私は告発させる
前日 小池さんへの挑戦状
何故人は争うのだろうか。
人は誰しも、幸せを求めて生きている。
だが、人から奪わなければ得られない幸せを見つけたとき……もしくは、自分の目指す幸せと相手の目指す幸せが食い違ったとき……争いは、起こる。
争いは幸せをすり減らし続けると知りながら、人は争うことをやめない。
ならば……みんなに、ちょっとずつの幸せが恒常的にあれば、争いは起こらないのかもしれない。
毎日、ちょっとした幸せがある。結局はそれが一番幸福なのだと思う。
激しい幸せは欲を招く。不幸も然り。
ならば……みんな、ちょっとずつ幸せで、ちょっとずつ豊かな気持ちになれたのなら、それは、争いのない、優しさに満ち溢れた世界なのだろう。
…………ふふふん。
私は思わず鼻歌を歌ってしまう。
そう、今日の『小さな幸せ』……購買で割引されていた、プリン。
プリンひとつでこんなに幸せな気持ちになれるのだから、私って子供だなぁと思うけれど、だけど、スイーツが嫌いな女子なんていない。独断と偏見で決めつけよう、スイーツが嫌いな女子はいない。
私は
かばんのポケットにでも入れればいいのに、私は両手を皿にするようにプリンを乗せて、目の高さに掲げ、うっとりするほど滑らかな黄色の肌を眺めた。また鼻歌が無意識に出てしまっていた。
いっしょにもらった紙のスプーンが、プリンの容器の上で揺れる。実に趣のある景色だ。
すれ違う上級生が、変にテンションの高い私を見て怪訝な顔をするが、もはやどうでもいい。プリンである。プリンなのである。
階段を上り、新聞部の部室である、東棟三階特別教室2へ入室する。
「おはようございまーす」
新聞部の挨拶は、誰が決めたというわけでも強制してるというわけでも無いのに、なんだか仕事の挨拶みたいに、いつの時間でも『おはようございます』になっていた。そして私たち1年の新入部員も、いつの間にかそれに慣れ切っていた。
と、そんな挨拶をして部室に入るが、誰もいない。
珍しいことではない。忍は風紀委員会にも所属しているし、下邨は水泳部との掛け持ちだ。空乃は同じクラスで同じ時間に授業が終了したが、ちょっと提出遅れのプリントを出さなきゃいけないと言って、終わりのチャイムと同時にすっ飛んで行った。
キヨは……知らない。マイペースなやつで、けっこうフラフラと何処へでも行っている。堂々と宣言してからサボることもある。
先輩たちは、例によってまだ授業が終わっていないか、それか他に用事があるとか、すでに新聞部の活動で校内を駆け回っているかだろう。
「…………あれ?」
だとすれば、鍵がすでに開いているのはなんでだろう。私は鍵を持って来てはいない。
誰かが一度、すでに来て、鍵を開けて行ったのだろうか。部室を見渡すが、誰かのカバンが置いてあるでも、パソコンなど活動の用意が広げられているでもない。誰かが来た形跡は、今のところ鍵以外にない。
昨日の終わりに片付けをして、部室には、出ている物が少ない。全て、本棚とかロッカーにしまわれている。参考文献は本棚に入れっぱなしだし、片づけのときに使ったほうきとかも、掃除用具ロッカーにしまわれている。
出ているのは、長机と椅子だけ。殺風景だ。
とりあえず机にカバンとプリンを置く。
椅子に座って落ち着くと、ふと呟きがこぼれる。
「…………トイレ」
さて、ここで問題が発生する。
東大正高校には、1階につき、東館と西館でトイレが2つある。
これが面倒な構成で、東館1階は女子トイレ、西館1階は男子トイレ。東館2階は男子トイレ、西館2階は女子トイレ……といったつくりになっていて、私が女子トイレに行くには、西館まで回るか、1階ぶん降りなければならないのだ。
そんな急ぐほど差し迫ってはいないが、面倒くさい。
それに、あまり長く部室を開けると、プリンを泥棒されるおそれがある。
