5章 虚構のパノラマ・出題編

 『青春』という言葉に、後ろ向きなイメージを抱く人が、どれだけいるだろうか。少なくとも私は、青春とはとても前向きな言葉であると思う。


 今が一番大事。

 大人は顔をしかめて「刹那主義は身を滅ぼす」などと宣うが、青春の真っただ中にある私たちは、そんなお説教を聞く耳は持たない。

 前しか向かない。後ろを振り返ることはしない。


 走って、走って、走って、走って。


 やがて、息切れを起こして、後ろを振り返ったとき。

 すでに自分は暗いトンネルの中にいて、明るい光は遠く、遠く、決して手の届かないところまで置いてきてしまったのだと、ようやく気付く。

 時間は止まってくれない。ましてや、戻ってくれることもない。


 置き去りになった輝きは、後悔の念を胸の内に残して、私たちを縛り付ける。

 うしろを振り返らずに青春を過ごした代償だとでも言うように、心が先へ進むのを妨げてしまう。


 『後悔』せずに、『前』だけ向いて生きられたら、どれだけ幸福なのだろう。


 ………………。


「パノラマ模型の小屋の意味は……たぶん、これだ」


 私は、こないだゲーセンで取った猫のぬいぐるみを抱いて、自室のベッドに寝転がった。溜め息を零しながら、天井照明に意味もなく手を伸ばす。

 明日は月曜、学校がある。

 たぶん、そこですべてが明らかになる……と、思う。


「……はあ」


 だけど私は、真実を明らかにすることに、あまり乗り気ではなかった。乗り気でないというか……言い方を変えただけだが、つまりは、いやに気が進まないということだ。

 予想が外れていてほしい。あまり、いい話でもないから。

 自分の中にある屈託が、そんな真実は聞きたくないと耳を塞ぐ。

 私はぬいぐるみを抱いたまま、ころんと横に寝返った。部屋の電気は点いたままだが、このままでも寝ることは、できるにはできる。


 何故か、とても不安になって、暗い部屋は嫌だった。


「…………」


 早く寝て、明日の学校に遅れないようにしよう。

 私は起き上がって、照明から垂れ下がった紐を引っ張った。もともと静かだった部屋は、暗闇に閉ざされた。

 布団の中に潜ってまどろみを待つが、それはなかなか来なくて、困った。子供みたいだなと思いつつも、私は羊を数えた。頭の中で、羊が増えていく。


 スケープゴートよ。

 私の安寧と安眠のために、生贄になってくれ。



「中庭を掘る……?」

「はい。木を傷付けたりはしませんので、お願いできないでしょうか?」


 翌日の昼休み、私は一人で、職員室に向かった。阿良々木教頭に、中庭の隅を掘る許可をもらうためだ。


 目的は当然、あの暗号を確かめるため。

 『虚構のパノラマ』の下の文字、『小屋の下を掘れ』。

 新聞部1年の今日の活動は、その文言に従い、今日の放課後に実地調査を行うという段取りになっていた。そして、そのためのアポ取りを任されたのが、私だというわけだ。

 疑問符こそつけたが、教頭先生はにこやかに笑って、ゆるゆると首を振った。


「許可したいけれど、できない」

「……何故ですか?」

「まあ、簡単なことなんだけど。試しにスコップで少し掘ってみるといい、数センチとしないうちに、すぐにコンクリートの肌が見えてくるよ」

「そもそも掘れない……ってことですよね。去年、工事があったんですよね?」

「よく知ってるね」


 やっぱり……私の考えは間違っていない。少し自信が持ててきたが、余計に気が進まない。

 気付けば、職員室にある教員たちから、とんでもなく失礼な視線でめった刺しにされていた。まぁ、いきなり教頭先生と話して、『中庭を掘らせてくれ』だなんて言ったわけだから、変な生徒だと思われて仕方ないけど。


