12:45~15:10 私は告白する

★体育祭昼休憩 12:45


「じゃあ、私は先に行ってるわね」

「ああ。あとでな」


 新聞部室を出ていくカミネを見送った私は、さて、と膝を叩いて立ち上がった。

 本棚に細かくファイル分けされた過去の新聞を調べる。

 仮説1及び仮説3の調査はかなり進んだが、まだ仮説2……書道部のセンは消えたわけではない。

 せっかく渡良瀬先輩からアドバイスを貰ったのだ、例の新聞、即ち、高頭先輩がリレーの後に告白したときの記事を、確認しておこうと思った。


「去年は……2016年だから、えっと、平成28年だよな。その5月……」


 去年度の新聞をまとめて綴じたファイルをぱらぱらとめくると……あった。

 5月の2号。どうやら高頭先輩の告白というハプニングは相当に学校中の注目を集めたらしく、記事もでかでかと載っていた。

 記事に目を通す前に、付随する写真を見る。

 どうやら、高頭さんがゴールテープを切りながら書を公開している姿のようだ。美麗な字で『廣部くん愛してる』と書かれてある。

 この字は、高頭さんが書いたものなんだろうか? ボールペンの字はあまり綺麗じゃなかったけれど……筆で書くとこんなに綺麗に書けるのかな。


 『先日の体育祭は、みんなそれぞれ自分の力を出し切ったいいものであったが、やはりそれを差し置いても、この新聞で1番に取り上げねばならないことといえば……そう。高頭氏と廣部氏の熱愛スクープであろう。』……。


 ……この学校の新聞部は、何かおかしい。ネジが飛んでる。

 自分がその部に入部している事実を棚に上げながら、ひとまず読み進める。


 『体育祭のクライマックス、部活動対抗レースにおいて、書道部のアンカーを務めた高頭氏が、トップでゴールインした直後に、自らの書を公開した。』

 『そこに書かれていたのはなんと、「廣部くん愛してる」という古風でストレートな恋文! 観客席がどっと沸いた様を、今も鮮明に覚えていることでしょう!』

 『そのままグラウンド上に出された廣部氏は、全校生徒の前で、「僕も好きです」などとこちらも大胆な告白! 観客席がヒューヒューと冷やかした様を、今も鮮明に覚えていることでしょう!』…………。


 体育祭が終わったら、この記事を誰が書いたのか渡良瀬先輩あたりに聞いてみることにしよう。別にその人をどうするわけではないけども。

 このあとには、ちょっとした取材記事が書かれていた。


 『なお、この件について高頭氏に取材を迫ったところ、頑なにノーコメントと言われてしまったため、高頭氏と仲の良い軸丸氏に話を聞くことにした』

 『軸丸氏は短くこう語った。「あの状況でNOと言える男子がいるなら見てみたいですね(笑)」「いちおうおめでとうって言っておきます」。これ以上は高頭氏が恨まれる、と言って、彼女は足早に新聞部を立ち去った。』

 『新聞部がどれだけ信用ないかはともかく、私たち新聞部一同からも、重ね重ね高頭氏と廣部氏の幸せを願っておこう。閻魔大王の祝福があらんことを。』


 ……めちゃくちゃだ、この記事。そしてこの記事を書いた部活。

 記事の内容ももちろんだが、最後、『これ以上は高頭氏恨まれる』という誤植もいただけない。

 『これ以上ぺちゃくちゃ話すと高頭さんに迷惑がかかる』という意味のことを言ったんだろうから、『これ以上は高頭氏恨まれる』、となるはずだろう。


 私は溜め息を吐きながらも、とりあえずその記事を写メで撮っておいた。

 時計を見ると、12時55分を少し回ったところだ。

 集合に遅れて担任からお目玉を貰ってもつまらない。私は部室を出て、鍵を掛け、


「あっ」


 部屋の中に弁当箱を忘れたことに気が付いて鍵を開け、弁当箱を回収して部室を出て廊下を走り、


「ああっ」


 鍵を掛け忘れたことに気付いて来た道を戻り、今度こそ鍵を掛けて、今度こそ廊下を走った。



★体育祭午後の部 13:10


「Phantomの皆様、素晴らしい応援パフォーマンス、ありがとうございました! 続いて午後の部最初の競技、2年生及び3年生による綱引きが始まります、準備の方をよろしくお願いします。繰り返します……」


