9:46~10:05 黒部空乃の絶縁状

★体育祭午前の部 9:46


「宣誓。僕たち」

「私たちは」

「スポーツマンシップに乗っ取り」……


 開会式の選手宣誓に耳を傾けるフリをしながら、気が気ではなかった。

 今ここにいる千人近くの生徒たちは、誰も知らないのだろう。この体育祭の裏で誰かが告発計画を練っていて、この和やかなムードを壊さんとしているということを。

 いや待て、何も本当にそんな計画が練られているのか定かなわけじゃない。あの予告状がイタズラだという可能性も十分にあるのだ。


 ……十分にあるだろうか。


 予告状のことを思い出す。一応スマホで予告状の写真は取っておいたので、それを見ながら考えたい気持ちもあったが、さすがに開会式中にスマホを取り出すようなナメた真似はできない。

 イタズラのために、わざわざ朝早く登校し、実行委員の机に予告状を張り付けるなんて、考えにくいのではないだろうか。ただのイタズラで、ここまで手の込んだことをするだろうか?

 いや……別に手が込んでいるというほどでもないか。予告状に使われたのは、普段学校配布のプリントで使われるような藁半紙、そして文面は手書き。手間がかかっていると考えられる部分があるとすれば、せいぜいその達筆な字くらいだろうか。

 『達筆な字』という特徴から真っ先に連想されるのは書道部だが……。些か、短絡的すぎるだろうか?


「えー、本日は非常に、えー、晴天にも恵まれ……」


 来賓である市議会議員か誰かの挨拶が始まった。真面目に聞いてる学生なんて、忍以外にいるのだろうか。


 ……『達筆な字』という特徴から推測できるのはそれだけだ。他にとっかかりはないだろうか、瞬きの目を瞑る時間を少し長くして、集中する。

 違和感といえば、あの回りくどい文面だろうか。

 『この体育祭で、私はある人物に罪を告発させる』。

 この文章に感じる違和感の正体を探る。答えはすぐに出てきた。


 ある人物に罪を告発させる……というのは、おかしくないか?


 『私はある人物の罪を告発する』なら分かる。この場合、予告状を書いた犯人が、ある人物の犯した罪について、暴露するという意味だ。

 『私はある人物に罪を告白させる』でも、分かる。この場合、犯人が何らかの手段を……例えば説得なり、脅迫なりといったものを用いて、ある人物の犯した罪について、その人物自身に告白させるという意味だ。


 だが、『私はある人物に罪を告発させる』とするならば、意味は全く変わってくるだろう。

 この場合、犯人は何らかの手段を用いて、誰かの犯した罪について、『ある人物』に告発させる……という意味になる。

 回りくどいことこの上ないし、そもそも、この体育祭のプログラムの中でそのようなことが可能なのだろうか? 犯人である『私』と、告発者である『ある人物』が共犯なのだとしたら、比較的計画は簡単に済むだろうが、それなら、何故わざわざ告発を行わない『私』が予告状を書くのか? ただの役割分担なのか?


「つきましては、保護者、えー、PTAの皆様にはえー、一層の、ご協力をお願いしたいと……」


 陶磁器のようなスキンヘッドをした市議会議員の話は、そろそろ終わりそうだ。

 ……とにかく今は、推理を進める段階じゃない。体育祭中、私の出るプログラムの合間を縫って学校中を調べ回らないといけないのだから、今のうちに調査の方向性を決めておく必要がある。

 このあとは50メートルハードル、初めの種目にして、1年3組から私の出る競技種目の1つだ。この他にももう2つ、クラス単位の種目である騎馬戦と、クラスチーム競技のリレーに出ることになっている。ああいや、部活対抗レースも入れれば3つかな。

 騎馬戦も、2つのリレーも午後からの種目なので、事実上、この後のハードル走が終われば午前中は調査に集中できるだろう……などと考えているうちに挨拶が終わったらしく、退場の号令がかかる。吹奏楽部による聖者の行進が奏でられ、リズムに合わせて足踏みする。