「……あほらし」
いやいない。高校生にもなってプリンを泥棒するバカなんか、いてたまるか。
私はプリンの容器を愛おしく撫でて、数分後の再会を約束し、部室を出た。
#
「やられた!」
公共の場であるということも忘れて、でっかい鼻歌を歌いながら戻ってきて、部室に入った瞬間、私は血相を変えて叫んだ。
いつの間にか来ていたらしい、忍、渡良瀬先輩、キヨの3人が、何事かと振り向いた。掃除用具箱のそばの壁にもたれていたほうきのうち1本が、パタリと倒れた。
我々新聞部1年生をまとめ上げる委員長ポジションの真面目女子、
「咲? ……どうしたの?」
「忍! 机に置いてあったプリン、知らない?」
「ああ、空の容器?」
「なんだって……」
「もう食べ終えたあとで空っぽみたいだったから、ゴミ箱に捨てちゃったんだけど……まずかった?」
急いでゴミ箱を覗く。
ゴミ箱の中では、見るも無残に中身を食われたプリンの容器が、スプーンと一緒に、汚い紙くずや埃の海に包まれていた。
むごい。あんまりだ。
私が頭を抱えて崩れ落ちると、困惑気味にキヨが聞いてきた。
「どうしたんだよ……お前がそんなオーバーリアクション取るなんて珍しい」
「キヨ……プリン…………」
「先生はプリンじゃありません」
「いや、「先生、トイレ!」みたいな意味で言ったんじゃない。……プリンのことについて、何か知らないか? ていうかいつ来たんだ?」
「いっぺんに聞くなよ。
来たのは、この3人の中では一番最後。んで、そのときには源が捨てたあとだったから、プリンは容器すら見てなかった」
ショックから立ち直ってきたはいいが、同時に、プリン泥棒に対する怒りがこみ上げてきた。
なんとしてもこの事件の犯人を暴いて、とっちめてやる……!
思案を始める私に、いつも気さくな
「小池ちゃん、もしかして、プリン泥棒されたの?」
「……そうみたいですね。疑ってるわけじゃないんですが、先輩はいつごろここに来られたんですか?」
「最初に、源ちゃんと一緒に」
「先輩の話、面白くって。部室通り過ぎそうになっちゃった」
忍がはにかんで笑う。
愛想笑いを返しつつ、私はいまざっと聞いた話を脳内で纏める。
忍と渡良瀬先輩が、話しながら同時に入室。
忍がそこで、空になったプリン容器を発見し、ゴミ箱に捨てる。
……この時点で、すでに犯行は完了していたことになるのだが……。
ひとまず続けよう。
2人に続いて、キヨが入室。
「ほかに、誰も見てない?」
「うん。部室に入ってきたのは、この4人で全員だと思うけれど」
「私が入ってきたときに、すでに鍵が開いてたんだが……知らないか?」
「え? ……閉め忘れか?」
「いや、それはないよ。昨日ちゃんと、私とカッキーで返しといたし……それに、ここに来る前に職員室に鍵を借りに行ったけど、すでに貸出済みになってた」
渡良瀬先輩の言う『カッキー』とは、渡良瀬先輩と同じ3年生で、この新聞部の部長である、
中学の時に、ある出来事がきっかけで一目惚れして、それからずっと会えないままだったんだけど……ようやく再会できた、私の片思い相手である。とてもカッコよくて、優しくて、すらっと背が高くて、学ランがよく似合う、カッコいい人なんだ。
……つまり、話を聞く限り、私がトイレに行って部室を開けている間……つまり犯行可能な期間に部室に入ってきたのは3人だということだ。
犯人め。どうやって成敗してくれようか……!
私は部室を進み、掃除用具入れにもたれかかると、そのそばの壁に立てかけられていたほうきを手に取った。
大袈裟に、ほうきで背中側の掃除用具入れを叩いて見せ、部室にいる3人を見渡して、言う。
「犯人は、この中にいます」
#
「おお、なんか本格的になってきたねー」
渡良瀬先輩が呑気に言う。
何故そんなに呑気でいられるのか。プリンが死んでるんだぞ! 死プリンが出てるんだぞ!
