホにメモしとけばよかったかな。


「分かったよ。取材しつつ、ラクガキ犯も探しつつ、あんたのメモ帳も探そう。ちょっと過密スケジュールすぎる気がするけど」

「うう……面倒かけます……」

「とにかく、最優先事項は取材だ。スケジュールの確認だけしておこうか」


 咲が、メモ帳のアイコンをタップすると、なんだか甘い文字列が飛び出してきた。

 どう見てもスケジュールのメモじゃない。


「いやぁぁぁっ!?」


 慌てて私の目からスマホを隠した咲だったが、たった一瞬見ただけで、いくつかの強烈なワードは、私の脳内に強烈に刻まれてしまった。


「……『2年前から、貴方は私の王子様でございました、十三郎さん』」

「言うなぁ!」

「……『手短に一言で済ませます。愛してる』」

「言うなって!」

「……咲。その2つ、本番ではゼッタイ使わないほうがいいと思う」

「冷静にコメントするな!」


 涙目な上に、さっきの私より赤い顔をしてそうな咲が少し可哀想になってきたので、いじるのはこれぐらいにしておく。

 今度こそ、スケジュールのメモを呼び出してもらう。


『午前中は体育館周辺

 10:10~ 落語研究会舞台裏取材(体育館ステージ袖)

 10:35~ フォークギター部公演後インタビュー(渡良瀬先輩同席)(体育館裏口前)

 10:55~ 演劇部初日舞台挨拶15分間。ステージ上で、観客の前で演劇部の人たちにインタビューする。重要(渡良瀬先輩同席)(その間、空乃は舞台裏で裏方の人たちに取材)

 11:45~ 吹奏楽部野外リハーサル撮影


 以上が終わったら、次の13:30から始まる書道部展示取材まで休憩』


「いま、大体9時半だから……どうする? メモ帳探しに行くんなら、30分くらい余裕あるけど」

「30分で見つけられるかなぁ……とりあえず、落し物が届けられそうなトコ行ってみようと思う」

「文化祭実行委員会本部……2階の旧教室を使ってるみたいだな。今から行くか?」


 今朝落としたメモ帳が、こんな朝早く、まだ動き始めているかどうかも分からない委員会に届いているかな……。

 そう不安がりつつも、『委員会』という、なんだか何でも解決してくれそうな響きに縋らずにはいられない。


「じゃあ……手分けして探そう」

「そ、そうだね。私は実行委員会に行くから、咲は……」

「今日学校に来てからここまで、ほとんど一緒だっただろ。たぶんその時に落としてるんだろうから……そのルートを辿って探してみる」

「……た、助かるよ」


 正直なところ、咲に発見されたら読まれちゃう心配があるから、一緒に行動したいんだけれど……。

 まぁでも、咲なら、人のメモ帳を盗み見たりしないよね。ワタシ、シンユー、シンジテル。


「見つかったらライン。見つからなくても諦めて、10時にはステージ袖集合だ」

「了解! あ、ちなみに、私の使ってたメモ帳、どんなのか覚えてる?」

「覚えてるよ。ええっと……あの絶妙にカワイくない、『すかすかナントカ』ってやつだろ?」

「『すかすかランタン』! なんでよ、可愛いじゃない!」

「ま、まぁ覚えてるからいいじゃん」


 すかすかランタンとは、ガイコツの形に切り抜いたかぼちゃにタマシイが宿った幽霊。おしゃれなシルクハットと、人間の友達からもらった赤い手袋がトレードマークの、最近お気に入りのゆるキャラだ。

 敵の『怪人・ナンキーン』からは、よく「キサマ、名前だけでなくアタマまでスカスカなようだな!」と言われるほどバカキャラなんだけど、そこがカワイイんだよね。

 ちなみに、今回の文化祭で、美術部の服飾チームが自腹を切って着ぐるみを買ったらしいよ。それぐらい大人気なんだよ!


「……っていう話を、前にアツく語ったと思うんだけど」

「…………オブラートに包んで言うと」

「はい」

「興味ないから聞いてなかった」

「全然オブラートに包めてないよ!」



HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL

CHAPTER1.2 TITLE:

『メモ帳はもうない可能性がある』


〇視点:黒部空乃

〇同行者:なし

〇文化祭1日目・9時38分


 早くも騒がしくなって、お祭りの雰囲気を醸し出してきた校舎内を早歩きして、実行委員会の教室に着いた。

 扉には、『実行委員会本部』と力強く筆で書かれた掛け軸がぶら下がっている。妙に威圧的で、私みたいな小心者は余計に入りづらくなるから、もうちょっとキャッチーな看板にしてくれないだろうか。