 私はクラスの待機場所で、みんなと一緒に拍手していた。

 隣の空乃に同意を求める。


「すごかったな、プロのチア」

「………………」

「空乃?」


 空乃はむすっとした表情のまま、わざとらしくそっぽを向く。

 ……ああ、思い出した。ハードル走のあと、空乃に抱きついたら、あとで『しばらく絶交』なんて言われたんだっけ。

 私はべたべたと空乃の背中や肩をさする。我ながら気持ち悪い動きだ。


「なぁ空乃、いい加減機嫌戻してくれよ」

「……いきなり同姓に抱きついてくる変態に話すことなんかないよ」

「アメリカとかじゃ普通らしいぞ? あいさつ代わりのハグだとか」

「じゃあアメリカに渡米すればいいじゃん!」

「『アメリカに渡米』って、二重の意味になってるぞ。『頭が頭痛』みたいな」

「…………もう絶対喋らない」


 ま、まずい。墓穴を掘ってしまった。

 頬を膨らまして拗ねる空乃はたしかに可愛いんだけれども、そんなことを言ったらまた変態扱いされてひどく避けられてしまうかもしれないし。というか、本当にいい加減機嫌を直してもらわないと困るし。

 どうすべきか。ヘソを曲げた親友の扱いに困っていると、


「どうしたの? 女子同士でいちゃいちゃと……」


 颯爽と現れた忍が、墓穴をさらに深く掘りぬいていった。

 その言葉に顔を赤くして私を一度睨むと、空乃はもっと頬を膨らませてしまった。


「忍、あんたホント空気読んで」

「え? よ、読んでるもん……」

「もん、とか言うようなキャラだっけ。……まあいいや、それよりどうだった? 実行委員の手伝い」

「うん、そんなに大変じゃないし平気よ。空乃と下邨くんと私と、交代で点数版をいじるだけだし」


 各クラスの競技点数が掲示されている、点数版を見た。

 下邨がアホみたいに大きいあくびをしながら、ゆーっくりと、怠惰に点数表示を更新する。1年生は4組がリードしているらしい。


「キヨは? サボり?」

「いや、たしか備品係に回ったはずよ。……さっき、サボってるの見たけど」

「やっぱりサボってんじゃん」

「……そーいう咲はどうなの? 調査、ちゃんと進んでるの?」


 ちょっとトゲのある聞き方で空乃が聞いてきた。


「まぁ、いちおう。……なんか、色んな人の話が関わってて複雑だから、終わったら全部話すよ」

「……頑張ってね」


 無表情でそれだけ言って、空乃は「お花摘みー」と歌って行ってしまった。

 忍が首を傾げる。


「なに? 空乃、機嫌悪いなんて珍しいじゃない」

「……ちょっと事故があっただけさ。それより、ないならないでいいんだけど、気になったこととかなかった?」

「告発の件ね。ごめん、得点版と待機場所を行き来してただけだったから、収穫はないわ」

「そうか。ありがとう」

「ええと、こっちからも相談いいかしら」


 忍が相談とは。

 いつもと変わらない真面目な真顔だし、なにか新聞部に関わる業務的な話なのだろうか。私は歩き出しかけた足を戻して、


「なに?」

「今日、気になってた男子に成り行きで告白したらOKをもらえたんだけどね。日曜日にこのあたりでデートしようと思うんだけど、なにか良いお店とかあるかな?」

「…………えっ」


 私は唖然とした。

 ……失礼な話だが、忍がそういうタイプだと思っていなかった。

 忍が、そんなに恋愛に関してフットワークが軽くて、『成り行きで』告白するような性格だと思っていなかったのだ。

 悪く言っているんじゃない。ただ、普段の真面目な性格を鑑みるに、もっと奥手なのかなと……。

 私が黙っているのをどう捉えたのか、忍は慌てて「違うの」なんて言い出した。