 クロベとコイケ、出席番号は隣り合っている。2列縦隊の隣に立って足踏みをする空乃に、前を向いたまま言う。


「戻ったらプログラム見せてくれ」

「無くしたの?」

「家にはある。多分忘れた」

「はあ……分かった。それにしてもやる気だね」

「曽布川先輩と同意見だ。柿坂先輩の、最後の文化祭の思い出を、変な事件で汚されたくはない」

「あはは……一途だね」


 1年3組、ぜんたーい、すすめ。


 小学校の子供じゃあるまいし、そろそろ行進するような年でもないと思うんだけどなぁ。軍隊の人とかは毎日行進してるわけだから、年齢で決めちゃダメなんだろうけど。

 動作はキビキビ、速度はトロトロ。カクッと右に曲がって、トラックを移動する。さっき行進して入ってきた方とは逆の、退場門から出る。

 退場門を出たらもう隊列は解いて良い。フゥーーッ、とか言って自分の待機席まで走って行ったおバカな男子に、ちょっと笑ってしまった。ていうか下邨じゃん。笑えない。

 私たちも小走りで待機場所に戻る。空乃は自分の持ってきた小さいリュックサックから、体育祭のプログラムを渡してくれた。


「はい、これ」

「ありがと」


 一度自分の待機場所に戻って、水を飲み、プログラムをスマホで写真に撮り、すぐに空乃に返す。

 空乃は呆れたように座り込んで、私を見上げた。


「スマホ依存症め」

「文明の英知さ」


 さて、初めの種目だ。そろそろアナウンスもかかるだろう、入場門へ急がなければならない。

 走っているうちに落ちてしまうかもしれない。私はスマホを自分のショルダーバッグに入れると、すぐさま入場門へ向かって走り出した。


 ウォーミングアップがてら、割と全力で走ってきた入場門の前には、まばらに生徒が集まっていた。曖昧に列ができている。


「小池さん、こっちこっち」

「ああ、サンキュー」


 眼鏡が印象的な、田淵たぶちさんというクラスメイトが手を振って呼んでくれた。田淵さんの周りには知ってる顔がいくつもあって、1年生はそこらへんに並べばいいのだろうなと分かった。

 列に混ざり、号令を待つ。


「小池さん、体育のときすごかったもんね。期待してるよ」

「任せとけー」


 ちょっとおどけて返答し、笑いあう。

 あまり顔を知らない女子が話しかけてきた。短髪で、きりっとした目鼻立ちをしている子だ。


「小池さん、同じレースだよね? よろしくね」

「ん、よろしく。……失礼だけど、名前は?」


 その女子は気を悪くした風でもなく、普通に名乗ってくれた。


小関明美おぜき あけみだよ」

「小関さんか、覚えた。よろしく」


 う、私の返答、ちょっとぎこちないかな。

 ちょっとコミュニケーション能力の低さを痛感していると、前の男子からちょっかいが飛んできた。


「お? 小池が女子口説いてるぜ」

「さすがイケメン」

「黙れバカ」

「ははは」


 同じクラスの男子に茶化されたり、軽くくっちゃべっていると、入場門の前にジャージ姿の大人が来た。名前は知らないが、たしか3年の体育の先生だったような。

 その先生の「全体、走れ!」という勇ましい号令に合わせて、みんな一斉に、所定の待機場所へ駆けていく。駆けていくとは言い過ぎだ、ジョギング程度の速度で走っていく。

 待機場所で三角座りして並ぶ。第1レースの走者がスタートラインに並ぶと、観覧席及び生徒たちの待機場所から、歓声が上がった。


「杉野ぉー! やったれぇー!」

「如月、カッコつけて手ぇ抜いたら殺すぞー!!」

「おおーーい!! カノジョ応援してんぞー!! 磯前ー!!」


 歓声っていうか、ただのヤジじゃねーか。

 ランナーのお前らもお前らだ、言い返したり手を振ったりするな。このままの空気だと私にもヤジが飛んでくるだろうが。


 パァン、と甲高いピストルの音と共に、第1レースはスタートした。

 特に白熱もせず、走者たちは、淡々とハードルを飛び越えたり飛び越えられなかったりしている。そんなに差も開かなかった。

 始まった第2レース。私は自分の目を疑った。


「……なにあれ」

「ルール上は問題ねぇんだっけ?」

「たしかね」


 会場は爆笑の渦に飲み込まれた。

 1人の男子が、ハードルを全部倒しながらも、とんでもない脚力で50メートルを独走、見事1位を飾ったのである。

 体育祭の前に、スポーツ種目の記事を書く際、少し調べたのだが……たしか、ハードル走では、故意でない場合、ハードルをどれだけ倒しても失格にはならないというルールがあるのだ。