 ちょっと緊張しながらも、私は扉をノックする。

 秒で扉が開いた。


「……………………」

「……そ、曽布川……さん……」


 曽布川喜景そぶかわ よしかげ

 彼と相対するのは久しぶりのことで、彼のろくでもない人柄とそれまでのろくでもない交流から、脳内で不吉なBGMがかかり始める。ドナドナとかそんな感じの。

 咲曰く、以前の事件では元凶とも言える人物だったらしく、彼の起こした行動を咲が告発したことによって、2年生の人間関係がめちゃくちゃになったみたいだ。

 夏休みに会った時は、髪がぼさぼさで片目が隠れていて……まぁ、失礼な言い方になるが、やつれたような不気味な顔だった。今さらこの人に失礼だなんて感想は抱かないけど。

 今は、髪をオールバックにして、前から後ろからちょっとずつハネさせたような頭だ。髭は残ってるけど、整っている。何となく、前と比べれば少しはシャキッとしてるような。


「……チビ女。用がないなら来るな、仕事中だ」

「あ……よ、用ならあります。あとチビ女って言うのやめてください!」

「分かったやめよう黒部。よしこれで用は済んだなバイバイアリガトサヨナラ」

「これが用じゃありません! あぁもう、この人話になんない! 他のヒトいないんですか!?」

「巧さんと宮本さんはさっきの漫才が好評だったので調子に乗って凱旋中。アホの宇三美は小説のネタが思いついたとかでどっか行った。田中と鷲尾は知らん。よって現在この部屋には俺一人だぁ」

「うぅ……サイアクだぁ」


 実行委員の仕事が大変なのは分かるけど、どう考えてもこの人1人を本部に置いといたらダメでしょ! クレーム入れてきた客を脅迫して黙らせるとか、平気でやりそうだし。

 いつまでも茶番を繰り広げていても始まらない。さっきから執拗に扉を閉めようとする曽布川さんに抵抗しつつ、私は本当の用事を言う。


「落とし物しちゃったんですけど、届いてませんか?」

「知らん。ついでに命も落としてこい」

「すかすかランタンっていう、ハロウィンのカボチャっぽいキャラクターが描かれてるヤツなんですけど。カワイイゆるキャラの描いてるメモ帳」

「知らん。スカスカってお前の頭のことだろう」

「……曽布川さん、なんか、咲と喋ってるときより私への当たり強いですよね。ひょっとして私のこと好きなんですか?」

「………………」


 『あっ』って思った。

 そして次に、死にかけのセミでも見下してるかのような曽布川さんの冷たい視線を受けて、『うわぁ』って思った。

 さらに次に、教室の中の時計の針が9時45分を指そうとしているのを見て、『うわあああ』って思った。つまり次に、体育館のステージ袖まで戻らないといけない時間が10時であることを再認識して、『ぎゃあああ』って思った。

 どんどん頭が悪くなる思考を払いのけ、私は曽布川さんの肩を掴んで揺さぶる。身長差が凄まじくて、ホントは全然掴めてないんだけれど、とにかく揺さぶる。


「と、とにかく届いてる落とし物を見せてください。急いでるんですよこっちは、好きっ子いじめなら今度にしてくれますか」

「嫌いっ子殺しをしたい」

「だからそういうこと言ってるヒマないんですって!」

「……落とし物を公開することはできない。そして、現時点でメモ帳は1種類も届けられていない」

「……いや、だから。曽布川さんに言われても信用ならないから開示してほしいんですけど」

「何気にパッツン女より酷いこと言うなぁお前」


 はぁ、と疲れたように溜め息を吐く曽布川さん。こっちのが疲れるんですけど。私の方が『メンドくさいやつ』みたいな扱い受けるの、心外なんですけど。

 仕方ないと声を漏らした曽布川さんは、ブレザーのポケットを探って、『2台目』とマジックで書かれた、百均で勝ったと思しきスマホカバーをつけたスマホを出して突き出してきた。


「ラインを交換しろ。それっぽいのが届けられたら連絡してやる」

「ええー。別にいいですけど、変なことに使わないでくださいよ?」

「しねぇよ。そういうのからは足を洗い始めたんだ」

「まだやってるんじゃないですか! きっちり洗いきってください!」


 咲からのラインが来てないってことは、残念ながら、向こうでも私のメモ帳は見つかっていないということだろう。

 仕方がない。他の人に見つかって中身を読まれたときのことを考えたら、なりふり構わず探し回りたいけれど、新聞部の仕事が最優先だ。いまは諦めて、お昼の休憩の時にでももう一度探そう。

 ……というか、私の来た道を辿っても見つからなくて、その上落とし物としても届いてないのなら……最悪、誰かに置き引きされたか、捨てられているのでは……?


「……顔が青いぞ」

「えっ、あ、いや。大丈夫です!」

「自分用の胃薬くらいならあるが」

「いえ遠慮します! ナニ入ってるか分かんないし!」

「………………」

「じゃあ曽布川さん、ありがとうございました。見つけたらラインしてくださいね」

「中身を全部撮ってSNSに晒してやるよ」

「そ、そんなことしたらもう一生クチ聞きませんから!」


 ともかく、体育館に急ごう。

 歩いてその場を離れるとき、一度だけ委員会本部の方を振り返ってみると、曽布川さんが、取り出した胃薬を自分で飲んでいた。

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