「えっとね、その男子と隣に座ってて、『けっこう2人で出かけたりすることも増えたし、そろそろ付き合わない?』って言われて、オッケーしただけで。

 ああ、でもごめん。咲が必死に調べてくれてる間に、そんな……」

「い、いや。怒ってるんじゃないよ、びっくりしてて」

「ビックリ?」

「その……正直、忍って、色恋にはもっと奥手だと思ってたから」

「えっ、そう見える?」


 そう言うと、忍は首筋をさすって、急に照れだした。

 はにかむ忍に、とりあえず祝辞を述べる。


「えっと、とりあえずおめでとう。そういう雰囲気のお店は、前にみんなで行ったカフェ・ド・ルーラー以外、あんまり知らない」

「そっか。…………」

「……………………」


 気まずい沈黙が流れる。


「ご、ごめんね。早く調査しないとだよね。変な自慢みたいな、変なこと言っちゃって本当ゴメンね!」

「うん。じゃあ、またあとで……」


 忍は足早に3組の待機場所を離れていった。


 ……今日はつくづく、人間と人間の関係について思い知らされる。

 たった1か月そこらの付き合いで、私は忍の性格を勝手に決めつけていた。忍という人間を勘違いしていたのだ。

 もし、あの勘違いがもっと致命的なものだったら。その勘違いのために、何かトラブルが起きて、関係性が崩れてしまったら……。

 ぞっとする。

 人と人は、簡単に仲良くなれるし、簡単に嫌いあえる。

 簡単に誤解するし、簡単に思い込むし、そのせいで、簡単に争う。

 人に対して、偏見は持たないでおこう。勝手に性格を推測して、こういうことを好むだろうとか、安易に考えないでおこう。

 私は、できもしないことを思った。


 ……誤解、か。

 曽布川さんも、弓原さんという人を誤解している。だからこそ、罠に嵌めて学校をやめさせるような酷いことができたのだ。

 告発する人とされる人の間にも、誤解があったのかな……。


 こんなこと考えても、今は無駄なことか。

 騎馬戦のあとは余裕がない。私は気を引き締めて、カミネと合流するために移動した。



★体育祭午後の部 13:18


 いま私たちにできることは、できるだけ、現2年生について調べることだ。

 つまり、退学事件に関わった人を調べること。

 まだまだ情報が足りない。まずは高頭さんから紹介を受けた通り、軸丸さんに話を聞こう。

 調査方針を伝えると、カミネは小さく頷いた。


「了解」

「軸丸さんは何組なんだ?」

「たしか…………2組だったかな」


 2年2組の待機場所を、うしろから眺める。

 上級生の後頭部が並ぶ中、カミネは淡々と吐き捨てた。


「いない」

「軸丸さんが?」

「うん……どこか行ってるのかな」


 私は適当に、2年生の先輩を捕まえて軸丸さんの所在を尋ねた。

 話を聞くと、どうやらチアパフォーマンスが終わったあと、「部活のことで抜けるから、先生が来たらよろしく」という旨を言うだけ言って、どこかへ行ってしまったらしい。

 ありがとうございますと一礼してその場を離れる。どちらが行き先を決めるでもなく校舎の方へと歩いていき、カミネは自販機で水を買った。

 きゅぽきゅぽ。僅かにだけ飲んで喉を潤すと、言った。


「普通に考えれば書道部の部室ね」

「うん。とりあえず今から行ってみようか、会えるかもしれないし」


 階段を上り、新聞部の部室がある西館3階へ。

 グラウンドでは、綱引き合戦が白熱している。……そうだ、午後の部がもう始まってしまったのだ。一刻も早く事件の全貌を突き止めて、告発を食い止める手段を考えなくては……。

 新聞部室は、さっきよりひどく、どこもかしこもカーテンで光を遮っていた。

 中から、紙を擦るような音は聞こえてくるけれど……。誰かいるのだろうか? 軸丸さんかな?