 オリンピックで金メダルを取ったアメリカの選手に、『ハードルなぎ倒し男』というそのまんますぎる愛称で呼ばれている選手がいて、アトランタで8台、シドニーでは10台ものハードルを倒す、または引っかけるなどしているらしい。そんなに倒してしまっては、失格などのペナルティが無くても減速してしまったりしそうなものだが、アトランタで金メダルを獲得、シドニーでは4着と、なかなかの好成績を残しているのだ。

 彼も、いつか『日本のハードルなぎ倒し男』なんて愛称で親しまれたりするのだろうか……。いや、あの満面の笑みを見る限りおふざけっぽいし、そもそも陸上の道を進むこともないだろうけど。

 その後も第3レース、第4レース……1年男子の全6レースを消化し、1年女子の第1レースが始まる。自分の出番が近付いてきて、多少緊張している。

 女子のレースは、思ったより盛り上がらない……というか、ヤジが飛ばない。女子相手だとさすがに遠慮してくれるみたいだ。

 あからさまに手を抜いている女子も目立つし、女子ハードル走はあまり盛り上がらなさそうだな……。


「さて」

「頑張ってね、小池さん」

「おーよ」


 第3レースが終わった。三つ編みの子が勝ったらしい。

 お、田淵さんは2着か。自信なさそうにしてたけど、健闘ではないだろうか。


 人の感想ばかり言ってはいられない、 いよいよ私の出番だ。スタートラインにつき、ふーっと息を吐くと、クラウチングスタートの姿勢を取る。


「小池ぇぇー! 頑張れよぉぉー!」

「咲ー! こっち向いてー!!」


 ……下邨と空乃だ。悪目立ちさせないでもらいたい。

 と思ったら、意外にも声援はそれだけじゃなかった。


「小池さーん! 頑張ってー!」

「キャー! 小池さぁーん!」

「カッコいいとこ見てみたーい!」


 主に3組の女子が、何人か集まって、私にキャーキャーと声援を投げかけてくれている。

 ……こういうの、よく部活モノの漫画で見るぞ。イケメンの男子が、学校から応援に駆け付けた女子たちから声援を送られるっていう構図……。

 その集まりから目線を外して、3年生の方を向く。柿坂先輩が笑顔で手を振ってくれるのを見つけて、ブチギレかけていた怒りを、なんとか抑え込む。

 スタート間近、空乃が叫んだ。


「男前ーーーーー!!」


 ブチギレた。

 私は女子だ!!


 怒鳴りたい気持ちをエネルギーに変えて、集中する。

 チラッと上を見上げると、スタートの合図を任されたらしい実行委員の人が、肩で口元を隠して懸命に笑いを堪えていた。


「よーい……」


 脚を、内側へ引き締め、また伸ばす。

 集中だ。


 パァン!!


 ピストルの音と共に、弾かれたように各コースの選手が一斉に走り出す。飛び上がるように、後ろに出した右足で地面を蹴り飛ばすと、体が浮き上がるような感じがした。

 私の視界に他の走者はいない。頭1つ分抜きん出ていることを確信し、さて、どうにかこのリードを守って走らなければ。

 飛ぶというほどはいらない。大股で脚を高く上げれば、ハードルは脚と脚の間に挟むようにして越すことができる。

 ひょい、ひょい。

 2つ3つ超えると、リズムが生まれてくる。4つ、5つ……。

 一瞬、ぎょっとした。隣のレーンを走る女子が、ものすごい形相だったからだ。ていうか、さっき話した小関さんじゃないか?


「あっ!!」


 しかし小関さんは、6つ目のハードルに足を持っていかれ……、ベシャリ、と嫌な音が後ろでしたのを、走っている途中で確認できるわけもない。


 そのまま1着で走り切る。さっきの声援のせいでやはり悪目立ちしてしまったらしく、ものすごい歓声に迎えられた。ここまで騒がれて何も答えないのも悪いか、私は下手くそな愛想笑いで、ひらひらと手を振った。


 後ろを振り向くと、ヒザと脛に痛ましい擦り傷を負った小関さんが、苦しみ悶えながらも、最下位が確定しながらも、懸命に与えられた50メートルという距離を走り切っていた。