 基本的にあまり人の目は気にしないたちだと思っているが、これから3年間付き合う教職員に『変なヤツだ』と思われても具合が悪い。私は、ひとことふたこと要件を言うと、すぐに職員室を去った。


「失礼しました」


 がらがらとドアを閉めると、チャイムが鳴った。

 まずい、次は移動教室だったか……。職員室に用があったのです、と適当に言い訳しておくとしよう。

 急いで廊下を進む。

 窓から入ってきた5月の風は、私に少しうすら寒い思いをさせた。



 今日も先輩2人はいない。

 というか、1年と3年では時間割が大幅に違うため、まだ授業が終わっていないのだろう。部室を出発する前に連絡が必要だな、と考え、新聞部全体のトークグループに、『記事の調べもののために部室を外します。1年一同』という旨の発言を書き込んでおいた。

 新聞部室に集合した、空乃、忍、キヨ、下邨を見回して、私は窓の外を指差した。


「……もうすでに、アポは取っといた。これから中庭に行こう」

「いよいよだね!」

「あ、空乃。スコップは置いて行っていい」


 張り切る空乃の手から、スコップを奪い取る。

 「あ、うん」と、すぐに素直に応じてくれた空乃だったが、1秒2秒と表情が急変していく。しまいには口も目も大きく開けて、


「ええーっ! 掘らないの?」

「小池、どういうことだ。あの暗号は……」

「見てもらった方が早い。忍、学校史を出してくれ」

「あ、うん……」


 机の上に広げた学校史に、みんなが集まってくる。

 開いたページは、最後のページ……去年の出来事を示したページだ。


「ここだ。『前年度12月、中庭の敷コンクリート工事を発注・工事着手』『8月、敷コンクリート工事完了』……」

「おい! どういうことだよ……!」

「中庭の土の中になにか埋まってても、もう掘り出せないじゃない!」

「ここまできて真相は闇の中ってこと!? ねぇ咲!」


 半泣きで詰め寄ってくる空乃の頭をぽんぽんと撫でて、わざとらしく、呆れたように溜め息を吐く。


「なにもなしに『中庭に行こう』なんて言うわけないだろ。行けば、この件の真相は分かるよ」

「どういうこと?」


 空乃にノータイムで聞かれて、少し戸惑う。


「……何回も説明するのは面倒だ。全部、中庭で説明する」

「ちぇ。焦らすことを覚えたね、咲」

「うるさい。というか時間だ、そろそろ行こう」


 一度結論は出したが……中庭で、みんなの前で話をするまでに、話をまとめておかないとな。

 みんな一緒に部室から出る。当たり前のように忍が戸締りしようとするので、先輩が来るかもしれないだろうと言って、鍵は開けたままにさせた。

 中庭まで向かう間、私はスマホを取り出して、考えを練る。


 ここまで来れば、あとは解決編だ。


 ここまでの時点で……細部までハッキリとした答えはまだ見えていないが、『一応の結論』を出すことは可能なはず。


 今一度、自分の推理が間違っていなかったか、一からチェックしてみよう……。


「……咲。なんでそんな、悲しそうな顔してるの?」

「…………寝不足なんだよ」


 ぶっきらぼうになってしまった。空乃ごめん。

 さて、考えを進めないと。


 パノラマ模型を作った人物……もとい、あるはずのない小屋を設置した人物。

 誰なのか。なぜそんなことをしたのか、ある程度の目星はつくか。どのようにやったのか。いつの出来事が、どう関係しているのか。


 答えは……。


_____________________________________

 ここより先は、解決編となっております。

 『小池さんと廃材祠の謎』~本エピソード までの間に、結論を出すために必要な手がかりは散りばめてあります。

 【パノラマ模型に小屋を設置したのは誰なのか?】

 【何のために、そのようなことをしたのか?】

 これらを自分で推理したいという方は、ここで一旦ストップして、結論を出してから、この先の解決編を読まれることを推奨します。

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