 気の抜けた声で、カミネが呼びかける。


「入っていいですか」

「……どうぞ」


 その2倍気の抜けた返事が返ってきた。失礼だが、気どころか生気まで抜け落ちてしまってるんではなかろうか。

 お言葉に甘えて入室する。

 相変わらず掛け軸だらけの、いかにもな書道部室に、やる気のない声の主はいた。

 痩せ型、というかモデルみたいな人だ。黒く、ちょっと乱れたショートの髪に、赤い唇が色っぽい。


「マキから……ああ、これじゃ分からないか。

 高頭から話は聞いてる。なんか、復讐がどうとか……だっけ?」

「はい、紹介状ももらってて……」


 その人に、高頭さんがボールペンで書いた紹介状を手渡す。

 ざっと見て、彼女は失笑した。


「相変わらず下手くそね。筆もペンも」

「筆も……?」

「飾ってる掛け軸。見たら分かるよ」


 私はしばらく、部屋に飾られたたくさんの掛け軸……書道部員たちの作品群を眺めた。

 その中で2つ、高頭さんの書を見つけた。

 『信頼』、『抹茶オレ』。どちらの書も、なんだか軸が乱れているというか……オブラートに包むのをやめると、まあ、素人の私の方がマシというくらいには下手な書だった。

 ていうか、なんで『抹茶オレ』なんか書道で書こうと思ったんだろう。

 彼女は紹介状を私に返すと、寝ぼけたような、何を考えているかあまり分からない表情を向けて、雑にお辞儀した。


「紹介状の通り、私が軸丸梓じくまる あずさ。よろしく」

「よろしくお願いします」

「作業しながらになるけど、聞きたいことあるなら気にせず聞いて」


 軸丸さんは、途中で止めていたらしい作業を再開した。

 ころころと金色の掛け軸を丸めて、巻物を作っていく。

 軸丸さんは、太いか細いか以外違いのない2本の巻物を、細い方は丸めただけで机に置いて、もう片方の太い方は、きらびやかな鶴の飾りがついたゴムで固く止めてから置いた。

 カミネが尋ねる。


「それ、バトンですか?」

「そう……」

「1位になったらみんなの前で公開するっていう……?」


 軸丸さんは、ふふっ、と嘲笑のような笑いを見せた。

 ゴムで止めていない方の書を、机の上に大きく広げて見せる。

 『廣部くん大好き!』……と、去年とまた同じような、美麗な字だ。


「私に見せてもいいんですか?」


 軸丸さんは、上からパシャリと、スマホで書の写真を撮った。

 「マキに送って、と……」と独り言を言って、


「別にいいよ。こっち、下書きだし」


 そういう問題なんだろうか。文面は去年とほとんど変わらないから、ネタバレされたところで、サプライズ性は皆無だが。

 廣部くん……ということは、今年も高頭さんがアンカーを務めるのかな。

 ともかく、これはあんまり事件と関係なさそうだ。質問を変えよう。


「えっと……去年退学した、弓原大河さんについて、何か知りませんか?」

「…………マキは何て?」

「え?」

「弓原について、高頭は何て言ってたか聞いてる」


 少し、ダルそうだった目に鋭さが宿っている気がした。

 この人、弓原さんに何か関係があるのか……?


「……日頃の生活態度は悪かったけど、気さくなムードメーカー……と」

「名前も覚えていない感じでしたけれど」

「ああ…………マキらしいね」


 らしい……?

 ……この質問には何の意味があったのだろうか?