 トラック競技では、走り切ったあと、1位~5位までのフラッグの前に並んで座ることになっている。チェックをしやすくするためだが、小学校の運動会でこけて最下位になったとき、5位のフラッグの前に座るのはとても恥ずかしい思いだったので、このシステムは嫌いだ。

 少し深呼吸して鼓動を落ち着かせながら、1位のフラッグの前に並び、実行委員にチェックを受ける。

 イケメーン、男前ー、さすがー、と悪ふざけが過ぎる1年待機場所に向かって、地獄に落ちろのフィンガーサインを送っておく。ワハハハ、と笑いが起こって、それでみんなも切り替えてくれたようだった。


 パァン、と次のレースの開始をピストルが告げる。


 小関さんは、5着のフラッグの前に行くことはなかった。チェックを受けたそのまま、実行委員に支えられて、涙目になりながら赤十字のテントへ運ばれていった。


「…………?」


 私の方に気が付くと、私に向かって、悔しそうに歯を食いしばって睨む表情を見せた。

 なんで私? レースに負けたのが悔しい……とか、そういう理由なのかな。

 だからって、私に当たらなくてもいいのに。私も、思わず嫌な表情を作ってしまうと、それを見たか見てないか、小関さんはそっぽを向いて、そのまま保険用テントの人ごみに紛れて見えなくなった。

 一部始終を見ていたらしく、2着フラッグに座る田淵さんが眉をひそめて、ひそひそ声で話しかけてきた。


「何、あの子……? 自分がこけてビリだからって小池さんを睨むなんて」

「うん……」


 ……小関さんとは知り合ったばかりだが、早くも、嫌な人だなぁ、という印象が第1印象として刻まれてしまった。この場合第2印象か?

 小関さんに睨まれた理由は謎のままだが、そんなしょーもない謎に構っている暇はない。私は校舎に掲げられた時計を見上げた。……9時50分。

 よし、ここから午前終了まで、調査にかけられる時間はなかなかあるな……。



★体育祭午前の部 9:53


「はひふふほさ!」

「…………」


 退場し、一旦1年3組の待機席に戻り自分のスマホを回収すると、私は空乃の両頬をつまんで、ぐにーっと引っ張った。

 乱暴に手を放すと、空乃はちょっと涙目になって睨んでくる。


「何するのさって!」

「こっちのセリフだ。誰が男前だって?」

「あ……そ、それに関しては、ちょっと調子に乗りすぎたかなと思ってるよ……」

「次やったら、また昨日のゲンコツ喰らわすからな」

「あれ、5分くらいずっとジンジン痛むんだよね……」

「あはは、そんなに痛かったか?」


 空乃と話していると、ちょっとクサクサしてた気持ちが楽になってきた。

 そして同時に、なんだか、泣きつきたい気持ちにもなってきた。……どうして私が、あんな無条件に嫌われなくちゃいけないんだろう。

 浮かない気持ちが顔に出ていたのか、空乃は心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうかした?」

「…………うん、ちょっとな」


 言うべきではないのだろう。

 これは、いじめの始まりにもなり得る行為だ。『小関さんに睨まれた』ということに関しては、私と小関さんだけの問題であって……それを私が空乃に相談したら、それは、味方を作ったということになる。

 その話を聞いたところで、空乃が小関さんに嫌がらせをするなんて、そんなわけがないけれど。でも、空乃は優しいから、私の味方になって、一緒に小関さんを嫌いになってしまうかもしれない。

 ……勝手にそんなことを思うのはおこがましいことで。そして、そもそもこんなことを話すべきではないんだろうけれど。


「ちょっと、場所を変えていいかな」

「……? いいよ」


 私は、最低だ。

 放っておくと辛くて、話さずにはいられなかった。

 女子トイレの前まで移動して、話を始める。


「さっきハードル走で、私、小関さんと走っただろ」

「ああ、こけた子ね」

「……そう。あの子に、レースが終わった直後、睨まれたんだ」

「まぁ……お門違いだけど、気持ちは分かるかな」


 気持ちは分かる?

