エッセイ・かまくらが育む思い出

さかき原枝都は(さかきはらえつは)

二人の想いはずっとかまくらの中で守られていた

かまくらが育む思い出

  

 粉雪舞う季節に宿る初恋の想い。 

 ほのかに光るオレンジ色の幻想的な輝きをなす街。

 そこには想い人がいた。


 僕は小学校の頃三年間だけ秋田県は横手市に住んだことがある。

 その時親しくなった友達、朋子に昭。

 そして佐々木奈々枝。

 僕は、横手のかまくらに魅了された。そして初めて僕をそのかまくらの中に招いてくれた彼女、奈々枝に恋をしていた。

 

 厳かに冷たく澄んだ空気に、かまくらから放つ淡いオレンジ色の光が薄暗くなった空と、その白き雪のコントラストをより一層幻想的に輝かせる。

 まるで、人の心に温かさをもたらすかの様に……

 奈々枝も何もない僕の心に暖かさをくれた。


 横手のかまくらは、毎年二月の十五日と十六に行われる横手市の小正月行事だ。

 

 「はいってたんせ」

 「おがんでたんせ」


 二月の真冬の夜、ピンと張りつめた様に冷たい空気が夜の横手市を覆うこの季節。

 子供たちが「かまくら」の中でかまくらの前を通る人達に呼びかける。

 そして来てくれた人にお餅や甘酒をふるまう。

 かまくらの主役は、大人ではない。

 あくまでも子供たちだ。

 

 小学校の卒業式の少し前、僕はまた東京へ引っ越すことになった。

 たった三年間の横手の暮らし。

 その中でもあの小正月行事、横手のかまくらは忘れる事の出来ない行事の一つになった。

 

 東京での生活はあの横手とは違いとても孤独だった。

 毎日学校と家を行き来す日々。

 横手にいた頃のあの思い、あの幻想的な世界のかまくらの風景が僕の支えになっていた。

 奈々枝から来た一通の手紙。

 彼女は僕とは本当に親しい友達だった。

 まだあの頃は恋だの好きだのというもどかしい感情は無かった。

 だが、その手紙を読み、一緒に送られてきた写真。奈々枝の中学の制服姿を見た時、僕は少しづつ女性として変わりつつある奈々枝をあのかまくらと重ねるようになっていた。

 高校に進学する時また同じ都内だったが、引っ越しをした。

 だから高校も、また一からのやり直しというか、特に友達と呼べる奴も彼女と言える人もいない。惰性的な毎日を送っていた。


 そんな高校一年のクリスマスまじかの時期。

 僕は街並みに光り輝くイルミネーションの中、白くて大きな二つのドーム型の雪の塊を目にした。

 「あの形は…」離れた場所からでも僕にははっきりと分かった。

 あの「横手のかまくら」だと言う事を。

 無意識にそのかまくらへ足は動く。

 かまくらを目にして、あの時の横手にいた時の思い出がよみがえる。

 その中に、かまくらの中から僕を呼び止めた奈々枝の姿が瞼の奥から自然と映し出されていた。

 何か物凄く胸が締め付けられるようなそして、とても懐かしくてとても寂しい気持ちになった。

 その時、僕は思った。

 「もう一度横手のかまくらを観たい」と

 あの厳かで幻想的な雰囲気をもう一度感じたい。

 その奥深くに想う奈々枝の姿を抱きながら…

 僕はそれからバイトを始めた。

 横手に行くための旅費をつくるために。

 だが、高校の三年間。僕は横手に行くことはなかった。

 それでもバイトは自分が出来るギリギリの所まで続けていた。

 バイト先で知り合った仲間に出会えた事で、前とは違った充実した毎日を感じるようになれる自分がいたのだから。

 

 小学校の三年間だけ一緒にいた男の子

 真壁友弥。

 彼も今は、私と同じ高校生になっている。

 私はずっと横手のかまくら行事にかかわっている。

 いつの頃からだろう。かまくらに来る観光客の中に友弥がいるんじゃないかと思うようになったのは…

 小学校から共に一緒にいる朋子と昭。

 二人はこぞって私に言う

 「今年は彼来るといいね」と

 「何を言っているのよ」と二人に強く否定するが、実際は友弥が来るのを私は密かに待ち続けていた。

 蛇の崎橋の下には幾つにも並んだ沢山のミニかまくらがある。

 その中の一つ。わたしが作った特別なミニにかまくら。

 横に友弥と書いた小さなかまくらだ。

 その灯の光が少しでも友弥の所に届く様に。

 今橋の下でろうそくを灯したミニかまくらからの光は、無数の魂が揺らめきを成している様に見える。

 「ふう、今年も来なかったなぁ。あいつ……」

 そう呟きながら、私の頬には涙がたどっていた。


 僕は秋田に行くことを諦めた訳ではない。

 僕は志望する大学を「秋田大学」に決めた。

 そしてまた横手のかまくらをこの心で体で感じたい。そう願った。

 その横に、奈々枝がいてくれる事をどこかで望みながら…

 高校三年の夏。奈々枝からまた思いもせず手紙が来た。

 だがそこには、あの「かまくら職人」のおじいさんの悲報が記されていた。

 そして、彼女の携帯の電話番号と共に。

 僕は、奈々枝と連絡を取るようになった。

 お互いに自分の想いは現さずに、あの小学校の頃とは同じようにはいかないけれど、お互いの目標と夢を信じて

 

 大学の受験の日僕は秋田に来ていたが、奈々枝とは会わなかった。でも、合格発表の日。

 その日、合格していたら奈々枝に会いたいとその時僕は奈々枝に言って秋田を後にした。


 合格発表の日、僕はまた秋田に来た。

 そして僕は自分の想いをはっきりと彼女、奈々枝に伝えるために彼女の待つ横手に向かった。

 「はいってたんせ」

 「おがんでたんせ」

 あの時、小学生だった頃のあのかまくらの中にいた奈々枝と同じように、彼女は僕をずっと彼女のかまくらの中で待ち続けていた。 

 

 僕と奈々枝の想いはずっと、かまくらの中で守られていたかのように。

 

 

  

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エッセイ・かまくらが育む思い出 さかき原枝都は(さかきはらえつは) @etukonyan

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