 カミネがもどかしそうに急かす。


「それで、軸丸先輩は何か知ってるんですか?」

「……犯人が曽布川ってこと」

「!」

「……知ってたんですか」


 弓原さんが言っていた。退学事件は曽布川さんがやったことだという事実、それを知っている人間は、2年生に何人かいるだろう、と。

 まさか軸丸さんが知っているとは思わなかった。


「友達を他校の生徒から守った、とか……」


 軸丸さんは、眉をぴくりと上げて、少し不満げな顔をした。


「マキが言ってたの?」

「はい」

「全然違うよ。『守ってもらった女子生徒』っていうのも曽布川とグルで、一緒になって弓原をやめさせたんだ」


 ここだけは、彼女は必死になって反論してきた。

 思わず面食らっていると、そのすきにカミネが質問を重ねた。


「他には何か、知りませんか? 誰かに復讐しそうな……」

「さあ……。2年生の女子には、何人か真相を知ってる人はいるだろうけれど」

「その人に心当たりは?」

「ない」


 こうもはっきりきっぱりと言われてしまっては、二の句が継げない。

 私は頭を掻いた。振り出しに戻ってしまうのか、こんなところで!

 軸丸さんは、私たちに見せた下書きを丸めて、部室の窓を背負って置かれた棚に納めながら聞いてきた。


「新聞部は、アンカー誰?」

「部活対抗レースですか?」

「それ以外ないでしょう。で、誰?」

「……あの、私です」

「へー……そっか。じゃあ、マキの告白を阻止できるように頑張ってね」

「やっぱり今年も、高頭さんがアンカーなんですね」


 カミネは、あれ、と、声を漏らした。

 何か引っかかることがあるらしい。カミネは軸丸さんにこう聞いた。


「あの……去年は、本当は軸丸さんが走る予定だったって聞いたんですけど」

「……あぁ、怪我で走れなくなったやつね」

「今年は治ってるんですから、軸丸さんが走ればいいのでは?」


 棚から出した豆菓子をつまみながら、軸丸さんはつまらなそうに答えた。


「去年、マキはすごい注目集めたでしょ。みんなはマキの告白を望んでる。私みたいな陰気が、走りが早いってだけで出るべきじゃない」

「……そうですか?」

「そう。去年なら告白したい人の一人もいたけど、今年はもう、無理だしね。いいんだよ」


 軸丸さんは、新聞紙が敷かれた机の上に、大きな半紙を横向きに広げた。

 予め擦っていたらしい墨を、太い筆にぼとぼとにつけて、ダイナミックに振り下ろす。黒い滴が、力強く跳ねた。

 快刀乱麻。バッサバッサと次々に敵を切り倒していく殺陣のごとく、スピーディーに筆を回し、止め、払い、曲げる。

 『必勝』。美麗な2つの文字が、半紙の中で強く活きている。


「……すごい」

「まぁね。今年はアキのゴーストライターだし」

「え?」

「どういうことですか?」

「アキ、書道部のくせに下手くそだから。そんなんじゃ、みんなの前で告白してもカッコつかないから、今年は私が書くの」

「リレーのバトンの中身を、軸丸さんが?」

「そう。『廣部くん大好き』って書いてるのは、実は私ってこと」

「夢が壊れる……」


 ……今年は?