 私はちょっと面食らった。空乃はそこまで、勝負ごとに負けたら悔しがるような性格だったろうか。

 空乃は私の考えを読んだのか、いつものからかうような笑いを浮かべた。


「小関さんは、たぶん悔しくて睨んだんじゃないと思うよ」

「じゃあ、なんで……?」

「小関さんは陸上部員だった。ごめんね、回りくどい言い方で」


 回りくどい言い方でごめん。それっきり空乃は黙った。

 ……推察しろ、ということだろうか。

 いや、推察というまでもない。私はすぐに、小関さんの表情の意味を知って、うつむいた。


「……陸上部といえば、陸上競技では主役。なのに、あの場面で声をかけられていたのは、私だけだった」

「私も……ちょっと、調子に乗りすぎた」

「………………」


 そこから先を口に出すのは、おこがましい。

 小関さんはたぶん……それで、私に少なからぬ敵意を持った。だから中盤を超えたあたりで、私に勝とうと無理に加速して、ハードルに引っ掛かって転倒してしまった。

 陸上部でもない私が、一番注目を浴びて、その上、陸上部である小関さんに勝つ。私にもそういう経験はあるが、自分が専門にやっていることを、素人に上回られたら、誰だって嫌だろう。その感情が良いものか悪いものかは差し置いて、誰しも感じる、自然な感情の成り行きだ。

 そして私は、あろうことか、ヤジに対してジェスチャーで返答を寄越すような真似をしてしまった。

 小関さんにとって私は、自分の舞台を汚し、その上自分よりも速く走り、強烈な劣等感を植え付けた、『悪者』だ。

 観衆は私へのヤジや声援を飛ばすばかり、小関さんが転倒しても、何の反応もしてくれなかった……。精神的アウェーの環境を作って、最下位でゴールしたとき、私は知らない間に、彼女をどれだけ追い詰めていたんだろう。


 うつむき続ける私の頬を、空乃は、さっきの私を真似するように……けれど、もっと優しくふわりとつまんだ。

 その手に合わせて顔を上げると、いつもより優しい笑顔の空乃がいた。


「ごめん、私たちが……変な悪ふざけをしすぎた」

「空乃じゃないよ、悪いのは……」

「咲でもない」

「………………」

「……非が無くたって嫌われることもあるよ。普段仲良くしてる人でも、自分に非がないのに勝手に嫌われちゃったり、どうしようもなく関係修復不可能なケンカをしたりするよね」

「空乃……」

「冷たいようだけど、この件に関して謝っても、逆に嫌われるだけだと思う。私はあとで謝っておこうと思うけれど……咲は、もう小関さんに対しては、縁がなかったなって思うしか、ないんじゃないかな」

「……ごめん。ありがとう」

「何にも言われるようなことしてないよ。アレだね、どれだけ他の人に嫌われても、私は咲のこと好きだよ」


 10年以上凍結している涙腺が、この一瞬だけ、本当に崩壊しそうになった。

 ……私に言わせれば、空乃こそ『男前』だと思う。

 空乃は、今のはさすがに恥ずかしかったのか、苦笑いの顔を真っ赤にして、顔の前でぱたぱたと手を振った。


「い、今のもちょっと調子に乗っちゃったかな。ドラマの見すぎね、あはは……」

「私も大好き」


 目に溜まる涙を、こぼれないようになんとか耐えて、私は空乃をがばっと抱きしめた。

 こうして見ると、身長差はちょうど男子と女子くらいで、以前SNSで見た『カップルの理想の身長差』みたいなのにぴったり当てはまっている気がする。

 普段不愛想だと言われる私だけど、このときだけは満面の笑みを浮かべられている気がした。顔を真っ赤にしたまま、ぱくぱくと口を動かす空乃を放し、


「ありがと、元気出た!」

「え、ああ、うん……」

「じゃあ予告状の件調べに行ってくるから! 実行委員の手伝い頑張れ!」


 ちょっと、と呼び止めようとする空乃に背を向けて、私は走り出した。


 ……ああ、私はいい友達を持ったなぁ!


 そのあとでスマホを確認してみると、空乃から、個人メッセージで「ばか。しばらく絶交」ってメッセージと、スタンプ(猫がぷんぷん怒って頬を膨らませている。可愛い)が送られてきていた。

 ……ああ、いい友達を失ったなぁ。

 とりあえず、スタンプ(猫が汗をかきながら土下座して謝っている。可愛い)を送っておいた。


 しばらく絶交ってどれくらいだろう、とか、どう謝ろうとか考えながら、私は調査のためグラウンドの外を走るのだった。

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