私はそんな憤りをおくびにも出さず、みんなに問いかける。
「なにか気付いたことはありませんか?」
「というと?」
「新聞部に、誰かのものを勝手に食べる人がいるとは思えない。何かしらの理由付けがあるはずだ」
「……ああ、それね。ごめん、この事件、私のせいかもしれないんだ」
忍が私に頭を下げる。私は正直面食らった。
「どういうことだ? 忍が犯人なわけないだろ?」
「犯人ではないんだけど……咲、もしかして連絡見てない?」
「連絡……?」
そういえば、昨日は帰ってる途中でスマホの充電が切れて、それから開いていないような気もする。
すぐさまスマホを開いて、メッセージアプリを確認する。
新聞部のグループトークに、11件の未読メッセージがあった。
『忍:夜分遅くすいません。
親戚からのお土産でプリンを頂いたのですが、
ちょっと食べきれない量で……。
明日持っていくので、よければ食べてください。
空乃:マジで!?
ありがと!
空乃:スタンプ(猫がサムズアップしてる。可愛い)
柿坂先輩:ありがとう、もらうよ( ^-^)/
あと、明日はコピー用紙買ってから出るので
遅くなります
下邨:プリンめっちゃ楽しみだわ笑
俺も明日は水泳部行くので遅いです
5時くらいには抜けてくるんで、
下邨;スタンプ(なんかキモいキャラクターが頭を下げて
「よろしく!」って言ってる)
キヨ:コピー用紙買うくらいなら俺行きますよカッキー先輩
あと源、プリンありがとう
柿坂先輩:ありがとうm(;∇;)m
でも、事前注文してるから、
俺しか受け取れないんだ
キヨ:了解ですー
柿坂先輩:スタンプ(武士が「かたじけない」って言ってる。
さすが柿坂先輩、センスがいい)
忍:了解です。明日とりあえず人数分持っていきますね』
……ははぁん。
「なるほどな。犯人は私のプリンを、忍が持ってきたものだと間違えた」
「本当にごめんね」
「いやいや、忍のせいじゃないよ。ていうかむしろ救われた。私の分も、プリンあるのかな?」
「うん、持ってきてる。食べる?」
「この事件が終わったあとでな」
「……なんか、食べられなさそうなセリフだな」
うるさいキヨ。
……このラインで、ひとまず容疑者は絞られた。
渡良瀬先輩が、親指と人差し指をぴんと伸ばして、あごに合わせる。ニヤリと笑って言う。
「つまり、このメッセージを見ていた人には、犯行が可能だったってこと?」
「ひとまずは。……その様子だと、先輩は見てないみたいですね」
メッセージの中だと、渡良瀬先輩は発言していなかった。流れ的に、メッセージを読んだらとりあえず「ありがとう」と言う感じだったし、そもそもいま私がメッセージを読んだのに、既読が6しかついていなかった。
新聞部のグループトーク参加者は、部員全員、7人。既読6ということはつまり、まだ渡良瀬先輩はメッセージを見ていないということになる。
渡良瀬先輩はきゃっほうと飛び跳ねると、
「やったー! 容疑者1抜けー!」
「1番最初に抜けたのは柿坂先輩です」
「え? なんで?」
「柿坂先輩はこんなことしないからです」
「一途すぎる……」
「それに、プリンを持ってきた本人である忍と一緒に部室に来たっていう時点で、渡良瀬先輩は容疑者から抜けてますよ」
いわゆるアリバイってやつだ。
「キヨも、プリン容器を廃棄した忍よりも後に来たという点で、すでに容疑者から外れてる」
「……ってことは何か? ここにいる3人以外が犯人ってことか?」
「ここにいる3人は間違ってるぞ。忍とキヨと渡良瀬先輩と柿坂先輩以外だ」
「なんでカッキーは容疑から外れるの? 私と同じ時間に教室出てったから、コピー用紙買いに行く前に、部室に寄ってプリンを食べるくらいできちゃうけど」
「柿坂先輩はこんなことしないからです」
「不公平すぎる……」
「ってことは、名探偵小池さんの視点では、容疑者は翼か黒部ってことか?」
翼とは、下邨の下の名前。
そして黒部とは、空乃の上の名前だ。
そうなるな、と答える私を、キヨはからかうように笑った。
「なにがそうなるな、だよ。お前、最初に『犯人はこの中にいます』とか言ってたくせに、いなかったじゃないか」