 違う、何かがおかしい。だけど、その違和感の正体を掴めないままに、軸丸さんは溜め息を吐いて不機嫌そうに呟いた。


「やること終わったし……そろそろ出ていい?」

「あ、はい、すいません」

「協力ありがとうございます」

「……じゃあね。あとでマキがバトン取りにくるから、鍵は開けといて」


 軸丸さんは、机の上に置かれたままの『必勝』の書と、バトン用の太い巻物を指差して「よし」と言うと、気だるそうに部室を後にした。

 私は腕を組んで考える。


「どうかした?」

「いや……なんか違和感あるけど、それの正体が分からないっていうか」


 この違和感……事件と関係ないものならいいんだけど。

 私とカミネは、鍵は開けたまま、書道部の部室をあとにした。



★体育祭午後の部 13:36


 校舎を出てきたところで、私とカミネは一旦分かれた。カミネは200メートル走に出場するのだが、集合までだいぶギリギリらしく、グラウンドまで全力疾走していった。

 私はカミネを見送ったあとも、思考を続けている。

 この違和感の正体は……なんだろう……。


「よう」

「……弓原さん?」


 ガタン、と音がする。

 ちょうど自動販売機でジュースを買っていたらしい弓原さんと会った。

 私に遠慮するスキも与えずに、にこにこした顔で、追加で硬貨を入れて微糖の缶コーヒーを落とし、私にくれた。

 私の感謝と遠慮をスルーしつつ、弓原さんは自分の炭酸ジュースを開けて、半分くらい一気に流し込んだ。ぷはぁっ、と、酒を飲んだおっさんみたいなリアクション。

 私ももらった缶コーヒーを開けて飲んだ。いい匂いと甘さばっかりで、苦味のないコーヒーは、あまり頭を冴えさせてくれそうではない。

 ベンチにどっかり腰を下ろした弓原さんに倣い、私も隣に座る。


「思い出が美しい、って言ってましたけど……体育祭の競技って、見てて楽しいもんですか?」

「学生らしいことは、全部見てて楽しいぜ。文化祭も、直前に退学したせいで一度も体験できてないから、今から待ち遠しいんだ」

「…………」


 弓原さんは……なんだか、上機嫌に見えた。

 残った半分のジュースを飲み干して、人目をはばからず大きいげっぷをした弓原さんは、アルミ缶をベコッと凹ませてニヤついた。


「詰まってる感じ?」

「はい……」

「へへっ。ま、落ち着いて、もっかい色々洗い直すのが一番じゃねーの」

「……そうですね」


 午後になって、あまり成果が得られていないせいで、ちょっと焦っていたのかもしれない。

 冷静に調査してきた記録を思い出せば、違和感の正体もハッキリしてくるだろう。

 私はスマホを取り出し、今日撮った写真、今日書いたメモ、記憶……。

 調査のすべてを、照らし合わせ始めた。



 ええと、まず。去年の体育祭で告白があった……これは関係ないだろうけれど。

 時系列を進めよう。

 去年の文化祭前の時期に、弓原さんが退学する事件が起きた。その真相は、曽布川さんらが弓原さんの友達を利用し、友達を助けようとした弓原さんに、暴力沙汰を起こさせるよう仕組んだ……というものだった。

 事の真相を、2年生の何人かが知っている。軸丸さんは、黒幕が曽布川さんであることを知っていた。


 時系列は今年の体育祭……つまり今日に戻る。

 早朝、実行委員の机に、『この体育祭で、私はある人物に罪を告発させる』という予告状が置かれているのが見つかった。

 『罪』に心当たりのある曽布川さんは、他の実行委員にはこのことを話さず、新聞部に助けを求めた。


 ここから先は、私が調べた記録だ。

 書道部には、部活動対抗レースで告発を行う手段があるが、「書道部には特にいざこざはなかった」、という証言が高頭さんから出た。また高頭さんは、弓原さんとはあまり親しくないような口ぶりだった。

 その後、曽布川さんが、去年の退学事件の自白をした。

 弓原さんが学校に来た時刻から、弓原さんは犯人ではないと分かった。

 軸丸さんは曽布川さんが退学事件を起こしたことを知っていて……。


 あと分かったことといえば、今年は軸丸さんが高頭さんのゴーストライターを務めることと、去年走れなかったことと……。



 …………点と点が繋がる、というよりは。

 絡まった糸が、解けていくような感覚。


 大体分かった気がする。

 もしも、私の予想が正しいのならば……。


「弓原さん、お聞きしたいことがあります」


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 ここまでが出題編となります。

 『前日 小池さんへの挑戦状 』~本エピソード までの間に、結論を想像するために必要な手がかりは散りばめてあります。

 【予告状を送ったのは誰なのか?】

 【告発される人間は、誰なのか?(単数? 複数?)】

 【告発は、どのような形で行われるのか?】

 これらを自分で推理したいという方は、ここで一旦ストップして、結論を出してから、これ以降のエピソードを読まれることを推奨します。


 なお今回に関しては、。地の文や言動などから予想を膨らませて頂いて結構です。

 あくまで『想像』、『予想』として考えてお楽しみくださいませ。

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