「は? まだ確かめてないだろうが」
「は? 確かめてないって……何が?」
私はもう一度ほうきを持つと、キヨをそれで指した。
そんなに距離も離れていないから、キヨの眉間に当たるか当たらないか。キヨもちょっとビビったみたいだった。
「間違い探しだキヨ。この部室を見て、何か気付いたことはないか?」
「はあ……? …………」
キヨは部室をきょろきょろと見渡す。忍と渡良瀬先輩も、首を巡らす。
しかし、すぐにキヨは音を上げた。私を薄眼で睨んでくる。私はキヨに突き付けていたほうきを手元に戻し、クルクルともてあそぶ。
「何もないと思うが」
「悪い、前提条件を言い忘れてた」
コンコン、とノックするように、ほうきで掃除用具入れを叩く。
「……私は、自分のカバンを机に置いた以外、この部室から、何も触っていない」
「…………おい、まさか」
「もっと言おう。私が最初にこの部室に来た時には、昨日掃除したときのままだった」
忍は、あっ、と声を漏らして、手のひらで口を抑えた。
渡良瀬先輩も、その事実に気付いたらしく、困惑している。
忍が、おそるおそる聞いてきた。
「じゃあ、なんで……ほうきが掃除用具入れから出てるの?」
こくり、と頷く。
さあ、今回のまとめだ。
「犯人は、昨日の晩に忍のメッセージを見て、こう思う。『部室に置いてあるプリンは食べてもいいものだ』。……ちょっとニュアンスが違う気もするけど、まぁそれに近いことを思っただろう。
そして犯人は職員室からカギを借りて、この部室へ到着。鍵を開けて、すぐに別の場所に行った。
そのあとのタイミングで私が入室。しかしカバンを置いてすぐトイレへ行く。私は約3分ほどしたら帰ってくるんだけど、この3分の間に犯行、そして逃走が完了してしまう。
まず、犯人は私と入れ替わりに部室に入室してくる。そして私のプリンを、忍が持ってきたプリンだと間違えた犯人は、私のプリンを食べてしまった」
思い出すだけで怒りが湧いてくる。私のプリンは、どんな想いで死んでいったのだろうか。どんな想いで、私との今生の別れを果たしたのだろうか。
流れてもいない涙を拭い、推理の披露を続ける。
「そしてプリンを食べてしまった犯人は、とんでもないことに気付く。部室の外から、忍と渡良瀬先輩が話してるのが聞こえてきたからだ。
なんでプリンを配る忍のカバンがまだないのか。迂闊に食べてしまったが、配ると言ってたのに1つだけ置いてあるのは不自然じゃないか。
犯人は急いで逃げる手段を考えたが、どう逃げても、部室に接近してきている2人にはバレてしまう。プリンの容器を処分して何食わぬ顔で出ていけばよかったんだろうが、まぁ、あのアホにそんな脳みそはない」
「あのアホって……」
「犯人は誰か? どこにいるのか?
私は最初から、この中だと言ってただろ」
後ろ足で思いっきり掃除用具入れを蹴る。
靴の底がぶち当たると、ゴゥゥン、と低い音が轟いた。
にこやかな笑顔と爽やかな声で、私は掃除用具箱の方へ顔を見せるように振り向き、ドン、と手を突く。向こう側にいる相手への壁ドンだ。
「私から逃げ切れると思うなよ……。出てこないなら、このまま鎖で箱を縛って、運動場横の池に投げ捨てるからな」
がたん、と、箱の中で何かが揺れる音がした。
お化けでも見たかのように、忍は私の腕に飛びついた。
「きゃっ、揺れた!?」
「…………」
沈黙が降りる。
しばらく、ごそごそと中で音が聞こえると、掃除用具入れの扉が開いた。
「………………どうも」
高校に入ってできた私の友達であり、この事件の犯人であることが確定した
私はにっこりと笑って、
「後腐れなくこの一発で終わらせるからな」
ダイヤモンドより固く握った拳を、天高く振り上げた。
空乃は首と手をアンバランスに振りながら、必死に釈明する。
「ち、違うんだよ。これは……」
「これは?」
「………………名探偵小池への挑戦状……ってところ……かな」
…………。
ゲンコツは真っ直ぐに振り下ろされ、空乃の脳天に直撃した。
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